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それが全能結晶の無能力者  作者: 詠見 きらい
episode-f. -それが全能結晶の無能力者-
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f-12 それが全能結晶の無能力者<2>

f-12 それが全能結晶の無能力者<2>


 エレベーターがゆっくりと最上階に向かって昇っていく。

 雪哉は壁にもたれたまま腕を組んで無言で前を見つめていた。これで終わりだ。もう何もない。そして敗北は許されない。

 時任雪哉の最愛を救うための戦い。

 そしてその道を作ってくれた友の為に、必ず勝利を掴むと巻かれた包帯の中にある人外の左腕に力が篭る。


 そしてついにエレベーターが止まる。


 扉が開く。雪哉は、皆が拓いてくれた道の先に待つ災厄を睨み付けた。

「ようこそ、やっと最後の食事(メインディッシュ)にありつける」

「餓鬼が……遊びは終わりだ。取り戻しに来たぞ……とっとと終われ」

 わざとらしく足を組み、自分よりも大きな椅子に座り真正面から雪哉を見つめていた皇凰真(すめらぎおうま)

 雪哉の妹である時任理愛を強奪し、そして雪哉の命をも狙っていた。

 だがそれも終わり。

 雪哉はゆっくりと自分の左腕を凰真に向けて突き出した。

「理愛を、返せ」

「おいおい、いくらなんでも急だなぁ……これで終わりなんだよ? 君が英雄気取って格好の良い瞬間が味わえるのにそんな簡単に早急に呆気無く終わらせてもいいのかい?」

「どうでもいい。俺は英雄でもなければ格好を付けた覚えもない……お前の戯言なんぞ聞く耳など持たない。とっとと終わらせろ」

「はは、さすがというかなんというか……本当に君は大事なモノ以外にはなんの興味も示さないわけだ」

「少なくとも俺はお前に関心なんて感情は微塵も抱かない」

 そして雪哉は一歩前に。

 もう戦闘は始まっている。

 寧ろこの会話こそ不毛だ。とっとと全てを終わらせて、いつものように朝を迎えたいだけだ。その傍らには当然、理愛と共に――

「そっかぁ……まぁ別にいっか。さっさと終わるならボクも楽だしぃ? じゃあさっさと喰われてくれるかな?」

 そして凰真の側に刺さっていた剣を抜いて、その刃の先を雪哉に向ける。

 だがそれはたたの鋼の剣ではない。

 あまりにも歪でこの世のモノとは思えぬ、生きた剣。

 顎を開き、牙を生やし、まるで生物と化した剣が雪哉を喰らおうと睨んでいる。

「変だと、思わないのかい?」

 雪哉は沈黙を徹底していた。

 だが凰真は一人でに喋りだす。

「ここで最後さ。これで最期さ。でもさぁ……いくらなんでも余裕すぎない? ここが敵の本拠地だよ? でもいくらなんでも楽チンだろう?」

 雪哉は決して口を開かない。

 凰真の言わんとしていることはわかっている。そしてその違和感は既に心の中で口にしている筈だ。

「……他の人間はどうした」

 雪哉はそこで口を開いた。

 凰真は更に厭な笑みを浮かべて饒舌に語りだす。

「ああ、みんなみんなみーんな欲しかった欲しがった。大きな力、凄いパワー。Arkは結晶の研究してるだろう? みんなして欲しいモノがあったんだよ」

「俺の話……訊いていたのか?」

「訊いてよ。キミの妹……時任理愛が欲しかった。彼女は凄いんだ凄いんだよ。結晶の最高位。花晶の中でも、それは最も力の強い結晶――なぜだろうか?」

「それは結晶の力を消去るから」

「正解」

 理愛の結晶としての能力はあまりにも解りやすいモノだ。触れれば消去る……それは理愛の花晶としての力。結晶の中で最も最高で最強なのは解っている。そしてその力に便乗して戦って来たのが雪哉だった。

「しかしそれは一部分だと、したら?」

「なに?」

「まだ全能たる結晶の力を覚醒していなかったら? 限定的にしか消去できない力だなんて……おかしくはないかい?」

 おかしいとは思わない。

 雪哉にとってはそれはどうでもいい――瑣末なこと。

 時任理愛がこの世界に現存していればいいだけなのだ。

「生を受けた者が――その生の終わりを拒む者が欲するモノ、なんだと思う?」

 雪哉は何も言わなかった。雪哉は何も答えなかった。

 わからなかった。

 だから凰真は答えた。

「不老不死」

 結晶が唐突に世界から降り注いで、世界そのものを変えてしまった。

「結晶の話もしておこう」

 凰真が笑った。

 空から突然、雪のように降ってきたそれは結晶だった。

 だがそれが始まりではない。

 始めた(、、)だけだ。

 もっとずっと雪哉が生まれるよりも前に結晶はすでに世界に存在していた。誰も知らない、誰の目にも映らない。それはブラックボックス。

 人は結晶によって未知の力を手にいれた。

 雪のように上空から結晶を落としたのはArkだった。人々に結晶を与え世界を作り変えた。

「けれど……じゃあ、どこでそれを知った」

 世界の仕組みには興味が無い。

 この世界が結晶によって異能を手にすることが当然だとしても、そこに理愛がいるかいないか――それだけが雪哉にとって重要なだけだ。

 でも、それ(、、)は知っておきたい。

 その世界を創造したきっかけ。

 もしこの世界が結晶と繋がっていなければ、雪哉は理愛に出逢えなかったのだから。

「どこでぇ?」

 そこで凰真の表情が最も歪んだように見えた。

「そりゃそうだ知らなければ知らないままだった。日常は保たれてただろうね……ボクさぁ! ボクが、ボクが、教えてやったんだよ! 自ら、ボク自らキミたちの世界へ赴いてやったのさぁ!」

 そして消失する凰真。

 振り向けばすぐ近くまで雪哉に手が届く距離に凰真が飛び込んでいた。

「ボクが、教えてやった……結晶を、その意味を、この力をぉ!」

 そのまま放たれる巨大な刃が雪哉に襲い掛かった。

 だが雪哉は凰真の攻撃を寸前で回避する。

「ただの人間の割によく動くね……」

「危ない橋は何度か渡ってきた……恐れさえ捨てれば、どうにでもなる」

 何度でも戦った。

 幾度と無く先へ進むことを止めず、減速することも無く、ただ駆け抜けた。そして終点に辿り着いた。ここで終わるわけにはいかない。そんな一瞬で終わってしまうなどと――

「お前が俺たちに結晶を与えたのはわかる……なら、お前は……」

「何者だって言いたいんだろう? キミの大事で大好きな妹と同じさ、ボクはね」

「花晶……だというのか」

「ボクたちはずっとどこかの地中の奥底で眠っていればよかったのさ。キミの妹だってそうだし、とにかくわけのわからない異質がキミたちの世界の前に姿を現せば形が変わってしまうのは目に見えてる。だけど、ボクは残念ながら地の上に出てきてしまった。天変地異か、それともただの偶然か、そこは悪いけれどボクには答えられない。気付けば息を吹き返していた。結晶の外から出てきてしまった」

 窯の蓋が開かれていたのだ――悪意と一緒に堕ちてきたのだ。

 皇凰真と名乗る結晶存在。

 花晶――結晶の最高位。人の形をした人外。そしてこの世界を変えた張本人。

「ボクたちは結晶の中で意識はあるけれど出られないのさ。この世界のどこにでも結晶なんて鉱物は腐るほどあるけれど、ボクみたいな人型を形成している結晶ってなると結構な大きささ。だからこそ数が少ない。数が少ないから稀少なんだろう。まぁ、それはどうでもいい。ただボクは出てきてしまった……キミたちの行いが悪いのか、本当にただ運が悪かったのか、そのあたりの幸福値の大小もどうでもいいけれども……とにかくボクは意識を持ったままにこの世界にやってきたわけだから目的を果たしたいわけさ」

「それは……」

「それはボクが一番になることさ」

 雪哉は凰真が何を言っているのか理解できなかった。

 理解しようとすら思えなかった。

「キミたち人間ってホントに残念だなーって思うよ。ちょっとしたことでグラついてすぐに崩れて変わってしまう。大きな力って、人格を簡単に変えちゃうんだ」

 そして凰真は剣先を雪哉に向ける。

「キミは――正直驚いてる。そこまで真っ直ぐで純粋で純真で、狂乱で半壊した人間を見たのは初めてだからね。そんなに大事? 人間じゃない化物の妹?」

「お前がどう思おうが、俺の覚悟は変わらない。お前がどう責めようが、俺の決意は変わらない」

 雪哉はギュっと拳を握り締める。

「お前の願いはどうでもいい……お前が何を考え、何を思っていようが、俺の前では矮小すぎる――消えろ、怪物。お前のような餓鬼は地中に沈め」

 雪哉が殺意を篭めて睨み、拳を突き出す。

 そんな雪哉を前に凰真は小さく微笑んだ。

「借り物の力と、くだらない覚悟なり決意なりで纏った鎧だけでボクと戦うわけだ……うん、やっぱキミ気持ちが悪い」

 凰真がピョンピョンっと跳ねる。

「そうだね……キミだけ他と違うのが気持ち悪いんだ。それにボクの話もちゃんと聞く気ないみたいだし、そろそろ死んでもらおっか――あとその借り物の片腕、ちょん切るからそこんとこ諦めてよ」

「来い」

「来るさ」

 雪哉の挑発に凰真が反応した。

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