「御縁とは、本当にどこで繋がるかわからないものですね」
サバサバ系の女性に挑戦…?
「彼女は頑張ってるんだから、僕らも助けてやらないと」
「ほら、女性騎士は足りないんだから応援してるんだ。同じ組だし」
「この国も他国に馬鹿にされない……ようやく女性騎士が……」
「僕らも騎士として……」
ソニア・ネイルズには悩みがあった。
一年ほど前に縁により婚約が決まったのだが、その婚約者が悩みなのだ。
婚約者はアンディ・エセック。鮮やかな赤茶色の髪に赤味ある瞳の、目立つ色をちょっとしている美青年だ。
淡い茶色の髪にまた薄い水色でぼんやりしている色彩の自分には眩しいほどだ。
すごく、良い人ではある、と思う。
騎士であるからか会うときは常に紳士的でエスコートも上手い。
会う、とき、は。
同じ子爵位のお家ではあるが、彼は次男で。継ぐ爵位のない彼は早いうちから他の貴族の子弟がそうであるように騎士団に入ることを考えていて。
二つ年上なのですでに学園は卒業してしまっているが、今はそうしたことで騎士団に入っている。そこら辺は偉いと思う。きちんと自分の人生設計できたのね、と。
二歳も年上となると学年も学舎も違い、初めての顔合わせではお互いに「廊下などですれ違ったことがあったかもですね」程度に笑いあった。
騎士科と淑女科ではなおさらだ。
御縁は、ソニアの父は昔は騎士に憧れていたが、一人息子であった彼はお家を継がねばならず。けれども憧れは止められず若い頃は剣を習っていたそうだ。貴族の跡取りが剣を習うことは悪いことでもなく。
むしろ推奨だ。
そうした剣の家庭教師として、引退した騎士などの就職先でもある。ついでにお家で抱えとして雇えば護衛としても一石二鳥。
現在もソニアのお家では護衛として引退した騎士を何人か雇っていた。中でも他者に教えるのが上手い方を兄の師として。男爵家のお生まれだという彼は妻と住み込みで。兄の剣の先生でありつつ、何かあれば護衛として、だ。
奥様は平民の方だったので、メイドとして雇ってもらえてありがたいと感謝もされていた。
ソニアのネイルズ家は子爵家ではあるが、五代ほど前に商人から成り上がった叩き上げでもあるので。
なので父は騎士ではなく商人となるべくして。兄もだ。
五代ほど経てばもう成り上がりと馬鹿にはされないので、祖父たちの代と思えば本当に恵まれていた。
そしてソニアの御縁とは。
そうした騎士を憧れた父には騎士の知り合いも多く。友人のそのまた友人の……と、いうことでアンディ・エセックを紹介されたのだ。
同じ子爵家同士で釣り合いも取れている。
もしも将来アンディが騎士を引退したらうちにいる護衛たちのように――ソニアの家はお金持ちなので、むしろその時が来たらアンディはソニアお家の商会が持つ商隊の護衛の偉い人として働いてもらう。そんな腹つもりが父や兄にはあるのかも知れない。
裕福なネイルズ家ならではで。アンディの将来は安泰でもあった。
だからだろうか。
紹介された一年ほど前はすごく誠実そうでいい人だと思ったのだけれど。
確かに会うときは紳士的で素敵なのだけれど。
「あ、すまない。来週は友人たちと先に約束をしていて」
これだ。
会うときは、なのだ。
会えない場合の方が最近は多く。
婚約者であるのだし、ソニアが学園を卒業したら結婚という段取りまででてきている。
それももうあと半年だ。
だというのに、その時間まで友人たちを優先されては。
しかもその友人たちというのが。
同期の三人。
騎士科時代からの仲間たち。
先ごろこれからも友人であるし、式にも呼びたいと紹介された彼ら。
そのうちの一人が。
スーザン・サングラン。
――女性なのだ。
別に自分にだって男の友人はいる。幼馴染のウーリンク伯爵令息のローガンなどは母親同士が友人だから長い付きあいだし、彼を自分も式に呼びたい。他にも従兄弟や世話になっている商会の男性たちなども。
そういうものだとはわかっている。頭ではきちんと。
けれども、ローガンと自分。アンディとスーザンでは明らかに違うのが。
それは――距離。
ローガンと自分は友人という距離を保っている。触れるのはせいぜい手と手くらいだ。ああ、ダンスのときに触れるのも常識的な範囲。
普通の男女の友人はこれくらいだ。
他に親戚や友人の婚約者など、そうした関係で親しくしている男性とは同じくこれくらい。
けれど。
アンディとスーザンは。
スーザン嬢は女性ながらに騎士を目指している。それは素晴らしいと思う。
この国の「女性騎士」はまだまだ他国と比べたら遅れていると言われている。
なり手が少ない。
一番はそこだ。
長く男尊女卑が続いたこの国では、「女が騎士だなんて」と。未だに眉をひそめられたり、馬鹿にしたりする――老害も多くいる。
けれども時代はかわってきているし、他国から嫁いできた王妃さまは結婚式の直後に自分の寝所にも男性の騎士が普通に入ってきて護衛をと言われたときに、明らかにこの国が遅れていると。
静かに、それはもう静かにお怒りになり。
「さては不義をしたとわざと難癖をつけて……我が祖国と戦争をお望みか?」
国同士の交流で一目見たときから王女に恋焦がれてようやく婚姻を結べるとなって喜んでいた当時王太子だった王は、それでようやく自分の国の遅れに気が付かれた。
婚約整っても肖像画に毎日愛を囁いていたほどに好いた王女の近くに――しかも寝所に、自分以外の男の存在。
王女がため息交じりに自国から女性騎士の派遣を頼んで。
他国では女性騎士がこれほど重用されていると。今しかないと、おなじように長年不満であった王族や高位貴族の女性たちからも声があがり。
そうしてこの国でもようやく女性にも騎士の門戸が開かれて。
「私の家は代々騎士の家でして、今では父も兄も私が騎士になることは賛成してくれていまして……」
丁度良い時代になってきて。
初めて挨拶を交わしたときにスーザン嬢自身がしみじみと。
「私は幼い頃から男勝りで。騎士科でも……」
だから、騎士になれるのはありがたいと。
「そうそう、もう女の子には見えないよな!」
「うん、スーザンはサバサバしていて他の女よりも話しやすい」
おなじように紹介されたベネディクトとチェスターの言いように、ソニアは「それはちょっとひどいのでは……」と眉を寄せたのだが。
スーザンにも、他の女性にも。
けれども当のスーザンがけろりとしていては。
「ははっ、私も君たちにそうやって女だからと気負われないのは助かるよ!」
そう、肩をバシバシ叩いている。
そうした遣り取りを、もう三度ほど。
「スーザンは話しやすい」
「他の女の子みたいにあれこれ気を使わなくてすむ」
「そうそう、疲れないのがありがたいよな」
「おい、君たちひどいな!」
そう言って親しそうに背中を叩くスーザン嬢は、そう言われながらも嬉しそうに。
そう、確かに彼女はからりとしていて、女性らしくなく。
「私、こんなのだから女性にはあまり良く思われなくて……よく叱られるのですが……」
けれども彼女は自分が普通の女性とは違うことを誇らしくも思っているのだろう。
黒髪をきりりとひとつ結びにしたその騎士服の姿は確かに誇らしいだろう。
女性に門戸が開かれたとはいえ、騎士となるには本当に大変なのだから。
けれどもその距離。
親しげに肩や背中に触れたり。
ソニアがもやりとするのは仕方がないだろう。
そして最近では。
「今日は友人と約束があって」
「それはスーザン様も、ですか……?」
「そりゃあそうだよ。同期の集まりだ」
「そう、ですか」
「とくにスーザンは特別だからね。まだまだ女性騎士が足りないから、何かと僕ら同期の助けが必要なんだ」
「……そう、ですか」
女性騎士が足りないのは本当に。まだ王妃の母国から人材をお借りしているのだ。
先ごろ王女殿下がお産まれになったこともあり、彼女が大きくなるまえに女性騎士が整うのが目標だ。
だから数少ない女性騎士たちのために、スーザン嬢のために、アンディたちが協力するのは当然――なのかもしれないけれど……。
――んんん?
そう思っていたソニアは、眉を寄せてしまっていた。
目の前には女性騎士たち。
ソニアはアンディと会う予定もなくなったので自宅の商会が出店しているカフェの様子を見に来たのだが。兄にカフェが気に入っているなら卒業したら別の通りに出店予定のをソニアの好きなようにやってみるかと話をされてもいたために。事前リサーチで勉強に。
ソニアは血筋なのか、商売人としてのセンスがあると兄たちからも言われていて。淑女科に通うのも案外、女性たちからのリサーチに役立っている。もちろん淑女としての勉強も。
本来であればアンディを誘って来る予定でもあったし。
なのでカフェの一角にいる凛々しい集団――女性騎士たちの存在に。
「……客引きにありがたいわ」
彼女らにそわそわとした視線を向けるお客様たちに、内心で新しい店にはオープンテラスを設けても良いかもしれない。いやしかし、騎士の皆様も騒がれるのはノーセンキューな方もいるわよね、と眉を寄せて悩んで――……。
違う意味で眉を寄せることになった。
スーザンも、そこに、いたからだ。
「え、今日は彼女のために打ち込み稽古なのでは?」
女性だから、他の男性騎士に稽古を頼みづらいらしくて、同期のアンディたちが相手をしてあげるしかないのだと、言っていたはず。
なのに?
スーザンはこの店評判の「季節のパルフェ」が届いたところらしく。スプーンでそのクリームを一すくい――美味さに悶絶していなさる。うん、わざわざ帝国からパティシエを勧誘してきたし材料も良品を仕入れている、我が家自慢のカフェである。
そのあたりは胸を張りたいが――うん。
ソニアは「えぇい!」と気合をいれた。うちにいる護衛さんたちに、いざというときの護身術を習っているときのように。「いざというときがないために自分らがいますから」そういう元騎士さんの一人が、ネイルズ家の恥にならぬよう小綺麗な格好をしてソニアに付き添ってくれていたが、気合をいれたソニアをそっと見守ることにしてくれたらしい。ソニアがどういう理由でアンディから断られたか、彼もご存知だからだ。
「あの、失礼します……」
ここで「お客様」と声をかけるべきか一瞬悩んだが、スーザンの方がソニアに気がついてくれた。
「あ、ネイルズ嬢? これはお久しぶりです……いや、お恥ずかしいところをお見せして」
甘いものを幸せそうに頬張っていた女性騎士たちが慌てて口元を拭いて「キリッ」となさっている姿に、ソニアは「あ、やっぱり外から見えにくい席とか、個室用意してあげましょ」と決意したところでもあり。
騎士は見た目も大事。
イメージを崩さないことも大事。
でも甘いものだって食べたくなる。
だって女の子なんだから。
「当店のスィーツはお口に合いましたでしょうか?」
それはもう、というお顔をなさる騎士たち。
次いで「?」と。
今、当店と?
「ネイルズ嬢の?」
「はい、この店は当家が出しておりまして」
カマをかけたつもりだったが彼女らの反応は……。
「まぁ、そうでしたか。この季節のパルフェ、最高です!」
「私のミルクレープも。オレンジソルベ、合いますね!」
「私のもバニラとこのチョコソースが絶品です!」
「このチーズケーキ、家族に食べさせたいです! テイクアウトもしますね!」
毎度あり。
騎士の皆様、本当にお気に召してくださったようだ。そこは、良し!
「なので、今日はアンディさまをご招待する予定でした」
するとハッとしたスーザンが慌てて。「お?」とソニアが思ったが、彼女が慌てたのは違うところだった。
「そうだった、皆すまない。こういうとき紹介するのは私だな」
やはり私はこういうのが鈍くて、と。反省なさりながら。
「こちらはソニア・ネイルズ嬢。我らが同期のアンディの婚約者どのだ」
彼女らは同期で。すなわちアンディのことを知っていると頷いていた。
「スーザンはアンディと同じ組だったわね」
「そうそう、あの三人とは今でもたまに連絡をとるよ」
「ああ、私もはじめての組わけの仲間とは今でもたまに任務が」
「私も私も。戦い方のクセがわかっているからやりやすいのよね」
騎士団では入団したばかりのひよっこは何組かにわかれて、改めて実戦や、鍛錬なり、任務の試験があるのだとか。騎士科はあくまでも学生である。
そこで改めて騎士に向かないと自覚し辞めるものもいるのだとか。
その組は男女混合。そもそも少ない女性騎士なうえ、いざとなればの戦闘能力は男女関係なくもあり。
そうして同期で残った女性騎士はこの四人なのですよ、とスーザンに。彼女らは騎士としてあることを誇らしく思っているのだろう。
「アンディたちには苦労かけられたなぁ。ソニア嬢、もし彼に何か嫌なことをされたらいつでも相談してくださいね」
んんん?
「あ、こういうのは婚約者の悪口になるのかな、私はまたやってしまったかな?」
「スーザンたら」
「ごめんなさいね、ネイルズ嬢。彼女、男兄弟しかいなくて私たちでもびっくりするくらい女性のあれこれ知らなくて」
「今日も女性騎士としての勉強でかなり先輩に叱られて……」
「まず侍女のスカートを踏まない。距離を考えなさい」
「あぅ」
女性騎士はやはり「女性」の護りを望まれているから。ときに侍女の方との連携も必要。そういう勉強を騎士団に入って二年目の、まだまだひよっこの彼女らはしなくてはならないらしく。
今、この店で「お疲れ様会」兼「反省会」をしていたのだとか。甘いものは勉強疲れの脳に効く。
それは当店を選んでくださりありがとうございます――と、なりつつも。
このようにスーザン嬢は普通に女性騎士たちにソニアを紹介してくれて。
今日、自分のせいでアンディが時間を取っている――ような、素振りはまったくなく。
これは、とソニアは察した。
自分が勝手に彼女を誤解していたことを。
距離が近いと思っていたが、あれはあれ、だ。兄と兄の友人たちの距離を思い出せば重なる距離。
女性相手であればそれこそスカートの裾が気になって入らない距離だ。
だがスーザン嬢はその距離をご存知なく。
これは後からソニアが知ったことなのだが。
彼女の弟君が産まれたのち、母君は産後の肥立ちが良くなく亡くなられてしまい。
わずか七歳で彼女は身近な女性を失ったのだそうだ。
愛情深かった父君は後添いを取られることなく、乳母は弟君にかかりきり。
そしてスーザン嬢のサングラン家は騎士の家だった。
騎士爵から成り上がり、今や伯爵位だ。
彼女の父君は騎士団にて師団長をしているほど。
商売で成り上がったネイルズ家だから、ジャンルは違うがその苦労は察してあまりあり。
そんな騎士の父君は残された娘との接し方がわからず。そもそも長男とも、剣と剣を合わせれば会話がなっていたために。脳筋であると後に父と兄の彼らも反省なさった。
そして時代がまさに「女性騎士」を求めていたこともあり。
スーザン嬢。
何ということでしょう。
なまじ彼女にも騎士の、剣の才能があったばかりに。
女性らしく、育てられなかった。
父にも兄にも気楽に気さくに肩や背中を叩かれ育たれて。
スカートも数えるほどしか着たこともなく。その裾の距離をご存知なく。
先輩に雷を落とされ大変なほどに。
なので今まさに、一生懸命学んでいる真っ最中の。
「まぁ、なんてことかしら」
スーザン嬢は本当に、からりとした――素敵なお姉様じゃあないの。
騎士団では男女で本気で組合の格闘訓練もあると聞けば。肩や背中を叩くなんてまだまだ。ときに取っ組み合いの仲。
「いざというとき、男性に触れられないよりマシなのかしら……」
いや、やはりあれはあれ、それはそれだ。
――スーザンがそれをソニアから聞いたときに「申し訳なかった!」と反省し、先輩やソニアにまたいろいろと学ぶこととなるのは後の話。
そして今、相談しても良いと御本人より。
「お姉様方、お言葉に甘えてちょっとよろしいでしょうか?」
騎士の女性たちは一瞬目と目を合わせた後に頷いて。何かの符丁かしらと、騎士ではない彼女にはわからなかったけれども、自分の話を聞くために座るスペースを開けてくださったことに感謝して。
そして話終われば――その一週間後。
女性騎士たちは怒のオーラに包まれていた。
これは騎士ではないソニアにも伝わるほど――アチアチっ。
「私をカモフラージュに……っ!」
今度はソニアからお店を貸切でご用意させていただきつつ。お礼にクレープシュゼットなど、出来立てをご賞味いただきつつ。
そのフランベの熱さではない怒りに、ソニアはやっぱりなぁと、薄っすら感じていたものを確信に変えた。
お姉様方が調べてくださった調査書に。
さすが現役騎士団在籍、こういう調査も報告書も、お仕事のうち。
「まさか自分たちの同期を調べることになるとは思わなかったけれど」
「あのABCどもめ……っ!」
アンディ、ベネディクト、チェスター。なるほど。その呼び方で調査中はあったようだ。
偶然にもABC。呼びやすい。
「あいつら、落第するところを何度も私が助けてやったというのに!」
スーザン。本当に頼もしい。組わけもきっと、男女よりなにより、こうした生粋の騎士を均等に分けて配するするためだったのだろう。スーザンが組のリーダーであったことをソニアもそろそろ察し。
サバサバ系というより正しくは姐御系でしたか。
「娼館通いの言い訳に使いやがって!」
そしてこれは本当に怒髪天ついても仕方無し、だ。
良くある話だと報告書を読ませてもらったソニアは怒りより呆れが勝っていた。
騎士のお姉様たちの調査は、報告書は、実に――舐め腐りやがりくださったこと。
……。
……やっぱりちょっと怒りと天秤かも。
アンディは独身もあとわずかと、はっちゃけてしまったのだ。
しかももし騎士を辞めたとしても、将来は安泰。ネイルズ家に娘の夫として雇ってもらえる。
爵位ないのは仕方無しだが、もともと実家でも跡継ぎの兄の分しかなかったのだから爵位への執着は薄かったアンディだ。むしろ爵位の厄介なしがらみなく、ただ給料が安定にもらえるほうがありがたいと、騎士団に入っても思ったり。
つらい訓練をしなければならないし、上下関係に厳しい騎士団を結婚したら早々に辞めても良いかもとすら。
騎士団は上下関係が厳しいし、その際は生まれた家の爵位も関係ないのだ。
平民出の上役に怒鳴られるのは、爵位にあまり興味なかった彼でも少しばかりもやもやするところで。
同じ組になったスーザンは女の子だから自分たちが護ってやらなくてはと思っていたら、生まれも実力も彼女の方が遥かに上だった。
家を継げないから騎士になるというのは悪くない。立派な進路だ。同じような理由で騎士となった先輩たちもたくさんいる。
だが、彼は女にも負けたことに嫌気が差し始めていた。勇んで入った騎士団で新人の組分けされたところまでは彼もまだ夢ある青年だった。
だが組のリーダーはスーザンとなり。剣技も馬術も、体格が有利なはずの格闘技でさえ。
彼はスーザンに叶わなかった。
不貞腐れたとき――自分と同じような目をしている奴らにも気がついた。
同じ組のベネディクトとチェスターだ。
まだ婚約者に過ぎないというのに「いつかネイルズ家で雇ってやるから」その口利きをしてやると、口裏合わせすら。
ベネディクトとチェスターもアンディと同じような性根だったことが。類が友を呼び、だ。
そうして彼らは、スーザンを理由にして――あてつけややっかみもあったのだろう――その空いた時間を娼館や、そうした遊びに使うことにし。
これは独身である最後の謳歌だと。
こういう遊びを覚えた輩は、結婚したとしても何かしら理由をつけて――とは、調べてくれたお姉様のお一人の言。何かあったのかキリキリと怖い歯軋り付きで。
アンディのこのつけあがりは。
ネイルズ家から望んだ婚約であり、アンディはソニアから断られるだなんて――微塵も考えていなかったのが。
報告書に、すべて。
これは自分の父が見極めが悪かったとソニアも頭を抱え。アンディを娘の婚約者として気に入っていたのは「騎士大好き」の父なのだから。
報告書を読んだ父は同じように頭を抱え、さらに落ち込んだ。
商人として目利きに自身があった自分が、肝心の人材の見極めでまさかの失敗だ。娘へのことだからさらに大がつく失敗だ。
自分の憧れた存在が、まさか。「騎士」がこんな情けないことをするだなんて。
騎士だって人間だもの。いろんな人間がいる。それこそこんな――舐め腐りやがった性根の。
それからのソニアの父の動きは早かった。敏腕経営者であることの証明――いや、こんな下種を娘の婚約者に選んでしまった父親としての名誉挽回である。
アンディ有責の婚約破棄としてさっさと慰謝料ぶんどってきた。
次男の育て方を間違えたと親御さんと跡継ぎ長男は大変だが、頑張っていただきたい。
様々なことがバレてしまった、そして安泰な将来を失ったアンディは、女性騎士の皆様により騎士団でも立場を失っていた。
彼に便乗していたベネディクトとチェスターもだ。ABCは仲良く辺境へと飛ばされた。
王都より任務が過酷で常に人手不足な辺境は、若い者が来たぞと喜んで受け入れてくれたそうな。ある意味、就職先は安泰である。
何だかんだ、自分も原因でしたとスーザンもソニアに謝罪を。
女性騎士の先輩やお姉様たちから叱られたスーザンの気落ちは気の毒なほどで。
ソニアとしては確かにスーザンの距離はあれだったが、勝手に誤解をしてしまった自分もいて。アンディたちのスーザンを利用するための紹介であったとも判明していることだし。思えばあの頃から、いろいろ屈折して舐めてくれていたわけだ――女を。
辺境ではさらに性根ごと鍛えてもらう話だとか。ちょっとばかりスッキリしているソニアと女性騎士たち。
騎士団からも謝罪をもらって。ソニアとしては結婚する前に相手の性根が解って助かったので、そのあたりは父に任せてうまいところに手打ちしてもらった。
そしてソニアはスーザンとはそれきりで。自分は兄からカフェを任されてさらなる繁盛をさせる――と、思っていたのだが。
――縁、とは。
「お、お義姉様、おかしくないかしら?」
「大丈夫ですよ。本当にきれいだから自信持って。いつもの格好良さはどうしたんです?」
あっという間に三年が経った。
その間にソニアは縁あって知り合った騎士の方と結婚していた。学園を卒業後、アンディとするはずだった結婚を。
ただその相手は伯爵家の跡取りであったので、ソニアは急ぎ母から貴族夫人の家政の何たるかを学ぶこととなった。カフェの方面どころではなく、そこは結局、予定通りだったというべきか兄が経営している。今では家族割引として融通を利かせていただいたり。
案外甘い物好きだった義妹や旦那様に喜んでいただいたり。
女主人のあれこれは淑女科で習うことに重なり、おかげで長く女主人のいなかったそのお家には感謝されることにもなり。
ソニアの結婚相手は、スーザンの兄。
サングラン伯爵家の跡取りのブラッドだ。
あの時。
騎士団からの、そしてスーザンの家族として詫びに来たのがブラッドだったのだ。
あれから不思議と顔を合わせることが度々。
招待された夜会で偶然会ったり。買い物中にひったくりに遭ったらたまたま非番で街を歩いていた彼が捕まえてくれたり。
カフェに行ったらこっそり甘い物好きな彼が隠れ常連で。ソニアが兄に個室や外から見えにくい席も必要と提案したことで騎士や男性客が増えていたので――これはもう、ソニアが自分で招いたとしか。
御縁だ。
何より妹が騎士として有能で格好良いと評判ならば。その兄は上位互換。
同じ黒髪のキリッとした顔立ちや、甘い物を食べて幸せそうに悶絶しているところはさすが兄妹、そっくりだけれども。
何より喜んだのはまた父だった。
アンディより遥かに――真っ当な騎士のブラッドに。
凛々しく逞しく、そして騎士として正しく己に厳しくも他者に優しいブラッドに、父はメロメロである。ついでに兄も。お前もか、兄よ。そういえば兄も昔は騎士に憧れて剣を振っていた。我が家はどうしても剣よりも商の方に才能が偏っていたので、諦めるべく得手不得手、だ。
まぁ、ブラッドに出会ってそうしたことにより騎士に憧れるそういう気持ちがわかったソニアだ。私もだ、父兄よ。
何よりアンディにより騎士に対して持ってしまった不信感をブラッドによって払拭されたのも、また良かった。
ブラッドの方も婚約者がいなくて。少し前に彼の方も婚約破棄になっていたとのことで。スーザンが怒髪天ついていたのはそのこともまた重なっていたかららしく。
騎士には遠征なとの任務があり、その間にいろいろ……こう、いろいろとあったそうだ。
「私より仕事のほうが大事なの?」
「離れていて寂しかったから」
「貴方より彼のほうが……」
と、いう浮気のお約束を受けたという。
サングラン家には夫人がいなかったのもあるだろう。本来ならば義母となる方に入るお家のことを習ったりといろいろとあるところ、ブラッドの元婚約者はそうしたこともなかったために。しかも小舅となるはずの義妹もそうした方面は、まったく。
むしろ男家族の中に一人放り込まれるような、プレッシャーがあったと聞いて。これはスーザンの反省再びとなった。
そうしてブラッドも婚約者に裏切られていたため、ソニアの気持ちもたいそう解ると話のネタにもなってしまった。そこら辺は少しばかり苦笑いの話だけれど。
そんな同じく酷い状況の彼が配下と妹のために謝罪に来ていてたと聞いて、ネイルズ家側としては同情しかない。
そうした御縁でソニアはサングラン家に嫁入りして。今までいなかった女主人として、こうして実家の母に習って取り仕切っていた。ブラッドの元婚約者はこのお家の何が不満であったのだろうかと首を傾げてしまう。それはやはり、性根や覚悟の問題か。
そして女主人としての大事な役目を本日。
スーザンの――義妹の結婚式だ。
不思議な御縁で家族となったが、スーザンはソニアのことを年下として侮らず「義姉」としてしっかり敬ってくれている。彼女は初対面で感じたようにからりとしていて、親しくなったら素敵な面もたくさんだ。
何より距離を。義姉としてソニアも教え注意する側になると。本当に男兄弟しかいなかったから知らなかったのだとばかり。これは妻としてブラッドを叱ったソニアであった。ついでにお舅さんも。義弟くんはやんちゃ盛りなところだが、彼もまた騎士となりたいらしく兄と姉を良く尊敬している良い子なので。兄と姉の失敗話をしっかり聞いて自分はそうならないようにしたいとこっそり打ち明けてくれた。
兄の失敗。女心を相談できる母という存在がいなかったことは不憫だが。姉もあれであるし。そのところは頼ってほしいとして義弟もまたソニアを「義姉」として敬ってくれている。
そしてスーザンは。ソニアの前より距離を習っていた王妃様付きの侍女さんから合格をもらい、見事幼い王女殿下の専属騎士となっていた。誉れであるとサングラン家でも祝ったほど。
そしてその侍女さんの弟さんは王宮で文官をしていたのだが。
これもまた御縁。
彼はスーザンの男勝りのところをむしろ好ましく感じてくれて。侍女さんも雷を落として叱ってはいたが、決してスーザンを嫌ってはいなかった。今では王女様付きとして頼りになる同僚である。
ちなみに侍女さんとソニアも、スーザンを通じてお友だちである。
近く騎士団長と内定しているブラッドの妻であれば。王女殿下付きの彼女らとも親しくしておいて損はなく。
なので彼女らとも協力した今日のめでたさ。
「御縁とは、本当にどこで繋がるかわからないものですね」
男勝りな彼女でも、やはり結婚式となると不安なようで。
何度も試着や仮縫いをしたドレスも、普段着慣れないために裾を踏んでしまいそうだと。
「距離! ですよ。スカートの中でも!」
ちなみにヒールのある靴を履いた彼女は生まれたての子鹿のようで一歩も歩けなかったのを、今日まで訓練したのもソニアだった。
「スーザン様、嫁いだとしてもこのお家はあなたのご実家ですからね。いつでも頼ってくださいね」
「お、お義姉様ぁ……」
「あらあら、泣かないで……あなた、もうすぐ叔母様になるのよ? もし女の子だったら今度はあなたにお手本になってもらわなくてはならないのですからね?」
「そ、それって……」
「ふふ、最近体調が悪かったのだけど……その理由が昨日わかって。旦那様も喜んでくれてますわ」
「わ、わあ! 何て喜ばしい! 私、頑張ります! 私、今日を一生忘れません!」
自分の結婚式という慶事より喜ばしいと彼女はそれで涙を引っ込めれて。
そうして義姉によりアドバイスを受けたドレスを纏った美しくも凛々しい花嫁は同じ騎士の方々からも祝福を受けて。
ただ、彼女と同期で同じ組であった騎士たちの姿はなかったという。
そのABCうちの一人、Cのチェスターは実はスーザンに惚れていたため、遠くから涙を流していたとあとから噂になったが。だったら仲間に流されず、悪いことだと止めるべきだった。いつか彼女より強くなれたら、手柄をたてれたらなんてのんびりしていないで。
彼はそれに後悔し、辺境では流されないように生きて、やがて頭角を現したという。彼はそうしてまっとうに辺境に生きて良き縁を得たという。
御縁というものは――どうしてどうして、本当にどこにどう繋がるかわからないもので。
この小説を読んでくださった貴方とも、これで縁ができたな!(某桃風にw)
先ごろから流行り(?)なサバサバ系の女性に挑戦してみたかったんですが、そうしたひとってやっぱり格好良い方もいるよな、いてほしいな、と。憧れの女優さんをイメージしつつ。完璧な男装の麗人よりこれくらいちょっとポンコツな方が人間味あるかな、とも。
実は某セイレーンと人魚が出てくる映画を観てきて…深かったです。しばらく歌が頭から離れなくて…。
連載中の続きが思い浮かばなくなるほどに。
そうしたら気分転換に前に書きかけだったこちらが代わりにおしまいまで書けたり。こうしたこともあるんだなぁ、と…。
いやぁ、深かった…。
たこ焼き…すき焼き…け…て…りり…。




