f-16 それが全能結晶の無能力者<6>
f-16 それが全能結晶の無能力者<6>
突然、まるで別世界に転移でもしたのか世界が白くなった。
見渡す限りの白。
どこまでも、どこまでも白く、地平線すら見えないまっさらな世界。
「しかし切刃……もう少しで手遅れだったぞ」
異変だらけの世界の中心で雪哉は切刃に苦言を漏らす。切刃は乾いた笑い声を出したまま頭を掻いていた。
「仕方が無いよ僕だって正直無理してここまで来たんだよ? ほんとはボロボロなんだ、右腕の義手だってごらんの通り鉄屑だし、雪哉の携帯にメールを送るので結構いっぱいいっぱいだったんだよ?」
雪哉がどうしてこうも余裕だったのか、それは切刃から来たメールを見たからだ。凰真が屋上にのぼったところでそれに気がついた。遅れるが必ず行くという文章だった。残念ながらそのメールを見た時点で雪哉の携帯のディスプレイは半分割れて殆ど壊れている状態だったがなんとか画面に映し出されたそれを目にすることは出来た。
あとは時間を稼ぐことしか雪哉には出来なかった。
そしてなんとかそれは間に合った。雪哉を助けることが出来た。切刃は雪哉と合流した。
「本当は、もうダメだと思ってたんだ」
切刃の突然の告白。
「身体は重くて、動けなくて、もうこのまま死ぬって思ってた。でもそんなとき声が聞こえて、さ」
恥ずかしそうに切刃は雪哉から視線を逸らして言葉を紡ぐ。
「姉さんが……起きろって、そう言ったような気がして」
それは切刃の姉である切歌のことだろう。
だが彼女は人ではない。雪哉が知る切歌は人の形をした別――花晶だ。
切刃の想い出を吸って出来た贋物。
それでも、切刃の家族だ。
けれど彼女はもういない。ここにはいない。どこにもいない。
「ははっ、やっぱ僕も死にたくなくてさ……こうしてここまで来れたわけ」
「ありがとう」
雪哉はすかさずそう言った。
切刃は唖然として雪哉を見ていた。それでも雪哉はそう言わざるを得ない。
「もう一度言う。ありがとう切刃……お前がいてくれたから俺は此処にいる。これからも――」
雪哉は手を差し伸べて、
「――よろしく頼む」
握手を、求めた。
切刃は少し動かなくなったが、すぐに反応を示す。
「ほんと雪哉はおもしろいね……ほんと、ほんとにキミはおかしなヤツだ」
「お前に言われたくないな」
そのまま切刃も手を伸ばし、雪哉と握手を交わす。
友情の証。
雪哉の親友。大切な仲間。
「俺と一緒に戦ってくれ」
「ああ」
そしてゆっくりと二人の手が離れる。
「さて次だ、逢離……」
「はい?」
視線を逢離に移すが、そのまま足元に目をやる。雪哉は訝しげにそれを見る。
「これは、なんだ?」
「何って……ニアちゃんのことですか?」
逢離は解っていても雪哉には到底理解できるわけがない。
逢離の背後、足元で縮こまって隠れているそれは雪哉とも一度は対峙したであろう『毒蟲達の坩堝』だったのだから。
それは花晶。
それは人外。
そして雪哉の敵だった。
そんな敵である少女が今は逢離と一緒に立っている。
「ちょ、ちょっとセンパイそんな怖い目で見ないでやってくださいよ。ニアちゃん怯えてるじゃないっすかー」
「あのな逢離……俺はこいつに殺されそうになってるんだ。だけど逆に殺した。また現れて今度はお前がこいつと戦って、そしてここまで来たんだ勝ったんだろうよ。だけど、だけどだ……どうしてお前に懐いている? 何をした? どうなってるんだこれは? わけがわからない。これはいったいどういうことだ?」
言葉に疑問符が零れ落ちる。何がどうなっているのか理解しがたいこの状況。元は敵であったはずの『毒蟲達の坩堝』がどうして逢離と行動を共にしている?
「そんなことより海浪密世はどこへいった? これはあいつの持ち物だろう?」
そうだ。この花晶の所持者は海浪密世だったはずだ。
「あの人は気がついたらいませんでした。それで逆に気がついたらこの子が勝手にあたしの怪我治してくれて、その……足を掴まれてからこの調子ですえへへ」
「えへへ……じゃないだろ」
そもそも怪我を治したとはどういうことなのか。
「あたしも実は死に掛けてたんっすよね。ってか死ぬ一歩手前ってか下手すりゃ死んでたかもしれません。でも記憶が曖昧でよく覚えてなくて……けれど目を覚ましたらこの子がいたんですよ」
「じゃあ逢離は……この花晶に命を助けられた、と?」
雪哉の問い掛けに逢離が首を縦に振る。信じられない。どうして?
逢離と戦ったのだろう。勝敗も決したのだろう。それなのにどうして逢離を助けた?
「……毒蟲達の坩堝、お前は何を考えている?」
雪哉が睨み付けるように少女に問い掛ける。だが花晶は答えない。それどころか顔を隠すように逢離の背後に消えていく。
「センパイ、ダメっすよそんな怖い顔したら……」
「そうだな」
解っている。この花晶は雪哉に恐怖を抱いている。理由は一つ、この花晶を一度再起不能にまで追い詰めたからだ。
だから恐怖している。敵同士。傷つけた傷つけられただから――だけど、
「悪かったな……ニアで、いいか?」
雪哉は膝を落とし、姿勢を低くして少女と同じ背丈まで身体を崩す。
突然、表情を変えた雪哉に少女は顔を出す。
「俺は一度お前を殺しかけてる……そのことについて謝るつもりはない」
謝罪をするつもりなど無かった。
だってそれは応報だから。
理愛を狙った。雪哉の大切なモノを奪おうとしたそれ故に雪哉も行動した。だからそのことに関して頭を下げるつもりはない。けれど、
「逢離を助けてくれたことは……感謝する。ありがとう、助けてくれて」
そのまま雪哉が深々と頭を下げると、少女は顔を左右に振ったりと狼狽していた。
「とりあえずニアちゃんはあたしを選んだみたいっす。あたしと一緒に歩くことを選んだわけで……」
「と、いうことは毒蟲達の坩堝の所有者はお前ということか?」
「そうなんっすかね? でもここまでニアちゃんも一緒に着いて来てくれたしそういうことなんだと思うっす」
一体、何の心境か?
どうして心変わりしたのか?
気がつけば敵であったはずの花晶がこうして逢離と一緒に行動を共にしている、何がこの少女を変えたのか……、
「この子は、選んだんです。自分の手で取って、足で歩いた。あたしと同じなんです。だからあたしもこの子を選んだ。あたしを選んだのならあたしがこの子の道になってやらなくちゃって……いきなりこんなことになったのは驚いてますけど、正直あたしのせいでもありますしね」
「お前、何か言ったのか?」
「えーっと、まぁ……」
そう言って逢離は頬を指で擦りながら小さく微笑む。
「お前に責任があるなら俺は何も言えんし、言わないさ……でも、それなら最後まで一緒にいてやれ選んだのなら全うしろ――俺もそうする」
それは雪哉の生き方そのものだろう。
最後の最期まで歩き続ける。どんな試練や困難も切り抜けて、終点までたどり着く。
「……、の」
そんな時、逢離の足元に隠れていた少女が雪哉に手を伸ばした。
「……ご、めん」
「謝るなよ、俺が悪者みたいじゃないか……」
さすがに小さな女の子をイジメる趣味はない。
敵同士だったから、理愛を狙ったから、理由はそこだけだ。それ以外雪哉がこの少女に敵意を向ける理由などない。
すっかり毒牙と抜かれた雪哉はそのまま少女を――いや、ニアの頭を撫でてからゆっくりと立ち上がったのだった。
「それで、ここはどこだ?」
状況確認。
異界に迷い込んだ雪哉たちは何もない真っ白な空間に閉じ込められている。
雪哉の問いに切刃も逢離も答えることはできなかった。ここにいる全員が未知の体験をしている。
光も闇も無く、陽も星も無く、そこはまるで無だった。無の中。
ここに存在していることすらも虚無へと還元されてしまいそうな、そんな何もかもが現存しない無空間。
「気色悪いっすね……どこまで歩いても果てがないような――」
「確かにどこまで進んでも意味が無い。そう、意味が無い……まるで意味がないんだここは」
逢離と切刃がそう口にして進みだす。
雪哉はそのまま二人を追うようにして歩き出した。
しかしすぐに立ち止まる。
「もういいだろ……凰真。皇凰真、そろそろ出てきたらどうだ。どうせこの小細工もお前の仕業なんだろう?」
雪哉がそう声を上げると、パンパンと二回ほどの拍手が白の空間に響き渡った。
「つまらない問題だろう? そう、これはボクが作り上げた世界。そしてボクの数ある異能の内の一つ。名前なんてどうでもいいさ……キミたちを閉じ込めるための結界。ああ、やっと完全になれた。ついに完璧になれた。ようこそ有能力者、さよなら無能力者。その上に立つは頂点、それがボクだ」
雪哉たちの前に現れたのは現状、結晶の異能の中でも頂上へ君臨する者――皇凰真だった。姿形は最初雪哉が見た子供のような姿ではなく、雪哉たちとほんの少ししか年齢が変わらないであろう青年の姿をしている。
それは先程と変わらない。だが今はその背中から光を放ち、まるで天使のような存在へと昇華していた。
「感動の再開、未来への決意、そして戦う為の覚悟。いやぁ素晴らしい。いいものを見せてもらえた。でも残念、キミたちはここで終わりだ。ボクの目的はもう果たされた。ボクの願いは叶ったんだ。だからもうキミたちと戦うつもりはない。キミたちが戦ったって何も変わらない。それなのにキミたちはまだボクと戦おうとする。だから、わざわざこうして場を設けたのさ。殺戮する為の場を、ね?」
大袈裟に手を開き、クルリと一回転。
何処までも終末の見えない白の世界。
逃げ場なんて無い。あるのは終わり。決着の場。決戦の為の空間。
そんな世界の中、切刃は笑った。
「君は……お喋りだね。雪哉とはちょっと違ったお喋りくんだ。そんなに嬉しいかい?」
「ああ、嬉しいよ夜那城切刃。今のボクはね、なんだって出来るんだ。ボクが生きる為だけの世界を作り上げることだって出来る。どうだい? 昔のよしみだ、生かしてやるよ。ボクの元に戻ってくるなら助けてあげるどうだい?」
「ははは、はははははは、面白い……面白いよ凰真くん! 笑ってしまうよ、大きな声で、笑ってしまう!」
切刃はまるで何かにとり憑かれたように大声で笑う。
そして唐突に声は止み、ピタリと動かない。けれど、
「ふざけるなよ、皇凰真……殺してやる」
切刃の目からとてつもない殺気が滲み、そして視線は刃となった。
明らかな憎悪と悪意を持って切刃は凰真を見つめている。
そのおぞましい視線は雪哉が切刃と戦ったあの夜のモノとは明らかに別物だった。もはやこれが夜那城切刃なのかと疑ってしまう程に、この目の前に映るヒトは人間からは程遠いものに見えた。
「じゃあ殺しに来いよ出来損ないッ!」
凰真の叫びに反応して、切刃が世界から消える。
消えたのだ。
雪哉が瞬き一つした頃には切刃の存在がごっそりと消えて無くなった。
夢か幻か、いやそれは現実で――切刃は再び現れる。
「やっと使えるようになったんだね?」
「ああ、これが僕の力だ」
しかし凰真は切刃の能力を前に無反応だった。
「でもボクには届かないな」
風が瞬く。強い風が。
切刃の身体が後ろへ飛ばされる。地面に背中から墜落するが、受身を取って立ち上がる。
「ボクを殺したいんだろう? 早くしなよ。早くしないとキミも、キミのお姉さんのようになってしまうよ?」
凰真の五本の指先から小さく炎が揺らめく。赤い赤い真っ赤な炎。
そしてその五つの炎が切刃目掛けて放物線を描きながら撃ち出される。その間、雪哉と逢離は巻き添えを食らわないように後退する。
「切刃っ!」
「センパイは下がって!」
「……ああ」
こうして戦う様子を見ることしかできないのはやはり歯痒いものがある。でも自分がそれを選んだのだ。戦う力を持たないのだから、仲間に頼ったのだ。
それでもこうして命の奪い合いをしているというのにそれをただ黙って後ろで見守ることしか出来ない。
「僕は死なない……絶対超越!!」
黒い扉が開き、凰真の放つ炎が呑みこまれていく。それは侵すことの出来ない暗黒の力。何もかも呑み込む深淵そのもの。
「種晶の割に洒落た能力を持ってるじゃないか」
「喰われろ」
切刃の手の中で凝縮された黒い渦が巻いている。
「それは危ないな……ボクのと違う」
凰真が指を鳴らす。凰真の身体が少しだけ浮き、そのまま後方へと下がった。
「逃がさない」
「おお、こわいこわい。そんなものに呑みこまれるわけにはいかないんでね、だから――」
再度、凰真は指を鳴らした。そして指を天へ。
「キミの憎悪の届かない位置を取らせてもらう」
「夜那城センパイッ!」
けれど逢離の絶叫も荒ぶる虚空が遮っていく。
堕ちる、墜ちる、落ちて来る石が、彼方から世界の破片が墜落ちてくる。
「キミは誰を相手にしているんだい? キミは独りでボクの相手ができると思っているのかい? 今や全ての能力を統べるボクを、キミが、キミだけで勝てるのかい?」
小さな彗星が赤く燃えて飛来する。
切刃を押し潰そうと数え切れぬ惑星の欠片を星さえ見えない白から吐き出される。
「ちぃいいっ!」
片腕だけしかない切刃があの小惑星の大群を防ぎきれるわけがない。降り注ぐ隕石群は一メートル未満のモノばかり。しかし空からそんなものが数え切れぬほど墜ちてくるのだ。どうにかするなんてレベルではない。切刃の能力で全てを防ぎきれるわけがない。
「ボクの能力は一つじゃないんだよ? これだってボクの力の一つだ。さぁ、どうする? キミの憎しみだけでこれを全部呑み込んでみせるのかい?」
まるで神の如き化身。
両手を広げ、上空から地に足をつく者を俯瞰する超越者。
石の群れの重圧が有象無象を圧殺しようと――
「ニアちゃん」
さて、こちらのカードはこれだけかといえばそうではない。
そしてこちらもまた凄まじい切り札を持っているのだ。
「……あい」
「はい、でしょ?」
「……はい」
それは花晶。小さな少女の姿をしていても花晶は花晶だ。ヒトの姿を模した結晶。結晶の力を持ったヒト。永遠を生きる一人。そして少女の名は『毒蟲達の坩堝』
そんな小さな少女が両手を前に、逢離の前に、そして、
「無間球」
両手から撃ち出された黒い球。小さな球だった。そんな小さすぎる球が爆発した。そして白い空から零れ落ちて来る絶望を消し飛ばす。
融解する。石飛礫が雪哉たちを押し潰すよりも早く溶けて無くなっていく。
「さっすが!」
逢離はその威力を知っている。ニアと戦ったからこそわかるその威力。しかし今のニアはもう敵ではない。逢離を選んだ花晶である。
「キミはもっと聞き覚えのいい子だったのにね、誑かされたのかい? 毒蟲達の坩堝……キミもずっと独りなんだよ? そいつらと一緒にいてもいつか別れる時が来る。人間なんて百年生きればいい方だ、すぐに死ぬそいつらを選ぶだなんてどうかしてる」
人はいつか死んで無くなる。
そしれ必ず別れの日はやって来る。凰真の言葉は真実だろう。それを否定することはできない。けれども――逢離が動く。
「この子の選んだ道をどうこう言う権利はないっすよ!」
「うるさいよ! たかが鋼鉄の刃如きがボクを切り裂けると思うな!」
切刃の手刀を凰真が手の平から形勢した盾で防御する。物質を生成する能力……そんなものまで凰真は手にしている。だが、そんな盾は容易く紙を破るように引き裂いていく。
「独りぼっちが怖いなら、どうして独りでいることを選んじゃったのかな……そんなの、悲しいっす」
「それこそキミがどうこう言う権利はないよ」
今度は凰真の両腕から雷が流れ出る。いったいいくつの異能を持っているのか。
「炭化しろっ!」
「こんなもの!」
逢離が両腕で雷を弾き返す。
「おおっ! 雷を素手で? やるじゃないか……種晶如きでそれはなんだい?」
「刃。あたしの鋼鉄――接触絶刀」
素手から突出する肘骨。そして放たれる音速の刃。
その速度、雷さえも断ち切る。光速を越える音速、それが逢離の刃。
「ははっ、夜那城切刃といいキミといいすごいな。ここまで来たんだそれぐらい出来て当然か。驚いた、ああ驚いた。欲しいな、それ、欲しい」
そして凰真がニタリと唇の形を変えて、またもや指を鳴らす。
「今度はどうかな?」
グワンと耳鳴りがしたような悲鳴にも似た音が響いた。
空間が一瞬、歪むと動けない。逢離の身体がまるで石になったような、
「重力」
「ひ、卑怯っす……」
遂には重力すらも操った。数々の異能を使う凰真を本当に倒せるのか……重力は増す。逢離がそのまま仰向けに倒れる。
「卑怯じゃない。これがボクの力なんだ、だから諦めて潰れてしまえ」
「君はもう少し視野を広げなよ」
凰真の背後から現れたのは切刃。手は黒く染まり、凰真を呑み込もうと扉を開く。
「……面倒だなぁ、キミは」
凰真は切刃に指差すと切刃もまた重力に押し潰されてしまう。
「このまま押し潰してもいいんだけれど、なかなかそう上手くいかないものだね」
肩で息をすると凰真は重力を解いてすかさず上空へ飛ぶ。凰真のいた場所が融けている。ニアが両手を広げて、身体を曲げるとスカートの下から伸びる肉の触手。
「少女の形をしている割には所詮、蟲か」
そんな凰真の言葉に逢離がピクリと眉をひそめ、切刃はそのまま逢離の首根っこを抱えて後退する。
「ちょ、夜那城センパイなにをおおっ!」
「いいから、ここにいると邪魔になるよ」
そのまま逢離と切刃を避けるように触手が凰真に襲い掛かる。触手の先端は鋭い槍の形を保っている。数え切れぬ触手が凰真を狙う。
「はは、やっぱりキミだな厄介なのは!」
「……いーち」
「へぇ、言葉を話せるようになったのかい? 散々、えーっと……蜜世か、あいつの言いなりだった割には今度はどうしてそんなに元気なのかな?」
「……にい」
「訊けよ」
「さん……」
ニアは凰真を無視して数字を数えている。そして気がつけば凰真を追うように触手が飛び交い、いつの間にか凰真を囲むように回転している。
「……とべ」
「はは、こうでなくっちゃねぇ!!!!」
そして襲い掛かる触手を炎で焼き払い、水流で押し退けて、カマイタチように吹き荒れる風で切り裂いていく。
「小細工はこの程度かい?」
「えい……」
凰真の挑発に対してニアは再び攻撃を開始するが、先程と同じように複数の力を交互に使い、全て無効化された。
攻撃は凰真に届かず、ニアは攻撃を止めてそのまま凰真に背中を向けた。
「さっきから遠くから攻撃してきて、どうしたのかな? 何を怯えてるのかな?」
「……いや、きらい」
ニアはそう言ってそのまま攻撃を止め、逢離の後ろに隠れてしまう。
「ちっ……物分りのいいガキだ」
凰真は強く舌を打った。
切刃が、逢離が、ニアが戦ってそれでも凰真に傷一つつけられない。
そしてそれを独りで観戦する雪哉。
状況を判断していた。雪哉が出来たことは分析だけだ。しかし未だに結論には至らない。
凰真の能力は複数所持されている。本来は一つの能力しか持っていない。そんな中で凰真だけが様々な異能を使うことが出来る。
どうしてそれが可能なのかはわからない。それでも一つだけわかっていることがある。
「……どうして全部使わない?」
強力な能力を持っているんだ。それを全部使ってしまえばここにいる全員を虐殺できる。しかし使う能力は全て個々で、一つしか使わない。
「使えないんだな」
「ああ、安全な場所で周りに守られながらずっと傍観してるもんね。はは、まぁ、そうだよ」
皇凰真は多重の能力を所持しているが、その能力は一つずつしか使用できない。それが凰真の異能。
「ボクの能力はボクの喰ったモノを自分のモノに出来るわけさ。だからボクはキミの妹の力が欲しかったんだ」
凰真は左腕を掲げる。
「まぁ、最初からこれを使っておけって話なんだけどね」
そして変質する凰真の左腕。それは結晶。
「……すー」
ニアが逢離の後ろで小さく手を合わせ、そのまま凰真に向けて放つ!
「もうボクにそれは効かないよ」
ニアの放つ黒い球。全てを融解する花晶としてのニアの最大攻撃が凰真を消し去ろうとしている。けれど凰真の表情には焦りの一つも見えない。
その結晶の左腕でニアの撃ち出した万物を融解する破滅の球が最初からそこに無かったうように消えて無くなったのだ。
「それは……」
雪哉は戦慄する。それは雪哉も知っている。雪哉が知っていた力。
雪哉が此処まで来ることが出来た借り物の力、それは――
「それは偉大とは違う……もうこれはキミのじゃない。ボクのだ」
花晶の能力を完全に封印する。雪哉の左腕だった、理愛に貰った人外の腕。そしてそれはもう凰真の能力となった。理愛を喰らい、理愛の力を自分のモノに。
「そして今、言おう。これがボクの花晶としての力……『喰い潰し続ける憎悪』だ」
喰い潰し続ける憎悪――皇凰真の花晶としての本当の名。
そしてその能力は黒い顎で呑み込んだ存在の全てを自分のモノにする。呑み込んだ全てを、自分のモノに。
不要なモノを切り捨て、要るべきモノだけを取り込んでしまうそんな能力。
「ボクの力で喰った人間を自分のモノにするだけさ。全部、全部だ。要らないものは省いて、消える」
「結局、お前も俺と同じじゃないか」
凰真の語りに雪哉が冷たく返した。
「はぁ?」
「結局は自分自身の力じゃない。相手の力を自分のモノにして、それで自分を創り上げる。俺だ。お前は俺だよ。それを自分のモノと勘違いしているあたりが俺に瓜二つだ」
「時任雪哉、キミは本当に神経を逆撫でする天才だよなぁ……お前がボクだと? 喰い殺すぞ?」
「ああ、そうしろ。そしてそのままお前の腹の中にいる理愛を助ける」
「ふざけるな、無能力者がああああああっ!!」
凰真が手から光を収束させそのまま放出する。光線が雪哉を貫かんと射出される……けれど切刃がすかさず右腕から開いた扉の中にその光は消えていく。
「邪魔をするな夜那城切刃ッ!」
「悪いね、こっちの本当の切り札がやられるわけにはいかないんでね」
「はぁ? 切り札ぁ!? こいつが? このゴミクズが? お前らが戦ってる最中に後ろで腕を組んで見てるだけのクソ臆病者のどこが切り札だってぇ!!?」
「だんだん口が悪くなっているね。そうさ雪哉が僕たちの切り札さ。キミを倒す最後の切り札。キミを倒すのは僕じゃない。藍園さんでもなければ、誰でもない。キミは雪哉に倒されるのさ」
「ははっはッ!! 笑えってことだろそれ? どうすりゃボクが負けるってんだぁ!」
次に凰真が放ったのは物質を生成し、巨大な槍を作り上げる。そしてそれが凰真に向けて投擲される。
「そりゃあ、センパイは強いっすから」
「藍園さん……」
そんな攻撃は切刃の能力で消し去ることが出来るはずだ。それでも逢離が割り込むようにして凰真の投げた槍を分断して立ち塞いでいる。
「夜那城センパイばっかずるいっす。あたしもいるんですから」
「はは……そうだね」
凰真はそんな二人のやり取りを鼻で笑い、右手を差し出す。
「お前らの能力はボクには効かないよ……わかっているだろう? 時任理愛の能力は何があったか忘れたか?」
雪哉に与えた左腕に秘められた異能とは別に理愛自身が持っている能力――『その手は頂に触れる《リゾン・ラーヴァ》』
それは雪哉が花晶の異能を弾き返すモノとは別に種晶の能力を封じるという力。よってその力も使える凰真に逢離と切刃の能力は通用しない。
「……ん」
だが逢離の後ろから飛び出したニア。再び触手の群れが凰真に向けて飛んでいく。だが凰真は両手を翳す。するとそこから虹色の壁が姿を現す。
「そして……これもあるわけで、花晶と一緒に戦ってもボクを倒すことなんかできないぞ?」
ニアの召喚した触手の大群が虹壁に遮られて、そのまま木っ端微塵に砕け散る。
それは月下虹子の花晶の能力――『虹壁は全てを遠ざける』である。
その壁の前には森羅万象が無効とされる。ニアの攻撃もやはり全て無駄となる。
「キミたち二人の種晶持ちと花晶一体でギリギリ、ボクと戦えるだけで結局本気を出せばキミら全滅なんだよ? まだ戦うのかい? どうするんだい? 終わりだろう?」
凰真の言葉に切刃も逢離も何も言わなかった。ニアはやはり逢離の後ろに隠れている。そんな中、ゆっくりと雪哉が切刃たちの間に割って入る。
「雪哉」
「すまないな切刃……ありがとう逢離、たすかったニア」
雪哉は全員を労いそして切刃の耳に顔を近づける。
「どうするつもり?」
「切刃……聞いてくれ」
そして雪哉の言葉に耳を傾ける。そんな雪哉の口から出た言葉はとんでもないものだった。さすがの切刃も首を横に振ってしまう。
「ダメだ雪哉……それはダメだ。終わってしまう」
「いや、これがいい。これが一番、俺に相応しい」
切刃と雪哉のやり取りに逢離とニアは首を傾げる。
切刃は何度も雪哉の提案を取り下げようとする。けれど雪哉も首を横に振る。お互いが縦に振ることはせず、そして雪哉は聞く耳持たず背中を向けた。
「俺も戦いたいんだ……後ろでお前たちが戦ってる様子を見守るだけじゃダメなんだ。だってこれは――俺の戦いでもあるから」
「雪哉……キミは本当に助けたいんだね。救済ってやりたいんだね?」
「ああ、ああ、そうだ……全部決まってたって、運命ってのが俺を遠ざけても……宿命ってのが俺だけを放り出しても、それでも俺は理愛の元に辿り着かなくちゃいけない」
もう駄目なのかもしれない。その物語に幸福な結末が存在しなくても、それでも憎悪に全てを強奪されたまま恐怖に呑まれて動かなくなってしまってはそれこそ何もかもを失ってしまう。喪ってしまうから、だから動くのだ。
舞い上がる――何度でも、夢の為に。
消沈している場合ではない。夢を叶える為に一緒に進んでくれる仲間がいる。それなのにこのままでいいわけがない。
力は無い。
偶然にも覚醒するような奇跡なんて持ちあわしてない。
それでも、それでも――
「切刃」
その雪哉の表情はいつもとは違った。
どこか柔和で優しかった。
親しみを篭めた輝いた瞳だった。
「お前に会えてよかった」
「それは、僕もだ」
「だから、行かせてくれ……俺を、理愛の元へ行かせてくれ」
切刃はもう何も言えなかった。
もう何も言わない。雪哉を行かせるしかない。切刃に雪哉を止める権利が無かった。そう……雪哉がこの場所に来たのはたった一つの理由があるから。
「お喋りはもういいかい?」
「ああ」
凰真が呆れたように雪哉たちを見下していた。雪哉は切刃を手で制止して凰真の前に立った。
「なんだい、キミがボクと戦うのかい? ……即死だよ?」
「だろうな。でも、俺は取り戻さなくちゃいけない……解っているだろう?」
雪哉が何度でも立ち向かう理由を知らない凰真ではない。その原因である存在の凰真が知らないわけがないのだ。
だから凰真は鼻で笑い、侮蔑しては雪哉を睨み付ける。殺しておけばよかったのだ。ここに来るよりも前、殺せたのだ。でもそれが出来なかった。それをさせてくれなかった。凰真は自分の胸を押さえ、雪哉を見つめる。
「じゃあ、もういいキミを殺そう」
そう言って凰真は手を伸ばす。手の平の上を炎が燃え盛る。しかしその炎は雪哉に向けられた途端に四散する。
わざとらしく舌を打っては雪哉を殺そうと能力を使おうとすると何かが邪魔をする。上手く異能を練ることが出来ない。
凰真はわかっていた。此処に来るよりも前からずっと……たった一つの違和感を覚えていた。喰い潰したはずだ――もう全て掌握したつもりだった。それなのに凰真の中で未だに拒絶していたのだ。そう、彼女はまだ全てを喰われてしまったわけではない。
(まだ邪魔立てするのか……キミはもうボクに喰われたろう?)
凰真が心の中でそう呟くが返事は無い。
どうしても雪哉に対して結晶の力を使おうとすると上手く能力が発動しない。
(そんなに大事かい? キミは、キミの大切なアレが――)
反応はない。
そして凰真の腕からゆっくりと怪物が姿を現す。
それが凰真の本質、その正体――喰い潰し続ける憎悪がその貌を見せる。
巨大な獣が口を開いて、黒い炎は涎のように垂れて落ちる。それは喰らうモノ。生者から全てを奪い、それを自分のモノにする。もう何も無い雪哉から奪えるものはない……それでも今の凰真はその能力で雪哉を喰らおうとする。
(わかった、そんなに大事なら……キミの目の前で奪ってやるよ。会いたいんだろう? 会わせてやるよ――中身は無いけどね。外身だけでも会わせてやるよ)
凰真が手を伸ばし、獣は雪哉を狙っている。
自分が喰われると分かっていて雪哉は逃げるような行為は一切せず、前へ、前へ進もうとする。凰真はもう雪哉の行動にとやかく口を出すことはなかった。やるべきことは決まった。喰い殺すのだ、何もかもが厄介極まりない、見ることすら不快な雪哉の存在を喰い千切り消化する。そんな凰真の明確か殺意を前に、雪哉はとんでもないことを口にする。
「ああ、それを――待ってた」
「もう喋るな……黙って喰われてしまえ」
凰真はもう雪哉の常人とは思えない不可解な言動に耳を傾けることはしなかった。もう何も考えない。全てを終わらせるには時任雪哉を消すしかない。
そしてそれで本当になれる。完璧になれるのだ。結晶としての全ての力を手にすることが出来る。今はまだ完全ではない。時任理愛を喰い、自分の力の一部にはしたもののまだ上手く使いこなせない。
時任雪哉の存在が邪魔をするのか、ならば不安定なこの要素を潰すしかない。もう何にも縋ることの出来ないように、何も祈ることすら出来ないように、雪哉を殺し、理愛の意志を消去する。それで全てに決着がつく。だからもう凰真はそれ以外を考えることはしない。自分自身の力でこの無能力者を斃す。
恐怖も不安もそこには無く、自分が死ぬかもしれないのに、それなのに雪哉が好機を見つけたように突然、行動に移る。何をしたのか、それは本当に気でも狂ったと思われてもおかしくない行動だった。
それもそうだ。
凰真が解き放った魔獣の顎を前に逃げるのではなく立ち向かったのだ。しかしそれはただの突貫。何も考えず、無謀な突進。
「センパイッ!!」
雪哉の無謀を前に逢離が叫ぶ。けれど雪哉を制止するよりも早く逢離は切刃に阻まれる。
「夜那城センパイ、離して! センパイが、センパイが、このままじゃ!」
「藍園さん、雪哉を……信じるんだ。雪哉が、雪哉がこれを選んだんだ……僕らじゃもう止められない。だから、雪哉を、信じるんだっ!」
「でも、でもお!」
目の前で巨大な怪物に喰い潰されるのを黙って見ていることなんて出来なくて、恩人で、大好きなヒトの兄を、守らなくちゃいけない――
「え?」
切刃の腕の中で暴れる逢離を止めたのはニアだった。逢離の服を引っ張って、首を左右に振った。
「……食べられたぐらいじゃ、死なない」
花晶としての能力の本質、それを花晶であるニアもまた知っていた。そしてその言葉の意味はまだ終わりではない、そういう意味でもあった。
ニアは凰真の花晶としての異能の説明をした。
あれは見映えこそ猟奇的ではあるが、あれは喰らった生命を取り込むだけであって食い殺すわけではないのだ。そう、だから……、
「まだ終わってない」
切刃が呟く。
そして逢離は切刃から離れた。
「切刃ぁ! 後は、任した!!」
「……ほんと自分のことばかりだね、雪哉」
凰真の腕から放たれた獣が雪哉を頭の上から丸呑みにしたのだ。もう何もかも此処には残っていない。時任雪哉という個が消えて無くなった。
「さようなら時任雪哉、喰い潰し続ける憎悪は不要なモノはその中で消滅する。時間をかけてゆっくりと、キミに死をくれてやる」
獣は消滅し、凰真は切刃たちに視線を向けた。目的は遂げた、目標は斃した。これでもう終わりだ。全てが終わった。
「いいや、まだだよ」
切刃が立ち塞がる。
「やっぱり友達を目の前で喰われるなんて光景を見せ付けられたんだ。許せないよね……ねぇ?」
そして逢離とニアもまた切刃と並んで立っている。光が灯る瞳の先に見える凰真の姿。まだ戦おうというのか。時任雪哉を失って尚、まだ戦おうというのか?
「やめろ、時任雪哉は喰い潰した」
「いいや、雪哉が還って来るまで……僕は戦うよ」
「あたしも戦うっす」
「……うん」
最後の最期、どんな状態であっても状況であっても決してそれだけは止めるつもりはない。そんな覚悟を前に凰真の身体がゆっくりと戦慄く。
「それなら掛かって来いよ……時任雪哉をボクの中でゆっくりと消化している間、キミたちの魂をここで昇華してやる」
切刃たちは凰真と戦う。
まだ諦めない。雪哉はまだ戦うのだ。だから、まだ終わりじゃない。
「雪哉……頼むよ」
無能なまま、何も持たず、それでも戦う一人の青年の為に切刃たちは戦う。
だから、戦うんだ。
切刃と逢離は顔を合わせる。二人は頷き、そしてニアは二人の間に割り込むように立ち、そして、そして――
「勝負だ、皇凰真……」
「まぁ、いいか……わかったよ。時任雪哉が死ぬまでは、相手をしてやる」