二十歳の冬 〜カフェ〜
前日に、木枯らし一号が吹いたというニュースが流れた二十歳の冬の初め、私は駅前のカフェにいた。
今日こそは、アイツに言ってやらないと気が済まない!
私は、苛立ちを抑え切れず、そのカフェで冬樹が来るのを待っていた。
私が苛立っていた理由は、その日の午後の出来事が原因だった。
「今日はもう講義ないから、買い物付き合ってよ。」
「ゴメン夏海。今日はこれから康太君と約束してて!」
やっぱり、友情より愛情ですか?
千絵は、『夕暮れの観覧車での告白』が成功し、この時は、康太君と付き合っている。
「あーそう。女の友情ってそんなもんだよね…。」
ちょっと拗ねてみせる。
お約束という感じで。
「拗ねた夏海も可愛いー!また今度付き合うから、ゴメンね。じゃあねー!」
親友が幸せそうなら、それで問題なし。
詩織と二人で行くとするか。
「詩織は付き合ってくれるよね?」
「…。」
返事がない。
「…詩織?」
「あっ、ごめん、何?」
この頃の詩織は、ボーっとしていることが多かった。
話し掛けても返事がないことも多々あった。
まるで私達が出会った頃のように…。
イヤ、もっと酷い。
あの頃は、返事だけはしてくれたから。
「何か悩み事でもあるの?相談に乗るよ。たいしたアドバイスも出来ないけど。」
「うん…。」
私には、詩織の悩み事に心当たりがあった。
「もしかして…、冬樹のこと?」
「…!」
図星だった。
「冬樹と何かあったの?」
単刀直入に聞いてみる。
言おうかどうか迷っている風だった詩織だが、ゆっくりと口を開く。
「みんなで遊園地に行った時に…。」
やっぱりそうだ。
詩織の様子がおかしくなったのは、観覧車を降りた後からだ。
「行った時に?」
あの時感じた胸騒ぎを思い出す。
「冬樹君に…、ふられちゃったの…。」
詩織の目から、涙がこぼれた。
「…!ふられたって…、告白した…の?」
「うん…。観覧車の中で…。」
「…。」
言葉を失った。
だって、付き合いたいわけじゃないって言ってたのに。
「あの日…、一緒にいたら、どうしても我慢出来なくなったの…。二人きりでいたいって思っちゃった…。」
『二人でいたい』
いつかの私も思ったこと。
「アイツはやめろって言ったのに…。」
今の詩織に、言ってはいけない言葉だった。
「何それ!どうしてそういうこと言うの?」
詩織が私に見せた怒りの表情に、「しまった!」と思った。
「あっ、ごめん。」
「私、冬樹君を好きになったことは、後悔してないよ!上手くいくはずがないって分かってたし!」
「…。」
詩織の剣幕に黙ることしか出来ない私。
「どうせ心の中で、私のこと笑ってるんでしょ。バカな女って!」
「そんなことない!」
今更、何を言っても遅い。
「誰かさんみたいに、何も言えなくて、ウジウジしてるよりもよっぽどマシだと思う!」
「…!」
鈍器で頭を殴られたような衝撃だった。
「あっ、ごめん…。言い過ぎた…。」
「…。」
詩織の謝罪の言葉も、耳に入ってこない。
気付いたら、一人になっていた。
詩織は、居たたまれなくなってどこかに行ってしまったのだろう。
ふと冷静になったら、冬樹に対して怒りがわいてきた。
遊園地で感じたイライラの原因も、冬樹だったと気付く。
アイツはいつもそうだ!
私だけじゃなく、詩織にも他の子にも。
詩織を泣かせたのもアイツせい。
詩織と喧嘩したのもアイツのせい。
私が辛い思いをするのも、みんな冬樹のせい。
今思えば、八つ当たりもいいところ…。
送信『今から駅前のカフェに来て。大事な話がある。』
受信『了解!』
短いメールのやり取りをした後、苛立ちを抑えられず冬樹を待つ。
「あっ、いたいた!遅くなってごめ…ん?」
笑顔でカフェに入ってきた冬樹は、私の表情を見て笑顔を消す。
どうやら、私の怒りは、顔に出ていたようだ。
「大事な話ってなんだよ…。」
私の顔色を伺いながら、冬樹が切り出す。
「詩織をふったってどういうこと?」
出来るだけ、怒りを抑えて言ったつもりだったが、それが余計に、私の怒りを冬樹に伝えてしまったようだ。
「だって、俺、彼女いるし…。」
冬樹は、私の怒りの原因が何なのか、良く分かっていないようだった。
「そういうことを言ってるんじゃないの!どうしてそういう事態になったかってこと!」
「言ってる意味がよく…。」
「分かんないの?彼女がいる身で、他の子を勘違いさせて、どういうつもりってこと!」
「…?」
「あんたの何気ない優しさが、相手を傷つけることもあるのよ!」
「そういうつもりじゃなかったんだけど…。」
「あんたはいつもそう。自分が相手にどう見られているか考えもしない!」
「…。」
「あんたの何気ない優しさが、いつも事態をややこしくする…。」
「詩織ちゃんにも、同じこと言われたよ…。」
「…!」
「『冬樹君の優しさは、冬樹君を好きな女の子を傷つける』って…。」
「…!」
「…。」
周りを見渡すと、私達の『痴話喧嘩』を見ている人達がいた。
「お前って…、自分のこと以外は、思っていることを素直に言えるんだな…。」
ドキッとした。
「…!何…それ?」
「言葉通りの意味…。」
「…。」
「…。」
しばしの沈黙の後、
「もう…、連絡して…こない…で…。」
涙を堪えるのに必死だった。
今は泣いてはダメだ!
伝票を持って立ち上がろうとした時、
「今日はおごるよ。」
私の手は空を掴み、一足先に伝票を取り上げた冬樹の手に一瞬ふれた。
「…。」
私は足早に、無言でカフェを出た。
クリスマスムードに染まりつつある駅前は、すっかり暗くなっていた。
必死に涙を堪えて家にたどり着き、自分の部屋に入り、携帯電話を取り出す。
『立花冬樹を削除しますか?』
『YES』
携帯電話の電話帳から、冬樹の番号を削除すると、ついに涙を堪えることが出来なくなった。
泣きながら、詩織の言葉を思い出す。
『何も言えなくてウジウジしてる』
冬樹の言葉を思い出す。
『自分のこと以外は、素直に言える』
『私は冬樹のことが好き』
結局、この言葉は一度も伝えたことがない。
今まで、何度も機会があったはずなのに…。
詩織に、心ない言葉を言ってしまったのも。
冬樹に八つ当たりしたのも。
あれから何年も経っているのに、未だに冬樹のことを引きずっているのも。
全ては私自身の所為。
私は冬樹に対して、一度も素直になったことがない。
これが全ての元凶。
こうして、後悔だけを残し、二十歳の冬は過ぎて行った。