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それが全能結晶の無能力者  作者: 詠見 きらい
episode-f. -それが全能結晶の無能力者-
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f-7  ウタガキコエル<前>

f-7 ウタガキコエル<前>


 町の中で一際目立つ建物がある。白い大きな建造物。それが――Arkの本拠地である。

 この世界に蔓延る結晶はArkが研究している。人が結晶を持って能力を持つことを知ることが出来るのはこの機関のお陰だ。

 世界のどこにでもある、世界の為にある機関。結晶という存在が世界に現れたと同時に姿を見せた幻想を現実に繋いだ組織。

 異能などと、そんな御伽噺が日常に組み込まれ、人は能力を手にすることを許された。

 そして雪哉たちの町に大きく姿を見せるこのArkの研究所もまた末端でしかない。

 もしこの戦いに勝利したとしても全てが終わるわけではない。それでも、雪哉は理愛を守り続けるという……この闘いに終わりが無かったとしても、雪哉は逃げることだけは絶対にしないだろう。

 だからこそ雪哉は追いかける。大切なモノが消えてしまおうとしているのなら、取り返せばいいだけなのだから――雪哉は逃げない。

「巻き込んでしまって、すまない……」

「くだらないことを言う暇はないよ雪哉」

「そうっすよ先輩、巻き込まれてなんかないっす。あたしらが勝手に来ただけなんっすから」

 そして時任雪哉は独りではない。

 こうして共に戦う仲間がいる。これほど心強いものはない。

「切刃……行けるのか?」

「なんだい? 僕のことを心配しているのかい?」

 そういって切刃は腕を出す。それは人の腕では無く、鋼鉄の塊。切刃の右腕は雪哉のように人のモノではない。それは義手。だが雪哉の左腕によって破壊されたはずなのだが、切刃の右腕には確かに黒い腕が装着されている。

「いつでも、いけるさ……雪哉は自分のことだけを考えていてくれ」

「ああ、そうだな――」

 心配は無用だと言わんばかりに切刃は黒い腕を振りかざす。腰には帯刀され、いつでも戦闘は可能だった。

 次は切刃から逢離に視線を向ける。逢離は丸腰で、しかも何故か制服だった。

「いや、その……動きやすい服無かったんで……」

「だからって制服は不味いだろうに……」

「気にしないでくださいっす」

「まぁ、お前が大丈夫なら俺は何も言わんが」

 丸腰であることに雪哉は何も言わなかった。いや、言う必要などないだろう。逢離の身体そのものが謂わば一本の刃のようなものなのだ。自分自身が異能によって武器と化しているのならば問題ない。切刃も、逢離もそうして戦う術を持ち合わせている。

 だが――

「いいのか? 俺が行っても……」

 時任雪哉は無能力者だ。戦う術は持ち合わせていない。

 左腕の不壊の結晶で出来ているだけで、それが全ての敵に対して有効なモノではない。

 雪哉自身はただの人間で、脆く弱く、すぐに壊れてしまうだろう。なのに、切刃も逢離も雪哉に全てを託しているのだ。逃げることなど出来ない。進むしかない――

「妹さんを救えるのは君だけしかいないからね」

「それは先輩にしか出来ないことっすから」

「そうか……わかった……」

 雪哉はもう二人に視線を移すことはなかった。ただArkの研究所を睨みつけ、一歩、また一歩と進む。

 しかし違和感ばかりだ。

 あまりにも静か過ぎる。大きいと言っても十数階程度のビルの大きさなのだが……それでも人がいないというのは不気味にも程がある。

 ましてやArkには直属の結晶関連事件対策執行部隊。通称、銃者達(ガンナーズ)という部隊も存在しているのだ。こんな夜遅くに真正面から少年二人に少女が侵入しようとしているのに誰一人として建物から姿を見せないのはあまりにも怪しすぎる。

「やけに静かだね……」

「皇凰真、何を考えている?」

 気配を察知するなど暗殺者でもないただの一般人の雪哉では出来るわけがないのだが、それでも解る。此処には誰もいない。

 人っ子一人いない、真っ白な空間。これ以上、先に進むか否か……その余りの不気味さに足は止まってしまう。

「行くしかないっすよ。もし何かあったら、その時はその時っす!」

 だが臆した心はポジティブな逢離の前に溶かされた。雪哉は無言のままコクリと頷き、切刃と顔を合わせ、真正面から堂々と侵入したのだった。


 白い壁、白い床。白しか無く、人影という黒は何処にも存在しない。あるとするなら三つの影。雪哉と切刃と逢離の三人が立ち尽くし、辺りを見渡す。やはり何も無い。

 そしてその先を越えると、庭園のようなものが場所が広がっている。立派な庭園だが、敵の住処ともいえるこの場所に関心を抱くようなこともなく、三人はただ進む。


『よく、来たね』


 背後の扉は大きな音を立ててシャッターが落ち、三人の退路を塞がれる。そして聞こえるのは声だった。天井に見えたマイクのようなものから放送されるその声の主を雪哉たちは、はっきりと覚えている。


「皇、凰真……」

『ああ、そうだよ。わざわざボクの招待を受けて此処まで来てくれたんだ。無粋な真似はしないさ。誰にも、そう誰にも邪魔はさせない……ありがとう、時任雪哉。キミで最後だ。ボクは逃げも隠れもしない。最上階で待っているよ……そうさ、ラスボスらしく一番上でね』

「ああ、待っていろ……お前を倒して、エンディングだ……」

 そして放送は切れ、凰真の声は聞こえなくなった。どうやら誰一人配置されていないのは凰真によるものだった。

「雪哉……やっぱり君にご指名が掛かっているみたいだね」

「そうだな……切刃――」

「行ってくれ」

 雪哉が声を掛けようとした時、切刃は勢いよく腰に帯刀されていた刃を抜いた。

 切刃が制止したその向こうに見えた新たな影。壁に凭れ掛かる黒い大きな影。それは先程、雪哉と逢離が邂逅した御面だった。

 御面は何も言わない。何も言わず、指を差す。指差すそれはエレベーターだった。まるでこれに乗って行けと言っているようだった。

「誘っているみたいだな……」

「いきなよ雪哉……」

「切刃、だが、お前は――」

 そしてまた何か言いかけようとした雪哉に対して切刃は首を左右に振った。

「確かに僕の復讐は終わっていない……そして皇凰真こそが、僕の仇なのかもしれない……それでもね、君の妹さんを救えるのは君だけなんだ。僕が言ったって、もし皇凰真を殺せても、君の妹さんを救うことは出来ない。これは君にしか出来ないことなんだ」

 切刃が歩く。雪哉と逢離とは正反対。そして対峙するは御面。切刃はその右腕の鉄塊で湾曲した刃を構え、御面は懐から銀の拳銃を取り出した。

「藍園さん」

 背中を向けたまま、切刃は逢離を呼んだ。

「雪哉を頼む……それと、ごめんね。君には嫌なことばかりさせてしまった――」

「謝ったって許さないっすから」

 切刃が言い終わるより早く、逢離は辛辣な言葉で切刃を穿った。だが、逢離の表情は一片の曇りも無く、

「みんなで一緒に帰りましょう……アナタのお陰で理愛に逢えた。だから離れたくない。それはきっと夜那城さんともっす。だから、必ず戻って来て欲しいっす」

 ニコリと微笑む。そして切刃は小さく笑った。

 同じ立場で、同じように失って、同じように狂わされて、これまで生きて来た。そして逢離は切刃の仇の為に動き、復讐の手伝いをした。

 でも、今は違う。

 そんなものはもうどうでもいいのだ。逢離は理愛に逢えたことで何もかもがどうでもよくなってしまったのだ。

 それはきっと恋に似ている。同性でありながらも、逢離は理愛のことが好きだ。そして理由なんて無い。寧ろ理由なんてものが要る理由が逢離にはわからない。一瞬の出来事だったから。一目見ただけで、そうなってしまったのだ。

 逢離は理愛のことが好きだ。だから、彼女のために動いているだけだ。誰かに言われたからじゃない。それが生まれて初めての自立だった。

 こうして雪哉と切刃と一緒に戦うのだって、自分で決めたことだ。それまでずっと誰かに言われて、誰かに言われなければ、何一つ決めることも選ぶことも、生きることさえも出来なかった弱虫が自分で決めて、選んで、生きているのだ。

 だから、

「あたしが先輩を理愛のとこに連れて行きますっ!」

 逢離は高らかに宣言し、エレベーターが開いた。雪哉と逢離はそのままエレベーターに乗り込み、最上階のボタンを押す。

「雪哉……」

「なんだ?」

 扉が閉まろうとしている。

「絶対、勝とう――」

「――当たり前だ」

 そして、エレベーターの扉が完全に閉じた。


「茶番ハ、終ワッタカ」

「ああ、付き合って貰って悪かったね……さぁ、始めようか」


 御面の挑発に対して切刃は顔色一つ変えずに正面に向き直した。白の空間に二つの黒。互いに動かず、話さず、ただ黙殺を続け、武器だけを構える。

 だが最初に動いたのは切刃だった。先手必勝、手に持つ湾刀が御面の首を撥ねんと振り抜かれる。だが御面は切刃の一撃を回避し、白銀に輝く砲身から火が噴いた。

 それを切刃は宙返りでまず一発目の銃弾を躱し、地上に着地したと同時に横へ転がり二発目も躱す。

 回避行動で終わらせず、そのまま一気に御面との距離を詰め、一閃、一閃、一閃。

 御面は一撃目はなんとか躱すことが出来たが、二撃目は躱し切れないと判断したのか、その銀銃で受け止めた。砲身と刃が触れたと同時に火花が散ったが、三撃目でついに御面の武器を破壊した。

「……ヤル」

「悪いけど、雪哉とは違って加減なんてしない(、、、、、、、、)――終わらせてもらう」

 切刃は雪哉との闘いではやはり躊躇していたのだ。一撃で終わらせることが出来たはずの場面ですら雪哉の命を奪えなかった。だが、これは違う。これは敵であり、悪だ。一切の迷いも無く、躊躇いなど感じるより早く殺害することが出来る。

 これまでのように、邪魔立てする者ならば容赦無く壊すことが出来る。罪人らしく、更に罪を大きく、けれど刃を振るうことは止めず。

「能力モロクニ使エズ、ソノ強サ……ナルホド、解ッタ――時任雪哉ヲ殺ス前ニハ良イ準備運動ニナルナ」

 軽口を叩く御面に切刃の容赦無い斬撃が襲い掛かる。しかし切刃の無慈悲な一撃は見えない何かで弾かれてしまう。何が起こったのか解らない。だが切刃は迷わない……躊躇い無く再度攻撃を仕掛けるがやはり不可視の壁が切刃の攻撃を遮る。

「ナンダ、モウ終ワリカ?」

 御面の問いに対して切刃は答えない。何が起こったのか解らない。だが攻撃の手を休めるわけにはいかない。斬撃を弾き返され、一旦距離を取ったが御面はやはり仁王立ちしたまま動かずに切刃をジっと見つめている。

「ナラ、今度ハコチラノ番ダナ」

 動かない切刃に対して、御面は腰元に手を伸ばすと取り出したのはまたも銀の拳銃だった。しかし先程と違うのは砲身がやけに長く、回転式拳銃(リボルバー)のような形をしたモノだった。

 喩え切刃といえど銃弾を受ければ即死も免れない。拳銃を前に切刃はすかさず回避行動に移る。そして御面は背を向ける切刃を逃がすまいとすぐさま引鉄を引いた。切刃のいた場所が大きく穿たれ、クレーターのような穴が開いた。

「な、なんだあれは……」

 だがその余りの威力に切刃は戦慄を覚えた。拳銃から放たれたモノにしては些か威力が大きすぎる。地面を抉り取るのは、最早射出されたものは爆弾か何かだ。それは銃弾では有り得ない。

「イイノカ、ジットシテイテ?」

 御面の言葉を起点に切刃の身体は無意識に動いた。そして御面の拳銃の撃鉄が落ち、切刃が立っていた場所が吹き飛んだ。切刃は走る。御面は切刃を穿とうと引鉄を引き続ける。

(なんだ、なんだあれは……あれが能力なのか? しかし、何を飛ばしている?)

 撃鉄は確かに落ちている。鉄と鉄がぶつかる音がしている。だが、銃口からは噴き出すはずの火も煙も無い。ただ砲身を切刃に向けて、引鉄を引いているだけにしか見えない。

 一体自分が何をされているのか解らぬまま、空間は抉られ続けていく。そして不可視の銃弾を六度回避し、一旦攻撃が中断される。

(再装填する、そこを叩く――)

 拳銃ならば必ず弾切れを起す。攻撃が止まるそこを狙えばいいだけのことだ。だが切刃は違和感を覚えた。

 銃を下げ、御面は確かに追撃を止めている。それ以上、不可視の銃弾を飛ばして来ることはない。だが弾切れを起しているはずなのに、刃を振り上げ接近する切刃を前に焦燥することなく立ち尽くしていた。

 違和感はある――だがそんな違和感を拭って切刃は前進する。振り上げた刃をそのまま振り下ろそうとした……しかし切刃は洞察していた。

 不気味なほどに余裕だった御面、銀銃を構えずに立ち尽くし動かなかった。だが、切刃の攻撃が届くまで接近した時、御面は動いたのだ。

 何が起こるか解らなかったが、切刃はすぐに攻撃を止めて御面の真上を飛び越えた。

「ハハッ……曲芸師ノヨウナ男ダ」

「危なかった……弾丸の装填数が六発とは限らないよね……」

 もはや鉄塊の弾丸以外のモノを撃ち出されているのだ。そんなモノを扱う敵に常識など通用しない。すぐさま常識など忘れ、切刃は御面から逃れるように跳躍し、危機を脱したのだ。

 切刃の直感は見事に的中し、切刃の立っていた場所はやはり抉れて崩れている。切刃はそのまま御面と距離を取り、いつでも動けるように構えている。

 解ることは何を射出しているのかはわからないが、銃弾と同じように撃ち出されれば一直線に物質を抉り砕く。

「ナァニ、ソレホド万能デモナイサ……」

 未知が切刃の行動を束縛するが、御面はそのまま拳銃のシリンダーを外し、一回転させていた。

((から)……なのか?)

 拳銃に弾は装填されていなかった。まるで遊んでいるようにさえ見えた。だがその行為が何らかの意味を含ませていることと切刃は考えた。

「まさかとは思うけど……それ、空気か何か飛ばしてるわけじゃないよね?」

「正解ダガ?」

 切刃の問いに御面は即答する。大気を詰めて飛ばしているだけ。それであの威力だ。触れれば人間の肉など簡単に分解してしまうほど――

 そして切刃の攻撃が弾かれたのも、きっと風によるものだ。風は見えない……不可視の壁で切刃の一閃を遮った。

「時任雪哉ヲ切リ刻ム前ニ、オマエヲ裂イテヤル」

 切刃は服についた埃を手で叩きながら、御面を見据えた。

「君はなんだか雪哉に酷く固執しているね……君みたいな面妖――雪哉が面識あるとは思えないけど……」

 それは興味だった。さっきから何度も雪哉の名を呟く御面の姿に切刃は質問する。すると御面は拳銃で壁を撃ち抜いた。

「オレノ大事ナモノヲ奪ッタンダ……必ズ、殺ス」

「そうかい……そういうことかい……」

 合点がいったのか切刃はもう何も問わなかった。そして切刃は刃を構えた。

「悪いけれど、君に雪哉は殺させないし……君はここで終わる――だから、悪いけれど止まってくれ」

「言ウジャナイカ……オマエモ同ジ穴ノ狢ジャナイカ。時任雪哉ガイナケレバ、オマエノ姉ハ死ナナカッタ」

 切刃は動いていた。いや、瞬き一つしただけで切刃と御面との距離は縮み、切刃の一閃が御面の首筋を切り裂かんと襲い掛かった。

「ソウ怒ルナヨ……マサカ跳躍()ンデ来ルトハナ……ソレガオマエノ能力ナノダロウ?」

「ああ、そうだよ……名前ハ、悪いが無いんだ――おかしいだろう? 結晶によって異能が覚醒めた者は能力の名前が唐突に頭に浮かぶらしいんだけどね……僕には無いんだよ」

 嘘ではない。

 雪哉と戦ったあの夜でも、切刃は自身の異能を使うことが出来るのにその名前を知らないままだ。

「悪いけれど一緒にされたのが癪に障ってね……君とは違うよ。切歌は死んだ、それは事実だ……だけどそれで雪哉を恨む理由はない。因果応報さ、僕は悪人だからね。悪いことをしていれば、必ず報いが来る。偽りの時間が終わっただけで、元に戻った。孤独になった……それだけさ。でもね――」

 切刃は湾刀を振り、

「僕には友達がいる……僕のことを信じてくれる人がいる、僕に全てを任せて、君と戦うことを赦してくれたんだ、だから君はここで斃す――」

「アア、残念ダナ……時任雪哉ニ狂ワサレタコトニ代ワリハナインダ、ダカラ、手ヲ貸セバ殺シハシナカッタンダガ……」

 御面は再びシリンダーを回し、そのまま銃口を切刃に向ける。切刃は湾刀を腰元に持っていき、御面は引鉄にゆっくりと指をかけた。

「オマエハココデ死ネ」

 そして御面は引鉄を引くと同時、銃口からは火を噴かず、煙も見せず、反動も無いまま風を切る音だけを響かせて切刃を貪ろうと射出される。それを切刃は紙一重で躱し、地面を力強く踏み抜く。

 能力はまだ使えない。連続で使用も出来ず、跳躍するならば跳ぶ場所をイメージする余裕が必要になる。そして、何より恐ろしいのは一度跳んでしまえば、再度姿を現すまでは視界が闇黒に包まれてしまうのだ。

 たった一秒未満の出来事かもしれない。だが視界が塞がれてしまうというのはやはり恐ろしいものだ。先程の跳躍は奇襲であり、御面が切刃の能力を知らなかったからこそ能力の使用に踏み入れたが、御面はもう切刃の能力を知っている。

 切刃の能力の弱点に気づいているかどうかは解らないが、闇雲に能力の使用は出来ない。

 御面の不可視の銃弾を回避し、そのまま空中に跳ぶ。だが真上に跳ぶことは読まれていたのか御面の持つ拳銃の銃口は真上に向けられていた。

 しかし切刃は右腕を突き出すと、そこから鉄と鉄が擦れる厭な音を立てながらワイヤーを飛ばす。ワイヤーは柱に巻きつき、切刃の身体は勢い良く飛ぶ。そして柱に巻きつくワイヤーを利用し、そのまま遠心力で切刃の身体が一回転する。すかさずワイヤーを外し、御面に目掛けて切刃の身体が砲丸のように突進した。

「小癪ナ真似ヲ……ッ!」

 切刃の恐れを知らない行為に御面は瞬間、反応が遅れた。確かに引鉄は引いていたが狙いをつけることが出来ず、御面の射撃は命中しなかった。いや、切刃の背中を掠っていた。肉が少し削れたが切刃は表情一つ変えずに真正面から御面に衝突し、彼方まで吹き飛ばす。

 轟音を立てて、御面は壁にめり込んでいた。切刃の膝が地に突き、背中を走る痛みを堪えながら湾刀を杖代わりにして立つ。

「そうか「ARK」か……僕もあまり見たことないんだ。ただの銃器じゃ、風を撃ち出すなんて出来ないだろう?」

 ARK――Artifact・Radical・Knows。

 能力の強化及び安定を目的とした、Arkが製作した有能力者専用武器。だがArkが保有しており一般には出回らず、その存在を知っている者は数少ない。切刃もまたArkの一員だったからこそ知っていたが、切刃の装備は全て自前だった。いや、元々の能力が転移でしかないのだから強化云々の話である。そんなモノなど切刃が持っていたところで意味が無い。だからどうでもよかった。

 恐ろしいことがある。

 ARKは能力の強化とはもう一つ、安定させるという機能を持っている。例えば能力(それ)が強力過ぎたり、暴走する危険がある異能(もの)の力を抑え、加減する為のモノでもある。

 瓦礫と化した壁からゆっくりと御面が姿を現す。

 だが、そのARKが地面に落ち、御面はそれを踏み砕いた。

 言ったはずだ、それは安定を意味していると。

 それを捨てたということは――

「オマエハ、コロス」

 ここから御面の使う能力は更に凶悪な異能(もの)へと変貌するということだ。

 だが、確かにそれも脅威だ。

 それでも切刃はそれ(、、)をその程度だった。そんなことよりもずっともっと大きな衝撃が襲った。

「そうか、やはり君は――」

 全てに納得がいく。

 この敵の殺意も憎悪も怨嗟も何もかも、その黒き深淵のような負を理解する事が出来た。切刃も無関係ではない。そう、そうだ、この御面の正体は――

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