二十歳の秋 〜遊園地〜
「あの…、二人に報告というか、相談がある…んだけど…。」
私達三人が一緒にいるようになってから、恐らく初めて、詩織から話を切り出した。
「なに、なに?」
詩織の、思いもしない発言に興味深々の千絵。
「えーっと…、うまく説明出来ないんだけど…、…やっぱりいい…。」
「ダメ。今日は詩織が話すまで帰さない!」
千絵の言葉に覚悟を決めたのか、ぽつりぽつりと詩織が話し出す。
「私…、冬樹君が…好き…かも…。」
「……………………!」
「……あぅっ、えっ!」
多分、生まれてこの方、一番驚いた。
「それは…、異性としてってこと?」
私同様、驚きを隠せない千絵の問い掛けに、コクリとうなずく詩織。
「アイツ…、彼女いるんだよ…。」
「分かってる…。」
私の問い掛けにもうなずく詩織。
「付き合って欲しいとか思っているわけじゃないの…。でも…、こんな気持ち初めてで…、戸惑ってるの…。」
「うーん…、詩織の初恋かぁ…。」
千絵の言葉に、一瞬、幼い頃の冬樹が頭に浮かんだ。
「彼女がいる人を、好きになるのはダメなのかなぁ?夏海ちゃん、どう思う?」
良いも悪いも、私に決める権利なんてないし…。
「多分、物凄く辛い思いをするよ。それでもいいの?引き返すなら今のうちだよ。」
私が、偉そうに説教出来る立場じゃないのに。
「そういえば…、夏海ちゃんに相談出来る話じゃなかった。無神経でごめんなさい…。」
申し訳なさそうな詩織を見て、私は何も言えなくなってしまう。
「よし、決めた!康太君に私の気持ち伝える!」
「「…?」」
何やら考え込んでた千絵が、どういう流れでそういう結論になったか、全然、見えてこない。
「夏海、詩織、遊園地に行くよ!もちろん、いつものメンバーで!告白と言えば、夕暮れの観覧車でしょ!」
「しょうがない、付き合ってやるか!」
この時、私はごねたりしなかった。
詩織の相談に結論は出ていなかったけど、何か行動を起こせば、何かが変わると思ったから。
「おっす!」
「おはよう!」
遊園地に行った日は、家の近くのコンビニで、冬樹と待ち合わせてから、みんなのところへ向かった。
私達は海に行った日以来、時々、メールをしていた。
この時も、前日、メールで打ち合わせていた。
待ち合わせ場所は、『家の前でいいじゃん。』と言う冬樹に、怒りを覚えた。
お姉ちゃんに見られたら、どんだけ面倒くさいことになると思っているのか…。
「遊園地なんて、小さい頃、うちとお前の家族で行った以来だよ。」
「私は高校生の時、千絵と詩織で行ったことがあるよ。」
「そういえば、小さい頃に行った時は、親とはぐれて四人で迷子になったっけ?」
「そんなこともあったね。」
「あの時は、夏海がフラフラしてたからだぞ。」
「はぁ?それ違うし。迷子になったのは、お姉ちゃんの所為。」
この日、駅に向かう道では、二人とも何だかテンションが高かった。
駅前に着くと、すでに詩織がいた。
私達に気付いた詩織は、手を振りながら表情を曇らせる。
やっぱり、冬樹と二人で来たのは、間違いだったか…?
「あのね…、しお…。」
「おっはよー!夏海!詩織!それから冬樹君も!」
詩織に言い訳しようとした時、千絵が来た。
康太君もカズキ君もいた。
「おはよう!ち…。」
「あれー?詩織、その大きな荷物なに?」
またしても私の言葉を遮りながら、千絵が詩織に問い掛ける。
言われてみれば、詩織は少し大きめの荷物を持っていた。
「あっ!これは…、お弁当…。みんなの分も作ってきたんだけど…。男の子ってどれくらい食べるか分からなかったから、足りないかも…。」
「…!」
「…!」
「…!」
「千絵ちゃん…。俺、今、ズキュンってきた…。」
「康太君…、私もだよ…。詩織ったら、可愛いーい!!」
そう言いながら、千絵は詩織に抱きつく。
「じゃあ、俺がそれ持つよ。」
さり気なく、詩織の荷物を持つ冬樹。
「あ、ありがとう…。」
顔を紅くする詩織。
それを見ていた私は、苛立っていた。
遊園地での私は、ずっと不機嫌だった。
私が不機嫌だった原因が、冬樹だと気付いたのはもっと後になってから。
海に行った時と同様、千絵と康太君は仲良く騒いでいる。
そんな二人を見ているだけで、イラついた。
詩織は冬樹にベッタリだった。
そんな二人にも、イラついた。
楽しそうな親友達を見て、八つ当たり気味にイラついていた私自身に気付き、自己嫌悪に陥った。
この日もカズキ君は、私の側で何か話していたが、私の耳には入ってきていなかった。
一通り遊んだ後、康太君が観覧車に行こうと言い出す。
「じゃあ、男女ペアで乗ろうよ!」
待ってましたとばかりな千絵。
「賛成!」
賛同したのはカズキ君。
「冬樹君…、一緒に乗ろう…よ…。」
顔を真っ赤にした詩織。
「うん、いいよ!」
冬樹が応える時、一瞬、チラっと私を見た気がした。
そうなると、私はカズキ君とだよね?
やっぱりこうなるか…。
「ハァー…。」
思わず溜め息が出たが、カズキ君は気付いていなかった。
観覧車に乗ると私は、黙ったまま外を見ていた。
何か言いたそうなカズキ君には気付いていたが、そのまま景色を眺めていた。
「夏海ちゃんって、彼氏いないんだよね?」
意を決して話し掛けてくる彼に、
「うん…。」
景色を見たまま返事をする私。
「好きな人はいるの?」
「…!いない…よ。」
一瞬、ピクッとしたが、ぶっきらぼうに返事をする。
彼にまで、嘘をつく必要はなかったかな?
「じゃあさぁ…、俺と付き合ってみない?」
「ごめんなさい。」
即答してしまった私。
「じゃあ、友達からっていうのはどう?」
「ごめん、それも無理。」
しつこい彼に苛立って、冷たい返事をしてしまう私。
「…。」
ここで初めて、チラっと彼を見ると、ガックリ肩を落としている姿が見えた。
「カズキ君なら…、他にもっといい子が見つかるよ…。」
さすがにキツ過ぎたと思いフォローしてみる。
そう、私なんかよりいい子が…。
「ねえ…、俺の名前知ってる?」
「…?名前って?カズキ君…でしょ?」
「違う…。俺の名前…、和也…。」
「…!あっ、ごめん…。」
そうだ、和也君だ!
「…。」
「…。」
その後、二人とも無言のまま観覧車を降りた。
観覧車を降りると、遊園地はライトアップされていた。
観覧車を降りた千絵と康太君は、見つめあったり微笑みあったり…。
二人とも頬が少し紅かった。
あの様子だと、結果は聞くまでもないだろう…。
様子がおかしかったのは、冬樹と詩織。
康太君に話し掛けられた冬樹の笑顔は、どこかぎこちなかった。
詩織は、明らかに様子がおかしかった。
笑顔は消え、心ここにあらずという感じだった。
帰りの電車の中、和也君は放心状態。
それを見た私の心は少し痛んだが、それよりも詩織の様子が気になって仕方なかった。
その表情は、いつかのお姉ちゃんの表情に似ていた。
駅に着き、みんなそれぞれの帰途につく。
まだ、9月のだというのに、夜は肌寒かった。
「じゃあみんな、バイバイ!康太君、行こっ!」
「じゃあな!和也、元気出せよ!」
千絵と康太君は、二人で夜の街に消えて行く。
和也君も肩を落とし、帰って行く。
和也君…、ホントごめん…。
「バイバイ…、夏海ちゃん…、冬樹君…。」
手を振る詩織。
その表情は、精一杯の笑顔を作っているように見えた。
私達に背を向け、足早に歩き出すその姿は、泣いているようにも見えた…。
「夏海、帰るぞ!」
冬樹に呼ばれ、私達も家路につく。
「千絵と康太君、あれはきっと上手くいったよね?」
「…。」
返事がない。
「冬樹、聞いてる?」
「えっ、あっ、ごめん、何?」
何か考えながら歩いているようだった。
この日の帰り道、私達はそれ以降言葉を交わすことはなかった。
胸騒ぎがして仕方がない秋の夜道だった。
康太のことは、千絵がいつも夏海達に話しているから、夏海は名前を覚えています。
カズキという名前は、和也と冬樹がごちゃ混ぜになってしまったのでしょう。
和也カワイソすぎ…。