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それが全能結晶の無能力者  作者: 詠見 きらい
episode-f. -それが全能結晶の無能力者-
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f-4  君は、独りじゃない

f-4 君は、独りじゃない


 暗闇でただ独り。捜し物は見つからない。

 時任雪哉は町を走る。

 意味など無いのかもしれない。そんなことをしても変わらないのかもしれない。

 それでも、それでも、立ち止まってはいられなかったから。

 自分自身の弱さで失ってしまったのならば、自分自身で取り戻さなければいけない。

 それはとても大切なモノ。

 生きる為に必要なモノ。

 欠けてはいけない。欠けたままではいられない。

 だから雪哉は走る。捜さなければ、見つけなければ、それでも都合よく目の前にあるわけがなく、ただ時間だけが過ぎていく。


「こんなところで、何をやっている?」


 雪哉の捜し物は見つからなかった。

 しかし、別のモノが見つかってしまった。

 公園のベンチで独り、ブランコに座り込んだまま動かない少女がいた。その少女を雪哉は知っている。

「先輩? 先輩こそ……どうしたんっすか?」

「いや、お前、女子が独りでこんな時間に……物騒だぞ」

 雪哉は頭を掻いて、そのまま空いていたブランコに腰を落とす。

 藍園逢離。

 雪哉の後輩であり、理愛と同じクラスであり、そして友達だった。

「別にいいっすよ……あたしに触ったら逆にコマ切れっすから」

「ああ……」

 逢離は有能力者である。

 種晶所持者であり、そしてその異能は肉体を刃に変えるというあまりにも暴力的な能力。暴漢が彼女に襲い掛かったとすれば、真っ先に肉体が切断されることだろう。だが雪哉はそんな逢離の能力を前にしても怖気付くことなく平然と逢離が座るブランコの横に座っている。

「理愛……いないっすね」

「ああ、どこにもいない」

「お前も、通り魔事件の犯人のことを知って……その、なんだ、こんな時間まで外にいたのか?」

「そうっすね……銀の髪に、銀の瞳って――理愛を拉致(さら)ったクソガキと同じじゃないっすか。そんなの黙ってられないっすよ。あたしの理愛を返せっての」

「お前のじゃない、俺のだ」

「ああ、そうでしたね……いやはや、これは失礼」

 なんて言って、逢離は笑った。

 雪哉は冗談でこんなことを言っているわけではない。本当に、理愛は雪哉のものなのだ。それは変わらない。それが絶対なのだから。

「でも、理愛はあたしの友達だから……だからあたしも捜します」

「ありがとう」

 唐突に謝礼をする雪哉に逢離の表情は驚いたものに変わった。

「俺は独りじゃ、何もできないただの子供だ……だから一人でも多く、協力してくれる人が欲しい……力を貸してくれ」

 雪哉はそのまま逢離に向かって深々と頭を下げた。それと同時に逢離は慌てふためき、口から「あわあわ」と動転したのか不思議な言葉を発していた。

「べ、別に……先輩に言われたからじゃなくて、その、あたしだって理愛を見つけたくて、だから……だから――」

「……ふふっ」

 そしてついに雪哉は吹き出してしまった。それがとても失礼なことだというのはわかっているのだが、そうせずにはいられなかった。

 視線を逢離に移せば両頬を少しだけ膨らませて不機嫌そうに半目に雪哉を睨んでいる。

「いや、本当に理愛はいい友達を持ったと……そう思ってな」

「理愛が先輩のモノだってのはわかってますし、その事実は根底から覆せないことも認めますし、諦めるっす。でも、理愛とあたしが友達だってことだけは決して先輩でも否定させませんから」

「わかってる、わかってる……さすがの俺でもそこまで外道じゃないさ……認める、認めるから――」

 理愛と逢離の関係は認める。

 自分で築き上げた世界の重要さが如何なるモノか、それは当の本人が痛いほどに理解している筈だ。その世界を傷つけ、壊すことなど、雪哉自身が許しはしないだろう。

「さて……」

 十分過ぎるほど休憩はした。まだだ。まだ駄目だ。

 雪哉はブランコから立ち上がり、そのまま逢離に背中を向けて公園を後にする。

「行くんっすか?」

「ああ、別々に動いた方が効率はいいだろう?」

「でも、あたしらが追ってるのは……いえ、先輩なら心配ないっすね」

 逢離が言いたいことはわかる。

 追っているのは、きっと敵だ。

 そして戦う術を持たぬ雪哉がもしそれと遭遇すればどうなるか――

 だが逢離は雪哉を止めなかった。止めることが出来なかった。そして、それが出来ないことは逢離がよくわかっていた。

 雪哉は止まらない。

 一瞬だけ、刹那的に停止する場面はある。だが、時間と共に彼は動く。絶対に止まることはない。だって時任雪哉は世界で一番大切なモノの為に動けば、殺さない限り止らないのだから。

 力があろうがなかろうが、有能であろうが無能であろうが、結晶を持っていようがいまいが、そんなことは関係ない。時任雪哉にとっては瑣末すぎる。

 そこに理愛がいない。

 動くには十分すぎる。喩え強大な力を持った敵が立ちはだかったとしても、雪哉は挑む。対峙する。

「理愛を、頼む」

「先輩からは、何度もその台詞聞いてるっすね……でも、そんなこと言われなくても大丈夫っすよ」

 そして逢離もまたブランコから立ち上がって、公園を飛び出して行ったのだった。そのまま雪哉もまら闇黒に染まる町を歩く。

 

 理愛を奪った少年。

 町で起こる通り魔事件。

 銀の髪、銀の瞳。

 動くには十分すぎた。


 一瞬だけでも諦めてしまった雪哉がいた。けれど、それはほんの一瞬だけだ。

 だけど、そんな弱い自分はもういない。だからもう一度、雪哉は歩く。

 人工の光が消えた商店街を歩いていた。シャッターは全て閉じ、人の影すら見当たらない。

 だが、


「それで、そんなことをして何の意味が……なんて思わないのかい?」

「……お前は」


 まるで最初からそこにいたように雪哉に声を掛けたのは――


皇凰真(すめらぎおうま)――」


 雪哉の半分の背丈しかないその少年に、雪哉は敗北し、失った。そして取り戻そうと足掻いていた。


「いや、夜那城くんもだし、キミと一緒にいたあの……えーっと誰だっけ? ポニテの子もそうだし、なんだか最近この辺、嗅ぎ回って鬱陶しいんだよね。ついにはキミまでこんな夜道を歩いてる。何してるんだい?」

 ポニテの子というのは逢離のことを言っているのだろう。

 それはそうとして、やはり凰真は切刃や逢離が行動しているのを知っている。そしてこうして雪哉を待ち伏せするように先回りしていた。

「お前、なのか?」

「なんだい? 質問に質問って……キミ、一応は一端の学生なんだから常識ぐらい持ち合わせてくれよ」

 馬鹿にしたように凰真は雪哉を見ていたが、雪哉はジっと凰真を凝視し、ただただ睨みつけていた。そして根負けした凰真が口を開く。

「わざとさ。ホントはもっと上手くやれるさ(、、、、、、、)。キミらを釣るにはデカい釣り針だろう?」

「いいさ、お前の思惑には乗ってやる。だが、それでも……理愛は、返してもらうぞ」

 どんな思考があったとしても、そんなものは雪哉にとっては関係ない。それよりも今は一番逢いたかった存在に逢えたことが何より好都合だ。

「こうしてせっかく逢えたってのに、もう死ぬのかいキミ?」

「理愛を返してくれればそれでいい……返せ」

 雪哉の声のトーンが低くなり、ギュっと左腕を握り締めた。包帯の奥底に眠る人外。戦える能力は持ち合わせていないが、それでもここで逃がすわけにはいかない。

「返さないさ。あれはもうボクのだから……でも、まだ足りない。足りないんだ。だから――」

 消えた。

 しかし、すぐに凰真は現れた。その手にはいつの間にか黒い大剣を装備していた。

「キミを(ころ)すことにする――」

 虚空に呑まれる白い包帯。

 そして雪哉の身体は大きく後ろへ跳ね飛ばされる。

 間一髪、振り払った左腕が凰真の大剣の一閃を防いだ。雪哉の左腕を隠していた包帯が千切れ、そのまま結晶で出来た人外の腕が姿を見せる。

「ああ、それだ。やっぱそれだ……きっとそれだ。それが無いからだ。そうに決まってる。そうだそうしよう」

「何を、ワケのわからないことを……」

 凰真が独り言のように理解に苦しむ台詞を吐き散らかし、そして特攻した。雪哉はなんとか凰真の攻撃を防ぐことが出来た。

 危険だ。

 これはあまりにも危険だった。

 時任雪哉は恐怖する。自分よりずっと小さく幼い少年に危惧の念を抱く。

「それが最後の鍵なんだ、時任雪哉……命を残して、その左腕を置いていけ」

「そんなにこの左腕が欲しいか? だが、それは無理だ……これは理愛が俺にくれた、理愛と俺を繋ぎ止めるモノだ。お前のような餓鬼には渡さない」

 恐れを抱いて尚、雪哉は凰真と対峙する道を選んだ。

 ここで全てを諦めて、全てを忘れてしまうのは――それは自殺と変わりない。

 理愛を助ける為に、日常を取り戻す為に、この夜を歩んだのだ。だから負けたくない。これで終わりだ。だから、

「皇凰真、俺は……お前と戦う……」

「ああ、言った言っちゃった。死にたくないくせに、こんなところで終わりたくないくせに、きっとずっともっと生きていたいくせに。それなのにそれなのに、臆病なくせに、そっち(、、、)を選ぶ。死にたがりの無能力者め。そんなに死にたきゃ、ここで死ね」

 皇凰真という少年から放たれるおぞましい殺意が雪哉の心を蝕んでいく。動かなければ真っ先に殺される。何も出来ずに殺される。ただその魂は蹂躙され、この身は喰い潰されるだろう。

 しかし凰真は動かなかった。力の差は歴然だ。しかし凰真は動かない。それどころか黒い大剣が凰真の影に沈んでいく。武器は消失し、凰真は大きく欠伸をする。

「食後の運動はやっぱ疲れる……それに本調子じゃないんだ」

「……それが、なんだ。俺を馬鹿にしているのか? 無能力者だから、その剣を使わずとも殺せると」

「違うよ、あまりに珍しいモノを食べたせいか順応しないんだよ。いろいろとね……でも、キミは殺したいし、死体になってもその腕をちょん切ればいいだけだしね、だから――」

 轟、と強い風が吹いた。雪哉の身体がほんの少し後退するほどの強さ。

 両目を閉じたくなる強風だったが、風が止んで瞳を開けば……凰真の横にもう一人立っていた。

「キミの相手はこの子に任せることにするよ。別にこの子を倒してもいいし、逃げ切ってボクのところまで来たら相手をしてあげるよ」

 そう言って凰真は背中を向けて、商店街から消えようとした。

 続けざまに雪哉の携帯が震え、画面を開けばそこに一通のメールが届いている。

「ボクはここで待ってる……来なよ、勝負だ」

「ふざけ、やがって――」

 敵が用意した舞台で戦うなどと、そんな自ら不利な状況に追い込まれるわけにはいかない。だが、それでも雪哉は凰真の挑発に乗ってしまうのだろう。

「送信元が……理愛の携帯だ。お前がどうして理愛の携帯をっ!」

「なぁに、キミを追い詰める為さ。一つ、また一つ、キミの大事なモノがボクのモノになっていく。そしていつかキミの大切なモノが全部ボクのモノになるわけさ。この携帯もその一つ。さて、次は何を頂こうかな?」

「殺すっ!」

 安い挑発だとしても、それでも聞き捨てならなかった。何もかもを奪うだなどと、そんな台詞を吐き出す餓鬼を許すわけにはいかない。しかし凰真は背中を向けたまま、雪哉に視線を向けることなく消えていく。

 勿論そのまま逃がすわけにはいかない。雪哉は追いかけようとした――したが、凰真の横に立っていた異形がそれを邪魔する。

「お前に用はないんだ……そこをどいてくれ」

「オレニハアルンダ」

 まるで金切り声。人の声とは思えなかった。まるで機械のような……人族からは逸脱した何かが人の形をしてこの世界に現存している。これはなんだ? わからない。

「全く……お前が何なのかわからんが、顔を隠すのはなんだ、お前らの間で流行ってるのか? 謎の組織的なあれか? 格好良いとは思わないが――」

 雪哉の煽りを完全に無視し、その人外は顔を上げた。

 いや、顔は上げたが……顔が無い。その面には顔がなかった。そして白い面をつけたそれは懐からとんでもないモノを取り出した。

(拳銃……マズいな)

 さすがの雪哉も顔色を変え、額から汗が滲み出ていた。名称も不明だから、今はこの面を被った何かを御面(おめん)と呼ぶとして、その御面が取り出した大口径の銃を前に雪哉は成す術もない。

 これはわかりやすい暴力の集合体だ。引鉄を引き、銃弾を飛ばし、その鉄塊は万物を貫く。結晶を所持することで発現させる異能とは違う。それは平等に使用を許され、平等に傷つける仕様となっている。それはあまりにも危険な代物だ。

「シネ、シネネネッ、トキトウユキヤッ!」

「どうやら酷く恨まれているようだが……悪いな、俺はお前は知らない、まだ死にたくない」

 まだ御面は拳銃を構えていなかった。だからこそ雪哉は動けた。銃の知識は皆無である雪哉だが、銃は構えて引鉄を引くまでに時間を有することは素人でもわかった。

「コレデ、オワリ、ダッ」

 その言葉には呪詛が篭められていた。とてつもない怨嗟が雪哉に襲い掛かろうとしている。そしてその引鉄を引けば全てが終わってしまう。

「その人に、手を出すな」

 声がした。

 耳に響く声が――

 そして雪哉の影が消える程に大きな影がスっと頭上を通り抜けた。

「ナンダ、オマエハ?」

「あたしの先輩に手を出すなって……言ってるんっすよ」

 両手の五指を真っ直ぐに伸ばして構えたまま立っているのは逢離だった。さっき公園で別れたはずなのに、それなのに逢離は雪哉の前に立ち、御面の正面に向かって戦闘体勢に入っていた。

「逢離……お前は……」

「理愛には先輩が必要なんっす、だから……行ってくださいっ!」

 それ以上の言葉は不要だった。

 そしてそれ以上の言葉は逢離の信頼を裏切ることになる。逢離は雪哉を信じて道を開いた。未来を拓いたのだ。ならば雪哉が出来ることはただ一つ。

「死ぬなよ……そして、必ず来てくれっ! 俺に力を貸してくれ!」

 何もかも独りで遂げるつもりだった。

 何もかも捨てて果たすつもりだった。

 だが、それは無理だった。孤独でも歩くことは出来る。出来るが、それで果たしていいのだろうか。

 時間はそれほど経過していない。

 たった数ヶ月の物語。

 けれど雪哉の価値観を変えるには十分過ぎた。独りでは、もう守れない。だから力が欲しい。空想に想いを馳せている場合ではない。幻想は現実に具現されることもない。

 だからちっぽけな無能力者は、ただ叫ぶ。

 一緒に、戦って欲しいと。

 そしてその心は確かに逢離に届いていた。雪哉の必死さが伝わる……そして逢離は微笑んだ。それはとても柔らかな笑み。

「先輩は知ってるはずです……」

 逢離は振り向き、雪哉を見つめた。この絶望的状況の中で、きっとおっかなびっくり逃げ出したって構わない最低最悪の中で満面の笑みを浮かべている。そして逢離の小さな口が開き、言葉が紡がれる。


(あなた)は、独りじゃない――」


 知っていたはずだ。逢離の言う通りだ。その言葉を聞かずとも雪哉は知っている。自分は孤独ではない。助けてくれる人がいる。力を貸してくれる人がいる。だから、だから――


「逢離……任せたぞ」

「了解っす!」


 片目を閉じ、グっと親指を突き立てるのを見て、雪哉は小さく微笑んだ。大丈夫だと、雪哉は逢離に信頼を寄せ、そして駆け抜けた。

 そして雪哉は走り出す。この場を切り抜けようとする雪哉の行動を阻止しようと御面の銃口は逢離から雪哉へと向けられた。だが、御面が雪哉に視線を移したその刹那、逢離は攻撃を開始する。

「オンナ……ジャマヲ、スルナ」

「先輩の……邪魔を、するな」

 一瞬即発。

 いや、すでに爆発しているか。しかし逢離と御面は向かい合い、対峙する。

「ジャマダナ、コロスカ……」

「あたしだってこんなとこで死ぬわけにはいかない……だから、アンタが誰かは知らないけれど、ここでやっつけるっ!」

 雪哉と約束をした。

 敵を倒し、雪哉に追いつく。

 そして理愛を取り戻す。

 戦闘が開始される。御面は完全に逢離を敵と認識し、そして銃口を向けた。もう逃げられない。もう助からない。

 勝利するまで終わらない。そんな殺し合いが始まろうとしている。

 どちらが先に動いただろうか……逢離が御面に接近し手刀を放ち、御面は逢離に向けて銃口から火を噴かせた。

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