2―6 その保護者、凶暴につき
2―6 その保護者、凶暴につき
「全く、理愛ちゃんがクリームシチューなんて言わなければさぁ」
何故か理愛と曜嗣はスーパーではなくコンビニエンスストアを出る。そして小さな袋を片手に持つ理愛の横で曜嗣は愚痴を溢していた。
「ビーフシチューのルウはあったじゃん! しかも二件ともさぁ! なんで三件も回る羽目になるわけぇ! オチもコンビニとかぁありえないしぃ!」
喚き散らす曜嗣を放置して理愛は先頭を歩く。愚痴を溢したいのは理愛だって同じだった。何せ肝心のクリームシチューのルウがどこにも無かったのだから。一番近くのスーパーに何故か置いていない。売り切れるなんてないと思いたかったが、無いものは無いのだからどうにもできない。
そして次のスーパーは少し離れていた場所。しかし今度は臨時休業。ここまで来ると試されているような気がして、理愛は結果を出す為にも手ぶらで帰ろうとはしなかった。
そして最後の手段として駅の近くにあったコンビニに足を運んでやっと発見した。それ以外の必要なものは最初のスーパーで買っておいた。目的は果たされた。後は帰るだけだったが、殆ど駅の近くまで来てしまった。人気の少ない森林が生い茂る場所に理愛の家がある。逆に今いる場所は家とは完全に正反対だった。時間が掛かるのは構わないのだが、横で延々と愚痴を聞かされ続けるというのも精神的疲労が溜まるものだ。耳栓でもあればよかったは、都合よくそんなものは持っていない。
この町は都心から離れていて、どちらかといえば田舎町だった。生活に困る何もないというわけでもないが、それでも都会と比べて賑やかな町とも言い難い。それでも駅の近くまで行けば人間の数が増える。たくさんの人がいる。あまり心地の良い場所ではなかった。孤独を好む理愛にとって人間の海が出来る場所は近寄り難い場所だった。歩く速度が無意識の内に早くなる。聞くに堪えない愚痴の声量が小さくなる程に曜嗣との距離は開いていく。
早く帰って、雪哉に約束の物を渡し、夕食を作って貰おう。そして満腹感で幸福を得られればそれでいい。そんな小さな希望を抱いて帰路を歩む理愛の前に阻害が生じる。
「交通規制?」
今、来た道の真ん中に通行禁止の看板が立て掛けられ、警官が立っていた。店に入る前にはそんなものはなかった。こんな人はいなかった。だが、その道を通ろうとすれば複数の警官が行く手を遮るように立ち、迂回するように指示を出してくる。そんな様子を見れば理愛も同じようにその道を通ることは出来ないことがわかる。
駅の裏側から帰ることにする。遠回りになるがそうするしかない。
「ってか歩道まで規制って、車が道の上でも乗り上げなきゃならないレベルゥ!」
「いや、それは無いでしょうに……」
曜嗣の戯言に相手をしている余裕はない。だが交通を規制する理由がわからない。曜嗣の言うように道の真ん中で交通事故でもしているわけでもなければ、車が歩道を乗り上げて道を塞いでいるわけでもない。それなのに何人もの警官で道を塞ぐなどと疑わしいことこの上なかった。
それでも、どれだけ疑念が浮かび上がっても今はただ家に帰ることだけを考えた。駅を迂回し、電車が通る線路の下のトンネルを潜り、家に帰ろうとする。
何故か前に進めない。
いきなり理愛の首根っこが掴まれ、引っ張られた拍子に襟が首元を締め付け喉が圧迫される。けれど息が出来ないことよりも、「ぐぇ」なんて蛙の泣き声のような呻きを上げてしまったことが耐えられなかった。だがそんな圧迫からはすぐに解放される。理愛の首根っこを掴んだのは曜嗣だった。
「突然、何をするんですか!」
「おーこわいこわい。オラチンを放置して好き勝手に進んで行ったんだ。どうなったって気にしないけどさ、それでも「目の前」だとやっぱ身体が勝手に動くもんだね。オラチンの中の小さな正義感と責任感が理愛ちゃんを救ったわけだ。褒めろ」
「はぁ? 何を言って――……」
トンネルの向こう側、よく目を凝らせば人が見えた。いや、ここは駅の裏側なだけで人が通るのは当たり前だ。だがその前に立つ人影は何なのか? 揶揄ではない、影のような人だ。全身を黒く包み、顔まで黒く、だから表情は伺えない。そしてその腕には銃器を装備していた。
「ど、どういうことですか?」
「どういうってぇ、理愛ちゃんこんなしがない東洋の島でさあんな大袈裟に装備した人間がいていいと思う? 思わないよねぇ、いけないよねぇ。じゃあ何でいんの?」
それはこっちの台詞だと言い掛けた理愛だったがこの異常な状況のせいか上手く声が出なかった。複数で小隊を組んだ兵隊のようにトンネルの中に立ち、待ち構えていた。まるで待ち伏せ。武装した集団が圧倒的な暴力を見せ付けている。背中を向けて逃げようなどとすればすかさず攻撃が開始されそうだった。
「動くな」
そう言うのだろうなと、理愛は思っていた。言うとおりに動かずそのまま静止する。
「そっちの男、お前は何もせず黙って消えるのなら何もしない。とっと失せろ」
何か被っているのか、顔は見えない。全身が黒で覆われた人型が強圧なままそう言えば、曜嗣は笑い、背を向ける。
「ラッキー、オラチン生存フラグげっとぉ! ってことで理愛ちゃん、その変な格好の危ない人達の相手、お願いねぇ」
曜嗣はそのまま消えた。自分の身の安全を手にした途端にはしゃいでは消え失せる。小心すぎるその小物さに理愛は嘆き、そして呆れた。別に頼る気などなかった。そしてこの危機は自分が直面している。自分自身でどうにかしなければいけない。曜嗣に頼ることなどしてはいけない。だから消えてくれてよかったと思っている。
「我々はArkの指揮下における「結晶関連事件対策執行部隊」――銃者達である。言う通りにしてくれれば危害は加えない。安心して我々の支持に従って欲しい」
「ああ」
得心してしまった。こんな不可解で、不思議な連中に狙われるとするのならそれはたった一つしかない。そう――Ark。
結晶を研究するなどと荒唐無稽に挑戦することを止めぬ、幻想に生きる者達の集団。その一部が理愛の前に再び現れた。
前回、月下兄妹と対峙したわけだが……あの兄妹は査定局という組織だったが、今回現れた銃者達はそんな査定局をフォローする組織。そしてそんなArkの末端である。
この世界に分かり易い武器など要らない筈だ。そんなもの無くても能力を持つのなら銃など要らない筈だ。しかし全身を黒の兵装を装備した人間が此処にいる。武器を所持し、人殺しの兵器を常備していることを視認させる。そのわかりやすさが既に威嚇なのだ。
Arkに所属する全ての人間が能力を保有しているわけではない。寧ろ無能力者の数の方が圧倒的である。査定局に所属する人間は確かに能力者を相手にする能力者の集いであるからして、その大半が有能力者ではあるが、結局のところは無能力者の方が多いのが事実だ。
そして銃者達もまた無能力者で構成されている。
能力は確かに有能なればこそ便利であり強固である。それでも人の作った兵器はやはり十分な殺傷能力を有している。鋼鉄から火を噴き、鉛を跳ばす。そして肉を穿ち、命を奪う。人は万能になれるのかもしれない。種の名を冠したあの結晶を持ち、それに内包された異能を発動することが出来れば他よりずっと上に昇れるのかもしれない。
けれどそんな昇華を遂げたとしても、命は一つだ。たった一撃、たった一発の銃弾でそんな進化は途絶えてしまう。生命は絶滅してしまう。
そう、銃者達の持つ銃器は人の命を奪うことは容易な代物だ。それは理愛も例外ではない。理愛は思った。人間ではない結晶そのものである自分があの鉄塊の雨を浴びれば、どうなってしまうのかを。
人間ではないのかもしれない。この身体は別のモノなのかもしれない。それでも心がある。感情がある。殺される? 死にたくない。死にたいわけがない。生きたい。生きるしかない。生きるのは何故? 簡単なこと――雪哉と生きる為。
だからこの知識は理愛には不要だった。どんな組織であってもどんな集団であってもArkは敵だ。敵でしかない。敵とわかっているなら十分だ。
敵影、六体。全員が武装している。ならどうする? 理愛は武器を持っていない。持っているわけがない。それどころかクリームシチューのルウが入った袋と鞄で両手が塞がれているというのにどうしろというのだ。
しかし敵は待ってはくれない。理愛は思考を働かせ、選択肢を作り出す。
逃走――――却下。
何せ銃弾というものは速く、疾い。そして遠くへ跳ぶ。そしてその弾丸は雨のように放たれる。雨を掻い潜って濡れずに渡れるかと問われればそこは笑うとこかと問い返すだろう。ましてや待ち伏せしていた程だ。今、来た道を戻ったところで安全とは言い切れない。よって逃走は出来ない。
進撃――――却下。
何せ未熟というものであって、理愛はまだ戦闘には不慣れだ。目先の敵の小隊を蹴散らし、勇敢に道を開くことが出来れば、そのまま真っ直ぐと駆け抜け、逃げ切ることが出来るのならば選択してもいい。また花晶の能力の初歩となる第一界層とやらが働けば常人以上の動きが出来る。素手でも十分戦えるかもしれないが所詮、相手も単身でなければ効果は薄い。一人倒せても、もう一人に銃で撃たれれば終わりだ。よっては進撃は出来ない。
ならば諦めるのか?
作られた選択を選ぶことが出来ないのならば終わってしまうのか。何を愚かな。そこに終着する筈などありえない。理愛は敵を一瞥し、辺りを伺う。諦めぬ意志がある。
「大人しくしていれば何もしない。ただ黙ってついて来れば良い」
銃者達の一人が手を伸ばす。
けれど、その手は理愛には届かない。そして理愛の後ろには、
「大人がよってたかって年端もいかない少女を連行ですかい? どこへお連れになるんですかねぇ? いやホント映像化出来る内容なのかって、そこんとこお願いしますわ」
その声がする方に一斉に視線が注がれる。そしてその銃者達の一人の頭を掴み、そのまま壁に打ち付けられた。悲鳴を上げるよりも早く壁に顔が埋もれ、そして動かなくなった。
「……なんで、いるんですか?」
それは今しがた逃走したはずの曜嗣だった。頭を掻き毟りながら、眼鏡の縁に指を置いては正しい位置へ。
「酷いなぁ、そんな死人が生き返って驚いたみたいな顔しないでよ。戦慄してるねぇ理愛ちゃん。でもオラチンだって大人なんだよ。悪い大人がいて、それを見過ごせないわけ。おわかり? おかわり!」
「抵抗するならば、容赦できない。処理させて貰う」
仲間を一人倒されたことで、他の銃者達の持つ銃器の穴が曜嗣へ全て向けられた。総じて死しか与えぬ破壊の象徴を前に曜嗣は笑う。笑っているのだ。
「て、い、こ、う! よ、う、しゃ! しょ、りぃ! しょぉりぃ! こんな町の真ん中で人殺しがしたいのかい? キミらは?」
そのままゆっくりと理愛の背後へ回り、クルリと一回転。そして理愛の首を絞めるように腕を巻いた。まるで理愛を盾にしているようにも見える。
「はーい、これでもうだいじょーぶ! なんかキミら鉄砲使ってどうこうしたいみたいだけど、欲しいのは理愛ちゃんなんでしょ? じゃあ撃てないよねぇ、殺せないよねぇ、どうすんの? 凄腕スナイパー宛らにオラチンの眉間だけを狙ってみます? でも顔、めちゃ動かすから上手に撃たないと理愛ちゃんの頭蓋骨が貫通しちゃうかもぉ!」
理愛を盾に曜嗣は強気に一歩。銃者達に近付いて行く。あまりにも卑怯な延命行為。理愛を目的に、行動するのならばその行動原理で身を守れば問題は何も無い。曜嗣の思惑通りに銃者達は銃を下ろしていく。撃てと、逃がすなと叫ぶものの銃身を曜嗣に向けたとしても引鉄を引くことは出来ない。どんな命令を受けてやって来たのか、理愛を攫いに来たのだけはわかる。それならば何事もなく、傷一つ無く拉致に成功しなければいけない。だから撃てない。撃つことは出来ない。もし理愛に当たれば、理愛を殺してしまえば、銃者達に命令を下したArkらが彼らを確殺することだろう。
「あなたって人は……」
そして盾にされる理愛は完全に曜嗣を軽蔑していた。もう人間にすら思えない。屑以下の別物。もうこの世界のモノにすら見えなかった。だがそんな屑から出た言葉は意外なものだった。
「ほら道が開いた。どうすればいいかわかるね?」
海が割れるように進むべき道がはっきりと見えている。理愛を盾にし、何もできぬ銃者達らは左右に分かれ、道を譲る。
「でも、それじゃ……」
道が出来たとしても、逃げたとしても追跡が止まるとは思えない。
「人気がいるとこを通れば問題ない。大掛かりに人目の付かない場所に誘導する自作自演。そんなつまらない手を使う連中さ。逃げ切れば何もしないよできないよ」
「それでも――」
それでもまだ、ここには五人もの武装者がいる。
「ほれ」
曜嗣は理愛の言葉と一緒に突き放した。理愛は転びそうになりながらもトンネルの出口へと進んでいく。そして曜嗣は一人、仁王立ちのまま理愛に背を向ける。
「オラチンと理愛ちゃんは家族じゃない。オラチンはぶっちゃけ理愛ちゃんのこと何とも思ってない。でも、オラチンは保護者だ。キミの保護者だ。面倒を見るのは当たり前だ。大人なんだ。責任がある。キミを守るという責任がある。それは全てからさ。だからこんなヘンテコな連中の相手だってしてやるわけですよ」
自分のことを棚に上げてよくもそんなことが言えるものだと理愛は思った。白衣と眼鏡、どこでもそんな格好で、恥ずかしげもなく笑いながら、そんな理愛の保護者。けれど大人で、保護者だからという理由一つで命を懸けるその立ち振る舞い。少し、曜嗣のことを誤解していたのかもしれない。
「逃がすな」
「逃がすさ」
曜嗣の手から離れた途端にすかさず銃者達らは理愛目掛けて猛進する。それでも出口には曜嗣が立ったまま銃者達の進行を邪魔するのだった。
「死にたいのか、貴様は?」
「死にたいわけないじゃん。生きたいよ。こんな柄にも無いことしたくないんだけどね、ほら、なんていうの? 知らないところでやってくれたらよかったのに、オラチンの前でしたのがいけなかったんだよ。オラチンだってヒューマンだもの、おっけぇ? わかります? 常識があるの! キミらみたいに鉄砲見せ付けて暴力しようなんて連中見てたら何かしなきゃってぇ、思うんですよ」
理愛はそんな曜嗣の背中を見つめたまま、出口を抜ける。曜嗣の背中が小さくなる。そしてそのまま疾走する。このまま真っ直ぐ、家へ。家へ。そして理愛は戦場から脱出した。
曜嗣は、勝利に酔いしれるように笑っていた。理愛を逃がせばそれでいい。それ以上のことはいらない。だがそれで全てが終わるわけではない。理愛を取り逃がした銃者達らの憤懣は曜嗣にぶつけられようとしている。
「我々を邪魔立てする反抗者め、ここで処理させてもらおう」
「おお、いいね。さっきも聞いたから飽きたけど処理ね。はいはい、そうか、殺すわけだ」
銃口が曜嗣に向けられながらも、曜嗣は腕を回し、首を回し、指の関節を何度も鳴らす。
「殺すさ、火力差の前に絶望しろ」
「絶望するのは、お前だろう?」
銃者達の一人が言葉を言い終えるより早く、曜嗣は真正面に立っていた。銃口が曜嗣の心臓に押し当てられている。まるで自分でしたかのように、後は引鉄を引けば曜嗣の命が自動で喪われるように設定されている。そう、自分で喪失するように自作した。
「ほら、殺すんだろう? 殺しなさいよぉ。さっさとパンって一発ぱなして、オラチンの命を終わらせてよ」
「な、何を、お前は、死にたがりやなのか!」
銃口を押し当てたままそう言うものだから、そんなことを先に言ってしまったから、曜嗣は衝撃を受けたように、ただ眉間に皺を寄せたまま、そしてガックリと肩を落としては息を吐いた。
「言葉なんて要らないだろうに、殺すとお前は言ったんだ。どうして殺す相手に質問する。殺害対象に応対の余地など与えるなよ」
そして曜嗣は足を払い、男はバランスを崩す。背中が地面に落ちていく。だがその背中が地面に強打することはなかった。その代わりに曜嗣の膝が背中を穿つように蹴り込まれていた。グルンと何度も回転しながら、男は空中で踊りながら、今度こそ背中から墜落した。目を回し、泡を吹き、そして言葉を発することなく気を失っている。
「銃口を向けたまま、引鉄を引かない馬鹿がどこにいるんだ? ここを戦場にしたのはお前らだろう? 敵はさっさと撃ち殺さないといけないねぇ? だからさ――」
唾棄しては鬱陶しそうに、そしてすかさず次の対象に攻撃をしかける。5メートルは離れていたはずの距離が一瞬で縮み、気が付けば曜嗣の掌底がもう一方の敵の顔面に打ち付けられている。まるで槌で殴りつけられたかのような衝撃が襲い掛かり、何をされたのかもわからぬままに倒れていた。
「さっさとそうしないから、殺す相手に逆襲される」
「ふざけるなぁ!」
逆上した敵は腰元に装備していたナイフを取り出し、刺し貫かんと曜嗣の身体を突く。だがその刃は曜嗣の頬に触れることすら叶わない。虚空を彷徨う刃は何の命を奪うこともできぬままにただ揺れる。そして曜嗣は失笑する。銃者達の肩にかかったままの銃に手を掛け、更に失笑。
「安全装置を外したまま銃を構えないって、「何しに来たの?」ってレベル。そんなの使ってくださいって言っているようなものじゃないですかぁ」
消音器が搭載されていたのだろう。銃声は限りなく小さく、銃から放たれた音は間の抜けたものだった。しかしそれでも命を貫く弾を跳ばす武器であることには変わりない。曜嗣はそのまま敵の肩にかかった銃を奪っては足を二度撃ち抜いたのだった。想像を絶する痛みに絶叫し、地面の上を転がり回る。そんなあまりにも滑稽な姿を見ても、曜嗣の失笑は止まらない。
「キミたち本当にプロ? 何でこんなことしたの? 隠密に接近できたところまでは評価するけど、肝心の戦闘能力が如何せん皆無だ。銃を向ければさっさと射殺。刃を向ければさっさと刺殺。兎にも角にも殺さないと。殺そうよ。でないと殺されるよ? 殺し合いの場で殺しをしないなんて、キミら、ただ死にに来ただけじゃん」
「なんなんだ、お前は――?」
残った銃者達は明らかな動揺を見せていた。狼狽したまま今の状況を認めることが出来なかった。一分も経過していない。それなのにたった一人の丸腰の男に敗れている。仮にも銃の携帯を許可された、戦う為の集団である。能力こそ持たず査定局と比べれば天と地の差があるのかもしれない。けれどもその手に持つ銃が、刃が、これだけあれば十分に戦えるはずなのに、それなのに一瞬で形勢は逆転している。そんな白衣の男が不気味で仕方が無い。平然としたままに銃口を自分の心臓の辺りに押し付け、笑いながら人間を手玉のように蹴り飛ばし、躊躇うこと無く銃を奪っては発砲するその男が。
だから曜嗣は答える。聞かれたから答える。本当のことを教えてやる。
「何って、教師だよ………………………………臨時だけど」
最後の言葉だけはとてつもなく小さな声量で、相手に聞こえぬ程だった。
「う、嘘を吐くな!」
「心外だなぁ、一応教師してるんだ。嘘を吐いたりはしないように生きてるつもりなんだけどねぇ。オラチンが嘘言ってるように見える?」
震えながら声を荒げる銃者達におどけたようにそう言っても、敵の猜疑心は増すばかりだった。
「ともかくだ、オラチンのことはどうでもいいけど。キミらはいけないことをしている。ちょっとだけ矯正して、明日から人生楽しめるようにしてあげる」
そんな曜嗣の作ったような道化の笑顔は薄気味悪く、恐怖そのものでしかなかった。銃者達は畏怖し、そんなおぞましさを前に気を失いそうになった。殴られ、蹴られ、撃たれて意識を失っている者らが羨ましいとさえ思えた。
「戦場で勝利した者が得られるモノは? 生きることだ。だから敗北した者が得られるモノはなんだろうね? 死ぬことだろうね――」
「そうだね」
その声は銃者達のものではなかった。影が曜嗣に襲い掛かった。その影を曜嗣は掻い潜る。しかしその影は曜嗣だけではなく、銃者達らにも襲い掛かった。そしてそんな銃者達らは何一つ声を上げることなく呑み込まれていった。
「ということで、敗者はこうして死人になった。さぁ、勝者はここらどうなるかな?」
トンネルの中は闇黒で包まれていた。照明の光までも喰われてしまっていた。そんな闇黒の淵から現れたのは黒い装束の何か。腕には大きな鎌を、その姿はまるで死神だった。
そんな幻想種、この世界の者ではない異形なる者を前にして曜嗣は鼻で笑い、不愉快そうに顔を顰めている。
「まさか、ね。もうこんなことには関わりたくなかったんだけどねぇ……オラチンもまだまだ甘ちゃんだなぁ」
「久しいね、こんな辺鄙な町で何をやっているんだい? 「魔術師」ぃ――」
「ほうほう、これはこれはぁ、なんということでしょう……まさかこんな陳腐でお粗末な集団のお山の大将さんのご登場かな? 「クソ蟲」ぃ――」
教師と死神が顔を合わせ、互いにとてつもない殺気を剥き出す。穴蔵の中が地獄で満ち溢れている。理愛は――逃げ切れたのだろうか――