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1-17 全能結晶の無能力者(8)

1-17 全能結晶の無能力者(8)


 全能たる結晶に、今まさに挑もうとする無能力者がいた。

 そんな無能力者の話をしたい。

 少し逸れるが話をしたい。

 それをしなければ先へは進めない。

 それは時任雪哉という無能力者が「失い」、そして「得る」までの出来事だ。


 時任理愛は、本当の「妹」ではない。

 時任理愛は、雪哉とは血の繋がらない義妹である。

 

 雪哉が九歳の頃だったろうか。

 理愛それは突然、姿を現した。

 雪哉の父と母に連れられてやって来た。新しい家族、妹になる。

 雪哉は兄になるなんて――

 最初、理愛を見て雪哉が感じたのは違和感だった。

 唐突に現れ、家族だといきなりやって来た。どうして理愛が「時任」の姓を手に入れることが出来たのか、それは今となってはわからぬままだ。


 事実を知る両親はもう、いないのだから。


 そんな雪哉の母の背中に隠れる理愛の姿は酷く怯え、震えたまま、雪哉の顔を見ることなく、俯いたまま恐怖していた。

 そうやって畏怖したままの理愛を見て、雪哉が最初に口にした言葉は、理愛を傷つけたことに変わりは無かった。


「へんないろのかみだ」


 変質するその銀の髪と瞳の色は、子供の無垢で純粋なままの心には、不気味に思えて仕方がなかったのだ。だから雪哉の第一声は鋭利な刃で切り裂くかの如く、理愛の心を傷つけた。

 それはいきなり自分の妹だと、家族だと、いきなり自分の世界が変わってしまったことに対する反抗だったのかもしれない。

 そう、雪哉は理愛を妹と、家族だと、認めていなかったのだ。


 だが、いつか知るのだろう。

 雪哉は理愛の本当の正体を、知るのだろう。

 だから、それを知ってしまった雪哉はもう理愛を拒めない。


 だから――


 その銀の輝きを孕む左腕を、雪哉は知ってしまった。

 あの理愛が人で無い、別者ということも知ってしまった。

 だから物語が始まった時から、雪哉は知ることとなる。

 

 あの六年前の地獄の日。

 全てが書き換えられたあの日。

 雪哉の世界を狂わせたあの日。


 あの日、夢のような日。悪夢の日。


 目を覚ませば雪の上。

 炎上し、燃え盛る大地。 そして結晶が降り注ぐ。


 空を飛ぶ鉄塊が堕落し、雪哉の両親は炎に呑み込まれていた。だから雪哉は家族に「さよなら」を言う時間さえなかった。両親は呆気無く焼死し、雪哉は放り出されていた。

 気がつけば額から血を流し、顔を押さえていた。

 いや、押さえようとした。けれどそれが出来なかった。

 雪哉の左腕は肩から根こそぎ持っていかれたのだから。

 鋼鉄に挟まれたのか、それとも飛び跳ねた鉄板が刃のように削ぎ落としたのか、原因はいくらでも考えられる。ともかく、雪哉の左腕は切断されていた。十歳になったばかりの幼い少年に与えられた試練は、あまりにも過酷すぎた。


 痛みは、無かった。


 神経ごと、綺麗に切り落とされたからか、今となってはわからないが、ともかく思ったよりも不思議な感覚だった。自分の腕が無くなった――その程度しか考えられなかった。

 けれど自分の腕が無くなっていることよりも、大好きだった父と母が焼き屑になっていることの方がずっと辛かった。

「ああ、……ああ」

 どれだけ叫び続けたことだろう。

 その叫びで何か変えられるわけもなく、泣いたところで何も返還されない。

 地を焼き、雪のように白く染める結晶の下で、雪哉は大の字になって倒れる。

 消えた腕、喪われた家族。壊れた世界。冷たくなっていく身体、幼いながらももうここで終わってしまうのだという絶望だけが雪哉に圧し掛かる。

 手を伸ばしても星に手が届かないように、最初から叶わないことだってある。

 死んだ人間は生き返らない。この惨状を無かったことになんてできない。もう両親は死んでしまった。左腕は無くなってしまった。何もかも、全てが消えて無くなった。


 何か――忘れている――


 仰向けのまま、動けない雪哉は消えることのない炎上した世界を見詰める。

 確かにその炎は全てを焼き尽くさんと平等に焼き払っていたはずだった。

 そんな業火の奥底から溢れ出る銀の輝き。

 まるで炎はその銀光に触れぬように避けながら燃え盛る。その火の先に、炎の向こうにそれはいた。そんな幻想的な光景。銀の煌きを晒し、露出した光の中に、

「……おま、え」

 時任理愛はいた。

 銀の髪、瞳。一方的に雪哉の妹となった少女。

 何もかもが気に入らなかった。独りでよかった。家族として現れ。土足で雪哉の領地に踏み込んできたような、そんな理愛が憎くさえ思っていた。

 そんな理愛は現世を彷徨う亡者のように歩いていた。瞳には光が抜け落ち、虚ろなまま立ち尽くし、炎の中を歩いていく。銀の髪から放たれる光はまるで理愛を守護するように炎を遠ざける。


 雪哉はずっと、理愛を非難し、批判し続けていた。

 

 お前は妹ではない。

 お前は家族ではない。

 お前は気味が悪い。

 お前は家族じゃない。

 

 誹謗し、中傷し尽くしてきた筈だった。

 だから、きっと恨まれている。嫌悪を言葉にして並び立ててきたそんな最低。最悪の行為を繰り返してきたのだ。

 だから、二人は「兄妹」になんてなれる筈がない。

 そうしてきたのは自分自身だった。だからこのまま死ぬのも自業自得だ。距離を置き、突き放し続けたからこその因果応報。理愛は雪哉を助けない。助けるわけがない。

 それなのに、理愛は虚空を見つめたままの光無き瞳で、雪哉を見つめ、身を屈め、そしてそっと雪哉の身体に手を差し伸べる。

 差し伸べられたその手はとても小さく、氷のように冷たく、けれど「温かい」のは――

「おれ、おまえに、ひどいことばっか、したのにぃ……」

 その手はまるで救済。

 酷い言葉を投げ掛け続けて来た筈だった。

 恨まれていても憎まれていても当然の仕打ちを与えてきたにも関わらず、それを許すかのように理愛は聖母のように雪哉を抱き締める。


 子供の我侭だったろう。


 家族の輪にいきなり入り込んで来たことを納得できなかっただけだ。たったそれだけが理愛を傷つけた理由だった。一年もの間、ただ勝手に怨嗟を言葉にしてはぶつけて来ていた。本当に酷いことをしたと思う。だけど、それはもう消えない。その罪は決して消えない。

 だから、それが雪哉の未来永劫、忘れることの出来ぬ大罪。

 そんな罪悪に押し潰されそうになる雪哉の身体をそっと理愛が触れる。

 そして抱き締める理愛の手が失われた雪哉の左腕に――


「わたしは、選びます、選び、ます」


 その言葉の意味を雪哉が知るわけがなく、けれど紡がれた言葉が光を形成し、銀の輝きは確かに雪哉を包んだ。

 やがて太陽のように眩しい輝きを生み出したその光は雪哉の左腕を象っていく。

 そして創造されたその腕は、銀の光を内包し、形を成す。雪哉の失われた左腕が、新たに創られ、雪哉の意識でその腕は身体の一部として動き出す。

 まるで、それは魔法。まさに奇跡のように、雪哉の左腕が再生する。

 そんな奇跡を呼吸するのと同じぐらい簡単にやってのけたというのに、そんな魔法使いはただぐったりと、目を閉じている。そして奇跡の発現者は雪哉の腕の中で眠り、雪哉は身体の上で動かない。雪哉もまた仰向けのまま理愛の身体をギュっと、その新しく手にした左腕で抱き締める。

 けれど理愛の体温も感触も感じることは出来なかった。確かにその腕は雪哉の思い通りに動いているのに、それなのにその腕にはまるで神経が通っていないように何も感じない。無痛のまま、無感のままに、けれど動くその腕は、もう「人」としての腕ではないような、そんな気がした。

「……これは?」

 しかしそんな変質した腕よりも、目がいったのは理愛の肌蹴た服の向こう、胸元に埋まる銀色の結晶だった。髪と瞳に負けぬ程に煌くその銀が皮膚の上に埋没している。

 

 やがて知らぬ間に雪哉は答えを出してしまったのだ。

 

 理愛は、人間ではないんだ、と。

 銀の瞳と髪の人間なんて、いない。

 失った左腕を生み出し、胸には銀の結晶を、そんな魔法使いのような少女。

 人間ではない違う者。

 それでも、もう、雪哉は拒絶することを止めた。


 ここまで十分拒み続けた。

 だからこれは罪だ。妹を傷つけた罰。

 消えた腕をもう元通りにしてくれたことに対しての恩義。

 遅すぎるけれど、全部失ってしまってから、一人になるのが嫌だなんて、そんなの傲慢だろうけれど、


「理愛、俺の、妹に、なってくれるか――」


 雪のように降り注がれた結晶の下で雪哉は問う。

 眠り姫のように目覚めることなく眠る理愛は答えを返してはくれなかった。

 この左腕は理愛がくれたモノだ。だからいつかその感謝を形にする為に、それまで、理愛を守ろうと決意したのもこの時からだ。

 死んでしまった家族、大事なモノが勝手に手から零れ落ちて消えてしまった。だから、理愛が雪哉と血の繋がりのない偽りだとしても、本当の家族でなくとも、人間でなくとも――

 雪哉の妹になると、聞かされていたから。

 その事実から一年も逃げ続けてきたけれども、もう逃げられない。逃げることは出来なかった。幼く、責任を全うできる力も無い、生温い世界で生きてきた弱き者だとしても、それでも最後の一人になってしまった唯一の「家族」を守る為に、掴む。

 だからこの手を握る。こうして雪哉と理愛は兄妹になる。

 本当の家族は喪われ、新たに生まれた偽りの家族。それでもいい、縋るしかない。孤独は嫌だ。おぞましいそんな闇の中を生きることなど考えられない。この腕がその証になる。この腕があるから、理愛がくれたモノだから。だから、理愛を共に。

 自分は選ばれたんだ。

 理愛の言葉を思い出す。意図はわからない。意味も知ることはなく。

 それでも理愛が自分を選んだのならば、生きることにしよう。

「選ばれた、俺は……選ばれた?」

 ならどうすればいい。

 選ばれたのならば、どうすれば、そうだ、自分を偽ろう。

 雪哉は願う。自分が選ばれた存在だと。高位なる者だと。雪哉がいつも口にする「設定」の数々、その発端もこの瞬間だったのだろう。

 勇者のように、世界を守る存在にでも選出されたとでも考えれば、それだけで十分狂える。この異常を自分の一部に出来る。人から逸脱した銀の腕、この腕を認めるには、そうするだけでいい。戦う為の腕だ。何と? その敵はまだいないけれど。けれどそう考えるだけで救われる。

 理愛が選び、与えた、この腕で、いつまでも理愛を守ろう。

 そう、誓う。

 だから雪哉は理愛から離れられない。

 あれだけ憎んでいた筈なのに、今はとても大事で堪らない。

 もう理愛しかいないのだと、そうわからされれば、おかしくもなる。

 両親を喪い、腕を失い、その腕が別の腕に作り変えられ、妹となるその少女は人間ではない。そんな事実が雪哉を執拗に襲うのだ。おかしくならないわけがない。

 手の中で眠る理愛を見つめる。

 大丈夫、大丈夫だと何度もそう言い聞かせ、ギュっと握る。

 離すものかと。

 今、受けた絶望を二度と受けぬ為にも、強く生きるのだと。十歳になったばかりの少年が強い信念を抱き、前を向く。涙は止まっていた。もう泣くことさえ許されない。強く、強くと、そう言い聞かせながら、自分を作り替える。心を改造する。


 こうして、雪哉は「失い」――そして「得た」こととなる。

 けれど、六年後。

 別離と共に、その腕が雪哉に力を与えることなど、知る由もない。

 そして「妹」の消失がその左腕に更なる覚醒めざめを起こし、全能たる結晶に立ち向かわせるのである。


 なんて、最期の戦いの前の、くだらない戯言。

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