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1-13 全能結晶の無能力者(4)

1-13 全能結晶の無能力者(4)


 病室で雪哉は黙って空を見ていた。

 数え切れぬ星が空を瞬く。小さな箱庭に閉じ込められてしまった雪哉は何も出来ず、この白い箱の中で身動きが取れないでいた。

 

 一週間。


 そう、それだけの間、雪哉は眠り続けていた。

 目を覚ませば、理愛がふざけたことを言っていたことを思い出す。

 どうして理愛がそんなことを言う。死ねばいいのかなんて――


 ドスン。


 雪哉は無言のまま、ベットを叩く。

 物に当たっても、何も変わらないのだけれど、今はそうすることしか出来なかった。そしてそんなことしか出来ない自分を呪った。

「そんなイライラしてたら嫌われちゃいますよ」

 誰もいなかった病室の中でいきなり声が聞こえた。

 すぐ声をした方を見ると、そこには瀧乃曜嗣の姿があった。

 病室の扉が開く音はしなかった。

 それなのに、その男はそこにいた。それどころか余裕綽々にリンゴの皮を果物ナイフで丁寧に剥いているのだ。

「ほい」

 綺麗に剥かれたリンゴが皿に並べられ雪哉に渡された。

 ウサギの形に切り剥かれたリンゴ。器用に切られたそれを雪哉は受け取って、そのまま机の上に置いた。いきなりこんなものを渡されてもとてもじゃないが食べられない。食べる気分ではなかった。

 折角、剥いてもらったのは悪いが雪哉は一口もつけることなく放置する。それを見て曜嗣は自分の剥いたリンゴを一つ口の中に放り込んだ。

「いやいや、リンゴ食べてくださいよぉ! 食べ物を粗末にしたら殺されるよ。一斉にお百姓さんにボコされてもオラチン知らないよぉ! オラチンはちゃーんと、ちゃーんと食べますんで、雪哉くんもさっさと食べるでありんす」

 そう言って一つリンゴを摘んでは雪哉の口に無理やり押し当ててきた。あまりにも鬱陶しかったので仕方なしに口を開けた。可愛い女の子にされるならまだしも、眼鏡をかけた白衣の胡散臭い男にこんなことされてもちっとも嬉しくなかった。

「驚かせないでくださいよ」

 さっさとリンゴを咀嚼し、胃の中へ運び終えた雪哉は恨めしそうにそう言った。

 潜むようにやって来て、気がついたら目の前にいるなんて心臓に悪い。

 入ってきたことにも気づかなかった。本当に不気味な男である。

「なんで普通に入って来ただけだってのに、そんな言われ方しないといけないわけ! ぷんぷん!」

 気色悪い、しかしそんなことは言えるはずもなく、

「もう面会の時間だって終わってるんですけど」

「堅いねぇ、ホント雪哉くんはお堅いです。堅すぎて肩凝らない?」

「凝るかよ……」

 曜嗣の減らず口に付き合っている方が肩が凝りそうだ。だから雪哉は挑発にも似た曜嗣の言葉に出来るだけ反応せず、だんまりを決め込むことにした。

 皿の上にあったリンゴが全て無くなり、雪哉はベットの上で静かにしていた。曜嗣もまたいつものようにふざけることなくジっとさっきリンゴを剥いた果物ナイフの刀身を見つめているだけだった。


 理愛の様子がおかしかった。


 はっきりとわかる。

 病室を抜け、突然戻ってきたと思えば何か焦っているように見えた。

 病室の向こうで誰かと喋っていたのもわかる。だって理愛は風に当たるなどといいながら、そこから一歩も動いていなかったから。そこまではわかっていた。しかし何をしていたかまではわからない。

 それでも、嫌な予感しかしなかった。

 何故なら理愛は親指を「噛んで」いたから。

 いつだってそれは悪いことが起こる予兆だった。

 理愛の親指を噛むという癖は幼い頃から知っているものだった。

 しかし、それはただ噛んでいるわけではない。思い詰めている時こそよくする行為だ。そして決

まってよくないことが後から起こる。理愛自身は気がついていないかもしれないが、雪哉に別れを切り出した時、思いっきり親指を噛んでいたのが見えた。出て行くときも、何かを呟いていた。

「どうして、こんなところで腐ってるんだい?」

 考え込む雪哉に、曜嗣の声が聞こえる。

 動かないのは何故か?

 何も、出来ないからだ。

 理愛がそうやって何か思い詰めていたのがわかっていながら、雪哉は何もしてやれなかった。何も出来ず傷つき、倒れ、こうして病室のベットの上で眠っていた。

「理愛ちゃんはホントいい子だよね、雪哉くん倒れた時なんてずっと泣いてたんだぁー、可哀想に、可哀想にぃ」

 そんなこと思ってもいないくせに、曜嗣は笑いながらそんなことを言う。

 曜嗣は雪哉や理愛にとって保護者でしかない。保護者であって家族ではない。雪哉が倒れた日だって曜嗣は病院の病室を一つ借りる手配をしただけにすぎない。それでもいい。何もしてくれないよりは余程いい。

 例え感情が篭められていなくても、嘘は吐かない人だった。

 理愛が泣いていたのはきっと本当だったろう。そこから聞いてもいないのに曜嗣は語りだす。理愛が泣いていたことを。後悔を、懺悔を。

 能力を手にしてしまうという種晶とやらが見つかったあの日からずっと悩んでいたことを。あれだけ曜嗣のことを批判していた割に、そんな悩みの数々は兄ではなく曜嗣に相談していたのだ。

 悔しかった。

 頼りにならないのだろうか。それは能力がないから? それだけの理由なら、本当に悔しくて堪らない。

 ギュっと潰れるぐらいに左腕を握り締める。

 包帯を巻いたその腕を。

 包帯を巻くというのは、傷を隠すという行為。雪哉のその腕は何を隠しているのか。

 ただ作り描いた設定。言葉も、身体も嘘だらけ。

 聞き慣れぬ単語も、そう使うことの無い言葉も、全部、雪哉の嘘でしかない。

「その左腕でさっさと理愛ちゃん守ってあげなよ」

「何を……これは……」

 ただ巻かれた包帯を指差し、曜嗣は笑う。

 これは幼き頃に自分がした、愚かな行為。

 力を持たず、無能のまま、雪哉が全て失ったあの日から行い続ける終わらぬ行為。

「キミが倒れて、理愛ちゃん泣いて、外飛び出して、さて……今は何をしているやら」

「どういう……意味ですか?」

 聞き捨てならない台詞だった。

 何を? 

 もう夜だ。真っ暗な闇が広がっているこの世界で、外を、飛び出す?

「理愛ちゃん、「Ark」に協力するってさ。電話あってね、そう言ってたよ」

 眼窩から眼球が零れ落ちてしまうんじゃないかってぐらいに、大きく見開かれた瞳。

 わけが、わからなかった。

 協力は拒絶していた筈だ。図書館で、曜嗣が見せた手紙を前にきっぱりと、はっきりと断っていたはずなのに。それなのにどうしてその選択が覆されているのか、雪哉にはわからなかった。

「え? えっ? ええっ! 何なの、その何もわかってなさそうな感じのアホ面は?」

 曜嗣のその呆れた顔と声は雪哉のあまりの無知さに嘆いているようだった。

 それでも雪哉にはわからない。理愛がどうして一人で行ってしまったのか。

「雪哉くんさ、理愛ちゃんと二人っきりになってからもう六年になるよね」

「まぁ……」

 六年。

 全てを壊され失ったあの日から、雪哉と理愛は二人になってしまった。

「オラチンはさ、キミの両親にいろいろ世話になったからね、まぁ、恩返し的な意味も込めて保護者してるけど、それでも他人は他人だ。それはきっとキミがよく知ってる」

 それは既知だ。

 どれだけ近くにいたとしても、曜嗣は他人でしかない。

 生活する場所も、環境も何もかもを用意してくれたとしても、それに対して感謝は出来ても、家族にはなれない。それは絶対だ。雪哉の家族はとっくに崩壊してる。落ちた飛行機と一緒に、全壊した。

「キミはあの六年前、オラチンに何を言った?」

「理愛は、理愛だけは……最期まで、守り抜く」

 喪失し、曜嗣との邂逅を果たしたあの日、幼きあの日から左腕に誓った。

 包帯は誓約。虚栄は利剣。作られた設定は自分を偽るため。妹を守るため。敵の視点を自分に移すためにしたことにすぎない。

 銀の髪と瞳を侮辱する者の前に立ち、自らが正義と語りいつだって立ち向かって来た。幼い頃、そうやって自分は異世界から来ただの、世界を守る為に選ばれただの、そんな虚像を作り出したのは妹を守る為だった。幼く、どうすればわからなかった雪哉が取った行為がそれだった。お陰で誰もが時任雪哉はおかしな奴と認識し、敵意は雪哉へと向けられることとなる。しかし雪哉の思惑通りに理愛が蔑視する数が極端に減少した。それでも零になることは無く、雪哉は目的を果たすことはできなかった。力は無かった。弾圧することもできず、少なくとも理愛を軽侮する者を全て止めることは未だに叶っていない。

「雪哉くん、キミさ、ホントに理愛ちゃん守ってるつもり?」

 その言葉は雪哉にとっては侮辱でしかない。

 喩え相手が恩人であっても、許すことはできない。

 だから、ありったけの憎悪を込めた視線を曜嗣に向けても彼は動じない。

 そして尚、言葉は続く。

「逆だよ、ぎゃ、く。全くの逆。反対。逆転してることにさっさと気づけよ」

 前のめりになって、雪哉の顔に近づきながら鋭い眼光で雪哉を射抜く。それだけで増大していた憎悪は萎縮し、曜嗣を直視することができなくなる。

「今は雪哉くんが理愛ちゃんに守られてる。格好悪いねぇ、ダサすぎて鳥肌モンだよぉ! 吐き気で窒息死しそう! なんか頑張って臭い台詞言って、誓ってたあの頃のキミはとっくに死んでしまったのかなぁ? どうなのかなぁ? どうなんだ?」

 そんな辛辣が雪哉を際限なく襲う。

 そして振り返れば、雪哉は理愛を悲しませていた。大切な妹に悲哀を抱かせている時点で守り通せていない。

 わからされた。たった数分で、雪哉の価値観は破滅的なものとなる。

 そんな頭を垂れる雪哉に曜嗣は指を差す。

「行きなよ、理愛ちゃんは学校の裏山だよ」

「本当に理愛は――」

「そこで何もせずに結末を見届けるならそうするといいよ、でもそんなのオラチン許さないよ」

「どうして、アナタは……」

 曜嗣は鼻で笑った。どうしてそんなことを聞くと馬鹿にしたように。

「つまらないじゃん」

「は?」

「いや、その、つまんないし。最初っから勝敗わかってる話見せられて喜ぶヤツとかいんの? そんなクソシナリオみたい? クソゲーすぎ! おもんねぇつまんねぇくだらねぇ、だからオラチンはキミらに節介を焼くよ。そうしないと浮かばれないヤツもいるしね」

 曜嗣の真意がわからない。

 両親を喪ったあの日だって、まるで狙い済ましたように現れた。

 ただ、生きる為の支援をしてくれたそれだけで救われた。だから、曜嗣が何者かだなんて気にも留めていなかったはずなのに、今はとても恐ろしく感じた。

 それでも、今はやるべきことがある。

 自分の誓いが嘘のまま終わってしまう前に、理愛を守る。

 雪哉はく。

「往きます、敵を討ちます」

「いいねぇ、いつもの気持ち悪い雪哉くんだ。いってきな、オラチンは節介しか出来ない。でも、キミらの側にはいてやれる」

 会釈し、牢獄のような白箱から飛び出す。

 それでも腹部に風穴を空けられ重症を負ったまま。

 ズキリと痛みが走るが唇を噛み締めてただ耐える。


 種晶は人々だけでなく世界も進化させている。医療科学も遥かに進み、種晶の力によって傷口を塞ぐことも可能になった。それでも治癒を早めるだけで、完治には至っていない。それが雪哉の傷。

 だが、そんな傷ぐらいで雪哉の歩が止まるわけがない。

 理愛が戦っている。雪哉を守る為に。

 きっと有能力者と戦えるのは自分だけだと、そう思ったからこそ何も言わずに行ってしまった。

 歯痒い。

 何もできないのは力が無いからではない。

 何かを成し遂げようと、その覚悟が足らなかっただけに過ぎない。

 きっと何処かで諦めていただけだ。

 理愛を取り巻く脅威を全て排除できない力不足から生まれた苦悩。

 自分一人では何も出来ない。

 違う。

 自分一人だから何も出来ない。

 だから、

 それは――


 雪哉は走り出す。

 たった一人、大切な家族を守る為に。

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