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それが全能結晶の無能力者  作者: 詠見 きらい
episode-f. -それが全能結晶の無能力者-
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f-2  終焉りの始まり

f-2 終焉(おわ)りの始まり


切歌(きりか)ぁああああああぁぁぁぁっ!」


 絶叫だけが木霊していた。

 雪哉(ゆきや)切刃きりはの決着をつけ、これで終わったと思っていた。その矢先、突然に終わりが始まった。

 黒き大剣は深々と切歌の胸を貫き、そしてそのまま地面の上に倒れていた。

「切歌……きり、かぁ……」

「なんちゅう顔じゃよ……私は元々、「人」ではない。私はお前の姉の姿をした贋物(にせもの)。だから、そんな顔をするな……お前を守れてよかった」

 その剣は確実に切刃を狙っていた。だが射出された剣は切刃に届かずに、切歌を貫いていた。そう、切歌は切刃を庇い、自身を盾にして切刃を守ったのだ。


 雪哉もそして逢離(あいり)も、あまりにも瞬間的に事が起こりすぎてしまい理解するのに時間が掛かった。


 瞬殺だった。


 そう、瞬殺だ。

 あの雪哉を、逢離を苦しめた夜那城(やなぎ)切歌が一瞬にして、殺害された。


 夜那城切歌は人ではない。花晶(レムリア)だ。

 雪哉の妹である時任理愛(ときとうりあ)と同じく、人の身体を模した別者。

 だが、それでも切刃にとって切歌は姉だ。

 切刃の本当の姉であった切歌は、切刃が全て失ったあの日に喪われた。それなのに、なのに、どうして、切刃の姉が此処にいるのか――

「困るんだよなぁ……ボクんとこの職員勝手に殺すわ、勝手に動くわ、勝手なことばっかするわ、ほんと勝手すぎて……さすがに怒っちゃったよ。だから、これはお仕置きだね。キミに貸してあげた、その出来損ないの花晶、壊しちゃった」

 黒い大剣がゆっくりと光を放ちながら、声のする方へと浮遊していた。

 そしてその光が、真っ暗な闇を照らし、声のしたその場所に一つの影が立っていたことを解らせてくれる。

「返さなくていいよ。そんな歌しか謳えない能力(チカラ)、興味ないからさ。だから勝手なことをしたキミらは、そこで勝手に死ね」

 少年だった。

 背丈の小さな少年。

 そしてその髪は、まるで理愛のように酷く銀色に輝き、そして両目もまた……まるで刃のように銀の光沢を放っている。

「切刃……お前は……」

「僕も、Arkの一員だったさ……僕の全てを奪った犯人を追う為に、Arkにいれば何か解ると思ったんだ――」

 全てを失ったあの日、切刃はArkに拾われた。

 そして異能は諜報活動に役立つとされ、Arkの工作員として生きていたのだ。切刃は優秀な人材であり、Arkからの任務は全てこなして来た。そんなある日だ――

「僕の目の前に……あの少年が現れたのは……」

 切刃はギロリと殺意を篭めて少年を睨んでいた。しかしそんな切刃の殺気をシレっとした顔でポケットに手を突っ込んだまま見つめている。

「切刃くんはとても優秀だったしね。その花晶はちょっとしたご褒美だよ。でも、まさかこんなことしてるとは思わなくてね。僕の獲物(、、)に勝手に手を出して、勝手に負けて、そんなの許せないじゃない。だから花晶(それ)は壊させてもらった。ああ、返さなくていいよ、そんなゴミいらないから」

「貴方の髪も色も……そんな色ではなかった。それは、どういうことですか――」

 切刃はその少年の容姿を知っていた。だが、それは黒だった。しかし今は違う。髪の色も、瞳の色も、切刃が知っていたものでは、なかったそうだ。だから訊いた。けれど、

「君が知ったことじゃ、ないよ。死ぬかい?」

 少年は切歌をまるで汚物を見るような目で見据え、そして視線を逸らし、吐き捨てた。切刃の身体が少しずつ怒りで震えているのがわかる。

 だが、切刃は逆上して動くことはなかった。切刃はわかっていた。戦う術を失っているこの瞬間、少年に刃向かおうとはせずただ耐えていた。


「ボクが欲しいのは、その少女……いや花晶さ」


 少年が指を差したのは、時任理愛だった。

 だが少年の視界から理愛が消え、現れたのは雪哉だった。


「汚らわしい目で俺の妹を見るな……」

「ああ、キミがその子のお兄さん気取りの無能力者かぁ……聴いてるよ、イカれた男だってのはね」

 少年がゆっくりと黒い剣を片手に歩み寄ってきた。逃げることは出来ない。少年は自分の身体の倍ある巨大な剣を片手で軽々と持っては近づいて来た。

 切歌を一撃で葬った剣だ。ただの人間である雪哉の身体など容易に両断されてしまう。

「その左腕で受け止めてみるかい?」

 少年の屈託の無い笑みは余裕の表れか、雪哉はギュっと自分の左腕を握り締めた。自分よりずっと年下の少年が凶器を片手に笑っている。

 切刃との連戦で、突然現れた未知数の少年との戦闘。

 ボロボロになったこの身体で理愛を守りきれるかどうか……なんて、そんなくだらないことを考えている暇などない。

「立ち上がるまではいいけどさ……どうするの? ボクに呆気なく殺されちゃうけどそれでもいいの?」

「殺されるものか……理愛は守る。お前は倒す。お前が誰かなんてどうでもいい。お前が理愛を狙うのなら、俺はお前を倒す」

「ははっ! 素晴らしい兄妹愛だ。いや、一方的かな? まぁ、どうでもいいさ。すぐに殺して――」

 少年が言葉を言い終えるより早く動いた。

 突如、少年は剣を振り、火花が散っていた。

 そして雪哉の前に立っていたのが、

「私のこと、置き去りにしなで欲しいっすね」

 その五指はまるで刃。

 その身体はまるで刃。

 その少女の名は、藍園逢離(あいぞのあいり)。雪哉の後輩にして、理愛の親友。

 そして種晶(シード)を所持し、有能力者として戦う力を持っている者。その身を鉄とし、刃と成って敵を斬り伏せる。

「……キミ、だれ?」

「誰でもいいでしょ……理愛は渡さないんだから」

「そう、邪魔するならキミも殺すけどいい?」

「どうぞ」

「そうかい」

 するとどうだろう。

 少年の持っていた剣は、剣だったはずだ。いや、よくわからないことを言っているのはわかる。だが、おかしくもなる。

 だってその剣はまるで顎を開いたように、大きく口を開けたのだから。

「キミはどんな味がするかな――」

「あ、悪趣味っすね……」

「逃げろ、藍園っ!」

 雪哉の心の中で警鐘が鳴った。あれはこの世界にあってはならない――そんな代物だ。巨大な怪物の口が逢離を狙っている。

「さて、喰い潰してあげるよ」

 少年の一振り……いや、一噛み。逢離はそれをなんとか回避する。地面はまるでクレーターのように大きく穴を穿っていた。

「よく避けたね。反応はいいみたいだ……でも、土はさすがに不味いな……」

「なんっすか……あれ……」

 逢離の問い掛けに答えられる者は誰もいない。

「別に話すことはないよ。キミが邪魔をせずに立ち去って、キミはその理愛(レムリア)を渡してくれればそれでいいんだから」

「それを、許すと思うか?」

 凶悪な顎を開く怪物の剣を所持する少年を前にしても雪哉は臆さない。そう、こいつは敵だ。斃さなくてはいけない。理愛を狙う敵ならば、誰彼構わず斃し尽くす。それが時任雪哉の生き方だ。

「そうか、じゃあ……キミから殺そうかな」

 そして少年の敵意が逢離から雪哉に向けられる。

 だが逢離が雪哉の目の前に立ち、雪哉の進路を妨げる。

「どけ、藍園逢離……」

「なに言ってるんっすか、そんなボロボロの身体で!」

「どうってことはない……まだ戦えるさ」

 口からでまかせとはよく言ったものだ。

 膝元は震え、立つこともままならず、それでも無理矢理立ち上がっているだけに過ぎない。そんな酷使を繰り返す身体でも雪哉は戦う意思を曲げなかった。

「もういいかい? キミたち二人とも殺して?」

「僕は生かしてくれるのかい?」

 少年の台詞を遮って立っていたのは切刃だった。右腕は粉々に砕け散り、今はもう片腕だけのただの青年でしかない。能力こそ持っていても、戦闘能力は皆無に等しい。これではどうにもならない。

「雪哉……君は逃げるんだ。妹さんを連れて、ね」

「何を言って……」

「君はまだ、守らなくちゃ。僕は守れなかった。だから、君に賭けるよ。君ならどんな敵にだって立ち向かっていける……そんな気がするから」

 雪哉に背中を向けたままそんなことを言う切刃。

 つい数分前に偽りだったとしても、姉であった切歌を殺されたというのに切刃の顔はどこか吹っ切れていたようにも見えた。そう、切刃は死ぬつもりだった。

 逢離もまた震えながらも切刃と共に少年に対峙している。誰も彼もが死にたがっている。戦えるのは雪哉だけじゃない。でも、それでも、それじゃあ――

「なんだいキミらは揃いに揃って、そんなに死にたいのかぁ……やだなぁ、あまり偏食(、、)は良くないんだけど仕方ないか……」

 少年の持った異形の剣が切刃と逢離に襲い掛かろうとしていた。雪哉も二人と肩を並べて戦いたかった。

 でも、それでも、身体の動きは酷く重く――鈍い。とてもじゃないが戦えない。いや、戦える術が無い。このままでは――


「じゃあ、死ね」

「待って!」


 少年の殺意は澄んだ声で掻き消された。

 そこにいたのは、そこに立っていたのは――


「り、理愛……?」


 切刃より、逢離よりも前で立っていたのは雪哉が守るべき最も大切な存在である時任理愛だった。そんな理愛は大きく手を広げ、少年に立ち向かった。

「目が覚めたのかい?」

「耳障りな声のお陰でね……それにしても、貴方どこかで見た気がします――」

「そりゃそうさ……つい最近会ったばかりだろう?」

 少年の言葉に理愛は訝しげに顔を歪めながらも、記憶を辿り、そして思い出す。

「迷子……」

 あの日、雪哉と一緒に行ったショッピングモール。

 入店と同時に離れ離れになり、その時に理愛が出会った迷子の少年だった。

「でも、あの時は……」

 容姿こそ確かにショッピングモールで出会った少年そのものだが、髪色が違う。瞳色が違う。そこにいたのはまるで時任理愛と同じ、常人とは少し外れた別の者だった。

「そりゃキミと同じ髪と目の人間がいたら警戒しちゃうでしょ? だから変装したんだよ。変装。アイコン入れて、髪染めて、キミに近付いたわけ」

「どうして?」

「どうしてって……そりゃキミのこと知りたかったからさ。そしてわかったんだ……キミ、僕の為に一緒に来てよ」

 少年は剣を地面に突き刺し、そして招くように理愛に向けて手を差し伸べる。

 でも、その手を取ってはいけない。

 その手を取ってしまったら……きっと全てが終わってしまう。

「別に抵抗してもいいよ。大丈夫、キミは殺さない。でも、キミ以外はどうでもいいしね……殺そっか」

 少年は理愛から視線を逸らし、切刃を、逢離を――そして、雪哉を見つめていた。

 雪哉たちとは明らかに幼い少年から発する殺意を前に身が竦む。

「や、やめて!」

「ええ? じゃあ、どうする? 一緒に来てくれるの?」

「い、行きます……だから――」

 雪哉は動いた。

 そんな言葉を紡がせてはいけない。その言葉は理愛の口から言わせてしまっては終わってしまう。

「言うなっ、理愛ぁ!」

 雪哉が動いた。

 限界を超えたまま壊れそうな身体で少年に立ち向かう。だが、少年は身動き一つ取らず、ただ巨大な剣だけが勝手に地面から外れ、大きな口を開き、雪哉に襲い掛かった。

「兄さんっ!」

 躱せるわけがなかった。

 ただ直線状に走っただけの特攻。無意味な玉砕。

 その異形の剣に身を喰い潰されるだけだった。

 でも、

「やめろやめろ……そんな不味い肉は食べなくていい――」

 少年の命令によって異形剣(かいぶつ)は雪哉を喰う一歩手前で動きを止めたのだった。

「でも、手元が狂ったら足まで喰ってしまいそうだなぁ……」

「ぐっ……」

 見下したまま睨みつける兇悪なる少年が雪哉を圧倒する。殺される。完全に確実に絶対的に咀嚼される。

「や、やめて、ください……」

「やめるさ、キミが来てくれればね」

 勝敗は決まった。

 時任雪哉は完璧なままに打ち破られた。

 いや、運が悪い。悪すぎる。強敵と戦った後で突然の奇襲。こんなもの勝てる要素が見当たらない。しかし、言い訳など出来るわけがない。そんなことをしたところで結果は変わらない。結末は変わらない。

「じゃあ、行こうか……お姫様」

「さ、触らないで――」

 少年が差し出す手を理愛は取らない。

 だが、少年は顔色一つ変えず笑っている。

 雪哉は動けない。動こうにも、雪哉の目の前にいる剣の形をした獣が雪哉を睨み続けている。下手に動けば丸呑みにされてしまう。


 終わる。終わってしまう、終わって、終わって――


 ダメ、だ。


「全く……煩わせないでよねぇ……まぁ、いいかな。やっと次のステップに移れるんだし……殺さないからジっとしてなよ。ねぇ?」

 雪哉はゆっくりと立ち上がり、少年に反逆する。少年は大袈裟に溜息を吐き、雪哉を見つめた。

「理愛を、返せ……」

「返せ? キミは自分の立場をわかってないなぁ……見逃してあげるって言ってるの。この子に繋いでもらった命、大事にしてよ。安心して、ボクはこの子を殺したりするもんか。大事な大事な花晶なんだ。ボクはそんな乱暴なことはしない」

 信じられるわけが無かった。

 だが、もう身体は動かない。追いかけたい。追いかけて、理愛を奪還したい。それが出来ない叶わない。敵わなかった。今まで戦った敵の中でも強敵だった。

「ああ、そうそう……自己紹介がまただったね。ボクの名前は皇凰真(すめらぎおうま)。でも、もう会わないからどうでもいいか――」

「そうだな、お前をここで殺せばもう会うこともないっ!」

「雪哉……」

「切刃っ!」

 だが雪哉の身体は前へ進むことは出来なかった。

 それは切刃が雪哉の手を掴んでいたから。逢離もまた雪哉の肩を掴んでいる。

「お前達……離せっ! り、理愛がぁ!」

「雪哉、止めろ……それでは君が殺される!」

「構わない……理愛を奪おうとする全てを、俺が殺し返してや――」

 突然に襲い掛かる衝撃に雪哉が動けなくなった。

 切刃の残っている生身の左腕の拳が雪哉の鳩尾を打ち付けていた。

「今の君は……酷く脆いよ。ダメだ……君はまだ死んじゃ――死んじゃいけないんだ」

 逢離もまた横で無言で立ち尽くしたまま、けれどその両手からはゆっくりと血が滴り落ちていた。強く握り締めた刃と化した手が、自ら鋼鉄と化しているはずの身体を貫いているのだ。それほどの強さで握られたその手を見て、雪哉は悟った。逢離もまた悔恨によってその身を呪っているということが。

 無力では、誰も救えない。

 無能では、誰も守れない。

 では、雪哉は?

 何も無いから助けられないのなら、最初から全てを失っていた方が楽だったのか?

「くそぅ……」

 そして雪哉はそのまま地の上に落下する。

 苛立ちも何もかも、ただぶつけたい感情をその身一つで地に落とす。どうすることも出来なかった。そして理愛が犠牲になることでこの命は、逢離が、切刃は救われた。救われたのだ。

 結局、どうしようもない最低の男だった。

 何が守るだ。

 戦う時ですら、その対象を武器に盾にして進んできたのだ。

 そして最後にはこうして自分自身だけが助けられ、何も出来ずに別離した。


 時任雪哉の、意識が、そこで途絶えた――

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