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それが全能結晶の無能力者  作者: 詠見 きらい
episode-2. -復讎の歌謳い-
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3-4  silver sentiment 

3-4 silver sentiment 


「死ね」


 それは誰に向けられた言葉だったか。

 理愛は辛辣な言葉をきっと世界に向けて投げ掛けた。

 しかし理愛がそんな言葉を吐き出すのも無理はない。

 その手を繋いでよければ良かったのか――しかし後悔してももう遅い。雪哉()とはぐれてしまった。しかも瞬間的にだ。何が起こったのかもわからないほどの刹那。気がつけば独りだった。

 しかしジっとしていても仕方が無い。その場に座り込んでしまってもよかったが、とてもこんな人波の中で静止することなどできやしない。

 溜息を漏らしながら理愛は歩く。理愛もきっと探していることだろう。そのまま大人しくしてもいいのだが、何もせず動かず、ただ待つということなど耐えられることも出来ず、理愛は進む。

 食品売り場に到着した。

 ――だが雪哉はいない。

 本当にこのまま必要なものだけを購入して帰っても構わない。だが、それは出来ない。雪哉を放置することは出来なかった。

「あのアホ兄さん……どこで何をしてやがるんでしょうか――」

 独りであるせいか言葉使いが酷い。だが知らない人間しかここにはいない。酷い言葉を吐きながら理愛は食品売り場から立ち去った。

 だが歩けども歩けども雪哉の姿はいない。

 広く、けれど狭い世界であるというのに人一人見つけられないなんて、理愛は肩を落としながら歩いていた。

 そんな時だ。

「……あれは?」

 エレベーター付近に備えられた横長の椅子に少年が座っている。

 少年はリノリウムの床を見つめながら不動のままそこにいる。関係ない。理愛はその横をお通り過ぎる。

 通り過ぎた、のだが――振り向いていた。

「早く、兄さんを探しに……」

 そう口にしている筈なのに身体は前には進まなかった。それどころか少年を凝視したまま動けない。そして心の奥底に隠している想いが揺れていた。

(やめて、あれ……わたしみたいじゃない……)

 孤独で、誰もが見てみぬ振り。

 そしてこのまま通り過ぎてしまえば、理愛も「ソレ」と同じになる。

「に、兄さんなら大丈夫でしょう」

 説得力など皆無だったが説得する相手はいない。理愛は少年に向かって歩いていた。

 しかし接近したものの上手く声を掛けられない。元々他人と上手に話すことが出来なかった筈だ。どうしてこんなことをしている。らしくない。止めておこう。けど、それだけは出来なかった。

「あ、あの……迷子、なの?」

 声は上擦っていた。ちゃんと相手に届いているのかすら不安な声量。だが落胆する少年に理愛の声は届いていた。

「おねえちゃん、だれ?」

「わたしは……時任理愛(ときとうりあ)。いきなり声を掛けて、その……怪しい者じゃないわ」

 おどけながら言っても余計に不信感を与えると思うが今の理愛にはどうしようも出来ない。だが少年は怯えることなく、

「なにかよう?」

「いや、その一人ぼっちだったから迷子かと思って」

「うん、はぐれちゃったんだ」

「そう……」

 さぁ、声を掛けたものの理愛はどうするかまでは決めていなかった。しかし首を突っ込んだのは理愛だ。

「なら探してあげましょうか? わたしじゃ何の力にもならないかも、だけど……」

「ホント? うれしい、ありがとう理愛ねえちゃん」

 一瞬、心の中が躍った気がした。

 姉と呼ばれることなどなかった理愛にとってはそんな風に呼ばれたことが嬉しかったのだろう。頼りにされるということは気分がいいものだ。

 しかし、大きな後悔が待っているということを理愛はまだ知らなかった。

 関わりなど持たなければよかったのだと、そう呟きそうになるのをグっと堪える。

「見つからないね」

「そうね」

 自分の兄すらも簡単に見つけられないのだ。子供の逸れた相手を探すのはもっと困難だった。どこに歩けば、どうやって探せば、答えは見つからない。

「わたしじゃダメみたいね」

「あきらめるの早いよ」

 少年に諭された。しかし心は折れかかっていた。

「でもね、わたしは今、兄とも逸れている真っ最中なの……えーっと……」

 まだ少年の名前を聞いていなかった。

「ぼくの名前? ぼくはおうまだよ」

「そう、オウマ……どう書くのかしら……」

「わかんない」

「……そう」

 どうみても小学生で、自分の名前ぐらいは漢字で書けるとは思うのだが理愛はそれ以上何も聞かなかった。干渉したのは自分だが、深く踏み入ることだけは出来なかった。自分がそれを嫌っているのだから。そのくせ首を突っ込んだのはらしくないと理愛は思った。

 明らかに変化していた。

 それは藍園逢離という友人を手にしたからか、はたまた時任雪哉()と危機を乗り越えたからか――理由はわからない。

「兄も見つけられないわたしじゃやっぱりアナタを助けられないみたい」

「そんなことないよ、お姉ちゃんだけだったよぼくに話しかけてくれたの。一人ぼっちになったぼくに声をかけてくれて嬉しかった。だからそんなこと言わないで」

 救われた気がした。

「それにお姉ちゃんキレイだし」

「なぁっ!」

 らしくない声が出てしまった。まるで強襲されたかのようだった。明らかな動揺を見せ、理愛は顔を逸らした。

「あまり大人をからかうものではないわ」

「えー、お姉ちゃん大人なの?」

「オウマよりはね」

 背は小さく童顔で、華奢な矮躯では無理がある。だが少年よりは明らかに年上だというのはわかる。

「でもホントだよ。銀色の髪もその眼も初めて見たんだ。まるで天使みたい」

「……そう」

 そんな風に言われたことは「殆ど」無い。

 逆を言えば大半は気色が悪いと、気味が悪いと、とにかく不気味の一言で片付ける。

 ここまで来る途中、何度奇妙なものを見るような視線を浴びせられたことか。だが理愛は気にしない。奇異は理愛にとって無効にされるものだ。

 だから逆の意味を篭められた言葉や視線は理愛にとっては脅威となるのだ。聞き慣れぬ言葉は時として理愛を混乱させる。

「うん、だからお姉ちゃんのこと好きになっちゃった」

「……もう少し大きくなってから言いなさいな」

 さすがの理愛もそれ以上は付き合ってられなくなった。少年の言葉を遮るように歩く速度を速める。

 そして理愛はある場所を目指した。最後の手段を用いることにする。

 到着したのはやはり――迷子センターだった。

 これだけ規模が大きい建物だ。迷子の一人や二人いてもおかしくはない。思ったとおり、三階の隅にそれはあった。

「本当にわたし何やってるんだろ……」

 他人を優先する必要なんてなかった。自分を優先すればいいだけだった。

 それなのにそれが出来なかった。いつかいた自分が少しずつ霞み始めている。

「ほら、あそこにいる人に声を掛けて、そこで待ってなさいな」

「お姉ちゃんは行っちゃうの?」

「ええ……兄さんを探さないと」

「お姉ちゃんだって迷子じゃないの?」

「何をバカな。もしそうならそれは兄さんの方であってわたしではないわ」

 言っていることが無茶苦茶である。原因はきっと互いにあるはずだ。背中だけを追うようにしてしまったこと、手を繋がなかったこと――もっと素直に兄に着いて行けばよかった。不機嫌を露骨に見せていたのもいけなかった。明らかに雪哉は距離を置いていた。理愛の心情を容易に理解する男なのだ、それを知らない妹でもない。

「謝らないと……」

 ただ不機嫌なままに、自分自身だけを見ていた。雪哉はそこにはいない。悪いのはきっと理愛だったのかもしれない。もしそうでなくても原因は理愛にもあっただろう。

「お姉ちゃん?」

「なんでも……じゃあわたしは先に行くから――」

 そのまま少年を置いて兄を探そうとした時、

「ん? 理愛どうしてここに……」

「に、兄さん?」

 雪哉がそこにいた。

 一人ではない。雪哉とそれほど背の変わらない長身の男と、真っ赤な着物を羽織る少女がそこにいた。

「ああ、さっき会ったんだ。これは俺の数少ない真実を知る男――夜那城切刃(やなぎきりは)。そしてその横にいるのが姉の切歌(きりか)だ」

 いきなり紹介され、理愛は反射的に頭を下げる。

「えーっと、雪哉の友人の夜那城切刃です。よろしくです」

 お辞儀する理愛に切刃も頭を垂れる。そしてその横にいた切歌もペコリと一礼。

 驚いたのは明らかに身長が低く、理愛とそれほど変わらないというのにその切刃の姉ということだ。信じられない。

「切刃がお前の姿を見たというものだからなまさか本当にこんなところにいるとは」

「わたしはこの子をここまで連れて来ただけです」

 そういって自分の横を見たが、そこに少年の姿はなかった。

「あれ?」

「誰もいないな……どうした理愛、幻にでも惑わされたか?」

「惑わされてるのは兄さんです。さっさと現実に帰って来てください。幻想に酔ったままならそのまま潰れて圧死してください」

「言いすぎだろうそれは」

 しかし本当に少年の姿はそこにはいない。もう行ってしまったのだろう。所詮は他人。一瞬の邂逅に過ぎない。もう二度と会うこともない。

「まぁ、いい……無事に巡り合えた、帰るぞ」

「そうですね」

 理愛はそのまま雪哉の横に立った。

「じゃあ僕たちもそろそろ行くよ」

 切刃が片腕を上げると、雪哉も同じように腕を上げる。切歌は一言も発することなくもう一度頭を下げ、そのまま行ってしまった。

 通り過ぎた瞬間、切歌は小さな耳を澄まなさなければ聞こえぬほどの声量で鼻歌を口ずさんでいた。そしてその声を理愛の耳はしっかりと捉えていた。

「どうした理愛?」

 雪哉はいつもと違う理愛の雰囲気を察した。

 理愛の表情は険しかった。

「兄さんのお友達なんですか?」

「ん? まぁ、友と呼べるかはわからんが、俺の数少ない知人だ」

「そうですか……申し訳ありません兄さん、わたしは……あの人苦手です」

「そう言うな、確かに終始笑顔で中が読めないのは不気味かもしれんがな」

 理愛は首を横に振った。

「姉の方です、ごめんなさい。わたし……苦手というより嫌いです」

「やけに感情が露骨に出ているな、初対面だろう?」

「ええ、ごめんなさい。わたし悪い子ですね」

 初めて会って、初めて見たというのにそれなのに評価は悪いものだった。

 そしてそんなことを思ってしまう理愛自身も悪いものだと思った。

 それでも理愛はあの眼が恐ろしかった。切歌の血のように真っ赤な瞳が。その瞳で見据えられた時、まるで心の中を覗かれているような気がした。胸の奥がもたれるような、そんな感覚。嘔吐したくなる。

「誰でも好き嫌いはある、面と向かって言わないだけまだマシだ。気にするなよ」

 そう言って雪哉は理愛の頭に手を置いた。理愛は雪哉の腰元ほどの背丈だ、手を置きやすい位置に頭があるのでつい手が伸びてしまった。

「むー、子供扱いしないでくれませんか兄さん」

「お前はもう少し表情を柔らかくしろ、いつもそんな半目で眠たそうなのは感心しないな」

「元々こうなんですから今更変わりませんよ」

 ムスっとしたように理愛が言うが、雪哉がそう言うのも無理はない。

 目つきは半分閉じたように、ジトっとしたように負のオーラも一緒に感じさせる。だがそれは決して他人を蔑んでいるわけではない。しかし印象としては悪く思われてしまうのだろう。そういった誤解が理愛の評価を下げているのだろう。

 外見も常人とは少し違う。それと相まって悪いものにしているのは兄である雪哉としては少々残念である。本当は心の優しい良い子だということを雪哉は知っているのだから。

「さて帰るか」

「そうですね、疲れました」

 そして二人はそのまま外に出た。

 雪哉は今回のことを反省し、携帯電話を購入することにした。切刃が使う携帯情報端末(PDA)のような機能は雪哉にとって必要ないものなのだが大半の携帯電話にその機能が備わってしまっている。使わなければ問題ないだけなのだろうが、雪哉にとっては簡単な機能すらも自由に使用できないかもしれない――

「兄さんがまさか携帯を買うとは思いませんでした」

「苦手だな。しかしこれはどうやって操作するんだ……ボタンが無いな。それに画面に映像しか表示されていないんだが?」

「それは画面をタップしたりドラッグすれば操作できるんですよ」

「たっぷ? なんだそれは? しかも(ドラッグ)とは……何か危ない気がする」

麻薬(ドラッグ)を打ってるのは兄さんじゃないですか?」

 雪哉は至って真面目だったのだが理愛の視線はまるで刃のように鋭く冷たかった。

「兄さんはテレビのリモコンは使えても、エアコンのリモコンは使えませんものね」

「テレビのリモコンはチャンネルを変えるだけだからな……エアコンのように風向きだの温度だの状態の切り替えはできん」

「よく生きてこられましたね」

「寝て食えばここまで来られる」

 理愛は基本的なPCの操作も出来るが、雪哉にとっては電源を付けるのすら困難である。

 操作なら理愛に聞けば問題ないだろう。

「とりあえず帰ったらわたしの電話番号とメールアドレスを登録しておきます」

「頼む」

「しかし兄さん」

「ん?」

 理愛が立ち止まり、雪哉の腕を掴んだ。

「何か、忘れていませんか?」

「……何か忘れているのか?」

 雪哉には覚えが無い。つい首を傾げてしまう。しかしそんな雪哉の態度に理愛の身体が震え始める。理愛が怒っているのはわかる。だが何に対して怒っているのかがわからない。

「兄さん、わたしたちはどうして今日は外出したんでしょうか?」

「…………………………ああ」

 ゆっくりとその言葉の意味を噛み砕くように理解すれば、その意味がわかる。

 そうだ、今日は理愛が食べたかった材料を買いに外に出たはずだった。しかし気がつけば雪哉の携帯電話を購入するという別のものになってしまっていた。

「兄さん、どうするんです?」

「どうしよう?」

「死ね」

 そろそろオチがこればかりなのはどうにかしないと……な。

 雪哉は頭を抱え、そのまま近くにあったスーパーに寄るのだった。

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