3-7 calamity edge
3-7 calamity edge
雪哉は真っ直ぐ家には帰らなかった。
理愛には昼の内に先に帰るように連絡しておいた。
「どうも慣れないな」
電車を利用したのは久しぶりだった。
この歳にもなって電車の切符を買うのにもあまり慣れない。しかし今回ばかりは電車に乗る必要があっただけに仕方が無い。
雪哉は自分の住む町から二駅、隣の町へ向かっていた。
理由は一つ。夜那城切刃を捜す為。
しかし雪哉は切刃の家の場所を知らなかった。だがそれは担任の教師に尋ねてしまえばすぐに解決した問題だ。お見舞いに行くとでも言えばそれだけで教えてもらえる。同じクラスの人間なのだ。担任も雪哉と切刃がいつも一緒にいることを知っていただけにすぐに教えてくれた。
電話は何度か繋いではみたがやはり留守番電話に繋がるだけで一度たりとも切刃の声を聞くことは出来なかった。
二つ駅を跨いで到着した町は殆ど足を運んだことがないだけに迷ってしまいそうだった。しかし担任から教えてもらった住所を頼りに地図は作った。問題は無い。携帯情報端末の機能が搭載されているはずの雪哉の携帯だが、雪哉にその機能を扱うことは出来ない。仕方が無いのでそれは曜嗣に頼んだ。雪哉からすれば余り頼りたくは無い人物だったが。
しかしそれでも瀧乃曜嗣は雪哉にとっては保護者のような人間であり、唯一頼れる存在だから仕方が無い。なんでも雪哉の携帯電話に地図のアプリケーションをダウンロードしてくれたようで、それにしたがって進めば自ずと目的地に到着するというナビゲーションシステムも搭載された便利なものだ。
勿論、そんなもの雪哉では扱いきれるはずもないので曜嗣にお願いして設定してもらっている。曜嗣には色々と茶化されたが全て無視してそのまま外に出た。曜嗣は保護者ではあるが他人である。そして曜嗣は雪哉と理愛を放任している。家にも滅多に帰って来ないし何をしているのか雪哉は知らない。でもそれでいい。所詮は子供である雪哉にとって大人という護り手は必要だ。両親のいない時任兄妹を唯一護れる人はもう曜嗣しかいないのだから。
「しかし便利だな……これはどうなっているんだ……」
この世の中本当に便利になっているような気がしてならない。
雪哉の携帯電話に映し出される地図には自分の現在位置。そして目的地に向かって音声ガイドが流れ、進むべき方角が記されている。
「それにしても……」
切刃の家に向かって迷うことなく進めることは良いが、何か空気が「重い」ような気がする。居心地が悪い。それもそうだ。黒い鎧と重火器を装備した人間が町を歩いているような異様さを見せ付けられれば気負いもする。
「なるほど……あれが銃者達か。ご立派な装備じゃないか――」
それは以前、理愛を襲ったArk直属の部隊である「|結晶関連事件対策執行部隊」であった。結晶をその身に宿さない人間たちが武装している。だがその銃口が火を噴けば、喩え能力者であったとしてもただでは済まない。
そして本来、この部隊は理愛を狙う為に存在しているわけではない。雪哉も初めて見るわけではない。警察だけではどうしようも出来ない種晶による能力を行使した犯罪者を裁く為に存在しているのだ。
「しかしこんな町中で物騒な……何かあったか?」
そもそも銃者達は往来の前で堂々と道を歩くような部隊ではない。これではまるで独裁国家が力を見せ付けて市民を恐慌させているようにしか見えない。見た目はまるで鴉のように黒く、その漆黒の鎧に強力な銃器を持って歩いているのだ。誰もがその姿に視線を送ってしまうのも無理はない。
雪哉はそんな武装集団を遠くから見ていた。何も隠れる必要は無い。理愛を襲った連中だが一人ではどうしようもない。しかも連中らも雪哉を狙ってこんなところに待ち伏せしていたわけでもなさそうだった。
「そりゃそうだ……」
雪哉は納得した。
駅の向こうにはパトカーが警光灯を回しながら待機し、「銃撃者」らがやって来るのを確認すると大袈裟に敬礼し、青いシートの向こう側へと消えていった。
何かあったことだけはわかるが、無関係の人間がおいそれと世界の暗部に入り込める筈もなく。きっとあのブルーシートの向こう側には非日常があるのだろう。だからこそ近づく必要は無い。そんなものに爪先を入れて危険な目に遭いたくはない。
そんなことよりも今は切刃の家に向かうことが最優先だった。時間は一刻一刻過ぎていく。やがて宵は深くなり、闇が廻る。恐怖が生まれる。だからこそ世界が闇黒に満ちるより先に切刃との邂逅を果たそうと思う。
携帯電話から流れるナビゲーションの音声に従い続けること十数分。やっとそれは現れた。シャッターで閉ざされた商店街を抜けて見えたのは古びたアパートだった。かなり年式が経っている。そもそも人が住んでいるのかも怪しい程に古びている。
だが携帯から流れる音声ナビは目的地周辺だと呟いている。どうやら間違いではないらしい。
「ここで合っているようだが……」
携帯電話に表示された地図にも誤りはない。雪哉は確かに切刃の住んでいる場所には一応到達したらしい。
「しかし建物の住所までしか聞いてなかったな……」
そもそもアパートに住んでいるとわかっていたのに部屋の番号まで聞くのを忘れていた。完全に失念していたことに雪哉は後悔し、仕方がないので右から順番に聞き込みすることにした。
したの、だが――どうやらこのアパートに人がいる気配が無い。右の扉から順番に呼び鈴を鳴らし、ノックを繰り返すものの反応がない。アパートだが二階は無く、そんなに人は住めそうにないがそもそも人が住んでいないというのはお手上げだ。
そして右から順番に同じ動作を繰り返すが一切の反応は返ってこない。やはりここではないのかと雪哉は困り果てていた。
端まで来てしまった。これで無反応ならばどうしようもない。雪哉は大きく息を吸い込み、そして扉をノックする。
「反応無しか……」
やはりこのアパートは無人だった。
これでは振り出しだ。切刃が顔を出してくれれば明日も変わらず朝を迎えることが出来たというのに――雪哉は頭を掻いてからここに居ても意味がないと思い、来た道を戻ろうとしたのだが――
「お前は……?」
雪哉の前にいたのは切刃ではなく、その姉の切歌だった。
赤い和服を着飾り、首を傾げ、雪哉がどうしてこんなところにいるのか分からないようにただそこに無言で立っていた。前回のように初めて出会ったような生気の無い瞳。感情が見えない。だがそこにいる。
「切刃に会いに来たんだが、いないのか?」
切歌は首を横に振る。どうやらここにはいないらしい。
「ここはお前の家で、合っているのか?」
今度は首を縦に振る。どうやらそれは間違っていないらしい。
切歌は雪哉の横を素通りし、そして扉を開いた。そのまま中に入って行くが扉を閉める際に手招きをしていた。入っても、いいのだろうか?
切刃がいないのだから入っても意味は無いのだろうが折角誘ってくれているのだ。ここは素直に従うことにした。
「しかし鍵ぐらいは掛けておけよ、無用心だな……」
切歌は鍵を取り出さずにそのまま玄関の扉を開いていた。鍵も掛けずに外出などとこんな人通りの少ない場所で住んでいるのだから用心が無さ過ぎる。しかし雪哉の言葉に切歌は反応を見せずに奥へ行ってしまった。
アパートの中も畳の部屋で些か住み心地は悪そうに思えた。しかし幾らなんでも殺風景すぎる。この部屋、何も無いのだ。生活する上で必要なものを最低限に留められたような部屋。テレビも無く、テーブルも無い。備え付けの小さなキッチンもそのままで、ここで本当に暮らしているのかとさえ疑いたくなる。
「なんだ?」
切歌が雪哉の裾を引っ張り、指を差す。
何も無いその部屋に置かれていた机。授業で使う教科書や、休み時間の時によく読んでいる小説などが綺麗に並べられている。本当にまるでそこに置かれているだけだ。ここで本当に人が生活しているのかさえ怪く思えてきた。
「切刃に何か用かえ?」
そこで声を上げたのは切歌だった。さっきまで感情すら見えなかった瞳には生気が灯り、妖しく微笑んでいた。
「ああ、切刃が学校を休んでな。気になって来ただけだ」
「それはご苦労。じゃが切刃はおらんよ」
「わかってる。無駄足だった、しかしどうして俺を部屋に?」
「何、見てもらいたかっただけじゃよ」
「何をだ?」
「この死んだ世界をよ」
それはこの殺風景極まりない真っ白な部屋を言っているのだろうか。
何も無いまさに死んだようなこの場所を。そんな死んでしまった世界の中心に立たされたところで雪哉は何もわからなかった。切歌が雪哉を部屋に招いた意味など雪哉が理解することなど出来ない。
「確かに酷いな。それでも……俺が切刃の見る目は変わらないさ」
雪哉はそのまま部屋を出ようとした。
「のお雪哉、お主はどうしてここまで来たんじゃ?」
「言っただろう、切刃が学校を休んだ。電話に出なかった。それだけだ」
それだけだった。
深い理由などない。知人の行方が気になっただけだ。
「すまんのぉ雪哉。私も切刃がどこに行ったのかわからんのじゃ」
「それなら仕方がない。どうしようもないので俺は帰ることにする」
家にも居ないのならばもう終わりだ。町中を一人で捜し回るわけにもいかない。このまま真っ直ぐ自分の家に帰ろうと思った。
「雪哉は切刃の友達にかえ?」
「……はぁ」
あまりその単語は好きではなかった。何故なら雪哉自身がその言葉の意味をはっきりと分かっていないからだ。別に一匹狼であることを誇っているわけではない。ただ単純に生きているだけだ。だが気がつけば独りだった。その原因はきっと第三者から見ればわかることなのだが、如何せん雪哉にはその理由を知ることも、気付くこともきっと出来ないままだろう。
だからこそ、そんな雪哉の身近に居た切刃のことだけは、雪哉にとってはきっと特別なものなのかもしれない。だが、雪哉はそれすら気付いていない。だから――
「そう思っておいてくれ」
だから肯定だけして、雪哉は部屋を出ようとしたがそれでも尚、切歌は執拗に雪哉を制止する。先程までは人形のような無感情だった筈が、まるで別人だ。初めて会った時もそうだった。生気の無い瞳から一変し、感情を露呈する。
「最近は物騒じゃからな、真っ直ぐ帰った方がいいぞ」
「ああ、そうする……もう、いいか?」
一歩進むたびに振り向くのはもう疲れた。
こんなところで時間を潰すのならばさっさと出て行く方が得策だろう。切歌はコクリと頷いて、そして――もう何も言わなくなった。
夏にはまだ早い六月――日は落ち、夜の幕が開けていた。
快晴だったせいもあるのか空は数え切れぬ星の光で溢れていた。
ともかく目的は果たせなかった。そのまま大人しく帰ることしか出来ないのは残念だが雪哉は家に帰ることにする。
しかし一寸先は闇。
見えないとは未知。未知ということは不安という感情を駆り立てる。
その先に何があるのか雪哉には見えない。ついつい警戒心が強くなってしまう。立て続けに起こっている通り魔事件のこともあってか視界の外に意識が勝手に向いてしまう。
おかしい。
雪哉はそう思った。
来た道を戻るだけだ。さすがに土地勘が無いと言っても今まで歩いて来た道を戻るぐらいなら何も問題など無い筈だった。それなのに、同じところを何度も歩いている気がする。迷子ならそれでもいい。しかし違う。同じ光景を何度も見せられている。それはまるで迷宮にでも迷い込んでしまったような、そんな錯覚。
同じ建物、風景が雪哉の視界に広がっている。雪哉は自分の顔を左手で覆い隠す。
「疼くか……だが待て、聖骸布はまだ解くな――」
それは虚勢だった。
明らかどこかで常識が逸脱している。何かが作用している。
そして、雪哉はその場から動くことを止めた。
「どうする? ……どうする――」
雪哉は考察する。
進むことが駄目ならば戻るという選択肢もある。雪哉は来た道を戻ってみた。
するとどうだろう今度は迷うことなく切刃の住んでいたアパートに到着した。
「なんだこれは? 俺は本当に迷宮にでも迷い込んでいるのか?」
閉鎖された空間に閉じ込められた気分だ。
まるで現実から切り離された世界。それは夢のような世界。しかしこれは現実だ。
「俺を閉じ込めようなど無駄なことだ……」
正体不明の敵の攻撃を前に雪哉は鼻で笑った。
雪哉は再度、駅に向かって進撃する。
だが、幾ら進んでもやはり結末は変わらない。商店街を越えればまたスタート地点に戻される。これではルールが破綻している双六と変わらない。ある特定の場所まで進めばスタートに戻されるなんて壊れているとしか思えない。
もう二度とこの迷宮から抜け出せないのでは?
徐々に雪哉の心は焦燥し始める。そんな時だ――
「……なんだ、この音は?」
どこかで大きな音がした。そしてその音が止むと同時に轟音が響く。その音はやけに近くで響いた。雪哉の身体はその音に導かれるように動いていた。
「近いな……」
そして進むにつれてその音は大きくなる。
しかもその音に近付いても元に戻されることなく進んでいける。もしかすればこの音に近付けば迷宮を脱出できるのでは? 雪哉はその音に一縷の望みを掛け前進する。
「これは、……歌か?」
音は、「歌」だった。
言語化出来ない。祝詞のような、神を讃えるかのように、その歌は聴く者に祝福を与えるかのように、それはきっと天使の歌声。
違う。雪哉の聞いた音はただの破砕音に過ぎなかった。こんな美しい歌声を耳にしたわけではない。
そして音が消えた。歌は流れる。
雪哉の足が止まる。思考が止まる。意識が止まりそう。
「…………なぁ――――――」
だから雪哉は言葉を発することすら出来なかった。
その歌を流すべきではないおぞましい光景だったから。
その歌声が全てを祝福しているのならば、幸福を与えるのならば、この残虐を前に謳うのだけは止めて欲しい。その歌をきっと穢すだけだろう。
赤だった。
赤、そこには赤。赤が広がっていた。そう赤だ。赤い赤、赤が、赤……赤で、赤の赤――赤、赤か赤赤赤赤赤、赤かかかかかか赤になって、赤が赤を赤で赤はきっと赤のままで赤たちが赤へと赤になって赤い赤くなった赤が赤には赤に赤い赤いかい赤い。赤あか赤赤赤赤赤赤。赤がそこにあって赤は赤を赤で赤らは赤いまま赤を赤く赤くしていた。
思考が崩壊した。
雪哉の視界に広がる海は雪哉の心を狂わせるには十分すぎた。
その場で反射的に膝を突いて、そのまま吐瀉物を撒き散らし、胃液が無くなる程に、雪哉は地上に汚物を吐き続けた。
音がした路地裏に足を運べば、待っていたのは分割を繰り返した肉と、放水を続けた血による惨劇の光景が描かれていた。
そしてその赤の中心には黒。
黒い装束を身に纏った何かが立っていた。
男か、女か――わからない。それは仮面をしていた。真っ白なただの仮面。道化のようなふざけたペイントも施さず、ただそれには顔が無かったのだ。それでもその仮面は雪哉が近付いて来たことに気がついたのかゆっくりとこちらを向く。だがどこを見ているのかはわからない。
顔無しの仮面のせいで表情は窺えない。だがあまりにも異質なそれは雪哉に恐怖を与えるには十分すぎた。いきなり現実から逸脱したかと思えば、そこにいたのは顔の無い怪物だった。人と同じ腕と脚は見える。だが、それで人間かと尋ねられれば真っ先に雪哉はこう答えるであろう――違う、と。
血の海に立つ者が、人であるわけがない。それはもうきっと遠く別の者でしかない。そう殺戮を行う者は既に人間ではないのだ。
(ヤバイヤバイヤバイヤバイ――)
脳内では警鐘が鳴り止まない。これまで数える程度ではあるが危機を乗り越えて来れた。難敵を退けここまで来れた。しかしこれは違う。これは別者だ。これは明らかに圧倒されている。開始まる前から決まっている。お終いだ。遭遇したことで既に終わってしまっている。
逃げろ。
雪哉の心はその言葉で埋め尽くされている。
右腕に持たれた巨大なままで、やけに湾曲した刀身はただ肉を削ぐ為だけに創造られたであろう断頭刃。そんなモノで切り付けられれば忽ち雪哉の身体は寸断される。
そして黒い装束に隠されたその身体。刃だけをチラリと見せ付け、それ以外は一切の情報を雪哉に流さない。未知数そのものが人の形を模して立ち尽くしている。そんな相手を前に勇敢に攻めるなどと、それはただの蛮勇でしかない。一瞬で切断される結末が待っている。
逃げろ。
そうするしかない。それ以外の選択肢が出現したところで雪哉は躊躇わず逃走することを選ぶだろう。今目の前にいるのは人間を肉塊にした怪物だ。そして今までに無い畏怖が雪哉の身を蝕んでいる。殺人の現場に初めて立ったのだ。そんなもの無関心でいられるわけが無い。
後ずさる。しかし背は向けない。視界から離してはいけない。この怪物を視界から外してしまえばそれはただの終わりだ。雪哉はゆっくりと怪物から一歩離れる。
だが怪物は動く。一気に背を向けて走り出したかった。何も考えずに、何も思うことなく、無心のまま無我夢中で駆け出してしまいたかった。それでも、それが出来なかった。そうしてしまえばきっと楽になれただろう。しかしその安楽は死だ。ただの終焉だ。ここで全てが終わってしまう。全てが台無しになってしまう。それだけは嫌だった。その結末だけは絶対に逃れなくてはいけない。まだ、こんなところで終わっていいわけが無いのだから。
だが、
「っ!」
雪哉の顔面に投擲される何か。
雪哉はそれを左腕で受け止める。危機を振り払い続けた結晶の左腕。しかし聖骸布を解く暇もなく、ただ怪物が放り投げた何かを受け止めるのだけで精一杯だった。
片手に収まる程度の小さい何かだった。暗くてよく見えない。しかしそれはやけに粘着を帯び、触れているだけで不快になった。
雪哉はよく目を凝らし、そして、暗がりに視界が慣れてきたのかはっきりと、その何かの正体に気がつくことが出来た。
「どうして……」
知りたくなかった。
何かの、正体を、知らないままでいさせて欲しかった。
「どうしてっ、お前がぁ!」
雪哉の左手の中には、白い携帯電話が握られている。
そして、それは、その携帯電話は――
「切刃の、切刃のだ! これを、どこでっ!」
その携帯電話は、夜那城切刃のモノだった。
いつも雪哉の前で、見せびらかすようにしては操作を繰り返していた、あの夜那城切刃の携帯電話だった。
雪哉の質問に怪物は首を傾げる。雪哉はそんな怪物の仕草に苛立ちを覚え、怪物に押し付けるように携帯電話を構えた。
「これは、これは……俺の――「友達」のモノだっ! 何故、お前が持っているっ!」
雪哉の絶叫は路地裏に響き渡った。
だが怪物はまだ何かわかっていない、そしてゆっくりと首を傾けては右へ左へと揺れ動かし、そしてやっと雪哉の言葉の意味を理解したのか首を縦に振った。
するとどうか、怪物は手に持っていた刃を片手に自分の首元に近付け、首元に近付け――
断頭するように刃を横に振ったのだ。まるで誰かの首を討ち落としたように、そしてそのジェスチャーが意味することはたった一つだった。
「……そうか、お前が、お前が俺たちの町を、俺の世界を、終わらせた汚物か――」
音が止んだ。ざわついていた筈の心が静かに止んだ。
両腕が潰れる程に強く握り、下唇が裂けるほどに噛み締める。
そして両目でしっかりと怪物を見据え、今しがた過去にいた自分を破壊する。
やがて心は塗りつぶされ、新たな感情が芽生え始める。
そして心はたった一つの感情を鮮明に汲み上げた。
ただ静かに、雪哉の唇が動いた。
「殺す」
恐怖は、もう崩壊していた。