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1-6  無能なる者の敗戦

1-6 無能なる者の敗戦


「よかったじゃないか」

 朝、学校で切刃と話をした。

 切刃からではない、雪哉からだ。あまりに珍しかったのか、切刃はいつもより機嫌良く、雪哉の話を聞いていた。雪哉から声を掛けることは殆どなかったから、切刃は朝一番に開口する雪哉を見て、

驚愕しているようにすら見て取れた。

「ああ、今日は理愛と一緒に登校した」

 表情こそ変わらないが、いつもよりずっとその声は弾んでいた。

「能力だって使えないままのようだ」

 種晶こそ身体の奥底に眠っていても、異能の力が発動することはなく、そもそもどうやったらそんなものが使えるのかわからないとまで言っていた。

 種晶の所持を明かすのは義務だが、能力開発や能力習得は個人の自由だ。誰もが能力を手にしたいわけではないのだ。人を超えるということは人を止めると思う人もいる。人であり続けたいという想いから、種晶をその身に宿しても、異能はいらないと決断する。それは自由だ。もちろん、願いや想いだけで得られる力ではない。そう安々と道端に落ちた塵を拾うことで手にする代物ではないのだ。

 そんな中で理愛は種晶を身につけてもどうすればいいのか、どうやれば使えるのかわからないのである。

 それがどうしたのだ。わからないならそれでいい。理愛がいつものように笑ってくれる。それだけでいい。もう何も恐れることはない。

「でも、気をつけなよ」

 そんな幸福な気分に水を注すように、切刃はそんなとんでもないことを言う。けれど切刃の表情は曇っていた。でもそれは本当に雪哉や理愛を心配してした顔ということだけは鈍い雪哉でも読み取れる。

「能力を手にする権利を持っているのに、能力持たない……能力を持った人間らがそれを見れば、ただ無差別に侮蔑するってことをね」

「……そう、だな。でも、」

 才能を開花し、能力を覚醒させる者は圧倒的に有能者として称え、その逆として能力を持たない者は無能者として蔑まれる。これが『有能力者コーダー』と『無能力者ヌーブ』との差だ。ましてや最初から種晶を持たない為に能力が使えないと、種晶を持っているのに能力が使えないとでは雲泥の差が生まれる。この世界にそんな蔑称が生まれ、差別される社会が生まれたのもまた事実だ。種晶を持たない無能力者の雪哉、種晶を持つ無能力者の理愛。この時点で分別され、受ける侮辱の大きささえも変わる。

「その時は、俺も一緒だ」

「ふふっ、そうだったね。雪哉はおもしろいなぁ」

「失礼なヤツだな」

「悪い意味じゃないよ。羨ましいと、思ってね」

 そう言って切刃は雪哉を見ず、その後ろの窓に視線を向ける。

 桜の花はもう殆ど散って緑色の花が生えていた。経過は変化。何もかも同じままなんて、ないのかもしれない。必衰の理を司るこの世界に、雪哉の思い描く理想は成就されることはないのかもしれない。それでも夢を見てもいいんじゃないだろうか。これからもずっと、理愛と一緒に……なんて、そんな考えを持つことは愚かなことなのだろうか。切刃の過去に興味はない。切刃もまた何かあって、ここにいる。雪哉は知っていたのだ。男の切刃が、女性のように髪を長く伸ばすその意味を。だって切刃の首に種晶が埋まっていたことを。それでも切刃は能力を開花していない。

 切刃は無能力者なのだ。だからこそ雪哉の妹である理愛が種晶を持っていることを雪哉に教えられた時、我が子とのように不安そうに、悲哀を帯びた目をして、雪哉の話を最後まで聞いてくれたのだろう。

 能力を持たないことは恥ずべきことではない。それなのにこの世界はそれを許さない。能力を持たない人間が、まるで人ではないような、そんな人道から外れたような仕打ちを受けるわけではない。けれど、この世界はどこか異常だ。果たしてそれは、いつからそうなったのか……なんて、どうでもいいことか。


 放課後、携帯電話を開くと妹が先に帰って欲しいという内容のメールを送ってきた。前回のような逃亡とは違い、ちゃんとした文章でこうして送ってくれるだけでも十分助かる。気がついたらいないなんて、そんなことされるよりかは遥かにマシだ。雪哉はわかったとだけ書いて返信した。


 一人で帰ることになったものの、別に理愛と帰るか帰らないかの違いでどこか行く場所があるわけでもなく、どこかへ行こうなんて気も起きない。まっすぐ帰ることにした、のだが。

「よぉ、そこのお前、ちょっと待てや」

 校門にて、雪哉はガラの悪い不良に絡まれることになった。

 しかしそれがただの不良ならば鼻で笑って通り過ぎてやってもよかったのだが、そんなことはできなかった。同じ制服、ボタンを外し、シャツは外に出し、耳にはピアス。おまけに金髪。なんというかまさに絵に描いたような悪人みたいな男が雪哉の行く手を遮っていた。

「……序列七位が、俺みたいなゴミに何の用ですか」

 どれだけ風貌が悪党であっても、相手は学年上の先輩なのだ。敬うことを忘れたりはしない。そこまで常識知らずではない。自分の風貌は常識から完全に逸脱してはいるが。

 序列。

 それは能力の差を数字に表したものだ。

 第一位から第四十七位まで存在し、数字が若ければ当然、優秀な能力を持っているということになる。とはいうもののこの中に入れば十分であり、未来を有望視されるのは明らかだ。何故なら数割にしか満たない能力者とはいっても、何千何万はいるのだ。その中の四十七人の内に入れば、その異能は高く評価された証明になる。

 その第七位が、雪哉の通うこの学校にいる。それがこの月下雨弓つきしたあゆみである。誰もこの男には逆らえない。この町に君臨する能力者の中でも最強であろう雨弓に誰もが恐れ戦き、逆らうこともできない。そんな男に捕まってしまってはどうしようもできない。雪哉もまた何も言えずに押し黙ることしかできなかった。相手はこの国でも十指に入る精鋭、見た目だけで判断するのは愚か者のすることだ。雨弓の実力は計り知れず、能力を持たぬ雪哉にとっては脅威以外の何者でもない。だけど、

「ちょっと付き合えよ」

「すみません、急いでいるんで」

 用事はないが、どう考えても穏やかではない。自分から危険に足を踏み入れるわけにはいかない。この場から早急に脱出することが先決だ。しかし。雪哉が雨弓の横を通り過ぎると、雪哉のいる位置より少し横の地面が小さく抉れてた。

「今のは運がよかったな、オレさノーコンなんだよ。たまたまハズれたからよかったけど、ホントはお前の足狙ってたんだぜ」

 雨弓が親指と中指を擦り合わせている。そうすることで何が発生したのかは雪哉には理解できるはずもない。しかし削れた地面を見て、もしそれが自分の足に接触したらどうなっていたのか。そう考えるだけで背筋に悪寒が流れた。歩くのを止め、雪哉は振り向く。

「場所を、変えませんか」

「当たり前だろ、ついて来いよ」

 そして雪哉は捕獲された。狩られた獲物は狩人に連れ去られるだけだ。雪哉は黙って、雨弓の後を追うことになった。

 あまりの出来事に周りの生徒らは臆病に自分たちは関係ないと無視を決め込んでいる。それもそうだ、強力な能力を使う存在者の突然の登場に驚かないわけがない。そして何の力も持たない一生徒を連れ去る。はっきりとした上下関係の前に何もできない。そんな生徒らはチラチラと雪哉と雨弓を見ているのだが、雨弓に睨まれると一目散にと消えていく。取り残される雪哉。別に助けて欲しいとは思わないし、そもそも期待していない。どうにでもなれ……雪哉はそう自虐した。


 到着した場所は、桟橋の下……これまた人気のないところをチョイスされた。

 電車は通り抜けるけれども、真下で胸倉を掴まれている生徒がいるなんて誰にも気づいてはもらえないだろう。雪哉も同じ目に遭うのかと思うと嘆息を漏らすことしかできなかった。

 しかし雪哉は雨弓とこうして顔を合わせるのは初めてで、どうしていきなり声をかけられたのかもわかっていない。だから雨弓が怒気を浮かべ、敵意を向けてくる理由がわからないのだ。

 もっといえば、こんなところに連れられて……第一声と同時に鼻の上を鈍器でおもいっきり殴られたはずなのにいつそんなことをされたのかわからない自分の状態がもっとわからない。

 コンクリートの壁にもたれ、流れる鼻血を手で押さえた。何をされた? 何で血が流れてる? 痛い。とても痛い。でも痛くて声が、出ない。

「お前にハメられたって、虹子が言っててよ、悪いんだけどお前死刑だわ」

 なるほど。

 そこで初めて合点がいった。

(やはり、あの小娘、「あの」月下の妹だったわけか)

 雪哉は虹子が理愛を襲っていた日、名前を聞いた時から気にはなっていたのだ。月下の姓。雨弓のことは入学した時から知っていた。有名人だったから。それもそうだ。国を代表する能力者の一人がこんな辺鄙な地でいればすぐにでも有名になる。勝手に耳にも目にも入ってくるものだ。そんな能力者の妹が虹子だったというわけだ。

「でも、月下さんの妹は……俺の妹に、乱暴したでしょう」

 だけど反撃することは止めない。

 どんなに理不尽な一撃で襲われたとしても、信念を曲げるわけにはいかない。暴力で相手を捻じ伏せるような相手を前に、折れるわけにはいかなかった。たとえ能力がなかったとしても。

「お前、誰に口聞いてんの? お前は虹子の顔に泥を塗った、それだけで十分殺す理由にだろ?」

「……いい兄だ。妹の為にそこまで出来る、とても、いい兄だ……でもやり方が、おかしい、な」

 敬うことはやめた。一つ上なだけでそこまでする義理はない。鼻血まで出されて気を使うなんてそこまで雪哉にマゾヒストの素質はない。付け足すならこんなヤツに自分が劣っているなんて自殺ものである。能力一つで何でもできる、あたかも神にでもなったような立ち振る舞いに心底反吐がでそうな気持ちだった。

「だったら、なんだ? お前も妹がそんな目に遭ったらどうすんよ?」

「お前とは違う方法を用いる。お前のやっている暴力で、俺の選択肢を狭めるなよ」

 そう言い切った後に、雪哉の身体は吹き飛んだ。まただ――見えない何かが雪哉の身体を蹂躙した。コンクリートに激突し、雪哉の身体がへの字に拉げる。そのまま数秒ほど空中に浮いたようで、気がつけば砂利の上に転がっていた。そして雨弓の靴底が雪哉の顔面を潰す。

「無能力者のゴミが、なんで意見してんだ?」

 雪哉は自分の顔が汚い靴で潰されることよりも、目の前の邪悪が人を別することに憤怒していた。同じ人間が、能力を持っているだけでこうも驕り高ぶるのかと思うと、余計にそんな狂った力に関心など抱けるはずがないと思った。

「なんだ包帯なんか巻きやがって」

「やめろ、聖骸布には触れるな……死にたく、なかったらな」

 この期に及んでまだそんなことを言う。

 ボロ雑巾のように傷ついた雪哉だが、それでも瞳に灯った光は消えていない。そんな強がりを見せ付ける雪哉を見て、雨弓は苛立ちを隠し切れない。

「なんだお前? 妄言吐きのキチ○いか? おもしろすぎんだろ」

「うる、さい……」

 腹部を連続で蹴られ、顔は踏まれ、意識が朦朧とする。

 このまま眠ってしまった方がいいのかもしれない。痛いのは、やっぱりイヤだ。

「こんなのが兄貴だなんてお前の妹は可哀想だな。次はお前の妹を今のお前みたいにそっくりそのままのことしてやろうか?」

 ドクン。

 雪哉の目が開かれる。

 でも、それは幻想の未来でしかない。願えば力を得られたか? 差し出せば全ては叶ったか?

 この世界は、思い通りにはいかない世界なんだ。だから自分の大切なモノは独りでに消えて無くなってしまう。どんなに窮地に立たされたとしても、天から声は聞こえない。脳裏に音は響かない。覚醒なんてありえない。これは夢物語ではない。現実なのだ。

 そんな現実を、雪哉は思い知らされる。こうして理愛に危害を加えようとしているのに、意識がこんなにもはっきりしているのに、手を握り締めるだけで精一杯じゃないか。震え上がり、怒りの炎はこんなにも燃え上がっているのに、身体は言うことを聞いてくれない。思い通りの未来が構築されることはない。


 無力。


 力の無い者。能力の無い者。無能力者。それは雪哉だ。

 能力を持つ者は思い通りに全てを手にし、全てを奪う。

 そんな略奪者を前にしても、何もできない。

 切刃と語らいだ力はどこへ。世界を壊し、創ることができるはずではなかったのか。『図書館』なんてそんな組織、実在するはずもなく、世界はこんなにも異能で溢れてる。そんな溢れる世界の環から外れてしまったままで、一体どうやって能力者と戦うというのだ。

 初めから、全ては決定していたのだ。能力を持つ者が勝利者で、持たぬ者は敗北者でしかないということが。なら、ここで願えば顕現するか? ここで吼えれば具現するか? 何もできやしない。だから雪哉はゆっくりと、立ち上がり、そして額が砂利に擦れるまで下げることしかしない。

「妹に、手を出すのは、やめてくれま、せんか」

 それは懇願だった。

 自分はどうなったっていい。どれだけ惨めでも無様でも、形などに拘ってはいられない。妹を守る為ならと、決意したはずだ。その誓いを早々に破るわけにはいかない。

「この通り、です」

 だから、雪哉は頭を下げる。

 雨弓が大声を上げて笑っていた。何か言っている。もう何も聞こえなかった。だけど、こうするしか他に方法がない。何の力も無い自分にできるたった一つの方法はこれしかなかったのだ。

「お前、なんなんだよ、おもしろすぎんだろ。そこまでするかぁ? いや、おもしろいもん見してもらったわ。別にそこまでするかよ、オレだって鬼畜じゃねぇし。そこまで頭下げられたら、オレも何も言えねぇじゃん」

 腹を抱えて笑う雨弓は何度も何度も携帯電話のカメラ機能を使って写真を撮っていた。雪哉のあまりにも無様な格好を保存しているのだろう。フラッシュの逆光が視界に入る。それでも雪哉は何もできなかった。

 悔しいとさえ、思わなかった。

 理愛に、手を出さない。それがわかっただけで安堵してしまう。

「お前、ホント可哀想なヤツだな。無能ってどんな気持ち? ねぇ、どんな気持ちなんよ? 可哀想すぎて、オレの今の罪悪感半端ないことになってるわ」

 頼むから日本語で話してくれとは言えず、機嫌を損なわぬように雪哉はともかく何も言わず、全てを受け入れることにした。

 夕焼けの空に笑声が響き渡る。雪哉にとってはそれが不協和音にしか聞こえない。

「じゃあな、お前おもしろかったわ。明日、学校楽しくなんぞ」

 そして、雨弓は雪哉の後頭部を蹴り、そのまま桟橋を後にした。

 頭に響く鈍痛で雪哉の身体がのたうち回る。最悪の気分だ。人としての威厳を全て崩落された。今、雪哉の人間としての株価は地の底にまで墜落していることだろう。

「……よく耐えたな」

 そうやって自分の左腕の包帯を庇うように右手で押さえる。その行為は滑稽という言葉そのものだったろう。でも、そうすることで自分を保つしかできなかった。

 本当に、無様だ。

 全能たる結晶が集う世界に、雪哉は何も持たない弱者でしかない。

 そう、雪哉という人間そのものがこの結晶世界での無能力者なのだ。

 だからこの日、時任雪哉は初めての敗北を喫することとなった。

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