両親と二人の娘
今回より第三部です。
大学を卒業した後の夏海達の話です。
成人式以来、私は冬樹を街で見かけることもなかった。
いつかのように、偶然出会うこともなかった。
隣に住んでいるのに、おかしなものだ。
お姉ちゃんは、私の前では相変わらず冬樹のことを話さない。
だから私は、冬樹が何処で何をしているのかも分からない。
私が冬樹について知っているのは、大学は卒業して働いていること、お姉ちゃんとはまだ付き合っていることの二点だけだった。
私が社会人一年目の梅雨の頃、家に帰るとお母さんに呼ばれた。
「再来週の日曜日、あんた家にいるの?」
放任主義の倉田家においては、珍しい事を聞いてくるお母さん。
『自分の行動は自分で責任を持ち、どうしても困った時は、手遅れになる前に、私達に相談しなさい。』
これが、私の両親の教え。
「まだ分からないけど、何で?」
「春海が、ついに冬樹君と結婚するの!それで再来週の日曜日に、冬樹君が挨拶に来るから。」
ついにきたか。
社会人になってからは、いつかこういう日が来ることを、覚悟していたつもりだった。
「ふ、ふーん…。」
出来るだけ私の動揺が分からないように、返事をしたつもり。
「今さら挨拶なんておかしな感じよね!私なんて、冬樹君のオムツを取り替えたことだってあるのに。」
お母さんは嬉しそうだった。
そのおかげで、私の動揺はバレずに済んだ。
「…再来週だと、もしかしたら休日出勤になるかも…。」
もちろん嘘だ。
「そうなの?まあ、夏海と冬樹君は知らない仲じゃないし、無理ならしょうがないか。」
私は一体、いつまで逃げているのだろうと思い、自己嫌悪に陥った。
「あなた達がまだ子供の頃、春海はあんな感じだから、結婚出来ないんじゃないかと思って心配だったのよ!夏海は大丈夫だと思ってたけど。これでちょっと安心した。」
多分、私の方が結婚出来ないよ、お母さん。
心の中でそう呟き、苦笑いした。
このままじゃ先に進めない。
そうかといって、解決する方法も思いつかず、途方に暮れるしかなかった。
冬樹が我が家に挨拶に来る日、私はやっぱり逃げた。
千絵と詩織を呼び出し、ことの顛末を話した。
「夏海はいつまでそんなことやってるの!」
「夏海ちゃんはもう…。」
千絵には説教され、詩織は呆れるばかりだった。
ホント、何やってんだろう、私は…。
その日、まだいたらどうしようと思いつつ、冬樹が帰る頃を見計らって家に帰る。
私が帰宅した時は既に、冬樹もお姉ちゃんおらず、ホッとした。
「…お姉ちゃんは?」
と聞いてみると、
「隣に行った。」
少しお酒が入って、顔が赤いお父さんが答える。
「今日は冬樹君の家で、晩ご飯食べるんだって!秋代ちゃんもいるから、あんたも行ってきたら?」
「わ、私はいいよ…。」
お母さんの言葉に、イヤな汗をかく。
「幼なじみ四人が揃うことなんて、これからほとんどないのに…。」
淋しそうなお母さんは、冬樹のお母さんを思い出していたのかも知れない。
「しかし、あの春海が結婚ねぇ…。」
そう呟いたお父さんも、少し淋しそうだった。
それからお姉ちゃん達の結婚話は、トントン拍子で進む。
夏には住む場所を決めて、二人で暮らし始めた。
両親は淋しそうだったし、私も淋しかった。
色々あったけど、私はお姉ちゃんが好きだったから。
お姉ちゃん達は、披露宴はせず、教会で式だけ挙げることにしたらしい。
そして、結婚式の前日に、我が家で両家の親戚を集めて、内輪だけで宴会をすることになった。
親戚もそんなに多くないので、それで充分だというのが、お姉ちゃん達の主張。
私にとっては、その日が最後のチャンス。
私の二十年渡る想いに決着をつけるための…。
しかし、この土壇場においても私は、何も行動を起こすことが出来ず、いたずらに時間だけが過ぎていった。