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それが全能結晶の無能力者  作者: 詠見 きらい
episode-f. -それが全能結晶の無能力者-
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f-5  地獄門へと

f-5 地獄門へと


「くっそ……」

 地面や周囲の物を抉りながら、逢離は地の上で息を切らせている。御面の男は銀の銃を構えたまま微動だにしない。

「あの御面野郎……卑怯なんだよ、鉄砲バンバン撃って来てさ……」

 そもそも戦闘経験など殆ど皆無の逢離にとって、敵が所持している武器の強大さを前にどうしていいかわからなかった。

 だが、銃弾を喰らう程度では死なない。逢離はそういう身体なのだ。元々はただの無能力者であったが、つい最近、有能力者として覚醒(めざ)めた。

 そしてその異能は「接触絶刀(アーマゲイン)」と呼び、その身を鋼鉄へと変貌させる。

「ドウシタ、サッキノイセイハドウシタ?」

 逢離は物陰に隠れ、好機を窺うが見つからない。銃弾を一度でも浴びれば本来ならば死んでしまうはずだ。だが逢離の身体は鋼鉄と化している。

 だから武器に対しての恐怖は無い。凶器を前にしても恐れることはない。だが、この違和感はなんだと。自分は今、何と対峙しているのだと。

「なんなんっすか……あれ……」

 違和感は拭えなくとも、戦わなければならない。目の前にいる男なのか女なのかもわからない。それでもこの何かと戦わなければならない。雪哉の進む道に、コレを行かせてはいけない。

「コロス」

「死にたくない」

 逢離は動いていた。ただの人間で、戦闘の知識など無い。だが異能を手にすることで五感が発達したのか、強襲する危険を察知し、逢離は物陰から飛び出した。

 逢離が隠れてた場所はごっそり無くなった。まるで見えない何かで削り取ったようだった。飛び出してしまった。隠れている場合ではない……戦うしかない。無論そのつもりだ。

「これだけ近付けばぁ――!」

 恐怖は動きを抑制する。制約が加えられてしまう。

 だが逢離にはそれがない。武器を持っているだけでは逢離の心に恐怖心を植えつけることは出来ない。だから躊躇いも無く近付ける。

「オソスギル」

「なぁ――」

 だが逢離の手刀は御面に届かない。御面が跳躍し、逢離の攻撃を躱した。そして見上げれば既に御面の手に握られていた銀銃が火を噴いていた。

(当たっても……痛くない!)

 銃弾を躱すことは人間には不可能だ。だから逢離は諦めて攻撃から防御に行動を移す。顔の前で腕を交差させてジっと立つ。轟音を響かせながら、逢離に凶弾が襲い掛かる。二発、逢離の身体にめり込むように直撃したが……ダメージはゼロだった。

 逢離の身体が衝撃で揺れたがそれでも逢離の表情は変わらずに不敵な笑みを浮かべていた。常識を逸脱した逢離を垣間見た御面はそのまま地上に落下し、首を傾げている。

「オカシナ、女ダ……有能力者ナノカ?」

「あたしにそんなモノは効かないっすよ」

 逢離は余裕に口元を歪めて、首を左右に動かす。まだ戦える。相手の正体そのものがわかっていない故に油断は出来ないが、一方的に敗北することはないだろう。

「ソウカ……常識(コレ)ハ効カナイカ――ソウカ、ナラ最初カラコッチヲ使エバヨカッタ」

 だが逢離の言葉を聞いた御面は持っていた拳銃を捨て、手の平で大気が渦巻いていた。先程の逢離が飛び出したことでなんとか回避できた攻撃は拳銃ではなく別の攻撃だったのだろう。

 破壊力が違いすぎる。銃弾一つで物質を抉り取るような威力は無いはずだ。

「オレハ時任雪哉ヲ殺スノガ目的ダ、オマエナンゾニ構ッテイル場合デハナインダ」

「どういうことっすか……」

 だが御面は答えない。そして強い風が御面の周囲から吹き荒れ、逢離は全く動くことが出来ずにそのまま御面を逃がしてしまった。

 いや――

「なんなんっすか……」

 まるで飽きたようにも思えた。どうでもいい。眼中にすら無かった。まるで逢離など相手にしている場合ではないようにも見えた。それはきっと……時任雪哉に固執しているようにすら見えた。

 だがあんなモノは知らない。雪哉も、逢離も、誰もあの御面を知らない。ならば、あれはなんなのだろうかと。しかしそれが何者なのかなど知ることなど出来ず、逢離はただ独りになってしまった。

「やぁ……藍園さん」

「や、夜那城先輩……」

 しかし独りだった逢離の前に現れた切刃。逢離は無意識に後退し、警戒していた。本来、逢離は男性が苦手である。いきなり後ろから現れた切刃に対して、それが切刃だと認識出来なければ刃と化したその手で斬りかかってもおかしくなかった。

「どうしたの……こんなところで?」

「いや、その……」

 逢離は上手く言葉を紡げなかった。雪哉の前では難無く言葉を吐き出すことが出来たのに、それが出来ない。

 それは見知らぬ男だから、ではない。

 そう、藍園逢離は夜那城切歌の命令で雪哉たちを監視していた過去がある。そしてそんな切歌の兄がこの切刃である。

 切歌の目的は知っているし、こうして夜に出歩いていることも知っていた。

「……まぁ、物騒なことに巻き込まれていたことは解るね」

 何があったのかは一目瞭然。

 周囲が壊れ砕けている様子を見れば、厄介事に巻き込まれたことに気付くことは出来る。

「夜那城先輩は……どうして?」

「君は……雪哉と喧嘩したあの日に一緒にいただろう? 仇を討つ――それだけさ。そして、雪哉の力になる……それだけさ」

 ここにもまた逢離と同じように雪哉に力を貸そうとしている人間がいた。

「だったら……早く先輩を追わないと。あの皇凰真って子を追いかけて行っちゃったっすから」

「そうか……藍園さんは、どうするんだい?」

「どうするも何も……あたしも行きます。理愛はあたしの友達だもん……先輩たちと一緒に助けに行きたい」

「うん、わかった……」

 切刃はそれから声を出すことはなく、そのまま歩き出した。逢離は切刃の背中を追いかけるように歩いた。着いて来る逢離に対して切刃は何も言わなかった。

 そのまま数分ほど歩く中で、逢離はつい口を開いてしまったのだ。

「あたし……夜那城先輩のこと、苦手です」

「ははっ……バッサリだね。まぁ、それでいいと思うよ。それが普通だと思うよ。寧ろそう思ってくれていてよかった」

「夜那城先輩って……Mか何か?」

「失礼だなぁ……それに女の子がそんなこと言うもんじゃあないね。でも、君のように僕を許してくれない人がいてくれるお陰でこうして罪人だということを再認識できるんだ。僕のしたことはとてもじゃないが、許されない」

 夜那城切刃は知っている。自分が犯した罪も、罰も。

 家族を奪われ、世界を壊され、そして殺し壊し返す為だけにその手を穢すことにした。人を殺した。力を手にした。そしてまた殺した。壊した。自分がされたことを、他人にしていた。

 そして藍園逢離の人生も狂わせることとなった。だが――

「いいんです……夜那城先輩に、切歌さんに……命令されてなければ、きっと理愛に逢うことも出来なかったし、離れたままだったろうし」

「いいのかい?」

「良くはないっす。あたしは忘れたままだったし、あたしの家族なんて、冷たい言い方になるけど――きっとどうでもよかった。それなのに無理矢理、そんな忘れたい記憶を掘り起こして協力させた夜那城先輩らは極悪人っす。でも、でもやっぱりあたし……理愛に逢えて良かったから。だからもう、いいんっす」

 逢離の歩幅が広がり、速度が上がる。

 そして切刃と肩を並ぶと、切刃が歩く速度を落とし、同じ歩幅で進む。

「あたしたち、一緒なんでしょう? あたしたちの世界を壊した敵がもしかしたら――」

「ああ、皇凰真……僕は確かめたい。本当に、彼が僕たちを狂わせたとしたのなら……全て、そう全て終わらせたいじゃないか」

 ここまで来たのだ。もう引き返すことは出来ない。

 そして逢離もまた意を決した。ここまで来なければ、ここまで進まなければきっとずっといつまでも知ろうとはしなかった。

「ちょっとごめん」

 唐突に切刃は携帯電話を取り出すと、そこから着信音が鳴り響いていた。

「ああ、雪哉か……」

 どうやら相手は雪哉のようである。切刃の歩く速度が少しだけ速くなった気がした。

「うん、うん……なるほど……そこか、そこが終点か――」

 納得したように切刃は大きく頷き、そして携帯電話をポケットに仕舞った。

「藍園さん……急ごう。雪哉はどうやら辿り着いたようだ」

「辿り着いたって……どこに……」

「全ての、元凶にさ――」

 そして切刃は走り出した。速い、とても速い。でも、逢離もまた全速力で駆け抜ける。その背中を見落とさないように。孤独にならない為にも。

 全てを終わらせる為に、切刃と逢離は疾駆する。そして、最後の舞台に向かって立ち止まることなく走り続けるのだった。

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