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それが全能結晶の無能力者  作者: 詠見 きらい
episode-1. -Four Leaf Clover-
23/82

2-2  乖離への反逆

2-2 乖離への反逆


 ――神は死んだ


「兄さん、三日ほどお別れです」


 もう一度、言おう。


 ――神は死んだ。


 雪哉は神という存在を見ていない、信じていない。

 けれど今だけは、そんな陳腐な台詞を言わざるを得なかった。

 その一言は、時任雪哉を狂わせるには十分すぎた。

 妹の時任理愛の突然の告白は、雪哉を錯乱させる程の威力だった。 

 通学路の真ん中で、雪哉は足を止めては動かない。理愛が雪哉の前を歩くような形になったが、すぐに雪哉の様子に気がついた理愛は振り向く。

 

「……と、言うことで兄さん、三日ほど留守にします」


 再び呪いの言葉を口にする。雪哉は――


「理愛、エイプリルフールは先月だぞ? 今日は五月一日だぞ?」

「兄さん、わたしは嘘を吐くのが苦手です」

「では、エイプリルフールの日に嘘を吐けなかったからか? 確かに一度だけ許されるというのはとても魅力的だからな」

「そんな一回の為だけに、人を騙したいなんて思いません!」

「理愛、エイプリルフールは先月だぞ。今日は五月一日だぞ」

「疑問符が消えただけで、台詞が変わってないです」

「エイプリルフール、四月一日、今日、五月一日、嘘、駄目」

「鬱陶しいです、死ね」

 戸惑っていたせいか、終には単語を並べることしか出来なくなった。しかしそんな滑稽極まりない雪哉は理愛の言葉で殺害された。二人は学校へ向かった。


 事件と言うべきかどうか、ただ時任兄妹にとっては大きな事件だった。


 理愛の身体に結晶が見つかったというだけで大事だったというのに、それはただ力を手にすることの出来る権利(けっしょう)――種晶(シード)ではなく、結晶そのもの。

 それは花晶(レムリア)であった。少女の形を模した結晶。力そのもの。窮極的な異能そのもの。そう、理愛は「それ」だったのだ。

 時任雪哉と理愛が知ったその事実。それを教えてくれたのが月下(つきした)兄妹だった。

 この世界のどこか――「Ark」と呼ばれる組織が存在する。結晶を研究しているという、そんなお伽噺の世界の集団。しかしそれは夢想ではなく現存する存在。世界を大きく変革させた原因。世界は「異能(ちから)」を認知してしまった。そして、誰もがそんな能力を身につけることを許された世界。強大な力を探し求める「Ark」が作ったのは「査定局(イグザミナ)」だ。

 月下兄妹はそんな異能者集団(イグザミナ)の一員であり、理愛を強奪しようとした。雪哉を殺人しようとした。


 しかし、その脅威は何とか撃退することができた。


 理愛は花晶であることを受け入れ、雪哉は無能であることを受け入れた。

 だからこそ月下虹子(つきしたにじこ)を殺し、月下雨弓(つきしたあゆみ)(たお)された。

 全てを受け入れて雪哉と理愛は先へ進むことを選んだ。

 こうして月下兄妹を撃破することが出来たものの、それで何かが変わったわけではない。まるでそれはなかったかのように、日常そのものは変化せず、二人はまるで最初から「居ない」ものにされていた。まるで脚本が添削されたように、登場人物が削除されてしまった。

 誰もが二人が消えたことに疑問を持っていないようだ。勿論、そんなことはあり得ない。人物が二人も消えて無くなるなどと、そんな異常性に疑いを抱かない時点でおかしいのだ。

 だけど、人は「納得」してしまった。しかも教師らは虹子と雨弓(ふたり)はどこか遠くへ行ったと、引越ししたなどと、そんな理由程度で納得してしまった。所詮は他人。唐突に姿を消したところで、気にならなければどうでもいい。自分の人生に関与しないのならば、問題無い。

 だから、終わってしまった。月下兄妹との関係は終焉した。あの夜、あの戦い、そして勝敗が決まってからというものの顔も見ていない。声も聞いていない。もう邂逅することも無いのだろう。

 そんな別離を越えたところで、雪哉や理愛の世界が変わるわけがなかった。何も、始まっていなかった。だからあの結晶の力を身に宿した夜を越えるまでは、出発地点にすら到達していなかったのだ。理愛は、理愛のこの先の深淵へ進む理由を見つけた。そして雪哉はそんな理愛が路頭に迷うことのないように、道を示す。道を創る。道を歩む為に守り続けることだけを成し遂げればいい。二人は見つけたのだ。自分たちの物語の新たなページを。見えない暗闇の中で道を見出すことが出来たのだ。

 始まりから、既にやるべき事ははっきりとしているのだけは大きい。何がこの先、待ち受けていても、それを乗り越えるための覚悟と信念は持ち合わせている。

 だが肝心の守護対象が突然、三日間の別れを告げた。雪哉が困惑するのも無理がない。守るべき対象が姿形を消すなどと、そんなことをされてしまえば雪哉はどうなる。最初、理愛にそう告げられた時、本当に雪哉の目の前は真っ暗になり、地面が音を立てて崩れたようだった。


 なら、理愛は三日間もの間、どうして家を留守にするのか?

 答えは簡単。林間学校だ。入学した一年生の最初の行事であろう。高原にある施設に宿泊し、校外学習を受ける行事。雪哉も一年生の頃には当然、参加した行事だったが「あの頃」はまだいい。まだ何も無かったのだから。

 だが、今は違う。

 理愛はきっと「Ark()」に狙われている。もし何かあったからでは遅い。だからこそ今、雪哉は三日間という時間も何も出来ず無事を祈るだけなどと、そんなことしたくはなかった。祈るだけならとっくに祈っている。それでどうにかなるなら神も信じる。しかしどうにもならない。何も変わりはしない。そんな無駄な行為に及ぶのなら、少しでも長く理愛の傍らにいることを選ぶ。

 だが、それは不可能だ。

「七十二時間、四千三百二十分、二十五万九千二百秒、それまでの間、俺は無力に晒されるというのか」

 雪哉は小さく絶望を吐き散らかす。

 それほどの膨大な時間を何も出来ずただ浪費しろなどと憤懣の極みである。

 何かいい手はないかと考察するものの、何一つ手は浮かばず学校に到着した。


 何か。


 そんなことを考えながら自分の席に座る。しかし雪哉自身も一生徒な為、サボタージュなどという手を使うことも出来なかった。雪哉は優秀ではないが、だからとて常識まで失っているわけではない。いつだって自分が正しいことを行う。その覚悟は曲げぬが、それで全て自分の行動が正しいなどと湾曲した正当を周囲に押し付けるつもりはない。確かに月下兄妹の一件では長い間、学校を休んでしまったがそれは仕方が無かったことだ。

 学校を無断で休み、それで理愛を追いかけるという手はどうしても選べない。それでも、もし他の手が無いのなら最後は悪しき行為とわかっていても、選んでしまいそうだが。


「どうしたんだい雪哉、いつもより深く思考を張り巡らせているようだけれども?」

 仏頂面のまま自分の顔に手を置いて席に就く雪哉に声をかけたのは夜那城切刃(やなぎきりは)だった。雪哉が前髪を伸ばしているのなら、切刃は後髪を伸ばしている。雪哉と違うのは人当たりが良く、愛想のある笑みを浮かべ見る者に好印象を与える所だろうか。雪哉は常に眉間に皺を寄せて目元を吊り上げているせいかどう見ても近づき難い印象しか植え付けない。これが雪哉と切刃と違い。しかしこの二人は朝、いつも一緒だった。だってそれは、

「何か強い意志を感じるよ、雪哉。また戦いが始まったのかい?」

「戦い……そうだな、始まったな。今度の戦いは今までのものとは規模が違いすぎる。「図書館」の連中の相手をしている暇も無い。今は泳がせておこうと思う」

 こんな風に「いつもの」不可解な会話が開始される。この二人はいつもこうやって他人が聞けば首を傾げるか訝しげに見つめるか決まったような会話になる。しかしそんな会話に唯一着いて来る切刃こそは雪哉の友人に値する人物なのかもしれない。雪哉自身は切刃を「友達」に分類してはいないが、いつの間にか無意識の内に自分の領域への侵入を許していた。どんな人間であっても、自分と「同じ」ならば嬉しいものだ。孤独だった雪哉にとっては切刃の登場は大きかったことだろう。

そして今回もまた雪哉は切刃に愚痴を零すのである。

「理愛が林間学校でな」

「ああ、そういやそんな時期だね」

 切刃は握り拳をもう片方の手の上に乗せて、そう言った。

 雪哉が切刃という「友達」を手に入れたのはこの林間学校という行事のお陰であった。孤立する雪哉に接近する他の生徒らは何人かはいた。その中には女子もいた。元々は背丈も高く、顔立ちも良いのか気になる女子もいたそうだ。しかし発言するは理解に苦しむものであって、前髪で顔半分を隠し、左腕には包帯。そして挙句は顔に手を当てて、嘲笑すればただの不審者である。そんな奇怪な人間に好意を抱くのは余程のモノ好きでしかない。そんな珍妙に手を出す女性は逆に見てみたいものではあるが、今のところ雪哉に対して好いた感情を見せる女性は皆無に等しい。

 そんな面妖に満面の笑みで手を上げては近づいたのが切刃だった。雪哉のように背丈は高く、長い後ろ髪に美形などと、それはまるで拮抗だった。当然、雪哉は切刃に対しても不可解極まりない造語を、妄言を並べたのだったが、そんな言葉を全て受け止めて、雪哉のような創造された新しい言語を言い放ったことは雪哉にとっても驚愕だったろう。それ以来、雪哉は切刃の接近を許している。

「どうにかして、理愛と一緒に行けないだろうか」

 さすがに今の発言は切刃も虚をつかれたのか、言葉を失っている。多少の間が生まれたものの切刃はそんな雪哉の発言に冷笑することなく反応する。

「一学年の差は大きいね、「フリ」をして――なんて、すぐにバレるだろうし」

「それもそうだ。だがそれも選択の一つだった」

 寧ろ雪哉が最初に出した選択の一つだった。

 だが些か常識というものを破綻させている。一年生のフリをして理愛のクラスの一員に溶け込む。教師や生徒らに強力な催眠術でもかけれるのなら可能かもしれないが、そんなもの空想の世界だ。 いや「使える」人間もいるのかもしれない。だが生憎と雪哉は無能力者だ。そんな都合のいい幻想で常識そのものを書き換えることなど不可能である。だがらこの案は即効で却下された。

「雪哉、妹さんが大事?」

「ああ」

 言うまでもない。

「それなら頼んでみればどうなんだい?」

「……は?」

 雪哉は気の抜けた声を上げてしまった。

「いや、ほら、確か雪哉の今の保護者の人って……確か、ここの先生じゃなかったっけ? 臨時だけど先生なんでしょ? なんとかしてもらったらどうだい?」

「なるほど」

 全くその選択肢は考えていなかった。自分以外のものを「利用」することは考えていなかっただけに切刃の提案はあまりにも名案すぎた。見えない闇に光が射した気がした。雪哉は立つ。

「先生に聞いて来る」

「いや、雪哉」

 こうしてはいられないと雪哉はすぐにでも曜嗣の元へ向かおうとしたが、妙案を提示してくれた切刃がそんな雪哉を制止する。

「何をする切刃、俺は往かねばならない」

「授業、始まるよ」

 雪哉が立ち上がると同時に教室には一時限目の授業の教師が入室していた。授業が始まってしまったのだ。このまま教室を飛び出すことは出来なかった。悔しげに下唇を噛み締め、雪哉は自分の席に座るのだった。

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