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1―3  『種』と呼称された

1―3 『種』と呼称された


 それが人の能力の一部として組み込まれたのもつい最近。

 もはや普通とは何だったのかとさえ思わせるほどに、過去の人々が築いた社会というものは崩壊していた。今はもう個人の『才能』によって未来を切り開いていく世界が完成していた。


 それが『異能』――人より優れ、常識を超えた能力。


 超能力とも呼べるのかもしれない。別に魔法と呼んでもでもいいのかもしれない。もうなんだっていいのかもしれない。ただそれはまさに奇跡を具現させた力と呼ぶものだろう。

 そんな異常な能力は小説やお伽噺の中だけのただの絵空事だと思われていた。もしそんな力を持っていたとしても、呆れて笑われるのが普通だったのかもしれない。しかし今やそんな幻想は人々の才能の一つとして評価され、より優秀な能力を持つ者は富や名声を得ることが約束された。そしてそんな異能と呼ばれる超能力は偶然的、突発的に発現するわけもなく……今や誰もが望めばきっとその力は手にすることができるようにすらなっていた。

 そんな奇跡が今や当たり前となったこの世界。奇跡を当然とさせたのは今から六年前、雪のような結晶が降り注いだあの日からである。

 六年前、突然降り注いだ結晶は雪のような白ではなかった。まさに光り輝く金剛石のようだった。だがそれはただの炭素の同素体の一つが落下してきたわけではない。その結晶こそがまさに人に叡智をもたらした原因なのである。それを人は『種晶』(シード)と呼んだ。

 ピアスのように耳に穴を開け装着する者もいれば、耳以外の皮膚に埋め込んだりと、装身具として身につけることでそれを装備すれば力を手に入れることができる。しかし持っているだけで誰もが能力を解放できるのかと聞かれればそういうわけでもない。

 所持しているだけでは何も起こらない。

 まさに種の名を冠するように持っているだけではただの種と変わりない。その種を開花させるには人間が持つ技巧が必要となる。それは才能となり、異能を引き出せることができれば、どれだけ微力であろうとも、『有能力者』(コーダー)として分類されることとなる。どんな能力であっても、世界に貢献できればそれだけで価値を見出せる。可能性を広げることができる。

 力とは道を作り出すことを指す。大きな力があればそれだけでその道は多数に分岐させることもできる。それを増やせるかどうかはその人間次第となる。問題はそんな大いなる力を平然と手にしてしまった世界になってまだ六年しか経過していないというところにある。未だに能力が発現するのは突発的で、気がつけばなどと曖昧なことが多い。

 勿論、この能力を研究する組織なども存在する。それでもあまりにも時間が足りなさ過ぎる今の人類にできることは、そんなとてつもない力を悪用することを防ぐ為にも能力を持つ者を管理、管轄する組織を作ることで精一杯だった。今やどんな殺傷兵器よりも危険な『異能』は今以上に軍事力を高めることだって容易に行える。能力を持った人間の軍隊を一つ作るだけで、どんな強力な兵器を保有した国すらも壊滅させることができるとされている。

 そんな危険分子がどの国にも存在してしまった世界になったのだ。そんな不安定極まりない力を安定させる為にもこの世界全てがそういった幼い頃からそういった能力を持つ子供たちを学校という機関の中で一つにまとめ、能力をより良い方向へと使用させる為に教育するカリキュラムも立てられている。

 そうやって世界の均衡を保とうとしていた。それでも、それは能力を持った人間に置かれた境遇でしかない。世界の人口の数割にも満たない者だけが持たされた能力。殆どの人間はあの結晶の雪が降り注いだのを見ただけでしかない。それは雪哉も一緒だった。いや、違う。雪哉はそんな雪の結晶など目もくれていなかった。一夜で自分の世界を半壊させられただけのそんな夜だ。能力などに微塵の興味もなかった。


 だから、雪哉は異能を持たない。


 身体に種晶を埋め込んでいるわけでもなく、一切の能力を身につけることなく雪哉はこれまで過ごしてきた。世界はこんなにも変革を起こしたはずなのに、雪哉の世界はあの六年前から壊れたままなのだ。だからこそ理愛がいなければ、雪哉がどうなっていたかなんて言うまでもない。彼を塞き止めているいる存在だからこそ、雪哉にとっては理愛が大切だった。きっと壊れてしまった雪哉にとってはどうしても他人との感覚にズレが生じている。

 それなのに、

「おはよう、雪哉。今日も朝から眠そうだね」

 机の上に肘を突き、傾いた首をその手で支え、何故に不機嫌なのか仏頂面をしたまま窓の外を見つめる雪哉に屈託のない笑顔を見せ付けて近づく男が一人。手を振りながら前の席に座る。しかし椅子の向きは雪哉の方向を向いていた。雪哉と同じく高い背丈、しかしやけに線は細く、男性の体格とは思えないほどだ。そんな男はニヤニヤと不敵に微笑んでいる。そんな表情が気に入らなかったのか雪哉は窓の外を見つめるのは止めて、その男に視線を移した。

「朝からその顔はやめろ、不愉快だ」

「つれないなぁ、雪哉は。友達がこうして会いに来ているんだから挨拶ぐらい返してよ」

 狐目をした男はそう言って、大袈裟に肩を落とす。しかし雪哉は何も言わない。これがいつもの日常なのだ。こうやっていつも夜那城切刃やなぎきりはは雪哉に近づいてくる。入学してからずっと何の因果か悪戯か、雪哉は切刃に付き纏われている。雪哉は頑なに切刃の接近を拒んでいるのだが、どうしてか切刃は諦めずに雪哉への接触を繰り返してくる。だからとっくに心が折れた雪哉は言葉こそ辛辣だが、拒絶することは止めたのだった。朝、通学中に理愛に友達はいないのかと聞かれた時に答えられなかったのは雪哉にとって切刃が友達なのかどうかは自分自身でもよくわかっていなかったからである。

「俺と、友達?」

 だから切刃の言葉に訝しげに顔を顰め、目つきがより一層悪いものに変わってしまう。

「そうさ、僕たちは友達だろう?」

「そうだったか?」

「そうだったよ」

 悪びれもなく切刃は言うと、口元に手を当てて雪哉の耳元で話し出す。

「組織が動いているんだろう? 協力者は多い方がいいんじゃないのかい?」

 これだ。これなのだ。これが切刃を絶対的に拒めぬ理由。ただ単に興味本位だけで切刃が近づいてくるのならただのいけ好かない優男として雪哉も適当にあしらっていた。しかし切刃は何枚も上手だったのだ。切刃は雪哉がどういう人間なのかをよく知っている。知っている上で、馬鹿にすることもせず、こうして雪哉の『設定』に乗っかっているのだ。

邪気眼(じゃきがん)って言うんだっけ? 雪哉の持っている眼のことは?」

「あんな劣化魔眼と一緒にするな……あれは第四世代が気紛れで与えた脆弱な力だ。石に変えることもできなければ、万物の生き死にさえも見れないだなんて、どうかしている。俺の眼は違う……だが、それが何かは言えない。言えばお前もきっと狙われるだろうからな」

「組織にかい?」

「あまり大きな声で言うな……敵はどこにでも存在する。教育機関なんてもっての他だ。とくにこういった二階はな――ともかくここは苦手だ。お前も俺に興味本位で近づくだけなら止めておけ。死にたくはないだろう?」

「わかってはいるんだけれどね、どうしても雪哉のことが気になってね」

「そうか、なら勝手にしろ。勝手に死ね。あと訂正しろ、組織ではない……『図書館』だ。気をつけろ、ヤツらは俺の持っている『眼』と『腕』もだが、本命はこの『禁忌ヴォイニック』の断片なはずだ。これ一枚で十分因果律の変動が可能だからな。奴らが血眼になって探しているのもわかる。だが、これを上手く使えば連中を誘き出すこともできる。失敗は許されない、俺に近づくのはいいが足手まといにはなるなよ」

 なんて他人が聞けば全くもって不可解な会話が展開されている。それでも切刃は雪哉の言葉を一言一句漏らさずに清聴していた。本来なら鼻で笑ってもいいところだ。それなのに切刃は馬鹿にすることなく首を縦に振っている。

 だから雪哉は切刃を否定できない。

 ただ話をし、聞くだけの関係。入学して一年以上、これといったことはなかった。互いのメールアドレスも電話番号も交換していない。休日どこかへ行ったわけでもない。計画を立てたこともない。夏休みとなればその間は顔を見ることすらなかった。だから雪哉は切刃のことは何もしらない。ただ自分の話に付き合ってくれるだけでしかない。

「君は本当に命がけなんだね」

「そうでもないさ、もう慣れた」

「ところで雪哉、君はもう『種晶保有検査』はしたのかい?」

 そんな切刃の言葉に一気に現実に戻された。そして雪哉は片目で切刃を見ると切刃自身は作ったような笑みを浮かべてやれやれと両肩を上げていた。

 入学式も無事に理愛の姿を見つけることができた。それだけでいい。校長の長い言葉も甘んじて受け止めるし、これから始まる学業にまた身を粉にする所存でもある。だから雪哉の高校生活はそれだけでいいはずなのに、どうしても余計なものがついて回る。

 『種晶保有検査』とは国が義務付けた、謂わば調査だ。種晶というものはいつどこでどうやって身に付くかわからないモノであり、自分の意思で装備するものもいれば、突然身体に入り込む可能性だってある。

 種晶は身体に埋め込むようにしなければ効果を発揮しないのは大前提なのだが、ごく稀に身体の中に、臓器や骨といった箇所に埋没しているなどといった場合もある。だからこそ病院の検査のように大掛かりな機械の中に身体を入れなければならないのである。ここ最近、種晶の常識を逸脱し、常人を超越した能力を使っての犯罪も多少なりとも発生している。

 本来ならば小さな罰であっても、能力使用による犯罪行為はとても重い罪が科せられる。しかしそういった者は大抵種晶を装備していることを隠している場合が多く、また唐突に犯行に及ぶ為、捕まえることは難しい。

 だからこそ事前に国で種晶を保有している者を調べ、データ化することで、未然に犯罪を防ごうという仕来たりからこの『種晶保有検査』は始まった。国の安全を守るためであり、義務であるのなら仕方がないのだ。

 だが雪哉はその種晶というものには触れたことすらない。ましてや欲しいとも思わない。だから何度やろうが結果は同じ。そんなものする意味はないのだ。だから雪哉にとってその制度は面倒なだけでしかない。

 検査は十数分程度ではあるが、機械の中に缶詰にされるのは気分のいいものではない。ましてや知らない人間に身体の中身を覗かれるなんて吐き気がする。それでも雪哉は顔にこそ不機嫌さを見せても、口には出さなかった。理愛もまたその検査を受けているのだから。理愛も雪哉と同様に種晶は持たず、幾度となく検査を繰り返しても種晶は検出されなかった。

 当然である。二人はそんなものには興味がないのだ。その力を手に入れることが出来る世界が作られたあの日、二人は大事なものを、大切な家族を失ってしまったのだから。最も必要なものが手元にないのだから。だから力などを求めることは永劫無いだろう。

「したさ。何もなかった」

「そう、僕もだ」

 結果はいつもと変わらない。雪哉も切刃も能力を持ってはいない。そう、二人は一切の異常を持たぬ者。六年前ならそれが普通だったのかもしれない。しかし今では能力を持つ者こそが絶対という程の社会観が確立されてしまっている。能力を持つ者こそ絶対であり、能力を持たないただの人間は『無能力者』(ヌーブ)であるという言葉も生まれたのも事実だ。有能と無能、明らかな隔たりを生んだ世界。いつしか平等などという概念すらも崩れ去り、こうしてどのような場所であろうとも差を別つ空間が出来上がってしまう。この小さな教室の中にも一人、異能の才能に恵まれた者がいただけで上下関係が生まれるのである。それでも二人はそんな世界観に微塵も触れることなく、会話を愉しんでいた。種晶が無い、能力が無いという話題は一瞬で終了したのである。

「切刃、もし能力が手に入るとしたら何がいい?」

「雪哉から話を持ち出すなんて珍しいね、そうだなぁ……発火パイロ透視クレヤ念力サイコもあまり魅力的ではないよね」

「確かにな、そんなもの程度が知れる。『図書館』の連中ならばそんな能力所持者ごまんといる。俺もそのレヴェルの能力者なら容易に立ち回れる」

「ははっ、雪哉ならそうなんだろうね。そうだなぁ、能力ねぇ……あまり深く考えたことないけど、憧れある能力なら、この俗世を切り離すことができる、とかだったら欲しいかな。僕の人生以前にこの世界があまり好きじゃないからね、僧にでもなって念仏唱えてようかなって思うよ」

「ほぅ……切刃の望む力は幻想剣イマジナリィ・ソードか、欲を出したな。確か『勇者の剣』の一人にそれに近い能力を持った者を見たことがある」

「そうなのかい? とんでもないね。でも得られる力なら強大がいいなぁ僕は。やっぱり絶対的な力で相手を屈服させるのが普通だろう?」

「その考えは否定しない、惰弱な力で満足しているのならそいつの限界はそこまでだろう。欲するのならば限界を超越するに越したことはない」

「だったら、雪哉は何を望むの?」

「俺か……?」

 そんな切刃の質問に、腕を組み頤に手を置き、両目を閉じ、ゆっくりとその言葉を咀嚼し、考察し、希望を搾り出す。

「俺は、理愛を守る力だけでいい」

「ああ、妹さんいたんだっけ雪哉。なるほど、魅力的じゃないか。素晴らしいと思うよそれ。きっと雪哉なら見つけられるんじゃないかな」

 なんてやっぱり第三者に聞かれているのなら完全に冷淡に見られてしまうのかもしれない会話だった。それでも二人は至って真面目だった。それがいつもの雪哉と切刃なのだから。どんな世界に改変されたとしても、この世界とてつもない改悪を施されていたとしても問題はなかった。二人にとってはただの瑣末。世界の顛末には興味があるが、そこに二人はいないだろう。能力を持たない者には関係の無い物語なのだから。

 そんな机上でただ空論を続けていると、携帯電話が鳴った。画面を開くとそこには一通のメールが届いたと知らせるメッセージと理愛の名前が記されている。

 そこには一緒に帰って欲しいとだけしか書かれていなかった。しかし珍しい。理愛が雪哉にメールを送ること自体そうないので、雪哉はというと心底気にはなった。入学初日、緊張もしただろう。髪色と目色のせいか注目されていたのは雪哉も承知している。


 放課後、とはいっても今日は入学式だけで授業があるわけでもなく午前中に終了した。切刃に帰り遊びにでも行かないかと誘ってきたが、そこは丁重に断った。理愛と帰るという最優先事項を果たす必要があったからだ。ただ何もなかったとしても切刃の誘いは断っていたかもしれない。

 そんなことはどうでもよく、雪哉は普段より少し早く歩いていた。校門前には沢山の生徒らが下校している中で校門に背もたれて眉一つ動かさぬ神妙な面持ちでそこに立っていた。通り過ぎる少年少女らはそんな理愛を見て怪訝そうな目で見過ごしていく。声をかけるのすら躊躇するその緊張感にただただ圧倒されているのだろう。それもそうだ、遠くを見つめるように、まるで魂でも抜かれた人形みたいに、項垂れる様は不自然そのものだった。だから雪哉はすぐに声をかけた。まるでいきなり消失してしまいそうな程に、理愛の存在そのものが薄れていくように思えたから。

「どうした、理愛。まるで死人のようだぞ?」

「あっ、兄さん……すみません、その、帰りましょうか――」

「ああ」

 厭な予感しかしない、不快だった。理愛の目はどこか虚ろで、ついさっきにでも人間の死体でも見たんじゃないかってぐらいに怯えていたから。それでも雪哉は極力いつも通りに振る舞い、理愛の言動に期待するしかなかった。

 街路樹を抜け、住宅街が見える参道。生徒の姿は見えず、今は雪哉と理愛の二人しかいない。散りばめた桜の道を歩いていると、ふと理愛が歩くのを止めた。数歩だけ進み、立ち止まる雪哉は振り向き理愛を見つめる形になる。首だけ動かして、理愛を見れば……どことなく震えているようにすら見えた。

「兄さん」

「どうした」

「今日、検査しましたよね?」

「ああ、そうだな」

「兄さんはどうでした?」

「何も、何も――なかった」

「そうですか」

 沈黙。吹き抜ける風の音だけが耳を劈いた。雪哉はゆっくりと正面を向き理愛と視線を合わせた。小さな銀の少女、その震えを止めてやりたかった。抱く不安を取り除いてやりたかった。

「兄さん……わたしの身体の中に、種晶が、見つかったんだって――」

 それなのに、それができなかった。その言葉は確かに雪哉の耳に届いたはずなのに、雪哉は言葉の意味を理解できなかった。ただ雪哉が築き上げてきたモノが音を立てて崩れていくのだけはわかった。何もなくていい、何もないまま、ずっとこのままでよかったのに。

「ごめんなさい……」

 ただ今だけはそんな理愛の謝罪さえも、雪哉の耳には聞こえなかった。心に届くことはなかった。それでも、はっきりと理愛の双眸には大粒の涙が溜まってたのだけはわかった。

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