表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
それが全能結晶の無能力者  作者: 詠見 きらい
episode-2. -復讎の歌謳い-
48/82

3-10 seven sins

3-10 seven sins


 兄妹二人して、ただ黙殺を繰り返してばかり。


 突然、逢離は二人を置き去りにして行ってしまった。雪哉も、理愛も一言も発することは無く、ただ時間だけが過ぎていく。雪哉からすれば今すぐにでも疾駆してこの重いたい空気から解放されたかった。しかしそれを許してくれない(ヒト)がいる。

 立っていても埒が明かない。雪哉はその場に座り、理愛も釣られて雪哉の横に座る。

「今日は、えーっと、夜那城さんとはご一緒ではなくて?」

 いきなり雪哉の心を抉るような言葉が掛けられる。しかし理愛に悪気はない。理愛は何も知らないのだ。雪哉は平静を装い、首を横に振った。

「それじゃわかりません」

 ジェスチャーだけではわからないという理愛の言葉に雪哉は仕方なく返事をする。

「休みだ」

 その休息は永久であるが。

 もう二度とこの場所にも、切刃は戻って来ない。

 それでも、誤魔化さなければいけない。その事実を口にしてはいけない。

 雪哉は理愛の顔を見ようとしない。顔色一つ変えず、雪哉は淡々と言葉を吐き出す。自分は至って普通だ。何も怯えても、悔やんでもいない。この場所に来たことが、逃走だったということすらも包み隠すように、仏頂面のまま屋上の扉を見つめている。

 だが、理愛は雪哉の視界に入ってくる。どれだけ視線を逸らしても、理愛は雪哉の顔を覗き込むように見つめている。

「俺の顔に、何かついているか?」

「ええ、胸糞悪い目と鼻と口が」

「悪かったな……こんな顔で……」

 人相が悪いのは生まれつきだと、雪哉は心の中で呟くが言葉にはせず理愛の悪口を受け流した。

「でも、ただでさえ酷い顔がいつもよりずっと酷いですよ? 何か、ありました?」

 流石は雪哉の妹なのか、いつもとは違う雪哉の様子に気付いている。しかし雪哉は絶対に折れない。ここで本当のことを言えるはずもない。

「そうだ、な……少し苦戦している。「図書館」の連中がついに「太陽(ディライト)」を冠する魔装具(デーモナル)の封印を解除したことが厄介でな――俺の持つ億万の神宝具(エイティルナ)の内の過半数が無効化されてしまった……このままでは、歪みから捻れが生じる……世界の均衡が破られてしまうな――」

 雪哉の病気は常人を混乱させる。だが理愛は雪哉の言葉を耳にすると、目を細めて冷たい氷のような視線を向けて境界線を引いている。

「あの、そのなんちゃらがなーんちゃらちゃらしてるのはわかりましたけど……この国の言語でお話しませんか? わたしその、一応ニンゲンなもので」

「理愛、頼むからちゃんと俺の言葉を反芻してくれないか……俺の言葉が「なんちゃら」でまとめられてしまっているのは、その……なんだか辛い」

「辛いのはこっちの台詞です。文字化けでも起こしそうなバグだらけの言葉を聞くこちらの身にもなってください。本当に辛いです、死ね」

「おい……最後なんか俺が殺されていた気がするんだが?」

「気にしないでください死ね」

「躊躇いも無く殺すな」

「死ね」

「トドメを刺すな」

 こうして雪哉の言葉は妹の辛辣の前に破壊された。

「それで、どうしてそんなに疲れた顔をしているのですか? いえ、憑かれたと言い換えるべきですかね?」

「やめろ、文体に起こさないととわからない台詞を吐くな」

「そうですね、ではどうしてそんなに死にたそうな顔をしているのですか?」

「……そんな顔をしているのか?」

 鏡も無いので確認できない。しかし理愛は一目で解る程に酷い形相をしているということが解るらしい。雪哉は自分の顔に触れるが、そんなことをしてもわかるはずも無く、そのまま何も言わずに黙ることにした。

「まぁ……幽霊にでも取り憑かれてるのかと。自殺したいなら屋上の扉、開けて来ましょうか?」

「死を誘うな……お前は俺が勝手に死んでもいいのか?」

「いいわけないでしょう。何をふざけたことを言ってるんですか?」

 そうはっきりと言われてしまうと、返す言葉が見つからないわけで。

 心の中で感謝しつつ、雪哉は理愛に嘘を吐いた。

「切刃と連絡が取れなくてな」

「だったら会えばいいじゃないですか」

「……喧嘩してな、会ってない」

「だったらさっさと仲直りしなさいな、どうせ兄さんが悪いんでしょう」

「待て、どうしてそう決める」

「何かあった時はいっつも兄さんが悪いんです」

 それはいくらなんでもこじ付けが過ぎるのではと思ったが案外そうかもしれないと思ってしまう雪哉がいた。切刃と喧嘩なんてしたことはないが、切刃を何度か困らせたことはあったかもしれない。しかし常識外れの言動に何一つ嫌な顔をせずに接してくれた切刃。そう思えば、雪哉は切刃のことを何も知らなかった気がする。

 真っ白な殺風景の部屋を見ただけで、切刃の全てがわかったわけではない。だが切刃のことをそれ以上知ることは、出来ない。だって、それは――


「理愛、俺はお前を守れるだろうか……」

「いきなり何を言い出すんです? またいつもの持病ですか? 悪いですけどそれを治療する良い薬も病院も無いですよ」

「茶化さないでくれ、理愛……いや……悪かった。変なことを聞いたな」

 らしくないと、雪哉はそれ以上語ることを止めた。

 どれだけ言葉にしても、きっとそれは自分の価値を落とすだけな気がしたから。

「わかりませんよ」

 だが理愛は雪哉の問いに答えていた。

「そんなことわかるわけがないじゃないですか。兄さんが最期までわたしを守り通すなんて、出来る出来ないと決め付けることなんて出来ません」

「未来は見えない、当然だな……」

「ええ、ですが、わたしは信じています。わたしにもしものことがあったとしても、兄さんは駆けつけて、助けてくれるということだけは、信じてますから」

 理愛は雪哉に絶対の信頼を寄せている。そしてそれはこれからも絶対に変わることはない。それでも雪哉は不安になる。守れなかった者が出来てしまったから。

 雪哉は自分の左腕を掲げ、手を開く。人ならざる手腕。全て喪ったあの冬の日に渡された理愛(レムリア)の一部。何一つ能力を持たないただの無能力者が手にした異能。だからそれは力を頂いた者の罪。

「この腕は、きっと罪の塊なのかと……そう思ってしまうんだ。何も出来ない無能力者がただ足掻く為だけに与えられた(チカラ)のように思えてしまって――」

 敵は未知数で、どれだけ進めば終わりがあるのかすら雪哉にはわからない。たった二度の防衛で、いい気になっていた。だから喪って初めて、自分の無力さを痛感した。

 落ちぶれた無能力者がここにいる。それをただ黙って見つめる有能力者(いもうと)がそこにいる。そしてゆっくりと理愛は口を開く。

「ならその腕を与えたわたしはどうなるんです? わたしが兄さんに罰を与えた、と?」

「そうじゃない。これがあったからお前を護れた。これからも、ずっと……でも、本当にずっと、お前を護れるのか……不安になった。怖いんだ。俺は、その……お前を、だな……」

 上手く言葉に出来ない。

 決意の象徴は、いつしか畏怖へと変貌していた。その左腕には力が宿っている。それは守護の力。誰かを守り通す左腕。一切の能力を持たないただの男が手にした過ぎたモノ。きっと偽り。卑怯にも振って湧いた強大。何もせずに高みに近付けた。だからこそ代償は大きい。家族を失い、人としての腕も失った。だけどそれでも、その犠牲から雪哉は理愛を護る力を手にすることが出来た。

 でも、その腕が無ければ、何も出来ない。何も護れない。それならきっと最初から諦めれたはずだ。始まりから無力ならば、無能ならば、何も出来ずに終われたはずなのに。それなのにこの左腕があったから、雪哉は戦えた。何かを守る手段を手にしても、守りきることができなかったら――


「兄さんのアホタレ」

 わざとらしく大きな嘆息を吐く理愛。そして理愛は雪哉に悪罵を浴びせた。

「アホタレって……お前の口からはあまり聞きたくない言葉だな……」

「五月蝿い、死ね。死ね。三度死ね。ヘタレで救いようの無い情けない人。貴方が兄という事実を消し去りたい。わたしは貴方の妹であるということが酷く悲しい」

 そして容赦の無い罵詈雑言が雪哉の心を責め立てていた。耳が痛い。それでも雪哉は耳を塞ぐことは出来ない。自分の弱さを露わにした者の末路なんてこんなものだ。執拗に罵倒されて、そして射抜くような冷たい視線のまま理愛は言葉を投げかける。

「兄さん……生きている者に罪の無いヒトなんていませんよ」

「――あ、ああ、そうだ、な……」

 そうなのかもしれない。罪の大小に差はあれど、きっと生者はどこかで罪を負う。

「罪の無いニンゲンなんているものですか? 誰だって罪を背負って生きてるんですから、あまりそういう発言は関心しませんね。兄さん、もしかして悲劇の主人公でも気取ってるつもりなら、兄さんの勘違いは失笑モノです。そんな役柄なら死ねばいいと思います。さすがのわたしでもそんな兄さんなら救えません」

 理愛が失望していたのは、それだった。

 雪哉の余りにも格好の悪い情けないその姿を見たくはないのだろう。しかし理愛の言葉は理解できる。理愛の言うとおりだった。

「兄さんは言いました。わたしを守り通せるのか、それは解りません。ですがわたしは信じています。兄さんを信じているんですよ。だから――」

 雪哉の横に座る理愛がそっと雪哉の左腕の包帯に触れる。そしてそれまでは刃のように鋭い視線と、氷のように冷たい無表情で、雪哉の心を抉っていたくせに――柔和で、優しい妹の素顔を見せてくれた。

 それは久しく見ていない理愛の表情。その笑顔を見る為に。この笑顔を失くしたくないから。だから、これからも守護すると決めたはずなのに、それを忘れていた。

「その腕は兄さんを信じて託したモノなんだと、わたしは思います。わたしがどうやって兄さんにその腕を与えたのか、それはわかりません。わたしはわたしがわからない。わたしは人では無く、結晶だから。けれどわたしは兄さんの妹であるということだけは確かです。だって兄さんがわたしを肯定してくれたから、わたしはこうしてニンゲンでいられる。それなのにわたしが信じる兄さんがそんな弱くてどうしますか。だからそんな言い方しないでください。わたしが信じた兄さんが霞みます」

 本当に愚かしい。

 矮小すぎる、脆弱さ。

 時任雪哉は、弱者だった。

 そして、最低の屑だった。

 こうして、守るべき対象に認められなければ前に進むことすら出来ないのだから。

「やけに饒舌だな……理愛」

 そしてそんな弱さを隠すように雪哉は声を掛けた。

「捲くし立てたくもなります。今日ほど兄さんに失望した日はありません。気分は最悪ですよ」

「すまなかった」

「兄さんは一人じゃないんです。願って下さい。祈ってください。わたしが兄さんの力になります。もしそれが嫌でもわたしは勝手に兄さんの力になるんですから」

「ははっ、それは頼もしいな……ありがとう。俺がもし、もしもだ……窮地に陥ったら、お前の名前を呼んでいいんだな?」

「ええ、当然です。わたしは貴方の妹なんですから、きっと助けてみせます。寧ろ呼べ。わたしの名前を叫んで縋れ。それでいいんですよ、わたしたちは兄妹なんですから」

 兄が妹に助けを求めるなんて、そんな格好の悪いこと――と思っても、勘違いはやめておく。結局は一人の力ではここまで来ることは出来なかったのだから。だから雪哉は叫ぶだろう。次はきっと、一人では迷わない。理愛の名を呼び、情けない姿を曝け出したまま、力を頂戴し、その力で壁を壊すのだろう。

「それはそうとして……どうしてこんな話になってるんです?」

「あー……」

 本当にどうしてこんなことになっているのか。雪哉が切り出した話なのだから、雪哉が悪いのだが、突然変わってしまった話題に対して理愛が気になるのも無理はない。

 だが、雪哉は安堵していた。ただひたすらに良かったと思っている。

(恨め、切刃……俺はお前を喪ったことを後悔している。だが本当の、この俺の胸に灯る畏怖は――お前のように、理愛も喪ってしまうかもしれない、というモノだ――)

 それが真実だった。喪って初めて知ったこの感情が大きくなってしまったのだ。最も大切な者を喪ってしまったらという、その「もしも」が雪哉の身体を震わせていただけに過ぎない。

(俺は酷い男だよ、切刃。お前を殺されて初めて感じたんだ。最低だろう? ……でも、俺はまだ認めていないんだ)

 だから、そんなにも冷酷でいられるのだろう。

(どうしても俺は切刃が死んだなんて信じられないんだ。まだ確証さえ出来ていないからな)

 何を今更と思いながらも、雪哉はどうしても信じられなかった。

 確かに怪物の下に転がっていたものが人間の肉だとしてもそれが切刃だと断定できるものは何もない。携帯電話は確かに切刃のものだが、これではまだ完全に殺害されたとは決め付けられない。

 雪哉があの夜に遭遇した事件自体はまだ報道されていない。まだわからないことが多すぎる。だから、雪哉は決めた。

「もう一度……」

 切刃を捜す。

 諦めたくない。決め付けたくは無い。逃げたくないのだ。このままおっかなびっくり怯えたまま逃げるような真似をしたくない。これでは護れない。逃げるだけの臆病者を演じている場合ではない。

「そう言えば……」

 雪哉はポケットから携帯電話を取り出す。それは自分の携帯とは違うモノだった。それを見た理愛は気になってまじまじとそれを見る。

「あ、ああ……これは切刃の携帯電話なんだがな、その、ひ、拾ったんだ。返さないとな」

 唐突にそれを取り出すのは不自然だが、理由はある。実はあの日に拾ったこの携帯電話はとにかく感覚を空けて震え出すのだ。

「この携帯電話、音は鳴らないんだが急に震え出して困るんだよな……」

「え? 兄さん……マナーモードですよこれ」

「マナー? 行儀がいいのか?」

「はぁ……そうでした兄さんそういうのもわかんないほどアレでしたものね……」

「抽象的だな、アレとはなんだ? どうせ悪い意味だというのはわかるが――」

 理愛は雪哉から切刃の携帯電話を奪うと、ディスプレイに指を当てる。

「むむっ、ロックが掛かっていますね……これだと操作できません」

 そういいながら理愛はディスプレイに指を当てて何かしているが、雪哉からしてみれば何をしているのかさっぱりわからないので見守ることしか出来なかった。一分ほど理愛は携帯電話を操作していたが結局、何もわからなかった。

「さすがに機能を制限された携帯電話を操作するのは無理がありますね」

「そうなのか……そのロックとやら掛かっていると操作できないのか?」

「他人に勝手に操作されるのはイヤでしょう?」

「確かにな……理愛に触られるのはいいが、見ず知らずの者に触れられると思うと良い気はしない」

 結局、切刃の携帯電話の操作は不可能なので理愛は雪哉に携帯を返し、雪哉はそれをポケットにしまった。

「でも、電池がもうすぐ切れそうでしたね」

「あ、ああ、そうだな」

 どうしてそれが解るのだと雪哉は思ったが聞くのは止めた。だが拾ってから数日が経過しているし、それからというものの充電はしていないので電池の残量がゼロに近いのは仕方がないだろう。

「それで、兄さん……夜那城さんとは仲直りするんですね?」

「そうだな……そうするよ」

 まだ本当に切刃が死んだかどうかは、解らない。ただ単純に雪哉が見たあの何者か判別できない肉片を切刃だと決め付けたくないだけなのかもしれない。

「とりあえず、この携帯を返しに行くか――」

 もう一度、アパートに向かうことに決めた。

 切歌は何か事情を知っているかもしれない。あの時、切歌は「切刃はいない」とだけしか言っていない。もしかしたら切刃のことを聞き出せるのではと考えた。

「理愛」

「なんです?」

「ありがとう、やはりお前は自慢の妹だった」

「どういたしまして。愚兄を持つ愚妹としては複雑ですが」

「卑下するなよ、お前は俺より遥かに良く出来た妹だ」

「……ふん、そんなこと言われても、わたしは嬉しくなんか……ないですから」

 理愛はもじもじと身体を左右に振って、雪哉の顔を見ようとしない。

 そしてチャイムが鳴る。

 雪哉と理愛は顔を見合わせ、そして、

「教室、戻るか……」

「そうですね」

 何事も無かったように、別々に教室に戻るのだった。

 誰もが七つの罪を背負うように、誰もきっと罪からは逃れられない。だから勘違いしてはいけない。己が独り、罪に押し潰されているわけではないのだから。だから雪哉は自分を叱り付けるように両頬を叩き、現実に立ち向かうことにした。

「ああ、そうだ……」

 雪哉は自分の携帯電話を取り出し、電話帳を開く。

 そこには理愛に登録してもらった「藍園逢離」の電話番号が表示されていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ