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それが全能結晶の無能力者  作者: 詠見 きらい
episode-2. -復讎の歌謳い-
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3-5  world end

3-5 world end


「じゃじゃーん、携帯電話を買ってみたのだ♪」

 その言葉は誰が言ったか――

 そしてその言葉を聞いた夜那城切刃(やなぎきりは)は目を見開き、目の前の光景を理解出来ないでいた。

 それもそうだ。見せびらかすように携帯電話を片手に、片目を閉じて、テンションを上げながら笑っていたのは紛れも無く時任雪哉(ときとうゆきや)だったのだから。

「どうしたんだい雪哉? そこらへんに生えてる毒キノコ(ベニテング)でも食べたかい?」

「それだと死んでるな」

「例えだよ……あと死ぬかどうか僕は知らない。でもね、わけのわからないモノでも食べなければ君がそんなイカれてしまうことなんてないだろうって思っただけだよ」

 確かにいつもの調子とは明らか違っていた。別人のようにさえ見えてしまった。だが切刃の言葉に返事をした雪哉は元に戻っている。

「……こほん、たまにはキャラを変えてみるのもどうかなと思ってな」

「やめてよ雪哉、あまりに現実離れしすぎて自分は悪い夢でも見ているのかと思ってしまったよ。寧ろどこか別次元にでも迷い込んだのかと冷や汗を掻いたぐらいだ」

「俺は精神歪曲(リジェクション)の能力は持っていない。幻覚や混乱の作用を含んだ状態異常攻撃はしていない安心しろ」

「どうも雪哉の言葉は聞き慣れないことが多すぎるよ。勉強不足だね」

「安心しろ、知る必要の無い知識だ。「図書館」の連中と戦うのは俺だけでいい。お前は黙って日常を過ごしていろ」

 そんな者が本当にこの世界に存在している筈もなく、雪哉はそのまま自分の机に座り携帯電話の画面に触れる。

「へぇ、雪哉もやっと買ったんだね」

「ああ、やはり無いよりはあった方がいいと思ってな。しかし使い方が全くわからん。理愛に教えてもらったがさっぱりだ。正直な話、理愛が何を言っているのかもわからなかった。横文字をガンガン立て続けに聞かされて頭がおかしくなりそうだ」

「いつも雪哉だって横文字(聞き慣れない言葉)を口ずさんでいるような気が……」

「何か言ったか?」

「いいや、何も。それで何がわからないんだい?」

 席に座る雪哉の横に立つ切刃。雪哉はそのまま切刃に自分の携帯を渡す。

「電話は掛けれる。単純に電話帳も出せる。そこに書かれた名前を押せばいいだけなんだろう?」

「そうだね、しかし妹さんの名前しかないんだけどこれ」

「理愛以外の人間の番号などいらんからな」

「酷いなぁ、僕の番号ぐらい登録してもいいだろう?」

「……ふむ、まぁ、お前の番号ぐらいなら登録してやってもいい」

「全く雪哉は……どうしてそう偉そうなのかな……」

 なんて言いながらも切刃は笑いながら雪哉の携帯電話を操作していく。操作する指は早く、雪哉は切刃が何をしているのかさっぱりだった。

「はい、これで登録完了。何かあったら連絡してよ」

「何も連絡することはないが――」

「そんなこと言わないでよ」

 そのまま切刃に携帯を渡される。ディスプレイを覗けばそこには「夜那城切刃」の名前と電話番号が記されていた。

「メールアドレスも登録しているが……俺はメールは打てんぞ?」

「その辺は妹さんに教えてもらってよ」

「いや、教えてもらったがわからなかった」

「雪哉……君は器用そうに見えてどうして機械類に関してはそうなんだい?」

「わからん。相性が悪すぎる」

「相性って……良いも悪いも無いと思うんだけど」

「気にするな。とりあえず善処しよう。理愛にもう少しだけ教えてもらう」

「そうしてよ」

 雪哉の言葉を聞いた切刃はどこか嬉しそうだった。

「何を笑っている?」

「だってさっきは何も連絡することないって言ってたのに、メールのやり方を妹さんに聞くっていうもんだから。僕にもメールしてくれるのかい?」

「お前に連絡をする必要性はない」

「酷いなぁ」

「それよりもだ……」

 雪哉が席を立ち、切刃と向き合う。

「今日の放課後、ちょっと付き合え」

 雪哉の誘いに切刃は迷うこと無く頷いた。


 放課後、雪哉は真っ直ぐ家に帰らずに切刃と一緒に駅の方へ歩いていた。

 駅前のハンバーガーショップに入り、レジで注文をする。注文して一分もしない間に頼んでいたメニューがやって来たのでそれを受け取り二人して席に座った。切刃はハンバーガーのセット。雪哉はポテトとコーヒーだけにしておいた。

「そんなんでお腹いっぱいになるの?」

「ならん。しかし夕飯はちゃんとしたものを食べたい」

「雪哉ってこういうジャンクフード苦手だっけ?」

「苦手というか食べ慣れていないだけだ。正直、こういった店にも立ち寄らないしな」

 基本的には自炊である雪哉にとっては寄り道をして、買い食いをするということも中々しないからこそ、こういったジャンクフードはあまり食べたことがない。しかし切刃はというと充実したセットメニューを頼み、夕飯の代わりにでもするかのような量だった。それにレジで注文する時もまるでいつも通っているかのように手馴れていた。

「お前はよく来るのか?」

「まぁね、切歌(きりか)もここのテリヤキが好きだからね」

「お前の姉か……」

 先日、ショッピングモールで偶然出会った切刃の姉である。

 容姿は明らかに切刃の妹にしか見えないが流石に面と向かってそれは言えなかった。

「妹さんとは気が合いそうだって言ってたよ」

「そ、そうか」

 そこでつい雪哉は言葉を濁らせてしまった。

 切歌には申し訳ないが、理愛の感情はそれとは正反対だったからである。

「切歌と呼び捨てにしているが双子か何かか?」

「いや、姉だよ。二つ上」

「二つもか……」

 やはりそうは見えない――とは言えず、雪哉は話題を変える。

「さて、今日誘った理由だが」

 雪哉はポケットから携帯電話を取り出す。

「メールの機能を完璧に使いこなしたい」

「妹さんが教えてくれるんでしょ? どうして僕に?」

「もう一度聞くのが嫌だ」

「嫌って……別にいいじゃないか」

「嫌なものは嫌だ」

「子供っぽいなぁ雪哉は――まぁ、でも別にいいよ。今日は暇だしね」

「礼を言う」

 そのまま切刃は雪哉の横に座る。しかし雪哉は切刃から少しだけ離れた。

「逃げないでよ」

「やめろ、男と隣で座りたくはない」

「でも横から教えた方がいいんじゃないかな? それに僕だって教え難いよ」

「むむっ……仕方ないな」

 切刃の言い分も一理ある。雪哉はコーヒーを一口呑み、切刃との距離を詰める。

 なんとかメール画面を出すところまでは雪哉でも操作は出来るのだがそこからの細かい操作が雪哉を悩ませていた。

「文章を打つぐらいは出来るんでしょ?」

「ああ、単純に文字を小さくしたり改行したりがややこしい」

「雪哉ってホント重度の機械オンチなんだ。でもまぁ、壊れたりしないんだから何回でも間違えて覚えた方がいいと思うよ」

「そうだな」

 そのまま一時間ほどハンバーガーショップで雪哉は切刃にメールの文章の作り方や送信方法などのレクチャーを受けていた。

 たかが携帯の機能の一部分の使い方でここまで真剣になるのもどうかと思ったが、折角購入したものなのだ。出来る限りは使えるようにしたい。

「はぁ、雪哉……」

「なんだ、切刃……」

 雪哉は三杯目のコーヒーを口にし、切刃も同じように三杯目のジンジャーエールを飲み干していた。

「すごいよ、これは重度ってレベルじゃない。病的だ。君はきっと機械全てに忌み嫌われているとしか思えないよ」

「俺もそう思う。どうして今ままで生きてこられたのかと思えば、こういったものを使わずに生きて来たからだと思う」

 携帯電話如きを複雑と言うのは厳しいものかもしれないが、ここまで工程を踏まえて使用する機械を触ったのは初めてだろう。少なくとも雪哉がこれまで生きてきて扱えた機械といえば、炊飯器とガスコンロぐらいだ。

「まさか次の画面を開けば、最初に戻り、メールアドレスを入力すれば書いたはずの文章が消えるなんて……その機種もしかして壊れてるんじゃないかな?」

「だがお前が操作すれば問題なく動いていたぞ?」

「そうなんだけどね、なんか雪哉ってホントこういうの苦手ってか相性悪いんだと思うよ。まぁ、機械に相性もクソもないんだけどさ。でも雪哉の言ってた通りだねこれじゃ」

 切刃もお手上げなのか最後の方は投げやり気味だった。

 しかし本当に雪哉は悪気はない。言われたとおりに動かしているつもりなのだがどうしても違うことをしている。わかる人間ならば殺意を抱くであろう「何もしていないのに壊れた」というあの言葉。雪哉も同じ台詞を切刃に浴びせていた。「何もしていないのに変になった」と。雪哉は別に切刃を煽っているわけではないのだが、どうしても切刃の通りにしているつもりなのだが別の操作を行ってしまっている。

「うん、雪哉は電話の機能だけで我慢してもらおう」

「……そうする」

 雪哉も挫けぬ事無く最後まで諦めずに挑戦したのだが、講師側がそう言ってしまうということはもうこれ以上は進展しないということだ。不屈なままに突き進んだが、やはり最後で折れてしまった。雪哉自身も自分には向いていないということを痛感したようだ。

「まぁ、電話はちゃんと使えるんだし問題ないって。うん、多分」

「しかし機能の殆どを俺は使えないというわけだな」

「大丈夫だって、死なないって」

「大袈裟な。別にそこまで気負いしてはいない」

 上手く操作できないことは悔しいが、別にそれで絶望するほど堕落するわけではない。雪哉は携帯電話をポケットに直し、そのまま首を左右に傾けた。ディスプレイを凝視し続けたせいか目が痛い。

 目元を指先で押さえ、そのまま目を瞑る。そしてゆっくりと両目を開くとそこには藍園逢離(あいぞのあいり)と肩を並べて入店する妹の理愛の姿が見えた。

「兄さん?」

「理愛か……どうしてここに?」

 理愛がこんなジャンクフード店に足を運ぶなんてことはそうない。しかし見当はつく。それがその理愛の横に立つ藍園逢離の存在だ。

 藍園逢離とは、そう――「友達」だ。

 理愛の本当の友と呼べる者。トレイの上にはハンバーガーの山を作っている。友達との付き合いは大切だ。逢離が行こうと言えば、理愛は必ず着いて行くだろう。心を許した相手には尽くす「人間」だ。

 だが理愛のトレイにはハンバーガーではなくアイスクリームが乗っている。大食いの逢離とは相反的に小食である理愛。図体も違えば食べる量さえ違う。この二人を見て雪哉はいつもこう思う――凹凸だと。

「ああ、これはこれは……」

 切刃がそう呟くと席を立つ。

「行こうか雪哉」

「……? ああ、そうだな」

 切刃が急かすようにそう言うものだから雪哉もそのまま立ち上がって店を出る。

「理愛、最近物騒だからな気をつけて帰れよ」

「わかってます。それよりも頭撫でないでください」

 つい無意識の内に雪哉の手は理愛の頭に触れていた。理愛に言われて気付いたように雪哉はその手を離し、逢離に目配せした。逢離は頭を下げ、一言も発することはなかった。本来は明るく元気な印象を見せているが異性が苦手であるということを林間学校の時に知っていたので気にはならなかった。

「あ、あの、センパイ!」

 背を向けたまま店から出ようとした雪哉だったが、背後から逢離の声がしたので自分が声を掛けられたのかと思い振り向いた。

「こ、これ食べ終わったら理愛ちゃんと連れて帰るっすから。だから、心配、しないでくださいっす」

「ああ、それなら心配ないな」

「へ?」

「ごゆっくり……」

 きょとんと目が点になった逢離はそのまま放置し、雪哉は今度こそ店を出た。

 逢離の食べる速度が尋常でないことは認知している。いつも通りの速度ならばあの程度の肉の山も一瞬で平らげることであろう。いや、違う。雪哉は逢離を信頼している。だからこそ不安な感情など抱くことはないのだ。

「いいのかい?」

 外に出れば壁にもたれ掛かる切刃の姿があった。

「いいも何もお前が先に出たんだろうが」

「そうなんだけどね、ははっ……僕なんか妹さんにもあっちの藍園さんだっけ? あの子にも嫌われてるみたいだから」

「そうか? そうは見えなかったが――」

 理愛も切刃の姉である切歌に対しては嫌悪の感情を見せていたが切刃に対しては何一つ発言していなかった。逢離も異性が苦手ということがあるから面識の無い切刃に対して警戒していただけだったと思う。雪哉も初めて逢離に声を掛けたときは思いっきり警戒されていた。

「いやぁ……雪哉の妹さんはよく出来た妹さんだよ……いい子だね」

「何故、褒める?」

「気にしないで、本当にそう思っただけだから」

 そのまま切刃は自分の携帯電話を取り出した。

「そろそろ本格的に物騒になって来たね」

「あの事件か?」

 それはやはりこの町を脅かしている通り魔事件のことだった。

 ここ最近は町を歩く人の数もめっきり減ったような気がする。

 そして切刃は自分の携帯電話のディスプレイを雪哉に見せる。そこには中学生が襲われたと記されている。

「もやは大人子供関係無くただ傷害する鬼畜外道か……反吐が出るな」

「そうだね、でも僕らじゃ何もできない。とりあえずおっかなびっくり怯えて解決するのを待つしかないかな」

 切刃の言っていることは確かに正しい。

 犯人を捕まえるなどと正義感に満ち溢れた心を持っているわけではない。ましてやたかが学生の身分でそんな凶悪犯をどうにかしようなどと愚行に走る気もない。関係無い――その一言で片付けてしまってもいい。それでも、身近にその脅威が迫るのならば――

「雪哉?」

「あ、ああ……」

「怖い顔してたよ。正直見てて辛い」

「悪かったな」

 全く見ず知らずの人間が襲われていることは、冷酷かもしれないが何とも思わない。ただ、こんなにもその脅威が接近しているということだけが気掛かりだった。

「切刃、お前も注意しろよ」

「わかってるって、雪哉は心配性だなぁ」

「……切刃」

「茶化すつもりはなかったんだ、ごめんよ」

 雪哉の声のトーンが低かったことに気付いた切刃は罰悪そうにしては謝罪する。素直に謝る辺りが切刃の良い所だと思う。

「帰るか」

 雪哉の言葉に切刃は頷く。

「ねぇ、雪哉」

「なんだ?」

「雪哉は知ってる人がいなくなったらどうする?」

「どうするも何も、きっと身体は勝手に動いているんだろうな」

「動く?」

「ああ、すぐに行動するだろう。何をするかは、俺にもわからん」

「ははっ、何それ?」

「忘れろ」

 自分でもらしくないことを口にしてしまった気がして雪哉は切刃から顔を逸らして咳き込んだ。だが、それはきっと本心だっただろう。

 自分の知る誰かが、もし何かあれば……それはもう理屈じゃない。ただ感情に任せてやるべきことをするだけなのだろう。

 それは雪哉が理愛を守ることと同じ意味合いだった。理愛の為ならば――

 しかし雪哉は知らない。その感情が理愛だけにしか向けられていないわけではなかったことを。


 切刃は電車で帰るようなので、そのまま駅前で別れた。

 切刃が大きく手を振っていたが、雪哉は小さく手を上げただけで返事した。

 いつものように、日常が終わりを迎える。


 そして、始まる。


 ゆっくりと、けれど確実に、雪哉の世界が終わろうと、していた――

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