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それが全能結晶の無能力者  作者: 詠見 きらい
episode-f. -それが全能結晶の無能力者-
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f-3  嘆きさえも振り払い

f-3 嘆きさえも振り払い


 どれだけ、眠っていたのか、それを雪哉は知る由も無く……。

 だが、意識がはっきりとしたと同時に雪哉は全てを思い出した。


「理愛っ!」


 守れなかった大切な名前を大声で叫んだ。

 だが、その叫び声はただ室内に響いただけだった。

 雪哉は思い出す。唐突に現れた少年。銀の髪と瞳をした、理愛と同じ少年。そして、その少年に全てを奪われ、雪哉は孤立した。

 強く拳を握り締め、下唇を噛み締める。ここで物に当たってしまっても良かっただろう。だが、そんなことをしたところで何も変わりはしない。それどころか自分自身の価値を下げるだけの無様な行為ならば、しない方がマシだった。

 だが自分に価値があるのか……と問えば、答えはNOだった。何もありはしない。異能も何も無い、ただの無能力者に一体何があるというのだろうか。結局は守れず、奪われ、倒れ、失い、目を醒ます。


「俺は、無力……だ……」


 そんなことはずっと前から解っていたことだ。

 なら何故、抗い続けた?

 抵抗を繰り返し、ここまで来たのだろう?

 答えは簡単だ。

 戦う術を、持っていたから。

 思い知らされたのは、無能と無力ということ。

 花晶(いもうと)を失えば、所詮はただの無能力者。喩え左腕が異形であっても、この世のモノではなかったとしても、それだけでしかない。


「それで、お前はどうしてここに?」

「弱音を吐く割には冷静じゃないか……雪哉。そうだね、三日ほど眠っていたよ」

「何故、お前が俺の部屋にいる?」

「友達だろう? 心配したっていいじゃないか――」


 そして雪哉は何も言わなくなった。

 三日。

 そう、三日もの間、雪哉は完全に沈黙していたのだ。

 その間、世界は確実に時間を進み、雪哉を独り置き去りにしていた。


「雪哉……これ……」


 そして渡されたのは新聞だった。

 どれだけ時代が進んでも、未だに生き残る紙媒体の一つだ。科学が幾ら進歩しようとしても、変わらないものもある。

 だが、今はそんなことはどうでもいい。雪哉はベットの上で切刃から渡された新聞を受け取る。そこにはこう書かれている――


 連続通り魔事件――ついに、死者。


 今までは傷害事件で留まっていたが、ついに死人が出てしまった。

 しかし雪哉は一つだけ気になったことがあった。


「これは……お前の仕業じゃなかったのか?」

「心外だなぁ……僕は確かに人殺しだけど、理由も無く人を殺しはしないよ?」


 タイミングが悪かったと――切刃は付け足す。

 ずっと前から起こっていた通り魔事件だったが、それは切刃とは無関係のようだ。切刃が殺したのはArkの人間だけであり、ニュースに取り上げられていたのはただの一般人で、そして今回の被害者もまたどこにでもいる普通の一般市民だった。

 しかし――今更どうして、こんなものを。

 冷たい言い方になるが、これは雪哉にとっては関係無いものだった。切刃が自分ではないという身の潔白の為にしたのかと思ってもいいが、切刃はそんな保身的な人間ではないということを雪哉は知っている。だって自分と同じように目的の為ならば平然と罪を背負う覚悟を持った人間なのだから。

「どうしてこれを俺に見せた?」

「犯人の特徴知ってる?」

「さぁ……」

「銀の瞳に、銀の髪」

 その言葉に雪哉は目を見開き、切刃の胸倉を掴んだ。

「どういう、ことだ?」

「殺された被害者には……同伴がいた。片方だけを殺して、片方には一切手を出さずに闇夜に消えたそうだよ。惨たらしい有様さ、殺された人はまるで胴体から上だけ無くなっていたそうだよ? でも両腕は地面に転がってたみたい。本当に首と胴体だけ喰われたみたいに」

「……人間とは、思えんな」

「人間じゃないさ。そんなことをする奴は、人間じゃない――」

 少しずつ切刃の声のトーンが低くなっていくのがわかった。心なしか身体も少しずつ震えている。

「僕の家族も、そうやって殺されたんだ」

「なに?」

「似てるんだよ……僕の全部を奪った奴の殺し方にそっくりだ。まるで喰い散らかしたような、下品な食べ方にも似た――それに、銀の髪に銀の瞳だなんて……こりゃ試されてるとしか思えない」

「だったらなんだ? その殺人犯は俺やお前を挑発する為だけにわざわざ人を殺して、メディアを通して喧嘩を売ってるとでも言いたいのか?」

 愚行にも愚考にも程がある。

 そんな都合の良い話があるものか。幾らなんでも話が突拍子すぎて笑えない。


 だが、


「そうだよ……そうなんだ。僕はそう思ってる。だから……僕は町に出ようと思う」

 見つけた数少ない手がかりで、切刃は進もうとしていた。だが、雪哉は切刃の言葉に対して何も言えなかった。

皇凰真(すめらぎおうま)。……おかしいことが二つあるんだ。彼は少年の容姿をしていただろう? 初めて逢った時(、、、、、、、)からなんだ。そしてもう一つ、彼は銀の髪であるということ、銀の瞳であるということを……隠してたんだ――」

 だからこそ切刃は動こうとしている。

 おかしいのだ。

 切刃は騙されていたのかもしれないと。

「あの少年はね……この町のArkのトップの一人なんだ。僕の上司でもあった。切歌……いや、花晶をくれたのも彼だった。僕は嘘でも、偽りでもよかった……死んだ姉さんにもう一度逢えたんだから。それでよかった。そして一緒にいれればそれで――」

 だからこそ切刃はArkの一員として、どんな汚いことだってして来れた。自分の世界を壊した犯人を見つける為にも。だが、最もそれに近い存在が身近にいた。

「僕は愚か者だよ……目先の欲に周りを見なかった僕の罪だ。罰だって背負うさ……でもね、僕はまだ諦めたくない……」

 雪哉は黙殺を決め込んだままだった。

「君の妹を奪っていったのも……銀色の瞳に髪をしていたじゃないか……もしかして、諦めたのかい? そんな簡単に、そんな脆弱だったのかい? 君は、強くは無かったのかもしれない……でも、弱くはなかったよ」

 雪哉は何も言わなかった。

 守るモノを失ってしまっては、もう何も出来ない。

 非力で、愚かなただの人間。

 もう、これで終わり。終わってしまった。決着はついてしまったのだ。

 雪哉は最後まで何も言わなかった。無反応の雪哉を前に切刃もまたそれ以上は何も言わずに部屋を出ようとする。

「もし、もしもだ……」

 だがドアノブに手をかけた切刃はそのまま出て行かずにもう一度、雪哉に声をかけていた。

「今は立ち止まっていても、君が前へ進むなら……その時は僕も一緒に行くから。友達だから――君の力になりたいんだ。だから、君の為なら何処までもついて行くよ……」

 その言葉は確実に雪哉の耳に届いているはずだ。

 だが、雪哉はそれでも何も言わずに切刃と目を合わせることもしなかった。


 そして今度こそ切刃は部屋を出て行った。

 雪哉はベットの上で何も出来ずにただ座ったままだった。拳は震えていた……だが、何も出来ずにただ自分の弱さを呪っていたのだった。


 切刃が雪哉の部屋を出て、どれだけの時間が経過しただろうか。

 雪哉はただベットの上で動けずにいた。

 だが、わかっていたことだ。このままではいけないということは。

 まだ終わっていない。終わりに近付いただけだ。何もかもが終わるのは死んだ後でいい。壊れていない。まだ自我は保たれている。

 切刃は動くと言った。

 まだ終わっていない。まだ、このままでは、終われない。

 雪哉は立ち上がり、クローゼットから私服を取り出した。


「まだだ、まだだ……」


※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※


 何を、どうすれば、なんて何一つわかってはいない。

 正解なんてわからない。何も見えない。けれど、見えないままでいていいのか。見ない振りをしていていいのか。そんなのは駄目だ。

 

 友は言った。行った。

 

 そして醜態を晒して尚、雪哉を友だと言ってくれた。そして行ってしまった。

 だからこのままで、良い訳が無い。無いのだ。

 早急に私服に着替え、部屋を飛び出し、階段を降りて行く。三日沈んでいただけだというのに、身体は思うように動いてくれなかった。だが、それでも雪哉は衰退する身体を無理矢理動かし、玄関に向かって進んだ。

 しかし、外に出ようとする雪哉だったが――玄関の前に立っていたのは瀧乃曜嗣(たきのようじ)だった。色んなことが起こりすぎて、完全に彼のことを忘れていた。いや、忘れていても仕方がなかったと思う。

 彼は助けてくれない。曜嗣は何一つ雪哉に力を貸してはくれない。だから頼ることはない。頼ってはいけない。瀧乃曜嗣は、ただ雪哉と理愛に居場所を提供してくれた協力者でしかないのだから。

「何処へ、行くつもりだい?」

「外へ……外に出るだけです」

 当然それは嘘だ。だが曜嗣にかける言葉が見つからない。何を言えばいいのかわからない。だから、適当なことを言ってこの場を切り抜けようとした。

「今更どうするつもりだい、雪哉くん? 君はもう終わったんだ。これからもずっと部屋で篭って、死体みたいに動かないままでいいじゃないか」

 曜嗣も事情は知っているだろうし、状況も知っていることだろう。それでも雪哉は曜嗣の言葉を無視して、玄関を出ようとした。

「理愛ちゃんはもう死んだと同じさ」

「勝手に、殺すなっ!」

 だが、それだけは無視できなかった。

 その言葉は否定しなければいけない。許すことなど出来ない。だから雪哉は喩えそれが恩人であったとしても、その恩人の胸倉を掴み、怒りの形相で睨みつけていた。

 だが曜嗣は顔色一つ変えることなく笑っている。そんな余裕を見せ付ける曜嗣に苛立ちを覚えた雪哉の表情はますます酷いものに変わっていく。

「何も知らない……貴方に言われたくない」

「知らないさ。別に知ろうと思っていないし、これからも知ることはないさ。だから勘違いするなよ小僧、お前を見ているとムカつくんだ」

 掴んでいたはずの胸倉が、今度は逆に胸倉を掴まれていた。

 曜嗣の眼鏡越しに見える目はとても冷たく、何もかもを否定する拒絶の視線だった。

お前(、、)の親父には世話になった……だからこうして我が侭ばかりほざくガキの世話もしてやった。だけど、それだけだ。それ以上はない。お前がどれだけ困っていても苦しんでいても悲しんでいても、辛かろうが嘆こうが、助けないよ。きっと助けない。助けるものかよ。それじゃあお前はそのままだ」

 全くの赤の他人――瀧乃曜嗣がこれまで時任兄妹の世話をして来たのには理由がある。 そしてそれは雪哉は知っていた。いや、両親を喪い、曜嗣に引き取られ初めて逢ったあの日、開口一番に言われたことだった。

 昔、死に掛けていたところを救われた――だからそれの借りを返す為だと。

 何故、死に掛けたのかは知らない。雪哉の父に曜嗣は助けられたそうだが何があったのかは知らない。何も、知らない。だが、曜嗣は雪哉の両親と一つだけ約束をしていた。

 もし、自分に何かあったとき――子供を頼む、と。

 一人前になるまででいい。ただ、一人で生きれるように、強くなるまで、力を貸してやって欲しいと。

 そう、曜嗣は言われたそうだ。だからこそ、曜嗣は最低限の余力だけで雪哉と理愛に力を貸して来た。

 だが、それだけだ。

 それだけでよかったし、それ以上は望まない。

 何かあっても、何か大きな障害が目の前に現れても、曜嗣は何もしてはくれなかった。だが、それを恨んだり呪ったりはしなかった。

 そう、居場所をくれたのは曜嗣だった。それだけで十分だった。だから雪哉もまたそれ以上を望まなかった。

 互いに干渉することを避けていた。だが、理愛が花晶と解って以来、曜嗣とはよく話すようになった気がする。こうして感情をぶつけることも無かった。

「理愛ちゃんがいない方が、きっとこの世界は正常だと、オラチンは思うなぁ……ねぇ、雪哉くん。それでも君、ここから出て行くつもり?」

 きっとそうなのかもしれない。

 誰もが知らずの未知の存在。種晶(シード)と呼ばれる結晶によって構成された世界に組み込まれている別種。それは花晶(レムリア)。種晶を超える脅威がそれにはある。だが誰もそれを知らなかった。

 雪哉もまた、それを知らなかった。理愛が、その花晶であるということを知るまでは。そのとてつもない力のせいで、日常は一変し、世界がゆっくりと壊され始めた。

 それでも雪哉は戦った。

 そして敗北し、理愛を失った。

 けれど、それで終わりだ。

 非日常は終わった。人間ではない存在がこの世界から消えただけだ。

 これで正常だ。世界はいつものように(まわ)(まわ)(まわ)り続ける。

 それでも――

「俺にとってはそれが異常です……理愛が、いない世界なんて、狂ってる。俺はきっと狂ってしまう……だから、すみません、行きます。行っても、いいですか?」

 雪哉の言葉はやけに弱々しく、視線も泳いでいてやけに自信の無い臆病さが見えたのがわかった。それでも曜嗣はそんな雪哉を見て笑うことは無かった。

「君が選んだことだオラチンには関係ないって。勝手に行って、勝手に逝けばいい。何かあってもオラチンには知ったことじゃないし、関係なんてないからね。だから好きなようにするといい。後悔だけは、しちゃダメだよ」

 そして曜嗣はまた笑っていた。

 だが、その笑みは冷笑ではなくどこか温かな、心安らぐそんな表情。

 雪哉は何も言わなかった。それ以上の言葉は不要な気がした。

 曜嗣はやっぱり何もしてはくれない。助けてはくれない。けれど、それでいい。

 これは、これは兄の問題であって、妹を守る兄の物語だ。

 最後まで、最期まで、まだ終わっていないこの物語を進ませるには……自分自身が、自分自身の感情で、思考で、先へ進まなくてはいけない。

 

 先へ進まなくて、前に進まなくては、その次へは進めない。


 だから、雪哉は玄関を飛び出した。

 まだ終わっていない。

 雪哉もまた闇黒の町へと突き進む。

 嘆きさえも振り払い、ただ進め。そこがきっと終着点だ。

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