2-10 謀られた守護者
2-10 謀られた守護者
林間学校一日目が終了し、二日目に突入した。
不気味なあの不協和音の声を聞いてから、雪哉の緊張感は高まっている。感情も昂っている。敵は確実にこの林間学校の近くにいる。かといって突然、襲い掛かって来ることはしない。正体はわかっているのだから。
雪哉の敵は一つしかない。敵はArkただ一人。
それがどんな敵かは雪哉にとっては関係が無い。攻めて来るのなら、迎撃するだけだ。だから雪哉は動かない。敵が動くのをジっと待つ。ましてや理愛も十分に常人を超えた戦闘能力を持っている。何も出来ずにただ攫われるなどとそんなことはあり得ない。
「敵が、現れたんでしょう」
朝、早くに雪哉と理愛が顔を合わせると理愛は不機嫌そうにしては苛立たしく呟いた。もうどちらかが独りで戦うなどと、そんな間違いを犯さぬよう、二人で正しいままに戦うと兄妹は誓っている。だから雪哉はすぐに理愛には注意を促していた。しかし声を掛ける事も出来ずメールを送っておいたわけだ。山中ではあるが圏外ではない。電波こそ一本立てばいいが、それで十分だ。雪哉のメールを確認している理愛もまた警戒を怠らずに時間を過ごし、夜も何も起こる事なく、朝を迎えた。
「ああ、正体不明で一切不明。声も機械のようだった、あれでは性別も判断できん」
「どうでもいいです……はぁ、早く帰りたい……」
理愛の切なる願いが言葉として吐き出される。それは敵が理愛を狙っている事もだろうが、やはり集団行動が嫌だからなのか。今はただ理愛にとっては敵と戦うことより二日目の日程内容に不満があるようだ。
「山に登るぐらいいいだろう」
そんな事より敵に狙われていることを気に掛けろと言いたかったが、雪哉の言葉に逆上するように理愛は目を見開いては雪哉の腹部を小突く。
「班分けされて、他人と肩を並べて歩けなんて……どうかしてる」
「何を、なら寝る時はどうした……個室ではなかっただろうに」
一人一人に個室が与えられるわけがない、理愛も雪哉も当然のように三人以上が入れる複数部屋だ。他人が出入りし、他人がそこにいる。だから理愛は孤独にはなれない。だが、
「そんなのすぐ寝ればいいでしょう」
夜の自由時間に入って即効で就寝時間になる前にすぐに寝たのだろう。
出来る限り何もせずに時間を過ごそうとしている。だから少しでも他人と関わる時間があるのが苦痛でしかないのだろう。
「それで、班分けはどうなんだ?」
理愛が無言のまま一枚の紙を差し出す。そこには理愛の名前と、逢離の名前が書かれていた。
「これはこれは偶然か、幸運か」
「いいえ、ただの不幸です」
結局は敵に襲われる事よりも林間学校の行事の方にばかり気にしている。そして理愛は建物の中に入って行く。理愛がそちらを気に掛けるのなら、雪哉は敵を気に掛ける事にする。
登山と言っても殆ど平坦に近い道を歩くだけだ。傾斜も無いに等しく、登り切るのは簡単だろう。小一時間足らずで終点には到着できる。教師陣は前方と後方を、生徒らの一番後ろで雪哉は追うように歩く。
理愛も後ろを歩いていた。その後ろにやはり逢離がいる。逢離は理愛の後ろで一人喋っている。だがどれだけ話題を投げかけても理愛は無表情のまま歩いている。何も変わらない。何も変えようとしない。不変を望む理愛にとって、逢離は邪魔な存在なのだろう。
迷っている。
困っている。
そんな感情を抱いてしまう事が理愛は嫌なのだろう。逢離はそんな感情を理愛に植え付ける。今は敵の存在よりも逢離の存在を疎ましく思っている。
しかし強く拒絶をしない。それをしようとはしない。相手から離れていくのをただ待つ事しかしない。弱虫なのだ。逢離は酷く弱い。矮小すぎる。人と関わる事を恐れているくせに、そのくせその相手を傷付けるのも出来ない。だから相手から自分を嫌ってくれた方が、なんて。そんな逃げ方を繰り返す。
「ふむ、アホだな。我が妹は」
そんな事、雪哉はとっくに知っている。
けれど雪哉は何もしない。理愛が望んでいるのだから。理愛自身が変わらなければ意味がない。
雪哉は見守る事しかしない。逢離に任せている。逢離の不屈さには感服せざるを得ない。強く拒絶する事はなくとも、理愛から発する拒絶の感情は誰が見てもすぐ分かる。逢離がそんな拒絶の意思を前にして臆する事もせずに、笑顔のまま、話し掛け続けるのは空気が読めないのか、単に図太いだけなのか、逢離の心の強度が底知れない。雪哉も理愛を完全に他人ならば、あの拒絶を前にすれば声を掛ける事は躊躇うだろう。
「ホント元気でいい子でしょう藍園さん」
雪哉に声を掛けて来たのは海浪密世だった。初日に声を掛けられた時に少し話しただけだった。
「理愛ももう少し愛想良く出来ればいいのだが……」
これは雪哉の願望だった。
それを叶えるにはまだまだ時間が掛かりそうだが。
「そんなことはないよ、時任さんだってホントはいい子だってわかってるもの」
「そうですかねぇ」
「まぁ、根拠はないけどね。ごめんね」
蜜世は謝りながら、眼鏡のレンズを拭いている。それでもそう言ってくれるだけで雪哉は救われる。作られた言葉であっても、蜜世が何を思っているのかはきっとわからないけれど、それでも誰かにそうやって言われる事に悪い気はしない。
蜜世と一緒に雪哉も山を登る。
晴天の下、こうして自然と触れ合いながら歩くというのはいい事だ。今のこの時代、自然というものが少しずつ失われている中で雪哉は運良くこうした生き残った自然たちに隣接する場所で生活出来ている。ただ理愛を身を案じて曜嗣に無理を言ってこんな所にまで来てしまったけれども、来てよかったと思っていた。
そんなことで幸福になれる自分に雪哉はつい笑ってしまう。ここのところ非現実が連続でおき続けてしまっているせいか、気を張り詰めすぎている。このままでは潰れてしまいそうだった。それでも理愛を見ればそんな弱気になる心を叱咤して、前を見つめたまま歩いてはいける。
しかし理愛はどうしても変わらない。
大きな変化は見られない。
兄妹として、家族として、時任理愛の名を冠する結晶の少女はその輪の中では大きく成長できているのに、それ以外の成長は全て停止させたままだった。
だから他人の行為に対して逃げ続けている。逢離から逃げ続けている。
それなのに逢離は理愛の頑なな拒絶を前に動じない。あそこまで来ると、少し恐怖を覚える。度が過ぎているようにも見える。どれだけ声を掛けても、何かをしても理愛が逢離に対して何か反応を示した事はない。普通ならそこでもう諦めて、無視すればいい。それを、しない。
頂上に到着してしまった。
いろんな事を考えず、純粋に登山を楽しめば山頂に到着した時の感動はもっと大きかった筈のなのに。勿体無い事をしたと雪哉は思った。
そんなこんなで時間は過ぎ、もう夜も更けていた。
夕方でのレクリエーションも終えて、雪哉は廊下を歩いていた。
自分が割り振られた部屋に戻って腕を組んだまま考え込んでいる。夕食も終わり、今は入浴時間だ。教師らも生徒らも浴場だろう。雪哉は、というと……あまり大人数で風呂に浸かるというのは好きではないので時間を置いてから入ろうとしていた。
推測だが理愛も昨日はきっとそうやって浴場に行ったに違いない。部屋にシャワーでも備え付けられていれば浴場に足を運んですらいないだろうが。
「しかし卑劣だな――」
一人になった部屋の中で、雪哉はそう呟き窓の外を見る。
今の雪哉は酷く過敏だった。
雪哉は今日一日ずっと周囲に気を配っていた。警戒心を解く事が出来ない。林間学校は明日で終わりだ。しかも昼の内には学校へ帰る事が出来る。この夜を越えれば雪哉の勝ちだ。どうしても林間学校という孤立した空間が理愛を警戒心を強くしている。
威力が十分すぎる。何もしてこないということが。敵は何もしてこなかった。何もしてこないという事が一番きついのだ。いつ、どこで、どうやって襲撃してくるのか、そう考えるだけで精神が磨り減っていく。
「むっ?」
ふと窓を開けて外の景色を眺めていたわけだが、人影が通り過ぎたのが見えた。誰であってもここは追いかけた方がいいかもしれない。不審者なら尚更だ。ましてや昨日のあの不協和音の声。どちらでもいい。迷っている場合ではない。しかしもし何かあってはあれだと雪哉は理愛にメールを送っておいた。さすがに女性らが集まっている場所に飛び込んで行く事は出来ない。
すかさず外に飛び出し、影が見えた方へ。
林間学校なだけあって外に出れば辺り全体が山だ。消えた人影を追いかけたところで見つける事は難しい。しかし、まるで雪哉を待ち伏せしていたようにその影は木の裏に隠れていた。しかしわざと見つかるように身体の半分を見せていた。
「やはり、昨日のあのふざけた声のヤツか?」
『ああ、そウダ。とりアエず面倒ナ方から潰シた方がいいカト思ってネェ』
「ほぅ、俺のような無能力者を先に潰したところで意味はないと思うが?」
「アア、お前が「ただ」ノ無能力者ならバな、放置シテも問題はナイと思えるノだがな」
雪哉は左腕をギュっと握る。そう、雪哉はただの無能力者ではない。
本来ならば一切の異能を持たぬただの無能力者。
しかし、その左腕は異形であり、異能を宿している。だから雪哉は仮初めの能力者である。一度、脅威を退けたもののやはりそれが敵にも警戒心を植え付ける事となっている。
ある特定の能力に対しては絶対無敵の能力。それが雪哉の左腕の包帯の中に隠した「最強」である。
『月下雨弓を倒シタ無能力者、恐ろシイじゃないカよ。だから――』
雪哉に接近する異物。そう真っ暗闇の向こう側から、唐突に姿を見せたのは人影だった。揶揄ではない、本当に全身が黒い影で作られた人型が襲い掛かって来る。
「なんだ、これは?」
雪哉と同じ程の背丈をした人影がぶらりと手を垂らしては地面を擦りながら駆け寄って来る。あまりにも不気味なその姿に雪哉はすかさず後退した。触れてはいけない、触れたくない。そんな感情が雪哉の中で生まれる。
『卑怯ナ手を使ってデモ、お前ニハ死んでもらウ。あの結晶も頂戴スル』
「戯言を」
長い手が横へと振られる。前に屈み、地面の上を転がり回避。視界が廻り、雪哉の目に人影が逆さまに映る。人影は攻撃を回避された事を理解すると、すぐさま振り向きただ勢いに任せて走り出す。攻撃方法は至って単純だった。ただ暴れ回すだけ。腕を伸ばし、それが躱されれば突進し、雪哉は闘牛士のように紙一重でそれを躱すとその人影は樹に激突し、身体をヘの字に曲げて動かなくなる。ただの阿保なのだろうか、雪哉は首を傾げ、けれど油断はしない。
敵は異形なのだ。人の形をした何かなのだ。まるで幻想世界の生命体にしか見えない。黒い影、闇のような存在が人の形をしてそこに存在し、雪哉を襲うのだ。まるで別の世界に迷い込んだように、雪哉を困惑させる。
そして人影はピクリと反応を示すと、また立ち上がり雪哉に向かって執拗に突進を繰り返す。だが余りにも単純すぎるその攻撃方法に動きは丸見えで、躱す事は容易だった。フェイントも掛けず、ただ一直線に突進を繰り返すだけ。しかし躱しているだけでは雪哉が勝利する事も出来ない。
「不気味なヤツだ……黒い闇の中に赤い一つ目の光、どこの伝奇小説に出てくる怪物だ?」
『ハハッ、すまないネ。上手く動かせナくてネ、飽きたカイ?』
行動こそ単純すぎて、まるで知能など皆無のように思わせる割にその人影は雑音混じりの不気味な声を発している。性別も区別できない金切り声で雪哉の耳を侵していく。
一つだけ気になっている事は、その声はまるでその影とは違い、別のところから聞こえてくるようだった。まるで空の上から降り注ぐように、拡声器で高いところから叫んでいるように聞こえる。だから、この人影――何かを操って動かしているとしか思えない。
(こちらから仕掛けるか?)
躱すだけではこの問題を解く事は出来ない。雪哉は反撃するか否か悩む。この間も連続で敵の攻撃が繰り出されている。攻撃の軌道は読みやすく、回避は容易いものの延々とこれを繰り返しているわけにはいかない。雪哉の左腕は花晶の一部であり、同じ基本能力は備わっている。だから身体能力は常人以上のものに向上している。
だが、まだ動かない。
雪哉は大きく手を開いて人影を制した。その行動一つで人影は動きを止めて立ち尽くした。
『ドウした? おかしナことヲする』
「一つ気になった、俺を排除したいというのもわかる。ただ俺を仕留めなくとも理愛を捕らえる事はできるだろう?」
『そうだナ、どうシテそンなことヲ聞く? 命乞いカ?』
「いや、ただお前たちは理愛が狙っているのはわかっている。ならさっさと中に入って理愛を拉致ればいい。どうしてそれをしない? 俺の考えでは「出来ない」んだろう? Arkらは理愛の存在を回りに知られたくない。理愛が結晶である事を知られたくない。秘密裏に事を運びたい。そうだろう?」
林間学校の前にあった銃者達の件もそうだ。そんなに理愛が欲しいのなら誰彼構わずに手段さえ選ばずに、町ごと燃やせばいい。Arkにはそれが出来るだけの異能者と権力がある。結晶を誰もが持つ世界に、その結晶で能力を手にする世界に仕立て上げた組織なのだ。だがArkはそれをしなかった。
ただ隠れてコソコソを卑怯な手口を使う事しかしない。こんな奴らが雪哉の敵ならば、雪哉は思うだろう。恐れるに足らず、と。そんな恐れも迷いも無い雪哉の前に暗黒の向こうから声が聞こえる。
『卑怯者ダろう? だが、その通りダ、花晶の存在ハ知られタクはないんでナ。人の形をした結晶ナドド、そんなモノ知らレルわけにはイカないだろう?』
確かにそうかもしれない。
雪哉も理愛がそうでなければ決してその事実を知ることはなかった。理愛と何年も一緒に過ごして来た中で理愛が結晶で出来た人外であると知ったことはごく最近だったのだから。
この世界には種晶という結晶の存在しか知られていない。花晶を知る者はいない。Arkらがその事実だけは隠そうとしている。空から舞い降りた結晶は人に力を与えた。選ばれた者はその力を行使することが許された。世界は大きく変わった。
そんな中で人の形をした結晶があることだけは隠蔽され続けている。
だが今はそんなことはどうでもいい。そして今の闇から放たれた台詞には同意することだろう。
「確かにな。俺だって俺の妹が奇異の眼差しで見られる事には耐えられない」
髪色や瞳の色に対して変だと見られるだけで心苦しいというのに、人間ではない別の者だと思われて見られるなどと、それこと雪哉は世界そのものに反逆せざるを得なくなる。
『コチラにも色々あるンでな、誰にも知られる事ナク、お前の妹ハ頂こう。そしてお前には死んでもらオウ』
「そうか、だったら俺はお前を殺そう。お前達と戦い続け、幾らでもお前達に勝ち続けよう」
Arkの狙いはわからぬまま、だが理愛を狙っていることだけははっきりとわかっている。なら戦うしかない。大切な者を守るには戦うしかないことを雪哉は窮地を乗り越えることで痛いほどにわからされている。
「だから俺はお前を敵と認識する。この聖骸布を外す事で、お前はもう逃れられない。さぁ、終焉を始めよう」
『カカッ! それか、ソレカァ! その「危険」だッテ左腕はハハは! いや、オゾマシイ。恐ろシイな! 結晶で出来タ左腕? そンナもの初めてダ、初めて見タゾ!』
雪哉は左腕の聖骸布を解き、封印を解く。その中から現れるは結晶の左腕。肉と骨ではなく、ただ純正なる花の結晶の一部で作り出された左腕。理愛に与えられた能力。
「来い、異形。俺の異形で済し崩しにしてやる」
『ジャあ、そうサセテもらうかナ!』
疾走。
人影は雪哉に向かって再度突進。しかし何度も見せられた攻撃手段に雪哉は飽きて、呆れて腕を振り上げる。
「崩れろ」
左腕の結晶の塊が人影を叩き落す。ただ蝿を落とすように。躊躇いなく叩く。変異たるその人影が何かは説明がつかない。それが異能の一部であるのなら、種晶か、花晶なのか。どちらでも構わない。花晶ならば雪哉の左腕の能力で消し飛ばす。種晶ならば凶悪な質量の前に潰れるだけだ。雪哉の左腕は不壊であり、決して壊れない。だから盾としての役割を果たし、しかもその壊れないという特性を利用して鈍器に使ってしまえばいい。人影は消えなかった。だがその左腕の硬質さの前に人影は地面に接吻していた。
(なんだ、これは……?)
雪哉は人影に打撃を与えたと同時に違和感を覚えた。確かに人影の後頭部を叩き潰した筈だった。正直、殺人の領域に達する程の打撃を加えたつもりでもいた。頭蓋骨を陥没させ、脳漿を破裂させたつもりだった。
なのに、まるで綿でも叩いたような感触。人影は確かに地面に落ちている。しかしそれはただ落ちただけだ。雪哉はそこで初めて理解した。そうだ、これは影だ。影だったのだ。
「影に触れたところで、意味はないということか?」
『カカッ、違うネ』
その台詞が雪哉の耳に届いた頃には雪哉の目と鼻の先に人影がいる。すぐに雪哉は左腕で自分の身を庇う。左腕が掴まれた。違う、「咬」まれた。
「なぁ――――」
『綱引キは得意デネ』
腕に咬み付いた黒い影。それは雪哉の左腕を縛るように纏わり付き、凄まじい力で引き寄せられる。人影が大きく手を開き、片腕がゴムのように伸縮する。雪哉は懸命に腕を曲げ、人影の力に反抗する。しかしそれでも影の紐は縮もうとする力の前に雪哉はただ成すがままに引っ張られていく。
『安心しロ。コレでは殺せナイ。お前ニは少しの間、退場シテ欲シいだけでネ。時間を稼ギたいだけだったワケダ』
「なんだと?」
靴底が地面を擦る。砂煙を上げながら雪哉はただ引き寄せられていく。しかしもっともおぞましいのは、その人影の伸ばす手よりも、腹部を異音を立てて顎を開く巨大な口だった。腹から口が見える。影と同じ大きな闇がそこに広がっている。そこに、放り込む、つもりか――
『お前は言っタ。確かニ、我々ハ、公に動けナイ。隠れて動くコトしかできナイ。だが、「協力者」を用意スレバ、ドウだろウ?』
「何っ!」
そこで初めて雪哉は動揺の色を見せた。
敵は一人ではない?
何を勘違いしていたのだろうか。声が一つだから、敵は一人とは限らない。
人影との距離が半分以上も縮んでいる。そしてその動揺と一緒に力が抜け、いつの間にか影の口が雪哉を呑み込もうとしている。
『残念ダッタな、最初からダレも知らナイままニ終わってシマエ』
「ふざけろ、俺の進むべき道を終わらせて堪るか」
ガブリ、と――顎が閉じる、雪哉はその闇に呑み込まれた。
人影はそのままピクリとも動かなくなった。
しかしたった一言だけ呟いた。『オゾましい男だ」と、まるで雪哉に恐れたように思えた。
だが雪哉は理愛を守り通し切れない。雪哉は闇に喰われてしまった。
それを理愛はまだ知らない。