3-12 bad [a]nd happy [e]nd(1)
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藍園逢離との通話が終了し、雪哉は自分の携帯電話をポケットに戻した。
腕を組み、外を眺めている。しかし雪哉の視界に空は映っていない。ただ虚空を見つめ、そして立ち上がった。
「行くか」
全てを知る為に。
雪哉は教室を出た。いつもと変わらない放課後の風景。騒がしく外へ飛び出す生徒たち。校門を潜るたびに注意を促しながら声を張り上げる教師。通り過ぎる車、バス、自転車。そんな当たり前の一部が欠けたまま雪哉は歩く。
しかし、
「やぁ」
校門には教師と一緒に瀧乃曜嗣もいた。雪哉を見るやいきなり小さく手を上げて、声を掛けて来る。このまま無視を決め込むのが最善なのだろう。無言のまま横切ってしまえば安全なのだろう。しかし、それは出来ない。それをすれば自分の価値を下げることになる。だからこそ、雪哉は不機嫌さを顔に出さずに立ち止まることにした。
「一緒に帰ろうよ雪哉くーん」
「見回りはいいんですか?」
「いいよ、いい。いい。いいから帰ろう」
そのまま瀧乃は雪哉の横に立つと、近くにいた教師に任せて歩き出してしまった。このまま雪哉は瀧乃の背中を眺めていけばよかった。他に行くべき場所はあった。それなのに雪哉は目的の場所は後回しにし、瀧乃を追いかけたのだった。
人の目は気にならないのだろうか。
雪哉はいつも瀧乃を見てそう思っている。白衣の裾はボロボロに破れ、真っ白ならば白衣と言ってもいいのだろうが、ところどころ汚れが目立ち、だらしない。ボサボサの頭も、厚いレンズも――何もかもが、胡散臭い。それでも彼は雪哉の保護者だ。雪哉は彼に逆らうことは出来ない。
「いいのかい?」
「何が?」
「いやね、オラチンが誘ったのも悪かったけど、普通ここは蹴飛ばさないと。何かいろいろと決意してたじゃありませんかい?」
「じゃあ、どうして声を掛けたんです?」
「何って、そりゃあー邪魔したくなったからですね。なんかそんなイケメンな視線向けられたらイラってするしね死ね」
「死ぬのはお前だ」
敬語で喋るのを忘れて雪哉は瀧乃に反撃する。
まず一つは悪趣味にも程がある。解っていて声を掛けるなど、醜悪すぎる。そして何よりもその理愛の口癖を使用されたことに腹が立った。
「最近、理愛ちゃんとは帰らないんだね」
「ええ、まぁ……」
「寂しい」
「いいえ」
「またまたー」
これ以上応答するのも面倒くさい。雪哉は黙り込んで瀧乃の言葉を受け流す。
「理愛ちゃん、ここ最近不眠らしいって知ってた?」
「…………それは――」
知らない。
「さすが理愛ちゃんだ。隠してるんだよねぇー大好きなお兄ちゃんの前ではしっかりしておきたいもの」
雪哉は何も言えなかった。言えるような立場でもなかった。
屋上に続く階段の下で、逢離と一緒に眠っていたことを思い出す。
「あの理愛ちゃんと一緒にいる女の子、背が高いよねー」
「まぁ……」
確かに女性の平均身長より十分高く、雪哉より少し低い程度だった。雪哉の身長は170センチメートル後半で、それより少し低いということは逢離の身長もそれぐらいはあるということだ。
「藍園逢離ちゃんだっけ? 気になったから調べちゃった。てへっ!」
「気持ち悪いですね」
「そうなんです気持ち悪いんですでもわざとなんですよね」
捲くし立てるように瀧乃が喋っているが雪哉はそれに対しては反応しない。
「えーっと、前までは無能力者だったんだけど最近、種晶が開花したのか能力発現したらしいじゃない。この前、ちゃんと機械で測ってしっかり情報残していってくれたよ」
種晶による能力保有は必ず国に知らせなければいけないのが今のこの世界で生きる義務である。個人個人の持つ能力は未知数であり、未だに確認できていない能力も多数ある。そこで住民権を得る為に有能力者である者は必ず能力の持っているということを明かし、そしてどのような能力であるのかを露見させなくてはいけないのだ。
雪哉自身は種晶すら所持していないので完全な無能力者である。よってその情報の提示は必要ない。左腕は――雪哉のものではなく、この世界の暗部とも言える花晶である。
誰も種晶とは別の結晶があるということを知らない。雪哉が持つその左腕の結晶体は、この世界に存在してはいけないものなのだ。――理愛は存在してはいけないものなのだ。
「いい子ですよ……理愛によくしてくれる」
「ぷぷっ」
しかしそんな雪哉の台詞を聞いた途端に瀧乃は含みのある笑いを漏らした。そんなふざけた笑い方をする瀧乃に雪哉は多少の苛立ちを覚えたがここは耐えることにした。
「なるほど、雪哉くんは理愛ちゃんのことをちゃんと人間だって思ってくれる人ならほいほいと信じちゃうわけなのか。ならオラチンのことも信用してくれてるのかな?」
「貴方のことは、嫌いですよ」
「正直でいいね。ちなみにオラチンの君に対する評価は毎回聞いていると思うので言わないでおくよ。また言ったらビビって逃げ出しちゃいそうだしね」
言われなくても瀧乃の雪哉に対する評価は底辺だということは既知である。だが、瀧乃の言葉は気になる。評価云々はどうでもいい。それより前、逢離のことである。
「理愛ちゃんにも言えることなんだけど、君たちはもう少し世界を見つめた方がいい。世界に対して疑いを持ち、世界に対して抗おうとするのはご立派立派のぱっぱっぱーだけどさ、君たちの世界に入って来る者が他人なら、少しは理解する姿勢は構えるべきだね」
「そうでしょうね」
全く持ってその通りだ。この男の言う全ては必ずと言っていい程に癪に障るのだが、如何せん真理であるから反論できない。雪哉は理愛のことしか知らない。しかし取り巻く何かに対しては微塵の興味も持たなかった。
「俺は一点しか見られない、ダメな兄なんですよ……だから貴方の言うことは正しい。俺は理愛しか見ていない」
「まぁ、そこまでわかってるならもうちょっとしっかりしろってことだよ」
そして手渡されたのはクリアファイルに入った書類だった。とはいっても数枚の紙が挟まれただけに過ぎない。
「これは?」
「あのね、オラチンさ。こう見えてツンデレなの」
「何語、ですか?」
「気にすんな、オラチン恥ずかしい。とにかくですね、オラチンはなんやかんやで雪哉くんのことを思ってしているわけですね。別に雪哉くんに気があるわけじゃないよー勘違いしちゃダメだぞ。別にアンタのためにしたわけじゃないんだからね!」
「勘違いしてるのはそっちでしょう……」
相手をするのも疲れる。雪哉はそのまま何も言わずに瀧乃から渡されたクリアファイルから書類を取り出す。
そして、そこに記されていたモノに目を通すことで、雪哉は目を見開き、瀧乃を見つめた。
「いつも思う、貴方はどうして俺を嫌っているくせに、こうして世話を焼くのかと……」
「だからツンデレなんだって。なんやかんやで雪哉くんのお役に立ちたいわけですねぇ」
「すみません、俺……行きます」
「どこへ?」
「いえ、ちょっと隣町まで」
「行って来なよ、それでとっとと終わらせてきてくれる?」
「ええ、そうします」
雪哉は瀧乃をそのまま放置し、今まで歩いて来た道を逆走するのだった。そんな雪哉の背中を見つめる瀧乃の口元は緩んでいた。
「ホント恨むぞ、こんなことばっかさせやがってよー。あんな約束するんじゃなかった。お前のせいだぞボケェ」
その暴言は誰に向けて放たれたものなのか、それは誰にもわからない。
そして瀧乃は頭を掻いてそのまま自分のポケットを弄っていた。
「小銭ねー、帰りにライフガード買って帰ろうかって思ったんだけどなー」
炭酸飲料のことだ。
「はぁ、いやはや……オラチン優しすぎ。ってかオラチン都合よすぎ。こんな感じでちょくちょく間に挟むなよ、ねぇ?」
なんて言いながら通行人に視線を向けるが、こんな大声で独り言を呟く男と関わりたくなどないだろう。通り過ぎる人たちは視線を合わせることなくそそくさと歩いて行ってしまう。
「なぁにあの態度ぉー。ちょー辛いしぃ!」
気になどしていないくせにそんなことを言っている。
「まぁ、結末はどうでもいいし、あとは雪哉くんがどうにかするでしょうな」
そのまま瀧乃は家に帰るのだった。