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それが全能結晶の無能力者  作者: 詠見 きらい
episode-1. -Four Leaf Clover-
37/82

2-16 四つの葉の誓い(エピローグ)

2-16 四つの葉の誓い


 林間学校から、一週間が経過した。

 理愛はいつもと変わらない学校生活を送っていた。

 しかし、変わったことがある。

 昼休み。

 理愛は教室を抜け出すことをしなくなったのだ。

 だって、抜け出そうにもそれを許してくれない友達(ヒト)がいたから。

「ひゃー、それってさぁ、いつ見てもおいしそうだよねぇ」

「そ、そうですか?」

「卵焼きちょーだい」

 理愛は昼食を一人で取ることが出来なくなってしまった。それは藍園逢離という初めて出来た友達のせいだ。昼休みの始まりのチャイムと同時、理愛の机に向かって自分の椅子とコンビニ袋を両手にやって来るのだ。そして、こうやって理愛の弁当の中身を覗いては欲しいと言うのである。

「ダメです、これは兄さんが作ってくれたものですから」

「ホント、理愛のお兄さんってさ不思議だよねぇ、もしかしてこれエプロンつけて一生懸命作ってんの?」

「ま、まぁ……」

 逢離の問いかけに理愛は記憶を辿る。朝早く理愛よりも起き、こうして弁当を作ってくれる。長身に少し小さめのエプロンはあまり似合わない。そんな兄である雪哉はいつも理愛の為に弁当を作っている。

「わたし食べてばっかです」

「いいんじゃない? 作ってる側はそれでいいと思うよ」

「そうでしょうか?」

「そうだよ、ぱくっと」

「あ、ああっ!」

 理愛はつい声を上げてしまった。逢離が弁当のおかずであるミニハンバーグの一枚を食べてしまったのだ。

「うまいっ!」

「なんで食べるんですか? なんでヒトのものを勝手に食べちゃうんですか?」

「あ、あれ? 理愛、怒ってる?」

「怒ってません」

「怒ってるじゃん?」

「怒ってませんよ」

「手の甲にフォーク刺さってんだけど?」

「頚動脈じゃないだけマシと思ってください」

「怒ってるじゃん!」

 怒ってはいないと言葉にしても、その心の中の怒りが明らかに逢離に向けられている。現に理愛の持っていたフォークの先端が逢離の手の甲に突き刺さっているのだが、今の理愛はどうも逢離を許せそうにない。食べ物の恨みは何とやら、その負の感情は計り知れない。

 だが、理愛はゆっくりと突き刺していたフォークを抜いた。いや、大袈裟だ。少し先端が刺さっている程度だ。冗談でしたことだ。だが、理愛がやるとそうには見えないようだ。逢離も正直な話、二度と盗み食いはしないでおこうと心に誓っている。怯え震える逢離を見て、十分に反省しているということがわかり理愛は溜息を吐く。

「ほら」

 そしてフォークには卵焼きを刺し、それを逢離の口元へ近付ける。

「え? いいの?」

「欲しいんでしょう? 食べていいですよ」

「うわーい、理愛さいこー」

 あれだけ怯えていたくせに理愛が許したとわかった途端にこの変わりようである。そして逢離は理愛の持っていたフォークを丸齧りするのではないかと思うぐらい大きな口を開けて卵焼きを食べた。

「おいしい、理愛のお兄さん料理上手だよねぇ」

「当たり前ですよ」

 言われずともわかっていることである。

「しかし、逢離……アナタ、いったいどれだけ食べれば気が済むのですか?」

 コンビニ袋は結構な大きさだった。しかもその中には大量の菓子パンが詰め込まれていたのだが、それをあっという間に平らげてしまった。それで終わりかと思いきや、自分の鞄から漫画で出てきそうなデフォルメな爆弾にしか見えない黒い球体に齧りつく。それがおにぎりであるとわかったのは逢離が一口で半分ほど齧って中から白い米が見えたからである。

「えー? これでも結構我慢してるんだけどなぁ……」

「我慢、ですか……」

 見ているだけで胸焼けがする量を一瞬で平らげてまだ食欲が満たされないなんて、逢離の身体の中には胃が無いのかと理愛は馬鹿げたことを考えてしまった。理愛は逆に殆ど食べない。弁当の量だって少ない。もちろん理愛が食べられる分量を雪哉は熟知しているからこそ、理愛の小さな弁当箱の中身は理愛がちょうど満腹になる量で構成されているわけだが。

「まったく……」

 理愛は呆れたように気だるい声を上げて、食事を続けた。昼休みなんて無意味な時間だと思っていたけれど、今は違う。とても有意義な時間として過ごすことが出来る。孤独は本当に価値が生まれない。誰か一人でもいい。こうして一緒に食事をする相手がいるだけでも、意味が生まれる。価値が生まれる。逢離という友達が出来て、今はこんなにも学校生活が楽しい。授業だって、食事だって、独りではなく、逢離と一緒にいる。

「逢離」

 巨大なバクダンおにぎりを銜える逢離に理愛がそっと声を掛けた。

「学校がこんなに楽しいなんて思わなかった」

「そりゃ楽しいって思わなきゃおもんないよ」

「そう思わせてくれたのは逢離のお陰」

 なんて言ってみれば、逢離は目を見開いて頬を真っ赤にしていた。

「結婚しよっか」

「飛躍しすぎです」

 わけがわからない。

「もうダメ、理愛可愛すぎてヤバい。あたしの理性がヤバい」

「逢離は理性云々(うんぬん)、全部がヤバいわ。頼むからわたしに襲い掛からないでくださいね、ブン殴りますから」

「ぶー、ケチケチー、ちょーケチー」

「死ね」

 いつもの非道な口癖も今や雪哉だけでなく逢離にすら使うようになってしまった。言葉で死人が出るのならば、兄共々、友達すらも殺害していそうだ。

 そんな残虐な言葉を吐いたにも関わらず、理愛の表情は柔らかで、どこか嬉しそうだった。その表情に逢離はただ見惚れていた。逢離の台詞は冗談で出たものではない。本音である。

「やっぱ殺していいから、結婚して」

「……逢離、気持ちの悪い台詞はやめてください、わたしが悪寒で死にます」

 あまりにも酷い台詞を聞いた理愛は耳が痛くなった。

 それでも、逢離に対して不快な気持ちを抱くことはなかった。

「それにしても、担任がいきなり変わったことには驚きました」

「確かにねー」

 理愛の担任であった海浪蜜世だったが、林間学校の最終日から突然姿を消した。だが消失の原因を理愛も逢離も知っていた。

 彼女は敵だった。その敵を逃しただけに過ぎない。

 新しい担任に入れ替わり、適当な理由を並べるだけで誰もが納得する。他人のことなど、誰も興味などないのだから。

 ただ海浪蜜世は理愛たちより何歳か年上だっただけに新しい担任は理愛たちの学校に長年勤めている老いた教師だっただけに落胆する者もいたようだった。若い教師だっただけに、「残念だ」という男子生徒の声を聞いたぐらいだ。

 だがその程度だ。三日もすれば誰もが興味を失う。気になる者もいるのだろう。だが、何も知ることなど出来やしない。当の本人はもうそこにはいないのだから。

「別に、あんなヤツのことはどうでもいいんじゃない?」

 そして逢離もまた微塵の興味も持たぬ者の一人であった。しかし明らかにその言葉には棘があり、敵意すら含んでいる。

「だってアイツは理愛のことモノみたいに見てたし、その、あたし腹立った」

「わたしは、別に大丈夫ですけど……」

 奇異の視線にすら延々耐えてきた理愛にとっては寧ろ気にならないものであったが、それでもまるで我が物のように怒る逢離を見て、嬉しく思えた。

「ダメダメ、そんなのダメ。あたしのモノだし、あたしのモノを悪く言われたら腹も立つよ」

「わたしがいつ逢離の所有物になりましたか……」

「別にあたしが理愛の所有物になってもいいよ、えへへー」

 なんて両手で頬を押さえて馬鹿みたいに惚けた表情で首を左右に振る逢離の姿がそこにはあった。

「いや、やめて、そんな道端に落ちてる生ゴミを蔑むような目で見ないでぇ!」

「いえ、その、なんというか……単純に死体を見た時の目なんですが」

「えっ、死体を前にしてそんな視線向けれるの……何それこわい、理愛こわい」

「わたしはそんな馬鹿な発言を続ける逢離が怖い」

 そのまま弁当の蓋を閉めて理愛は鞄にしまう。

 逢離は既に食べ終わっている。だが理愛の席から離れることはなかった。

 そのまま二人は昼休みが終わるまで一緒にいるのだった。


※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※ 


「何か考えごとかい?」

 

 昼休み、腕を組んだまま考え込む雪哉に切刃が声を掛ける。


「林間学校から帰って来てから考え事をする回数が増えたね。何を考察しているんだい?」

「いや、「図書館」の連中の精神汚染による干渉攻撃に対しては別段、俺の持つ「結界」により遮断転移を行っているから問題はないんだ」

「そうなのかい? それは大変だね。授業中にまでそんな見えない攻撃をされているのかい?」

「ああ、だが安心しろ。この第十七螺旋世界に「図書館」が支配する兆しは無い。この世界は安全だよ切刃。だから安心してこの日常を過ごしてくれ」

「そうさせてもらうよ。もし何かあっても雪哉がどうにかしてくれるんだろう?」

「勿論だ。その時にはこの左腕の聖骸布を解くことで、封印を解除し、駆逐を開始しよう。さすがに奴等も考え無しに侵攻するとは思えんがな」


 と、いつものように常人では理解出来ない一方通行の言葉。だが切刃は微笑みながら雪哉の言葉に頷いては言葉を返している。理解しているかしていないかで言えば、きっと切刃も雪哉の言葉の一割も理解出来ていないであろうが、それでも厭な顔一つせずにそこにいるだけでも素晴らしいことである。ただ雪哉の左腕の包帯――その中身は紛い物ではないのだが。


 さて、雪哉が気になっているのはやはり理愛のことである。

 藍園逢離の種晶の覚醒も驚かされているが、それでも理愛の強大すぎる力の前には霞んでしまう。

 形そのものを変え、理愛は「武器」になった。それは唐突だった。結局のところどうしてあんな剣の形へど変化したのかはわからないままだった。

 そして、それともう一つ、理愛が「剣」から人の形へと元に戻りはしたが、一瞬だけまるで人が変わったような瞬間があった。それはまるで理愛の身体を借りて誰か違う別人が言葉を吐いているようにも見えた。そしてあの虹色の瞳――見覚えのあるあの七色の狂気。雪哉は散々その瞳で見抜かれている。信じがたく、否定したいが、あれは確かに――


「そういえば昨日だったかな? 雪哉の妹さん、違う女の子と一緒にいたけれど」

「ああ、あれは理愛の友人の藍園逢離だ。理愛にもやっとこさ友達とやらを見つけたようだ」

「へぇ……そうなんだ。藍園、逢離さんだっけ?」

 そう言って切刃は頤に手を当てて、首を傾げている。

「そうだが、何かあるのか?」

「ん? いや、どこかで「聞いた名前」だなって思って。藍園、逢離……ね、まぁ、気にしないで」

「聞いたことある……気になるな」

「いや、気にしないでよ。こっちの勘違いだし」

「そうなのか、ならいいが」

 だが雪哉は気になって仕方が無かった。切刃の表情が一瞬だけ明らかに鋭いものになっていたことに気がついていたから。だが、切刃がまるで話題を変えるように自分の弁当を雪哉の机の上で開く。

「しかし切刃、お前は真面目そうに見えて時たま行儀が悪いところがあるな」

 切刃は弁当を食べながら、もう片方の手で携帯端末を弄っている。

「雪哉はあまり携帯電話とかそういう類持っているところ見たことないよね」

「機械類は苦手だ」

「便利だよ? 新聞とかもう機械で見る時代だし」

「今は何をしてるんだ?」

「ん? ああ、新聞読んでるんだよ。朝は忙しくて読めないからね。ゆっくり読みたいんだ、だから昼休みにこうやって見てるんだよ」

「なるほどな」

「しかし、最近物騒だね。なんでも傷害事件が多発してるとかで」

「この町でか?」

「そうだよ、辻斬りみたく鋭利な刃物で切り傷与えては逃げてるらしいよ」

 雪哉たちの住む町でそんな事件が起こっていても、こうして誰もがいつもと変わらぬままに過ごしている。それもそうだ。被害さえ無ければ結局は報道されていたところで所詮は画面の向こう側のことだと処理してしまう。

「だから最近は部活動も早めに終わらせて、帰宅させてるんだよ」

「道理で放課後になれば誰も彼もさっさと家に帰るわけか」

 しかし帰宅部である雪哉にとってはどうでもいいことである。学校が終わればさっさと帰るわけだし、切刃の話を聞いていると襲われた被害者の全員が深夜に近い時間帯であった。そんな時間帯に外に出回っている方も悪いのでは、と雪哉は思っていた。

「お前も気をつけろよ切刃」

「え? どうして?」

 だがその話を聞いた雪哉は真っ先に切刃の身を案じた。

「どうしてって、お前はバイトしてるんだろう? しかも遅番のバイトだと聞かされたことがある」

「よく覚えてるね……その話したのって結構前だったんだけど」

 切刃は自分の頭を掻きながら笑う。

 一度だけ切刃が遅刻したことがあった。その時、雪哉は切刃に遅刻の原因を問い詰めたのだが、切刃はバイトのシフトが深夜だったからと言ったのだ。校則でバイトは禁止なのだが、切刃には口止めして欲しいと懇願されたため、何も言わずに黙殺していたのだが、物騒な事件が近くで起こっていると知ったためつい心配してしまった。

「殆どシフトは休日にしてもらってるんだけどね……って関係ないか」

「生徒のやるべきことは勉学だ。それに支障を来たすなら止めた方がいい。まぁ、切刃にそんなことを言っても意味がないが」

 深夜のバイトを続けてはいるものの、切刃の成績は校内でトップクラスである。雪哉が口出ししたところで意味はない。

 だがそれでも雪哉は必要の無いお節介を焼いてしまう。その助言に何の意味が無くとも、言わざるを得なかった。雪哉にとっての友人は切刃なのだから。

 そんな雪哉の言葉を聞いた切刃は突然、笑い出すのである。

「何かおかしいことでも言ったか? そりゃお前にとっては俺の言葉など言われなくともわかっているものだとは思うが」

「いやいや、違う違う。なんかさ雪哉ってツンデレなとこあると思ってね」

「やめろ気色悪い」

 雪哉にとってその言葉は聞き慣れないものだったので意味はわからなかったが、良い意味に取れず、そんな言葉が出てしまう。

「まぁまぁ、悪い意味じゃないって。普段そんな冷静そうにしてる割にそうやって気にかけてくれるからさ、嬉しくてついね」

「別にお前に嬉しくなられても俺には関係ないからな」

「いや、だからその台詞がツンデ……いや、やめておくよ。これ以上、雪哉の機嫌を損ねるわけにもいかないからね」

 そう言って切刃は笑ったままだった。そんな切刃を見ていると、今まで一人で答えの出ないことに対して深く考えてしまっていた自分自身が馬鹿らしく思えて、それ以上考えることをやめた。


※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※ 


 放課後。

 

 理愛は雪哉と帰ることを選ばなかった。

 理愛自身も驚いている。

 理愛にとって信じられる者は雪哉()だけだった。だが、もう一人だけ、信じられる人を見つけてしまった。

 だから、理愛は雪哉と帰ることを選ばず――逢離と一緒に帰ることにした。


「へへへー」

「なんですかその声は……」


 逢離は笑っていた。理愛と一緒に帰る道の途中、逢離は理愛の一歩前を歩き、そして笑いながら進んでいる。


「あたしさ、正直理愛と友達になれるなんて思ってなかったからこうやって一緒に帰ることが出来るなんて夢みたいでさ」

「言い過ぎです。わたしなんかと一緒に帰ることを夢見てたなんて、おかしな話です」

「おかしくなんかないよー。あたし可愛い女の子大好きだし、言ったでしょ。一目惚れだって。あたしおかしいからさ、女の子の方が大好きなんだよね」

「……可愛い、ですか?」

 何度か逢離にそう言われてはいるが、理愛自身は何がどう可愛いのかわからない。こんな銀色の髪、銀色の瞳。人とは違う別物のどこに、そんな感情を抱けるのか。

「当然。最高。ぶっちゃけ理愛を見て、変に思う子って、正直その子の慣性が変だと思うわ」

「……逢離が変よ」

 そこで理愛は歩くのを止める。突然に歩を止める理愛に、逢離も立ち止まる。

「いや、その、ごめんなさい。ただそんなこと言われたことないから、やっぱりどうしても違和感が拭えないの。わたしってその、卑屈だから。誉められても、内心は貶しているようにしか見えなくて、その……なんていうのか……」

 上手く言葉が紡げない。伝えたい言葉が口に出来ない。どうすればいいのかわからなくなっていく。そしてそんなことを言っている自分を呪った。逢離はきっと本当に理愛のことを思ってそう言ってくれているのに、それなのに全てを信じきれない自分が嫌いになりそうで――

 

「厭なことを考えてしまう、自分が嫌いなの」


 逢離に逢うまでは他人は全て敵として認識していたから。

 兄だけを信じることにしていた。思い出したくない過去。描写にさえ起こしたくない記憶。そう、理愛は裏切られた。一度だけ、友達と信じていた者が敵に回った。そのたった一度の裏切りが、理愛の心に疑心を植えつけた。それは今でも忘れがたい恐怖。逢離も、もしかしたら――なんてそんな最悪な感情を抱いてしまうからこそ、怖いのである。そんな感情を抱く自分が怖い。だけど、逢離は微笑む。そして手を取る。走り出す。

「ど、どこに……?」

「いいから着いて来て」

 逢離に連れられ、けれど理愛はその手を拒むことは出来なかった。

 けれども一向に逢離は足を止めてはくれない。何もかも追い越して、だけど終点だけは見えないまま。

 理愛も逢離も荒い息を吐いたまま、ただ走る。そう、走っている。走っているだけだ。何も考えられない。ただ疾走し、その行為に没頭することしか出来ない。


 やがて、電車が走る橋の下で二人は大の字になって寝そべっていた。


「な、なんで、こんなことを……」


 ただ疲労で理愛は動くことができなくなっていた。それは逢離も一緒だった。理愛は逢離


「何を考えたって、いいんじゃない? だって同じ「生き物」だもん。あたしだっていろいろ考えるときだってあるし、でもさ、それがあたしたちなんだから、それでいいとおもってる。だから理愛があたしのこと嫌いでもいい。あたしはその逆を考えとくから」


 逢離の顔を見ることはできなかった。

 ただ上を見て、そのまま動くことが出来なかった。

 そして、理愛はそこで初めて声を上げて笑ったのだった。

 理由はいらない。そんなものはなかった。逢離はそうだった。理愛が気になっただけだ。それだけの理由で深入りしてきた愚か者なのかもしれない。

 それでもいい。

 彼女のおかげで、理愛はもう少しだけ他人を信じることが出来た。


 そのままどれだけそうしていただろう。

 二人は夕日が沈みそうになるまでそのまま寝転んでいた。

 

「理愛」


 逢離が声を掛ける。理愛は無言で応えた。


「これ、渡そうと思ってたんだけど遅くなったよ」

「え、え?」

「形にした方がいいかなって。あたし」

「これは……」

「友達の証だよ。ここで本物の四つ葉のクローバーでも見つけたら素敵なんだけどね、そんな奇跡に頼るより、こっちの方がいいかなって」


 手渡しでそれを受け取ると、それは髪飾りだった。緑色の、銀の髪とは全く不釣合いの緑色の四つの葉の髪飾り。


「もうちょっと理愛はオシャレすべきなんだと思うよ。素材がいいんだし、まぁ、あたしのセンスじゃこんなのしか選べないけど」


 なんて言って逢離は笑う。理愛はゆっくりとその髪飾りを優しく握り締めた。

 そんなもの、着けたって――

 意味は無いなんて、絶対に口には出来なかった。逢離がしてくれたことを無碍になど出来るはずがなかった。


「知ってる? 四つの葉のクローバーって幸運が訪れるんだって」

「そうなんです、か?」

「それってきっと素敵なことじゃない? だって今、すごく幸せだし」

「逢離がそうなら、きっと……わたしもそうなのかな」


 逢離にすら敬語だったはずの理愛の口調は今やもう変わっていた。そしてその髪飾りは証だった。だからこそ――


「逢離」

「……あい?」

「友達になってくれてありがとう」

「こっちのセリフ」


 そして二人は立ち上がり、家に帰るのだった。


 翌日。


 理愛の耳の上に逢離がくれた髪飾りが見えた。

 そして二人は、今日も笑っていた。


[episud.1 -了-]

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