表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/18

春海と夏海

「どうだった?」


家に帰ると、秋姉ちゃんにそう聞かれた。


「大丈夫。もう平気。」


「そう。良かった。」


秋姉ちゃんは、ホッとしたように微笑んだ。







「娘を持つ父親なんてつまらないよ!」


親戚の人達が帰り始め、賑やかだった広間は、うちのお父さんと冬樹のお父さんだけになっていた。


さっきまで上機嫌で飲んでいたお父さんは、泣きながら冬樹のお父さんと話している。


この様子だと、明日、お父さんは号泣だな。




私は、また昔を思い出していたが、もう涙は出てこない。


思えば、随分と遠回りしたものだ。


そんなことを考えながら、少しビールを飲んでいると、


「夏海、ちょっと話さない?」


お姉ちゃんに声を掛けられる。


「どうしたの?」


「久しぶりに、夏海と女同士の語らいをしようかと…。」


そう言いながら微笑むお姉ちゃん。


「二人だけの新しい生活はどうよ?」


「結構楽しいよ。」


「そう。良かった…。」


「…。」


お姉ちゃんは何か言いたそうだけど、言葉にしづらい様子。


お姉ちゃんにしては、珍しいことだ。


何が言いたいのかは、何となく分かってしまったが…。


「お姉ちゃんに一つ聞いてもいい?」


「…何?」


私は、以前から気になっていたことを聞いてみることにした。


「いつから、冬樹のことが好きだったの?」


「多分、夏海より後だよ。だって、冬樹が中学生になってからだから。」


「ふーん…。」


やっぱりお姉ちゃんも、私も冬樹が好きだって気付いていたんだね…。


「ごめんね…。」


「何で謝るの?変なの!」


「冬樹に『付き合って欲しい』と言われた時…、夏海の顔が頭に浮かんだんだけど…、冬樹の告白、断らなかったから…。」


「それは仕方ないよ。お姉ちゃんも冬樹が好きだったんだから。」


「夏海は強いね…。強くて優しい…。」


「お姉ちゃんの方がよっぽど強くて優しいよ。」


「私は、虚勢を張ってるだけだから…。夏海に、いつ冬樹を取られるかびくびくしてた。あの時も…。」


「…?」


あの時って何?


「実はね…、私が大学四年生の時、夏海が冬樹と何回か遊びに行ったこと知ってたの…。」


「あっ、えっ!」


驚いた。


心臓が止まるかと思った。


「でも、二人きりじゃないみたいだし、別にいいかと思ってた…。私も就職活動とか、卒論とかで忙しかったし。もしそれで、冬樹が私から離れても仕方ないとも思った…。本当はそんなことになったら、立ち直れないくせに…。夏海を恨むかも知れないのに…。」


「ごめん…。お姉ちゃん…。」


「謝らなくても大丈夫だよ。怒ってるわけじゃないから。でも…、その後、また遊ばなくなったよね?何で?」


この人は、どこまで知っているのだろう?


「えーと、それは…。色々あって…、喧嘩したから…。」


冷や汗をかいた。


詩織とのことは知ってるの?


「別に怒ってるわけじゃないのに、何を動揺してるのよ。それから、この話は冬樹に直接聞いたわけじゃないよ。冬樹は、大学生の時の夏海との再会は、私が知らないと思ってるから。」


「ハハ…。」


引きつった笑いを返す私。


「私の情報網を甘く見ないでよ!」


いたずらっぽく笑うお姉ちゃん。


やはりこの人は、タダ者ではない。




「夏海はいつから冬樹が好きだったの?」


「多分、物心ついた時から…かな…。」


「そういえば昔、冬樹と結婚の約束してたもんね。」


「…?違うよ。結婚の約束したのはお姉ちゃんでしょ?」


「えー、だって私が『冬樹のお嫁さんになってあげようか?』って言ったら、夏海が『冬樹は私と結婚するの!』って、泣いて怒ってたじゃない。」


「???」


そうだっけ?


でも、今となってはどっちでもいいことかも知れない。




お姉ちゃん達が付き合い始めたあの日以来、初めて二人で冬樹の話をした。


私達姉妹は、一歩間違えば、お互いに憎み合う間柄になっていたかも知れない。


そう思うと、少しゾッとした。


そうならずに済んだのは、お姉ちゃんと私の、涙ぐましい努力のおかげかもと思うと、何だか可笑しかった。


「ん?夏海、何笑ってるの?」


「何でもない!」


お姉ちゃんは、首を傾げながら手に持っていたコップの中身を空にする。


私は、『大好きなお姉ちゃん』の横顔に向かって、「ありがとう」と呟いた。


聞こえないように、小さな声で。


「ん?何か言った?」


「何も。」




「二人で何を話してるの?お邪魔だったりする?」


振り返ると、秋姉ちゃんがいた。


冬樹もいる。


「家族会議中。」


お姉ちゃんは、またバカなことを…。


「何よ、それ!」


「家族会議なら、俺も聞く権利があるような…。」


「女同士の話に、首を突っ込まないの!」


お姉ちゃんに怒られて、シュンとなる冬樹。


二人の力関係を垣間見た。




四人で取り留めない話をしていると、


「こうやって四人揃ったのって、いつ以来だっけ?」


秋姉ちゃんが言い出す。


「この前は、夏海がいなかったしねぇ。」


私を見ながら、いたずらっぽく笑うお姉ちゃん。


「今度、四人揃うのはいつになるのかな?」


秋姉ちゃんは、昔を懐かしんでいるようだった。


「あっ、次は五人になるかもよ。」


「「「…?」」」


お姉ちゃん、どういうこと?


「医者で、三ヶ月目って言われました!母子共に順調です!」


「「えっ!」」


「聞いてないんだけど、春海さん!」


「だって、言ってないもん。」


「…。」


唖然とする冬樹。


「おめでとう!春ちゃん!」


「次は、順番でいくと秋ちゃんだよ。でも、秋ちゃんは、まず相手を見つけないとだよね。」


「相手はいるよ。それに、昨日プロポーズされてOKしたし。」


「「「えー!」」」


今日は一体、何度驚かされたんだろう。


「…どういうことだ、秋代!聞いてないぞ!」


四人以外の声がして振り返ると、冬樹のお父さんがいた。


「だって、言ってないもん!」


「…。」


唖然とするおじさん。




「おめでとう、お姉ちゃん。」


「おめでとう、秋姉ちゃん。」


そして、


「おめでとう、冬樹。」


私はそう呟いた。


みんなに聞こえないように、小さな声で。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ