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それが全能結晶の無能力者  作者: 詠見 きらい
episode-1. -Four Leaf Clover-
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2-13 真実の「声」を

2-13 真実の「声」を


 雪哉はただ静止する。

 闇黒の蟲は呻き声を上げながら、ただ震えている。いつ飛び出して襲い掛かって来てもおかしくない状態だった。だがそれでも雪哉は動かない。動けなかった。相手が異形だから尚更だった。

 そして先に動いたのはやはり蟲の方だった。

 収束した闇が一斉に雪哉目掛けて襲い掛かる。黒く光る闇が奇怪な蟲の形と成って、外れてしまいそうな程に大きくその口を開く。そうやって雪哉を丸呑みにしようとしているのだ。だがそのまま喰い潰されるわけにもいかない。

 雪哉はすかさず直進する蟲の口から逃れ、再び距離を離す。獲物を喰い損ねた蟲は地面を転がり、停止すると、すぐさま反転する。グルンっと勢いに任せて回転する。爪が地面を咬んでいる。土が抉れるほどにその爪は地を巻き込んでいく。そして地面を強く叩き、二度目の攻撃が開始される。しかしそれもまた雪哉の目の前を横切っていくだけだった。

 視界を幾度となく駆け抜ける影を、雪哉は凝視する。

 ただ動いているだけ。けれど雪哉も動く。だからその攻撃を(かわ)す。

「全く、こんな怪物と戦う羽目になるとはな……どうやらあの見た目からして……「鬼蜘蛛(フォルチュリス)か?」」

『名前なんてどうでもいいです。ところで兄さん、ああいうファンタジックなフォルムの化物、大好きでしょう? どうにかしてくださいよ』

「俺は怪物操師(モンスターテイマー)のクラスではないぞ? あとその言い方だとまるで俺がゲテモノ好きとでもいいたいみたいだな、訂正しろ」

『兄さんのクラスはただの高校二年生です。あとゲテモノ好きなのはホントのことでしょう? いつも不思議言語で意味不明な一人会話してるじゃないですか』

「待ってくれ、それでどうして目の前の蟲が好きに繋がる? あと不思議言語とはなんだ? 意味不明? 何の意味が不明なんだ? 俺は難しいことを言っている覚えはないぞ?」

『兄さん、兄さんの価値観をこの世全ての人間が理解できるとしたら、この世界に新しい人種が生まれてますよ』

「すまん理愛、わかるように言ってくれ。俺にはさっぱりだ」

 理愛の言葉を雪哉は本当にわからないようだ。

 雪哉は至って真面目なのかもしれない。しかし残念なことにそれは他人には決して理解できないことなのだ。雪哉の言動は、いつだって不思議そのものなのだから。

 だが、こんな会話をしている間にも敵の攻撃は続いている。そう、攻撃を回避し続けながらそんなふざけた会話をしていたのである。

『でもまだ蜘蛛ならマシです、あれがもし黒くておぞましい速度の「怪物」だったらわたし、きっとショック死してたことでしょうし』

「あんな「生きた化石」が実物大の大きさで迫ってきてみろ、俺でも泡を吹いて失禁していることだろうな」

 その生物の名を口にすることすらおぞましい。

 だから雪哉も理愛もそれ以上、言葉にしない。

『兄さん』

「ああ、そろそろ終わらせるか」

 蜘蛛の形をした蟲が大きく腕を開き、飛び掛って来る。

 しかし雪哉は回避しない。そしてただ素直なまでに直進し飛び跳ねる蜘蛛に雪哉は怯むこと無く、「あの」左腕で殴りつけた。

 雪哉の結晶の腕は強大な能力を殺し尽くす力が備わっている。だからこの蜘蛛が「花晶」によるものなら即死さすことが出来る。

 蜘蛛は雪哉の攻撃によりへの字に折れ曲がったまま吹き飛んでいった。そしてそのまま地面に堕落し、完全に沈黙した。あまりにも呆気ない。だから雪哉は気を抜くことなくその場で静止する。理愛もまた雪哉の背中に隠れるようにして動かなくなった蜘蛛を見つめている。

「動くぞ」

『ええ』

 これで終わったとは思えない。

 一撃を与えたというのに雪哉は油断することなく、次の行動へ移れるように身を構えていた。そして雪哉の言葉に理愛は小さく頷いた。

 そして雪哉の言った通りに蜘蛛の化物が立ち上がる。二本足で立ち、残りの四本の足が開く。掴まれば確実に捕食されるであろう異形の爪先が雪哉に向けられる。

『カカッ、ヤる! よく動く、よく動クぞ! ニンゲンが、人間の分際で、ここまで、ココマデぇ!』

「そういうお前はどうなんだ、糞蟲? 能力者が当たり前みたいにいる世界だ。だからそんな人間がこの地の上を立つのは許してる。でも、俺はお前みたいな化物までのうのうと地の上に立つことは許したくない」

『糞蟲、か。またか、またそウ呼ンダ。「アレ」と同じようにワタシを呼ぶノダナ、お前も』

「……? わかるように言ってくれ」

『わかラなくて、イイサ』

 足を広げたまま、蜘蛛が巨大な口を開く。

 何か、「発射」されるのだけはわかった。

『兄さん、何か来るよ』

「ああ、そうだろうな」

『あれは、種晶? それとも花晶?』

「わからない、俺が「左腕」で攻撃したが変化はなかった」

 花晶ならば、雪哉の左腕の能力で即死さすことが出来る。

 だが、蜘蛛は平然と攻撃態勢を取っている。

 なら「右腕」を使うべきか。それは種晶の能力を破壊する。

『無尽蔵ニ貯えし、コノ「蟲」の奔流に呑マレるがいい!』

 蜘蛛が大きな口を開けば、その中で蠢くは命の粒。

 数え切れぬ蟲の大群が蜘蛛の口の中で這いずり回っている。それを吐き出すつもりか。

『どうするの、兄さん!』

「決まっている……」

 この世界が幻想などという誇大妄想が現実になってしまったのは「異能」を手にする権利を与えられたからだろう。だが、それまでだ。巨大な蜘蛛の怪物がこの人間の住む地を跋扈するなどと、そんなものは物語の中だけでいい。だけど、この蜘蛛は「同じ」だ。

 

 蜘蛛の開いたままの口から発射される奔流は、雪哉を呑み込もうと流れてくる。だが雪哉は逃げない。それどころかその奔流に向かって走り出した。

 その黒い網目模様を描いた「(いと)」に向かって雪哉は左右の腕を差し出す。


「――使うのは「両腕」だ!」


 その力が結晶ならば、雪哉の左右の腕に与えられた力がその「異能」を殺害できる。

 どちらでも構わない。

 だから、その絡まった漆黒の糸は雪哉の身体は雪哉には届かない。

 糸が裂けていく。中央から雪哉の両腕に触れられながらその闇が破られていく。

『全く、無茶をします』

「何、問題ない」

 ただ脅威に目を背けず、背を向けず、ただその両腕を、理愛の力を信じ、雪哉は走るだけだ。

 雪哉自身の力ではない。

 雪哉自身の力などない。

 雪哉はそこにいるだけで、何もできやしないただの人間。

 強大な力の前では矮小すぎる存在。

 だけど、雪哉には理愛(レムリア)に与えられた能力で戦える。

「だから、この問題もこれで解決だ」

 距離は零。

 暗黒の糸を裂き、蜘蛛に手が届く位置まで到達している。

 そして蜘蛛は自分の攻撃を防がれ、否、破壊されたことに驚いている。それどころか完全にスキが生まれている。雪哉は逃さない。異形の存在に対して、両腕の能力が通じるかわからない。しかし、どちらかの能力をぶつければと、雪哉は右腕を振り切る。

 右腕(リゾン・ラーヴァ)は種晶を全潰させ、そして左腕(アンチ・マグナ)が花晶を全壊させる。よって結晶による能力を持つ者に対しては最悪の能力なのだ。

 そしてその蜘蛛がその能力によって形を創っているとするのなら、どちらかの能力で崩壊する。

 そんな蜘蛛の歪な顔面が雪哉の右腕で撃ち抜かれ、けれども雪哉は攻撃の手を緩めない。振り切った右腕をすかさず折り畳み、左腕を折り曲げる。続けて、その左腕を「射出」する。

 おぞましい蜘蛛蟲が人間の左右の拳で殴りつけられている。そしてその蟲がグルンっと回転し、吹き飛ぶ。地面の上を擦りながら転がる。そしてまた動かなくなる。

「一体どうなっているんだろうなあの糞蟲……」

 強力な二撃を与えた筈だった。それでも雪哉の口から出たのはそんな言葉だ。

『本当に、お伽噺の中から出て来た怪物なのでしょうか?』

 理愛もまた雪哉の言葉にそう返した。

 それもそうだ。結晶の力を殺す両腕の力を持ってしても、その蟲は動きを止めるだけで消えることはない。だから、どうしても心の中に動揺という感情が生まれてしまう。

「理愛のクラスメイトらを操ったり、俺を闇黒に閉じ込めたり、ついには巨大な蜘蛛に変身するは、「どれ」が敵の能力なんだ?」

『花晶と種晶の二つとも持ち合わせているとか?』

「だが「両腕」の能力が通用しないのはおかしい」

 結晶の能力を行使しているのなら確実に倒せる。しかし、それが出来ない。

 何かある。何か、そう……何かが、雪哉はその蜘蛛をジっと見つめ、考える。雪哉の能力が通用するのは明らかなのだ。何故なら、蜘蛛が吐いた糸を裂くことは出来たのだから。どちらかの腕が、有効なのだ。

『そろそろ、コッチも限界ダな』

 だが蜘蛛自体にはダメージが蓄積されていたのか、形が少しずつ崩れて来ていた。暗い地面の上にヘドロのような液体が毀れている。だがそんな液体は蠕動を繰り返している。蟲だ。それも生きているのだ。

「ああ、なるほど」

 雪哉は理解した。「効かない」わけだと。その謎を敵が簡単に教えてくれた。

「さっきより形が小さくなっている。さっきより形が変わっている。なんだ、お前……俺の腕に触れられる直前に、「切り離していた」だけか」

『その通りダ。簡単すぎタかな? その「腕」ハ厄介だ、難物ダ。触れらレタラ終わッテしまう。ならバ触れらレル前にこの身を削ゲばイイ』

 だから地面に落ちた蟲共はその蜘蛛の肉のようなものだ。雪哉に触れられた部分だけが消失し、そして消えずに残った肉が地面をのた打ち回っている。

『なんだ、よかった』

「ああ、よかった」

 呆気なく問題が解決してしまい、二人は安堵する。もし本当にお伽噺の世界から飛び出して来た怪物ならば、何も出来ずに捕食されただけだろう。敵うこともなく、瞬殺されていたことだろう。でも違う。戦えるのだ。一方的に敗れることもなく、抗うことが出来る。これを安心せずにいられるだろうか?

「勝てる」

『勝てます』

 寧ろ、勝利することが出来る。勝利する確立ばかり上がっていく。

 結晶による能力者にとって、いかに能力を無視し無効にしてしまうなどと最低最悪の相性さかと。

『そうだナ、負けル、このままダト、負けてしまウ』

「だろうな、だからさっさと消えろ。俺たちの前から」

『仕方がナイ、そちらが二人で来るのナラば、こちらも「二人」で行コウ』

「何っ?」

『兄さん後ろ!』

 理愛が雪哉の耳に響く程の声量で叫ぶ。振り向けば、黒い闇が銀の光を輝かせながら雪哉に襲い掛かった。雪哉は脊髄反射のままに左腕を振るうことで危機を弾き返した。その光の正体は――刃だった。

 大きな三日月の形を取った黒の持ち手。そして怪しく輝く銀の刃。長い大鎌が雪哉を狙ったのだ。だが雪哉の左腕は鋼鉄よりもずっと、ずっと強固だ。決して壊れぬ結晶の左腕。それを盾に、なんとかその刃を弾いたのだ。

『兄さん、大丈夫?』

「ああ、お前の声が無ければ首と胴体が分断されていた」

 大鎌を防いだ際に発生した衝撃で雪哉は地面を滑るように後退していた。そして地に手をついてはその大鎌に視線をやる。闇夜からゆっくりとその手が見える。地に刺さる刃を引き抜き、そしてその姿がはっきりと見える。

『そんな……』

 雪哉の真横で理愛の顔が青ざめていた。理愛が戦慄を覚えるのも無理はない。何故ならその姿は藍園逢離の姿なのだったから。

『どうシた? 驚いタノか? この女ハ、ワタシが操ッテいる。お前達ヲ殺せとナ』

 逢離の目には生気が灯っておらず、ダラリと腕を垂らせて人形のようだった。意識を奪われ、敵の手の上で踊らされている逢離。少女には不釣合いな死神が持つような巨大な鎌を片手に振り回し、そして雪哉に目掛けて襲い掛かって来る。

「余りにも卑劣、余りにも卑怯……卑しいにも、ほどがある!」

 操り人形にされた逢離の攻撃を躱しながら雪哉は憤りを見せている。そんな横で理愛は逢離に何度も呼びかけている。しかし理愛の声は届かない。逢離は何度も攻撃を繰り返し、雪哉はそれを躱すことしかできなかった。そして雪哉が回避しきれない攻撃は左腕で弾いていく。防御に徹することによってなんとか攻撃自体はなんとかなる。しかし敵は一人ではない。

『こちらノことも忘れナイでもらいたいネ』

「理愛!」

 雪哉は前方の逢離の攻撃を防ぐので手一杯だった。

 後方からの攻撃は死角となり回避のしようがない。雪哉は後方からの攻撃は理愛に任せるしかない。だが雪哉の問いかけに理愛は応えてはくれなかった。

『逢離、わたしのことがわからないの! 目を覚まして!』

「理愛、藍園逢離は操られている。今は敵を倒さない限りはどうにもならない!」

『でも、でも!』

 ここまで理愛が焦り、慌てるなど珍しい。雪哉は他人に対してそんな風な感情を見せている理愛を見て驚いていた。だがここで挟み撃ちにされたまま迎撃できなければ確実に殺されてしまう。雪哉は理愛の現状を見て、理愛を頼ることが出来ぬと判断し、すぐさま思考する。一瞬だけ横目で後方を見た。蟲どもはすでに形状を蜘蛛から百足に変態させて突進を開始している。すぐに前方に視線を移す。巨大な鎌を振り上げる逢離の姿が見える。

「……阿呆が」

 雪哉は誰に対してか中傷し、そして態勢を崩し右手で地を叩く。逢離の振り上げた鎌が重力に逆らうことなく尖端が雪哉の頭蓋を貫かんと落とされる。だが雪哉の頭部が貫通することは無く、その刃はまた地を穿つだけだった。

 雪哉は地を叩き、その反動で右へ前転しつつ回避。すかさず左腕で地面を殴るようにして勢いに任せて立ち上がる。しかし前方の脅威を回避したとしても、まだ後方からの強襲が待っている。立ち上がれば既に視界には蟲の群れによって「組まれた」黒き百足が口が割けるように開き、(雪哉)を喰らわんと飛び掛って来る。

「このっ!」

 だけど、そうはさせぬと雪哉は跳躍する。地を蹴り、飛び跳ね、空中で螺旋を描き、回転したまま百足の攻撃を回避する。長い百足の身体が雪哉の真下を通り抜けていく。その様子がスローモーションするようにゆっくりと雪哉の視界に映し出される。

 そしてそのスローが終わった頃には雪哉は地に足をつき、百足は雪哉を喰い損ねたまま通り過ぎてしまった。

「これではまるで曲芸師だな……俺も思ったよりやる」

 上出来すぎる自分の動きについ褒めてしまう。

『どウした? 躱スだけならどうにモならんぞ?』

 だが百足から発するは雑音。

 雪哉の前には逢離の周囲をぐるりと回転し、不規則な動きを繰り返す百足の姿が見える。

 その雑音(コトバ)の通りではあるが、雪哉は回避しかしていない。反撃は一切行わず、ただ躱すことだけしかしない。

 状況は悪い方へと転がっている。それなのに――、

「ククッ……」

 雪哉は笑った。顔を手で覆い隠して、腰を折り曲げて、冷たい視線を敵に浴びせた。

「何か勘違いしていないか? どうにもならない? なるさ。俺がどうにかするのだから」

 長い前髪を掻き分け、大きく息を吐いて、そしてしっかりと見据えたまま、

「別にお前が操っている藍園逢離(人形)は殴れば止まる。人質を使って俺を狙う臆病者、それさえ使わなくしてしまえばお前はもう終わりだよ」

 そういって見せ付ける左腕。

 雪哉の左腕に備わる「それは偉大では無い(アンチ・マグナ)」は花晶の能力を壊せる。当然、下ろしたままの右腕は「それ」とは真逆の力を秘めている。

 しかし、藍園逢離はただ操られているだけだ。意味が無い。けれど、雪哉はとんでもないことを言っていた。それを理愛が聞き逃すわけがなかった。しかし雪哉は続けてもっとおぞましいことを言う。

「別段、俺はなんとも思わない。人形なら好きなだけ使い、操ればいい。そんなもの壊してしまえばいいだけのことなのだからな」

『ま、待って兄さん!』

 悪人のように身の毛もよだつ不気味な笑みを溢しながら雪哉は左の拳を握り締める。だがその言動は理愛を憤懣させるには十分すぎた。

『兄さん……何をバカなことを言ってるんですか、その腕はただ異能(ちから)を消すだけじゃないんですよ!』

「そうだったな、銃弾すら弾き返す硬度だ。下手すれば死ぬか? 死んでいいんだがな」

『兄さん、な、何を言っているの? 逢離を傷つけるようなことをするの?』

「ああ、でないと俺が殺される」

『そ、それで死んだらどうするんですか!』

「仇名す者に死を。現に俺を殺そうとした、殺さなければ殺される」

 愚問だなと言わんばかりに肩を小さく上下させては、やれやれと首を左右に振っている。理愛の背筋に悪寒が走っていた。

 理愛は雪哉を止めたかった。

 しかし今はただ雪哉の右腕に力を貸すだけの役割。理愛の花晶としての力は「結晶」を殺すことであるが、その際に自身の(身体)を消失してしまう。

 雪哉の精神に融合するように、ただ魂だけが雪哉の中に存在している。そのせいか姿形は人としての原形を留めてはいるが、肉体が消えているせいで雪哉に触れることが出来ないのである。

『冷徹なのダな、しかし気に入ッタよ』

 雪哉の冷酷な言葉を前に百足が愉快げに笑う。

「蟲に褒められても、気に入られても虫唾が走るだけだ」

『そうでナケレばな、敵同士なのダ。戦ウではないか、殺し合いヲしようではないか』

「だったらさっさとかかって来い」

『そうスルさ』

 そう言って周囲を回っていた百足はその動きを止め、逢離は地面に刺さった刃を抜き、一歩前進する。雪哉は拳を握り締め、迎撃態勢を取った。だが、理愛は大声で雪哉に訴えかける。

『や、やめて兄さん、本当に逢離を殺すつもりなの?』

「言っただろう、何もせずにジっとしていては()られると」

 操られた逢離が肩口に大鎌を乗せて走り出す。

 雪哉は構える。このまま逢離が雪哉に攻撃をすれば間違いなく雪哉は逢離に反撃することだろう。そしてその鋼鉄をも越える硬度を誇る結晶の左腕で殴るのだ。どうなってしまうのか目に見えている。

「安心しろ運が良ければ死にはしない」

『生きる死ぬの問題じゃないんです、やめてください!』

 ピタリと雪哉は動きを止めた。逢離は雪哉に攻撃が届くまで後半分の距離を走っている。

「どうして、お前がそんなことを言う? 「他人」だぞ? 関係無いじゃないか。そんな奴、どうなったって構わないだろう?」

『確かにそうでした、そうだったんですよね……』

 雪哉の言葉は理愛自身の心だった。

 しかし、それは過去のものだ。自分以外はどうでもいい。兄さえいてくれれば。それ以上は何もいらない。そうやってずっと諦めていた。けど、けど――

『だけど、もう「他人」じゃないんです! 逢離は、わたしの「友達」なんです! だから、傷つけないで!』

 逢離は理愛が心を許せた唯一無二の存在だろう。

 どれだけ拒絶しても、彼女だけは理愛から離れることをしなかった。

 それがどんな理由であっても、理愛は嬉しかったから、だから信じられたのだから。

 そんな大切なものを失いたくはない。だから叫ぶ。そうすることしか出来ない、だけど訴えかける。

 そんな逢離の懇願を前に雪哉は笑ったのだ。

「それが、聞きたかった」

 口元を緩め、構えを解く。しかし逢離は大鎌を振り上げていた。もう目と鼻の先まで刃が近付いている。

「それを聞いて、安心した」

 雪哉はそう呟いて、逢離の顔面に結晶の左腕を叩き込んだ。

 刃は雪哉に触れることなく空を切る。そして雪哉の鉄拳を受けた逢離の身体が宙を舞っている。

「……え?」

 そんな様子をただ理愛は情けない声を上げて、見ることしかできなかった。

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