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1-10 全能結晶の無能力者(1)

1-10 全能結晶の無能力者(1)


「本当に瀧乃さんは酷い人です」

 午前の通学路、制服を着た生徒が歩いているわけがなく、たった二人。そんな道を時任兄妹が歩いている。

 雪哉の横で理愛は不満げに曜嗣を非難していた。だが曜嗣のしたことは当然のことであると雪哉は自分の良心を咎め、曜嗣の言う通りに家に帰るのだけだった。

「先生は俺らのこと思ってしてくれたんだ。それ以上、誹るのはやめろ」

「先生、先生って、家にも殆ど帰って来ないあの放任さんのことを先生って言うことをやめてください兄さん」

 雪哉は曜嗣のことを先生と呼んでいる。

 これは引き取られてからずっと曜嗣が雪哉にそう呼べと強要していたせいか、もう癖のようになっている。だから雪哉は学校以外でも曜嗣のことを先生と呼んでしまう。治したいのだが、六年もそう呼ばされ続けたのだ。今更、この癖を治療することは不可能に近いだろう。

「先生は俺たちの恩人だろう? そんな言い方はないだろう」

「それは、そうですけど……」

 雪哉の説得に理愛は不満はあるが、一応は納得してくれた。

 確かに曜嗣は両親を喪ったあの日から保護者として二人を迎えてくれたが、何かしてくれたといえばそれだけだ。兄妹を常に放任し、ただ生活の支援をしてくれただけに過ぎない。でもそれが普通だろう。全くの赤の他人であった曜嗣と邂逅を果たすなんて、両親が生きていればきっとなかったはずだ。

 だからこそそんな雪哉や理愛にとっては何の接点もなかった曜嗣が嫌な顔一つせずに、二人を引き取ってくれたことだけは本当に感謝しているのだ。

「なんで来たんだ」

 それはともかく雪哉には問い質さなくてはいけないことがある。

 立ち止まり雪哉は静かなに怒りの火を灯し、理愛を見詰めた。

「お陰でお前まで俺と同じになってしまった」

「そんなの、兄さんがわたしのためにしてくれたことで兄さんだけ裁かれるわけにはいかないでしょう」

 確かに雪哉の暴力行為は理愛のために行ったことだが、それで理愛まで同じように一週間の自宅謹慎になってしまっては意味がない。

 しかし事実こうなってしまった。

 雪哉も考えが甘かった。たとえ肉親であっても他人は他人。自分以外の心の中など見えるはずもなく、読めるわけもなく、それでも雪哉は理愛のことがわかる。自分と同じように動くのだ。まるで合わせ鏡の対なる方。自分が動けば、理愛も動く。そんなことずっと前からわかっていたのに。

「はぁ、入学して早々に裁かれてどうする。周りも気になるだろう?」

「なるなら勝手にしてればいいです。わたしには関係ないですし」

 そして周囲の目を気にせず、独りで行動しようとするのも相変わらず。

 どうにかして少しでも周りに溶け込めるようにして欲しいのだが、どうしてもそれだけは叶わないようだ。どうすればいいのかもわからず、改善策も見つからないままここまで来てしまったのは兄の責任だろうか。

「そんなことより、なんなんですかあの男……わたしならいざ知らず、兄さんのことまで……なんて、下品な男――」

 理愛の目が鋭く、その瞳には憎悪にも近い黒い感情が篭められていた。

 そんな顔はしないで欲しいと雪哉は思ったが、それを口にすることはできなかった。何故なら雪哉もまた同じような顔で月下雨弓を睨んでいたのだから。

「能力者って、そんなに偉いんですか?」

「世界がそうさせたんだ、仕方がないことだろう」

 そう――

 仕方がないことだ。

 それは誰が決めた理か。もし神がそうしたのなら、横っ面を全身全霊を篭めて殴ってやりたい程だ。そんな世界になったせいで、誰もが異常を受け入れている。それでもこの世界では能力を持つ者ことが特別で、偉い。

 そんな世界を雪哉は受け入れていない。

 能力が無いことを悲しんでいるわけではない。ただ、どうしてそんな差別的な世界が生まれたのかを考察し続ける内に、いつしかこの世界自体が間違っているのだと思ってしまったからだ。

「何がおかしいのかわかりません。能力が有っても無くても、いいじゃないですか」

 そしてそんな雪哉の横で理愛は不満を並べ、世界を蔑んでいた。

 何も無い兄を侮辱する世界に対して怒りを抱いてくれるのは兄としてはありがたい。

 でも、雪哉だけが能力を持たない低脳なのかといえばそうじゃない。

「理愛、この世界は二つに分けられているのは知ってるな?」

「え、ええ……有能と無能ですよね」

「そうだ。俺は無能だ。それを笑うのは有能だけだ。無能は一緒に笑えない。なぜだ?」

「……笑うことは、自分を笑うことと同じ、だから」

「さすが俺の妹だ。なら、納得できるな?」

「…………できません」

「どうして?」

「兄が笑われてるのを我慢できる妹なんていません」

 刹那、時間が止まったような――

「ありがとう」

 でも、すぐにその停止は再生され、雪哉はすかさず感謝した。

 理愛は怒りを露わにし、そんな憤りを見せる理愛を見て雪哉は思った。

 幸せだと。

 自分が笑い者になっているというのに、そんな兄が無様に妹の前で恥辱を受けているのに、それに怒りを抱き、ギュっと手を握ってくれる理愛。兄としての株価は窮極的なまでに暴落しているというのに、捨て置けばいいのに、それをしようとしない。

 だから雪哉は思った、主人公にもなることなどあり得ない分際でありながら、もし自分が主人公ならばなんて絵空事を描いた上で呟く言葉――「負けるものか」そう、小さく、強く――


 それでも終わりが始まろうとしている。


 それは日常が終わる道標。

 いや、それはもしかしたら狼煙だったか。


 歩行者用の信号が赤になり、二人は歩くことを止め、ジっと前を見つめていた。

 何台もの車が通り過ぎる中、雪哉はどうしてそんなことをしたのかもわからなかった。自分がどうして理愛を突き飛ばしたのか。

 雪哉の強襲に理愛は転ぶ。

 しかし、理愛は無事だった。理愛は、無事だった。

「ごふっ……」

 喉奥から真っ赤な血流が逆流し、地面を鮮血で染める。

 雪哉の右腹から抉るに不可視が貫く。

 膝が地に着き、前のめりでゆっくりと倒れる。

 何か、そう何かが腹部を貫通したのだけはわかった。痛みは無かった。しかしそれと同時に雪哉の身体は容易く蹂躙され、生の権利を剥奪されたかのように、そのまま一切の行動を停止させた。

 それでも残りわずかな余力を振り絞り顔を見上げた。

 理愛が泣いている。

 やめろ、泣くな、泣かないでいい、どうして、そんな顔が見たくないから――

 小さな手と制服は血で滲んでいる。

 それでも、それでも雪哉はそれ以上理愛の顔を見ることはできなかった。

 小さな理愛の身体の合間から見えた、敵影。

「悪いな、時任。お前さ、邪魔なんだわ。だからよ、そこで死んでろや」

 口元が動いていた。

 遠くで小さく呟いているのはわかるが雪哉の耳に届くはずがない。

 そして小さな道路の向こう側、信号は赤から青へ。その影は消えていく。だが、はっきりとわかった。完全に雪哉と理愛を狙っていた。理愛は無事だった。涙を流して雪哉の身体に触れる様子を見ていると大丈夫そうだ。それがわかっただけでも僥倖だ。

「月下、雨、弓ぃ……!」

 だが、それでも怨嗟は消えない。

 呪詛を込めたように、振り絞りその名を呼んだ。道路の向こう側に、雨弓が消えていく後ろ姿が見える。だが理愛は気づかない。主犯が前方にいることよりも、兄が凶弾で倒れたということで頭の中が真っ白にされてしまったのだ。

 声が出ない。

 逃げろ。俺を置いてさっさと逃げろ。

 けれどその言葉は届かない。

 声が出ないのなら、届くわけがない。

 意識が朦朧とする。死ぬ? 死ぬのは怖い。死にたくない。雪哉は懇願する。それでもやはりそこで何かが覚醒するわけもなく、都合よく傷が癒えるわけもなく、いつものように設定で塗り固めた自分はどこへ行った。ただ出来たことは理愛の腕を強く握るだけだった。

 死ぬのは、怖い。

 でも、でも、理愛を一人にしてしまうことが、もっと怖い。

 そんな切望する雪哉を無視し、視界は闇黒に塗り潰される。


 そして雪哉の意識が途絶えたと同時、終にこの無駄に長いだけだった序章の終極が始まるのである。

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