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断罪された公爵令嬢ですが、王女になりました。

作者: ウナ
掲載日:2026/04/14

また思いついたので投稿しました。

楽しんで頂けたら幸いです。

偽者は只消えゆくばかり。


私の名はロザリア。歴史あるルーフェン公爵家の長女である。


いや、正確には「長女だった」と言うべきか。


なぜなら、私は偽者の公爵令嬢だったからだ。


生まれてから十六年、豪奢なドレスを着て、一流の家庭教師から教育を受け、公爵令嬢として蝶よ花よと育てられてきたのに、ある日突然「お前は偽者だ」と突きつけられたのだ。何故!? と頭を抱える間もなかった。


どうやら私の実の母親は、公爵様のお手付きになったメイドだったらしい。


彼女は、同時期に身籠っていた正妻様(つまり公爵夫人)の赤ん坊と、自分が産んだ赤ん坊――つまり私を、こっそりとすり替えたのだそうだ。


そして本物の公爵令嬢は、下町の薄汚れた孤児院に捨てられ、今日まで健気に生きてきたという。


その後、成長した本物の令嬢・シルヴィアは、ひょんなことからその特有の魔力と容姿を見出され、公爵家へと帰還した。


まさに絵に描いたような、悲劇と感動の再会である。


そこまではいい。百歩、いや一万歩譲って受け入れよう。


私が偽者だったのは事実だし、本物が正当な居場所に戻ってくるのは当然のことだ。今まで贅沢をさせてもらった分、修道院にでも入って静かに祈りの日々を過ごす覚悟はできていた。


だが、現実はそこまで甘くなかった。


すり替えという大罪を犯した実のメイドは当然死罪となったが、なんと私も同罪とみなされたのだ。


「子供も連座で処刑って、いくらなんでもあんまりだと思うの!」


牢屋の中で何度そう叫んだことか。


だって、すり替えられた時、私はまだ生まれたばかりの赤ん坊だったのだ。自我すらない赤ん坊に共犯も何もないだろう。私、絶対に悪くない。


しかし、私の必死の訴えも虚しく、血筋を重んじる貴族社会は容赦がなかった。


冷たい断頭台に引き出され、民衆の冷ややかな視線を浴びながら、ギロチンの刃が落ちる。


そして、私は死んだ。


* * *

……筈なんだけど、生きている。


視界がぼやけている。体がうまく動かない。


抗議の声を上げようとしても、「あー」とか「うー」といった間の抜けた音しか出ない。


どうやら、私は信じられないほど小さくなっているらしい。


ぼんやりとした視界が徐々にクリアになり、自分が豪奢な天蓋付きのベビーベッドに寝かされていることがわかった。


そして、私を覗き込むようにして、愛おしそうに見つめる一人の美しい女性の顔があった。


月明かりを集めたような銀糸の髪に、宝石のように輝くアメジストの瞳。


見間違えるはずもない。


つい数年前、ルーフェン公爵家に『本物の公爵令嬢』として迎え入れられ、私を断頭台へと追いやる決定打となったあの少女、シルヴィア様だ。少し大人びてはいるが、間違いない。


彼女は優しく微笑み、壊れ物を扱うかのようにそっと私の頬を撫でた。


「ああ、私の可愛い天使。リリアーナ」


……ちょっと待って。


私、死んだはずだよね?

そして、この人、私のポジションを奪った(いや、元々彼女のものだけど)本物公爵令嬢のシルヴィア様だよね?

そのシルヴィア様が、私を愛おしそうに抱きしめ、完全に母親の顔をして慈愛の言葉を紡いでいる。


ということは。


私は生まれ変わったのだ。しかもあろうことか、自分を間接的に処刑台へ送った「本物公爵令嬢」の娘に。


「あー……(嘘でしょ……)」


私――リリアーナの、二度目の波乱万丈な人生が、今、幕を開けた。


「あーうー、ばぁ!」


ご機嫌な声を上げると、銀のガラガラを持ったメイドが花が綻ぶような笑顔を見せる。


私は今、最高に優雅で平和な赤ん坊ライフを満喫していた。


自分が正真正銘、すり替えられていない本物の令嬢であると確信してからというもの、私の心は平穏そのものだった。


美味しいミルクを飲み、ふかふかのベッドで眠り、起きたらメイドたちに愛想を振りまく。前世で冷たい牢獄と断頭台を経験した身からすれば、まさに天国のような日々である。


生後一年を迎え、よちよち歩きができるようになると、視界も広がり、周囲の会話もかなりはっきりと理解できるようになってきた。


私は「二度目の公爵令嬢」として、前世の知識と教養をフル活用して完璧な令嬢になってやろうと意気込んでいた。前世では十六歳までみっちり公爵令嬢としての教育を受けてきたのだ。マナーもダンスも歴史も、基礎は頭に入っている。「天才令嬢」としてチヤホヤされる未来は約束されたようなものだ。


……そう、私は完全に油断していたのだ。


自分の『出生』が本物かどうかばかりに気を取られ、情報収集の網の目を絞りすぎていたせいで、もっと根本的で重大な事実を見逃していたことに。


ある日の午後。


日向ぼっこをしながらうとうとしていると、美しい銀髪のお母様――シルヴィア様が、一人の男性を伴って部屋に入ってきた。


「ほら、あなた。リリアーナが起きていますよ」


「おお、私の可愛い天使。今日も一段と愛らしいな」


私を抱き上げ、頬ずりをしてくる金髪碧眼の超絶美形な男性。


この人は、私のお父様だ。時々やってきては私を溺愛していくのだが、いつも豪華な服を着ているし、忙しそうなので「公爵家の跡取りか何かだろう」くらいにしか思っていなかった。


しかし、その日、お父様の背後に控えていた側近らしき男が発した言葉で、私の思考は完全にフリーズした。


「殿下、そろそろお時間が。国王陛下とのご会食が控えております」


「ああ、わかっている。……リリアーナ、父様はもう行かなくてはならない。また夜に来るからね」


……でんか? こくおうへいか?

お父様が名残惜しそうに私をベッドに戻し、部屋を出て行った後、私はぽかんと口を開けたまま固まっていた。


殿下? 殿下って言った?

あの金髪碧眼の超絶美形……どこかで見たことがあると思ったら。


あれ、私の前世ロザリアの婚約者だった、王太子・レオナルド殿下じゃないの!!

「あ、あばばば……!」


パニックを起こした私の口から、情けない赤ん坊語が漏れる。


そういえば、前世の私はルーフェン公爵家の長女として、王太子殿下と婚約していた。


私が偽者だと発覚し、本物の令嬢であるシルヴィア様が公爵家に帰還したのだから、当然、公爵令嬢としての身分だけでなく『王太子の婚約者』という座も彼女が引き継ぐのが自然な流れだ。


いや、自然な流れだけど!

普通、自分を処刑した(あるいは処刑を止めなかった)側の男の子供に生まれ変わるなんて、誰が想像する!?

そして、何よりも重要な問題が一つある。


お母様(シルヴィア様)が王太子妃で、お父様(元婚約者)が王太子殿下ということは。


私、公爵令嬢じゃない! 王女殿下だ!!

「あー……(嘘でしょ……)」


血の気が引いていくのがわかった。


「本物万歳! これで勝てる!」なんて無邪気に喜んでいた数ヶ月前の自分を殴り飛ばしたい。


公爵令嬢なら、前世の記憶と経験で「強くてニューゲーム」ができると思っていた。


しかし、王族となれば話は全く別だ。


貴族令嬢の教育と、王女の教育では、要求されるレベルが桁違いである。


公爵令嬢は完璧なマナーと教養で家を支えればいいが、王女はそれに加えて他国との外交、高度な政治的駆け引き、王族としての圧倒的なカリスマ性まで求められる。歴史の暗記量も、習得すべき外国語の数も、何もかもが倍増するのだ。


(むりむりむり! 私、ただのちょっと出来の良い公爵令嬢(偽)だったんだよ!? 王女教育なんて受けたら、今度こそ過労で死んじゃう!)

頭を抱えて絶望の淵に沈みかける私。


しかし、ふと自分の小さな手を見て、ハッとした。


……いや、待てよ。


私はまだ、生後一年の赤ん坊だ。


王女教育が本格的に始まるのは、早くても三、四歳になってから。


つまり、あと数年は「あー」とか「うー」とか言っていれば、すべてが許される無敵のボーナスタイムではないか。


「……あうっ!(よしっ!)」


先のことを考えて絶望しても始まらない。


とりあえず今は、この恵まれた王族の赤ん坊ライフを全力で満喫してやる。美味しいお菓子を食べて、ふかふかのベッドで昼寝して、嫌なことは愛想笑いと寝たふりでやり過ごすのだ。


未来のスパルタ教育の足音は、とりあえず見えない箱にしまって鍵をかけた。


私――王女リリアーナの、現実逃避に満ちたモラトリアム期間が、静かに継続された。


「あー」とか「うー」とか言ってごまかせる、甘美で怠惰なモラトリアム期間は、永遠には続かなかった。


私が三歳の誕生日を迎えた数日後。


可愛らしいドレスを着せられ、お気に入りのおもちゃを没収された私は、ひんやりとした大理石の床が広がる広大な学習室にポツンと立たされていた。


目の前には、分厚い眼鏡の奥の目を光らせる、いかにも厳格そうな初老の家庭教師。


そう、遂に恐れていた『王女教育』が始まってしまったのだ。


「ではリリアーナ殿下、本日から本格的な教育を開始いたします。まずは美しい姿勢と歩き方、そして正しい発音と基礎的な教養から身につけていただきましょう」


家庭教師の言葉に、私は内心で(よしきた)とほくそ笑んだ。


まだ体が出来上がっていない三歳児に、いきなり頭の上に本を乗せて歩かせるような無茶はしないらしい。まずは何も乗せずに歩く練習からだ。


ここで私の作戦はこうだ。


前世で十六歳まで公爵令嬢として仕込まれていた私にとって、歩き方や発音、基礎的な歴史なんてものは完全にマスター済みの『強くてニューゲーム』状態である。


だから、わざとらしくない程度に「少し優秀な子」を演じて基礎をサクッとスキップし、早々にメインの王女特有の教育にシフトさせてもらうのだ。


王女の教育内容は多岐にわたる。高度な政治経済、他国との外交史、複数の外国語。これらは公爵令嬢の教育をはるかに凌駕する。


前世の記憶があるとはいえ、私がただの「少し出来の良い偽令嬢」だった事実は変わらない。だからこそ、早めに王女教育に取り掛かり、たっぷり時間をかけて勉強するのだ。そうすれば、少しもたついたとしても、社交界デビュー(デビュタント)までにはなんとか及第点に達する……はず。


「素晴らしいです、殿下! まだ三歳になられたばかりだというのに、背筋の伸び、足の運び、完璧でございます!」


「発音も明瞭! 文字の読み書きも、あっという間に覚えてしまわれた!」


私の目論見通り、基礎教育は瞬く間に終わった。


家庭教師たちは涙を流して私の「才能」を褒め称え、カリキュラムはみるみるうちに高度な王女教育へと移行していった。


さあ、ここからが本番だ。気合を入れ直さねば。


私は小さな拳を握り締め、分厚い歴史書や他国の言語のテキストに向き合った。


……ところが。


数ヶ月後、私は別の意味で頭を抱えることになった。


「殿下! この複雑な通商条約の歴史的背景を、もう理解されたのですか!?」


「隣国の古語の翻訳まで完璧とは……!」


家庭教師たちが震える声で私を称賛している。


私は、目の前に積まれた分厚い本をパラパラとめくりながら、呆然としていた。


おかしい。何かがおかしい。


私の心配は、完全に無駄だったのだ。


なぜなら、一度読んだ文章は写真のように脳裏に焼き付き、複雑な政治の相関図もパズルのようにスルスルと理解できてしまうからだ。前世ではあんなに苦労して、徹夜で詰め込んでようやく及第点を取っていたのに。


自分の小さな手をじっと見つめる。


もしかして、前世と今世で『頭の良さ』の基本スペックが桁違いに上がっているのでは……?

前世の私は、メイド(平民)の血を引く子供だった。


今の私は、何代にもわたって優秀な血を掛け合わせてきた王族と、高い魔力を持つ公爵家(お母様)の純血の結晶だ。


え、何それ。


平民と王族・貴族って、生まれつきの頭の出来からして違うってこと!?

「……理不尽すぎる」


思わずぽつりと呟いた。


環境や教育の差だけじゃない。生まれ持ったハードウェアの性能自体が違うなんて、前世で必死に努力していた自分が馬鹿みたいじゃないか。そりゃあ、メイドの娘が本物の令嬢に勝てるわけがない。身分制度の残酷な真実を、こんな形で突きつけられるとは思わなかった。


「殿下? いかがなさいましたか?」


「ううん、なんでもないの」


家庭教師の問いかけに、私は愛らしく微笑んで首を振った。


理不尽だとは思う。前世の自分を少し哀れにも思う。


でも、今の私はこっち(高スペック側)なのだ。


使えるものは親の権力でも血筋のチートでも、ありがたく使わせてもらうのが私のモットーである。二度と断頭台に送られないためにも、このチート頭脳をフル活用して絶対的な地位を築いてやる。


かくして、理不尽なまでの学習能力を発揮した私は、王族の歴史に名を残すレベルのスピードでカリキュラムを消化していった。


「王家に百年に一人の天才が誕生されたぞ!」


「まさに神童! 我らがリリアーナ殿下万歳!」


王宮内では、私の噂で持ちきりだった。


お父様もお母様も、私の才能に目を細めて鼻高々だ。


神童ねぇ。


中身は一度処刑された、元偽者令嬢なんですけどね。


私は出された高級なお菓子をかじりながら、分厚い外国語の原書をパラリとめくった。


王女教育の過労死フラグは、あっさりと折れた。


私の三度目の人生――いや、二度目の人生の快進撃は、まだ始まったばかりだ。


私が六歳になった頃。


王宮内の家庭教師たちは、揃って胃痛を抱えて辞職するか、感涙にむせびながら私の信者になるかの二択となっていた。


無理もない。三歳で王女教育を開始した私は、前世と今世のスペックの差という「血筋のチート」を大いに振るい、たった三年間で一般的な王女教育の全課程を修了してしまったのだ。


それどころか、なぜかカリキュラムに組み込まれていた『帝王学』や『国家統治論』といった、本来なら次期国王(つまり男児)が学ぶべき『女王教育』までサラッと終えてしまった。


まさに神童。百年に一人の大天才。


周囲の称賛を浴びながら、私は現在、お母様(王太子妃シルヴィア)の執務を「お手伝い」という名目でゴリゴリに手伝わされている。


「リリアーナ、この南部の領地からの陳情書だけど、あなたはどう思う?」


「過去十年の水害の記録と照らし合わせる限り、一時的な資金援助よりも、国費での堤防改修工事のほうが長期的なコストは抑えられるかと存じます。見積もりはこちらに」


「まぁ、完璧ね! ありがとう、私の天使!」


お母様は私を力強く抱きしめる。


前世で私の居場所を奪った(本来の場所に戻っただけだが)美しき『本物令嬢』は、今や私を溺愛する有能な母となっていた。


そんな風に母の仕事を手伝いながら、お茶の時間にふと持ち上がったのは、私の『婚約者』の話題だった。


王族たるもの、六歳ともなれば婚約者の目星をつけ始める時期である。


「リリアーナの婚約者候補ですが、やはり魔力の高い家系から選ぶべきでしょうか」


「ええ。ですが、ルーフェン公爵家からは出せませんね。血が濃くなりすぎますし、他の派閥が黙っていないでしょう」


お母様と側近のメイド長がそんな会話を交わしている。


前世の私の実家(偽)であったルーフェン公爵家からは候補が出ないと聞いて、私は内心ホッとした。もしあそこの息子(前世の私にとっては義理の弟や従兄弟にあたる)と結婚なんてことになったら、気まずすぎて胃に穴が開く。


それにしても、だ。


私には一つ、気になっていることがあった。


私(長女)が生まれてから六年。王太子夫妻であるお父様とお母様の間には、まだ『王子』が誕生していないのだ。


二年前に可愛い可愛い妹のセリアリアが生まれたのだが、彼女も当然ながら女の子だ。(ちなみに妹は天使のように可愛い。私が全力で愛でて甘やかしている)。


王家にとって、跡継ぎとなる男児の誕生は至上命題のはず。


なのに、両親からは焦りの色が全く見えない。それどころか……。


「リリアーナがこれほど優秀なのだから、王家に相応しい貴族家から優秀な婿を迎え入れ、リリアーナを『女王』として即位させるのも良いのではないか?」


先日、お父様(王太子レオナルド)が国王陛下にそう進言しているのを、私はバッチリ立ち聞きしてしまったのだ。


「じょおう……私が?」


本来なら、男尊女卑の気風も残る貴族社会において、女王の即位は反発を招きやすい。


しかし、今の私には『王家史上最高の神童』という絶対的な実績がある。貴族たちも、私が完璧に国政の一部を回している事実を知っているため、表立って反対できない状況なのだ。というか、むしろ「リリアーナ殿下なら安心だ」という空気が醸成されつつある。


優秀すぎるって、罪だ。


身を守るためにチート能力を全開にしたら、いつの間にか国のトップに据えられようとしている。


そして、「将来の女王」という既成事実をさらに固めるため、私はお父様の仕事まで手伝わされることになった。


「というわけで、今日から執務室を一つにまとめることにしたよ。リリアーナ、父様と母様と一緒に頑張ろうね」


金髪碧眼の超絶美形(お父様)が、爽やかな笑顔でそう宣言した。


広大な執務室。


立派なマホガニーのデスクが三つ並べられている。


中央にお父様、右にお母様。そして、左の少し小さなデスクが私の席だ。


私は自分の席に座り、目の前に積まれた書類の山を見つめながら、深いため息をついた。


右を見れば、前世で私を偽者として追い出した(直接的ではないが)本物公爵令嬢。


左を見れば、前世で私の婚約者でありながら、私が処刑されるのを止めなかった王太子殿下。


その二人に挟まれて、彼らの娘として国の実務をゴリゴリにこなす六歳の私(中身は処刑された偽者令嬢)。


……なんという複雑な気分。


なんというシュールな職場環境。


「リリアーナ、この法案の修正案なんだけど……」


「はい、お父様。それは第三項の解釈を――」


私は引きつりそうになる笑顔を完璧な令嬢スマイルで糊塗し、今日も事務処理マシーンと化す。


神童と呼ばれるのも楽じゃない。私――王女リリアーナの、過労と複雑な感情に満ちた執務生活が、ここに幕を開けたのだった。


「リリアーナ、来月のお茶会ですが、招待するご令嬢のリストはこちらでいかがですか?」


執務室での書類仕事の合間、お母様が優雅な微笑みと共に羊皮紙を差し出してきた。


王女たるもの、執務室でゴリゴリと政治を回すだけでなく、貴族令嬢たちとの交流も深めなければならない。今回開催されるのは、私が初めて自ら主催する同年代の令嬢たちを集めたお茶会――いわば、将来の社交界デビューに向けた予行練習である。


「はい、お母様。拝見いたします」


私はペンを置き、リストに目を通す。


お母様に付き添って貴族夫人のお茶会に参加したことはあるが、自分がホスト役を務めるのは今世では初めてだ。


……とはいえ、『公爵家の長女(偽)』として生きていた前世では、死ぬほどお茶会を主催してきたので、王族としての特別な準備以外は、完全に勝手知ったる世界である。


リストには、上位貴族から中位貴族まで、バランスよく令嬢の名前が並んでいた。


私はそれを眺めながら、ふと違和感を覚えた。


(……あれ? 私が生きていた頃(前世)と、少し派閥の勢力図が変わってない?)

前世の記憶と現在の状況を照らし合わせる。


かつて主流派だったはずの由緒ある伯爵家が後退し、代わりに新興の男爵家や子爵家が妙に力を持っている。点と点をつなぎ合わせると、不自然な金の流れと権力の移動が見えてくる。


どう見ても、裏で誰かが意図的に工作して、勢力図を塗り替えている。


そして、その恩恵を最も受けているのは……。


「……お母様。このリストに、バルドー侯爵家のご令嬢も加えたいのですが、よろしいでしょうか?」


「バルドー侯爵家? ええ、構いませんよ。でも、なぜ急に?」


「いえ、少し気になりまして」


私はにっこりと笑って誤魔化した。


お茶会の準備を終え、お母様が席を外した隙を狙って、私は隣のデスクで頭を抱えているお父様(王太子レオナルド)に話しかけた。


「お父様。最近、南部の新興貴族たちの動きが活発ですが、裏で糸を引いているのはバルドー侯爵家ですよね?」


ガタッ!

お父様が派手な音を立てて椅子から立ち上がり、目を見開いて私を凝視した。


「な、なぜそれを知っている、リリアーナ!?」


「え? やはりそうだったのですか」


「あ、いや……父様たちも、最近ようやくその動きに気づいて、黒幕の候補を三つの家に絞り込んだところだったのだ。なぜお前がバルドー家だと特定できたんだ?」


どうやら、お父様たちも完全には気づいていなかったらしい。


「お茶会の招待状のリストを見ていたら、勢力図の不自然な変化に気づきまして。消去法でいくとバルドー家しかあり得ないかと」


私が淡々と説明すると、お父様は「六歳の娘の洞察力じゃない……」と頭を抱えて唸り始めた。


とはいえ、私の推理もまだ状況証拠の段階だ。確証を得る必要がある。


* * *

そして迎えた、お茶会当日。


王宮の美しい庭園に用意されたガゼボには、着飾った同年代の令嬢たちが集まっていた。


「本日はお招きいただき、光栄の至りに存じます、リリアーナ殿下」


緊張した面持ちで挨拶をする令嬢たちに対し、私は完璧な――それこそ前世で叩き込まれた公爵令嬢としての――微笑みを浮かべて出迎えた。


「よく来てくれましたわね。さあ、皆様、どうぞお掛けになって」


六歳児らしからぬ流麗な所作と、絶妙な話題の振り方。


お茶の温度からお菓子の甘さまで完璧に計算されたおもてなしに、最初は緊張していた令嬢たちも、次第に心を許し、楽しげに話し始めた。


ホストとしての役割を完璧にこなしながら、私の目は本日のメインターゲットである、バルドー侯爵家の令嬢・クロエを捉えていた。


「クロエ様、そのリボンの刺繍、とても珍しい意匠ですわね。南部の特産品かしら?」


「まぁ、殿下! お目が高いですわ。これは父が最近、懇意にしている南部の商人から仕入れたもので……」


よし、食いついた。


私は六歳児特有の「無邪気さ」という最強の武器を使い、瞳をキラキラと輝かせた。


「すごいわ! バルドー侯爵様は、南部の男爵様たちとも仲がよろしいと聞きましたの。お父様(王太子)も、その幅広い交友関係に感心しておいででしたわ」


「えっ、殿下がそう仰っていたのですか!?」


クロエ令嬢の顔が、ぱっと明るくなる。


王太子から称賛されていると勘違いした彼女は、すっかり気を良くしてしまった。


「ええ、父は南部の新興貴族の方々をよくお茶会に招いて、手厚く支援をしておりますの! 特に〇〇男爵や△△子爵とは、裏で……あっ」


口を滑らせた直後、クロエ令嬢はハッとして口元を押さえた。


しかし、もう遅い。支援の対象名までバッチリ聞かせてもらった。彼女が挙げた名前は、お父様が追っていた不審な金の流れの行き先と完全に一致しているはずだ。


「まぁ、素晴らしいですわね」


私は何事もなかったかのように微笑み、彼女のカップに紅茶を注ぎ足した。


* * *

お茶会は大成功に終わった。


令嬢たちは「リリアーナ殿下はなんて優雅で気配りのできるお方なのかしら」と感激して帰っていき、私の社交界での評価はデビュー前だというのに鰻登りとなった。


「――というわけで、お父様。裏で派閥を操作しているのは、間違いなくバルドー侯爵家です。令嬢から裏付けも取りました」


「お、おお……我が娘ながら、恐ろしい手腕だな……」


執務室で報告を受けたお父様は、少し引きつった笑いを浮かべていた。お母様も「さすが私の天使ね!」と抱きしめてくれるが、その天使、さっき笑顔で他人の娘をハメてましたよ。


ふと、執務室の窓に映る自分の姿を見る。


前世では、お飾りの「偽公爵令嬢」として断頭台の露と消えた私。


だが今はどうだ。六歳にして王族のお茶会を完璧に取り仕切り、笑顔の裏で政敵の情報を引き出し、親の執務を補佐している。


「私、どんどん可愛げのない王族に染まってるわね……」


誰にも聞こえない声で、そっと呟く。


いけない、これではいけない。まだ六歳なのに、中身がすっかり腹黒い政治家になってしまっている。私はもっと、年相応の無邪気で愛らしい王女様ライフを満喫するはずだったのだ。


二度とあんな惨めな思いをしないための権力も大事だが、周囲から愛される『可愛さ』も同じくらい、いやそれ以上に重要なはずだ。政治力だけで固められた女なんて、いつか足元をすくわれる。


そうだ、次の目標は『完璧な可愛さ』の習得だ!

私は窓ガラスに映る自分に向かって力強く頷き、愛され王女への軌道修正を固く心に誓ったのだった。


完璧な『可愛さ』を習得する。


そう決意したものの、中身が一度死んだ元・偽公爵令嬢であり、現在はゴリゴリのワーカホリック神童である私にとって、それは至難の業だった。


「可愛さ……可愛さとは一体なんだろうか」


執務室のデスクで腕を組み、私は真剣に悩んでいた。


可愛い存在といえば、真っ先に思い浮かぶのは二歳になる妹のセリアリアだ。彼女が「おねえたま!」と抱きついてくるだけで、私は国を一つ滅ぼしてでも彼女を守りたいという危険な思考に陥る。あの破壊力こそが至高の可愛さだ。


だが、六歳の私が今更「ばぁー」とか言ってよちよち歩くわけにはいかない。年相応の、かつ令嬢としての気品を保った可愛さが求められるのだ。


「仕方ない。実地調査を行うとしよう」


私は前回大成功を収めた同年代のお茶会の第二弾を企画した。


今回の目的は、政敵の腹を探ることではない。純粋に、同年代の貴族令嬢たちを観察し、「六歳の少女らしい可愛さ」というものを学ぶためである。


* * *

王宮の庭園、美しい花々に囲まれたガゼボに、再び着飾った令嬢たちが集まった。


「皆様、本日はよくいらっしゃいましたわ。楽しいお茶会にいたしましょうね」


私は優雅に微笑みながら、内心で観察モードのスイッチを入れた。


さあ、見せてごらんなさい。あなたたちの無邪気で愛らしい、等身大の可愛さを!

「まぁ、〇〇様。そのドレス、とっても素敵ですわね! 新作のレースかしら?」


「うふふ、ありがとう。お父様が王都で一番の仕立て屋に頼んでくれたのよ」


「羨ましいですわ! 私のドレスなんて、少し前の流行の形で……」


キャッキャウフフとした可愛らしい声が飛び交う。


なるほど、まずは持ち物やファッションを褒め合い、自身の親の愛情(という名の財力)を無邪気にアピールするわけだ。


しかし、私の神童ブレインは無意識のうちに裏の情報を読み取ってしまう。


(ふむ。〇〇男爵家の新作ドレスは確かに高価だが、最近の領地の税収から考えると少し見栄を張りすぎているな。対して謙遜している△△子爵家は、あえて古い流行を着せることで堅実さをアピールしつつ、上位貴族への反発を避けている……)

いかんいかん!

つい政治的な分析をしてしまった。今日は派閥争いを見抜く日ではない。可愛さを学ぶ日なのだ。


私は気を取り直し、一人の令嬢が可愛らしく小首を傾げる仕草に注目した。


ふんわりとした金髪が揺れ、上目遣いで相手を見るその動作。……なるほど、あれは愛らしい。計算されているのか天然なのかはわからないが、庇護欲をそそる見事なアクションだ。


「よし、やってみよう」


私は密かに深呼吸をし、目の前にあるイチゴのタルトを見つめながら、先ほどの令嬢と同じようにコテンと小首を傾げた。そして、少しだけ上目遣いを作り、隣に座る令嬢に向かって花が咲くような、無邪気で可憐な笑顔を向けてみた。


「このタルト、とっても甘くて美味しいですわね。ね?」


すると、隣に座っていた伯爵令嬢の頬が、ぽっと薄紅に染まった。


他の令嬢たちも「まぁ……」「お可愛らしい……」と頬を緩め、ガゼボの空気がふんわりと柔らかく、和やかなものになった。


「本当ですわ、殿下。とても美味しいです」


「殿下の笑顔を見ていると、タルトがさらに甘く感じられますわ」


令嬢たちが次々と微笑み返し、親しげに話しかけてくる。


先ほどの少し緊張した空気は消え去り、そこには「無邪気な王女様と、同年代の仲良しな令嬢たち」という、絵に描いたような愛らしいお茶会の光景が広がっていた。


(よし、大成功だ!)

私は内心でガッツポーズをした。


神童の威厳を少し隠し、この『完璧な可愛さ』のメソッドを使えば、周囲に警戒されることなく愛され王女として生きていける。これで私の未来は安泰だ。


――しかし、現実は違った。


本人は「年相応の可愛い女の子になれた」と満足しており、実際、周囲の令嬢たちや大人たちも、私のことを「時折見せる無邪気な仕草がたまらなく可愛い王女様」だと認識するようになった。


だが、私の頭の中身は、酸いも甘いも(そして断頭台も)経験した元・偽公爵令嬢であり、現在進行形で国政を回しているワーカホリックな神童のままである。


「このタルト、とっても甘くて美味しいですわね。ね?(ところで、〇〇男爵家のその新作ドレスの資金源、あとでお父様に裏を取らせてみようかしら)」


「まぁ、そのリボン素敵!(なるほど、△△子爵家はあえて謙遜して……しめしめ、これで派閥の力関係が読めたわ)」


表面上は愛らしく小首を傾げ、キャッキャウフフと微笑みながら、脳内ではゴリゴリの政治的分析と腹探りを続けている。


そう、私は『純粋な可愛さ』を習得したわけではない。


政治と計算にまみれた思考を隠すための、『超絶あざとい最強の仮面』を手に入れただけなのだ。


「ふふっ、皆様とお茶ができて、私とっても幸せですわ」


満面の、愛らしい笑顔を振りまく。


愛され王女の皮を被った、あざとくて腹黒い神童の誕生である。


私が本当の意味で「無邪気で可愛い女の子」になる日は、永遠にやって来ないのかもしれない。


六歳の頃に『超絶あざとい最強の仮面』を手に入れてから、およそ一年。


七歳になった私――王女リリアーナの元には、次々と『婚約者候補』の釣書が舞い込んでいた。


将来的に女王として即位することがほぼ確定している私にとって、伴侶となる「王配」選びは国家の重大事である。


お父様(王太子)とお母様(王太子妃)が厳選したリストを見ながら、私は執務室のマイデスクで腕を組んでいた。


「リリアーナ、この侯爵家の長男はどうだ? 非常に優秀だと評判だが」


「お父様、長男は駄目です。将来家を継ぐ者を王家に引き抜けば、侯爵家との間に無用な軋轢を生みますわ」


私が即答すると、お父様は「それもそうだな……」と苦笑した。


私があのリストの中から求めているのは、たった一つの条件を満たす人物だ。


『大貴族でありながら派閥争いから距離を置く中立派で、かつ優秀な次男(または三男)』。


権力闘争の泥沼は前世で懲りている。王配の実家が特定の派閥に偏っていれば、将来の国政運営に支障をきたす。


情報を精査した結果、私の目は一人の少年の釣書で止まった。


「お父様、お母様。私、グランチェスター辺境伯家の次男、アラン様にお会いしてみたいですわ」


「グランチェスター辺境伯家か……確かに建国期から続く名門で、王都の派閥争いには一切関与していない完全な中立派だな」


「まあ! アラン様は剣の腕も立つと聞いておりますわ。リリアーナをお守りするのにぴったりね!」


お母様が嬉しそうに手を合わせる。


よし、ターゲットは決まった。あとは実地で釣り上げるだけである。


* * *

数日後、王宮の一室で、グランチェスター辺境伯家を招いたささやかなお茶会が開かれた。


「お初にお目にかかります、リリアーナ殿下。アラン・グランチェスターと申します」


挨拶に立ったアラン様は、私より三つ年上の十歳。


銀糸の髪を持つ私とは対照的な、夜空のような黒髪に意志の強そうな濃紺の瞳。辺境の地で鍛えられているらしく、十歳とは思えないほど背筋が伸び、真面目で堅物そうな雰囲気を漂わせている。


(ふむ。真面目な堅物タイプ。これはやり甲斐があるわね)

私は内心で舌なめずりをしつつ、この一年の研究と実践で磨き上げた『最強のメソッド』を発動させた。


「初めまして、アラン様。リリアーナですわ。遠いところからわざわざありがとうございます」


私はふわりと、春の陽だまりのような微笑みを浮かべた。


そして、彼が席に着くタイミングを見計らい、少しだけ上目遣いになりながら小首をコテンと傾げる。


「アラン様は、剣術がお得意だと伺いましたの。私、強い騎士様にはとても憧れておりますのよ。……いつか、私のことも守ってくださるかしら?」


「っ……!!」


アラン様の動きが、ピタリと止まった。


濃紺の瞳が見開かれ、その白い頬がみるみるうちに赤く染まっていく。堅物そうだった彼の表情が、一瞬にして茹でダコのように沸騰したのだ。


「あ、あ、あの……そ、それは……っ!」


「ふふっ。アラン様のお話、もっとたくさん聞かせてくださいな」


私は畳み掛けるように、あざとさ百パーセントの無邪気な笑顔で首を傾げる。


もう勝負はついたも同然だった。純朴な辺境の少年は、王都の腹黒神童が放つ『計算し尽くされたギャップ萌えと庇護欲アピール』の直撃を受け、完全にノックアウトされていた。


その後のお茶会で、彼が私の言葉に一つ一つ耳まで赤くして頷いていたのは言うまでもない。


* * *

その日の夕方。


いつもの執務室で、私は両親に事後報告を行っていた。


「――というわけで、アラン様は私にすっかりご執心のようですわ。辺境伯家も王家との結びつきには前向きでしょうし、中立派を取り込めるのは大きなメリットです。婚約の内定、進めてしまってよろしいですね?」


私が淡々と書類を整理しながら言い放つと、お父様は頭を抱えて机に突っ伏した。


「リリアーナ……お前、たった数時間のお茶会で、あの辺境伯の次男をどうやって籠絡したんだ……? 報告によれば、アラン殿は顔を真っ赤にして『命に代えても殿下をお守りする!』と誓って帰っていったそうじゃないか……」


「あら、ただ少しばかり、可愛らしくお願いしてみただけですわよ? 女の子の特権ですもの」


私がふふっと笑って小首を傾げてみせると、お父様は「ひぃっ」と小さく悲鳴を上げて後ずさった。


「こ、恐ろしい……! 七歳の娘が、色仕掛けならぬ『あざと仕掛け』で中立派の取り込みを計算して実行するなんて……! いったい誰に似たんだ……!」


「あらあら、あなたったら大袈裟ねぇ」


戦慄するお父様の横で、お母様はのんきにお茶を啜っていた。


「リリアーナは本当に可愛らしいですもの。アラン様が夢中になるのも当然だわ。さすがあたしの天使ね! これで将来の王配も決まって一安心だわ!」


お母様は私をぎゅっと抱きしめ、頬ずりをしてくる。


前世で私の居場所を奪った本物公爵令嬢は、相変わらず私の本性(腹黒)に全く気づかず、ただひたすらに娘を溺愛するお花畑な母親となっていた。


「ええ、お母様。私、アラン様と仲良くいたしますわ」


お母様に抱きしめられながら、私は天使のような笑顔でお父様にウインクを飛ばした。


お父様は青ざめた顔でブルブルと震えている。


私――王女リリアーナ。七歳。


無事に(あざとさで釣り上げて)優秀な婚約者をゲットし、女王への地固めは着々と進んでいた。


あざとい手腕でアラン様を婚約者に釣り上げてから、さらに八年。


十五歳になった私は、ついに社交界デビュー――デビュタントの当日を迎えていた。


王宮の豪奢な自室で、侍女たちに純白のドレスを着せつけられながら、私は大きな姿見の前に立っていた。


鏡の中にいるのは、銀糸の髪を美しく結い上げ、アメジストの瞳を輝かせた、完璧な王女の姿だ。我ながら、国中の視線を釘付けにするだけの美貌と気品が備わっていると思う。


(……前世の私とは、随分違うわね)

ふと、処刑台の露と消えた『ロザリア』としての記憶が脳裏をよぎった。


あの頃の私は、与えられた「公爵令嬢」という地位にしがみつき、いつメッキが剥がれるかと無意識に怯えながら生きていたような気がする。偽者だと宣告された時の絶望と、冷たい刃の感触は、今でも心の奥底に小さな傷痕として残っている。


しかし、今世の私はどうだろうか。


生まれながらにして絶対的な「本物」の血筋を持ち、何不自由なく暮らし、前世とは比べ物にならないほどの優秀な頭脳チートまで与えられた。公爵令嬢よりもはるかに高い、王女という地位。そして、私を心から愛し、溺愛してくれる両親。


私がこんなにも恵まれた新しい人生を歩めているのは、他でもない。


前世で私の居場所を奪い(元々彼女のものだが)、私を間接的に処刑台へ送ったあの二人――お母様シルヴィアとお父様レオナルドの子供として生まれたからだ。


「……ふふっ」


私は鏡の中の自分に向かって、小さく笑いかけた。


これまではどこか「前世の因縁の相手」という意識があり、彼らの愛情を打算的に利用してきた部分もあった。


でも、もういいだろう。


私に最高の環境と、最強のカード(血筋と頭脳)を与えてくれたのだ。


お母様、そしてついでにお父様。あなたたちが私を見殺しにした罪は、これで綺麗にチャラにして差し上げましょう。


「リリアーナ殿下、お迎えに上がりました」


部屋の扉が開き、少し低くなった聞き慣れた声が響いた。


振り返ると、そこには漆黒の夜会服に身を包んだアラン様が立っていた。


十八歳になった彼は、辺境伯家の血筋らしく背が高く、引き締まった体躯を持つ立派な騎士へと成長している。だが、私を見るなり顔を少し赤くして視線を泳がせる純情さは、初めて会ったあの日のままだ。


「アラン様。本日は私のエスコート(カバリエ)、よろしくお願いいたしますわね」


「は、はい! リリアーナ殿下、その……本日は一段とお美しく……いや、いつも美しいですが、今日はまるで本物の女神のようで……っ!」


私が微笑みかけると、彼はしどろもどろになりながらも真っ直ぐに褒めてくれた。


私は「ありがとう」と可愛らしく微笑み、彼が差し出した腕にそっと手を添える。


「さあ、行きましょうか」


偽者のロザリアの人生は、今日で完全に終わり。


ここからは、正真正銘の王女・リリアーナの輝かしい人生の始まりだ。


* * *

王城の大広間は、数多のシャンデリアに照らされ、まばゆいばかりの光に包まれていた。


私とアラン様が腕を組んで階段の上に姿を現すと、会場を埋め尽くす貴族たちから、感嘆のため息が漏れた。


「おお……なんと美しい……」


「我が国の至宝だ……」


国王陛下(お祖父様)と、お父様、お母様の前で優雅に臣下の礼をとり、デビュタントの挨拶を済ませる。


お父様は感極まって泣きそうになっており、お母様は「私の天使が世界で一番輝いているわ!」とハンカチを目に当てていた。うん、チャラにしてあげるって決めたから、今日はその親バカも素直に受け止めてあげよう。


ファーストダンスはもちろん、カバリエであるアラン様と。


彼は緊張からか少し手が震えていたが、ステップ自体は完璧で、私を美しくリードしてくれた。


「アラン様、とてもお上手ですわ」


「殿下が軽やかだからです。俺はただ、殿下を支えているだけで……」


「ふふ、そんなに謙遜なさらないで」


ダンスが終わると、今度は同年代の令嬢たちが待ってましたとばかりに群がってきた。


六歳の頃のお茶会で「ファンクラブ」と化してしまった彼女たちも、今では立派なレディに成長している。……が、私を見る目の熱量はあの頃と全く変わっていなかった。


「リリアーナ殿下! 本日はおめでとうございます!」


「殿下のドレス姿、本当に眼福ですわ……!」


「ああっ、殿下がこちらに微笑んでくださった! お父様、私もう思い残すことはありません!」


「皆様、ありがとう。皆様のドレスもとても素敵でしてよ」


私は完璧な愛されスマイルを振りまきながら、彼女たちとキャッキャウフフと歓談の輪を広げた。


普段なら、この会話の中から「誰がどの派閥と繋がったか」「どこの家の財政が潤っているか」をゴリゴリに分析するところだが、今日だけは特別だ。腹黒い政治的思考には一時休業の札を掲げ、純粋に十五歳の女の子として、美しい音楽と美味しいお菓子、そして他愛のないおしゃべりを楽しむことにした。


(あぁ、楽しいな)

偽者であることに怯えもしない。


処刑される心配もない。


私は今、誰にも脅かされることのない、確固たる『自分の居場所』の真ん中で笑っている。


こうして、王家史上最高の神童であり、あざとさと腹黒さを併せ持つ私――リリアーナのデビュタントは、最高に平和で華やかに、大成功のうちに幕を閉じたのだった。



楽しんで頂けましたでしょうか?

連載の方も順次書いて投稿します、お楽しみに。

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― 新着の感想 ―
前世があんな終わり方をした上に、転生先が自分を死に追いやった原因と見捨てた2人の子供なのに、前を向いて人生を歩めるとは・・・なんとも心が強いですね。 一番悪いのはメイドに手を出した前世の父親で、次は…
いやこれ有能すぎて王太子に暗殺者向けられるやつじゃね?
前世は既に他人で現世の都合のよさに全て忘れたって感じですかね それもまた人生か
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