第5話 歪んだ執着
俺とヨミが一緒に旅をするようになってから半年近く。
鋼鉄のように硬い棘状の植物が沢山生えた山や地面のすぐ下にマグマが流れる溶岩地帯、蛇型の大型魔獣が支配する森など───俺達は色々な場所を回った。
基本、ヨミは従順だった。俺の言うことには素直に従ってくれるし、理解も早い。
ただ、魔獣と白熱した戦闘になると───
「あああ゛あ゛ぁぁぁあああ゛あ゛あ゛!!!! 死ねェェぇええええエエエ!!!!」
といった感じで、胸の中にしまっている憎しみが顔を出す。戦い始めは冷静なんだけど、数分、戦いが続くだけで戦闘狂みたいになるんだよなァ。
まぁ、今の所、その暴力が向かうのは魔獣だけだから、いいんだけどさ。
ちなみに、ヨミの戦闘スタイルは “拳” だ。
最初は、色々な武器を試してたんだけど、直接殴るのが性に合ってる、と結論が出てからは武器を使わなくなった。
そのため、彼女には、手の甲から肘の部分まで、黄金に輝く金属で覆われた篭手を作って渡しておいた。
勿論、この篭手も俺お手製の武具だ。
細かく砕いた雷獣の牙や爪と、伝導性の高い金属で生み出した合金を使い、製作した。
あらかじめ溜めておいた魂力を消費することで、帯電させることが可能。また、帯電させた状態で拳を振るえば、腕を伸ばした方向に電撃を飛ばすこともできる。
この篭手を使い、ヨミは日々、魔獣討伐数を増やしていた。
この魔獣への憎しみ───執着とも呼べる激情は、彼女が抱える問題の一つだ。
目の前の魔獣に集中するあまり、視野が狭まる傾向がある。
そんな彼女の後ろ姿を見てると、いつか、後ろから不意をつかれるのではないか、と不安を覚えずにはいられない。
どうにかしてやりたい、と思うのだが───
───それよりも、大きな問題がある。
それは “俺に対する憎しみ” だ。
ヨミは俺に対して従順。俺の意見に反対することはほとんどない。
だが、それは決して、俺に無関心、という訳じゃないんだ。
ヨミは俺のことも恨んでる。俺を恨むのはお門違いだと分かってるから口に出さないだけで。
けど、我慢には限度がある。憎い相手が常に近くに居るんだ。ストレスは溜まる一方だろ。
ストレスを溜め続け、我慢の限界になったら、俺を睨み付けて怒鳴るんだ。
ヨミは答えを求めてない。
ただ、感情を吐き出したいだけだ。
それが分かるから、俺は反論しない。
ヨミが落ち着くまで、黙って聴くんだ。
最初はそれで良かった。
一週間に一回ほどのペースだったし、怒鳴った後は元の無表情に戻るから。
ただ、最近はそのペースが短くなってる。
徐々に五日に一回、三日に一回と短くなっていき……今では、一日インターバルがあればいい方だ。
怒鳴った後の様子も変わった。いくら怒鳴っても怒鳴り足りない様子というか……明らかに、表情に怒りが滲んでる。
───ここらが潮時かもな。
約半年、面倒を見たんだ。
レベル上げのやり方を教え、武具を提供し、『魂術』まで教えた。
これで、逆恨みされて復讐される、なんてのは流石に無くなっただろう。
むしろ、近くに居ることで悪印象を与えてる気がする。
逆恨みを防ぐために傍に居るのに、それで気分を害していたら本末転倒だ。
別れを切り出すには、良い時期かもしれないな。
半年の旅の末、俺達は『武闘都市ライラック』まで来ていた。
ライラックは、俺の産まれた国の隣国にある都市だ。
この国の王は『獣王』と呼ばれており、代々、王の血を引く “獣人族” が王位に着く。
獣人族は人間よりも身体能力が優れており、近接戦闘が大の得意。
初代獣王が遺した「近接戦闘を制する者こそ戦争を制す」という言葉が、今ではこの国の常識として根付いており、何百年と格闘術の研究が行われてきた。
この国に籍を置く十五から二十五の男性はどこかしらの道場に通わなければならない、という法律があるくらいだ。どれだけ近接戦闘に重きを置いてるか、よく分かる。
それだけ大事にしてる近接戦闘───武闘の名を関する都市。
この都市では、他の都市とは比べものにならないほど道場があり、メジャーな流派からマイナーな流派まで、学ぼうと思えば、様々な武器での戦い方を学ぶことができる。勿論、その中には “素手での戦闘” も含まれてる。
都市の真ん中には都市最大の武道場があって、年に一回、国中を巻き込んだ武闘大会本戦が開かれるんだ。
何故、この都市に来たかというと、ヨミのためだ。
今のヨミに足りないのは戦い方と経験。そのどちらも、このライラックで学ぶことができる。
俺には武術なんて分からないからな。
今後、ヨミがどうするのかは知らないが、もし、この先もハンターを目指すなら、ここで学ぶのが一番だ。
だから、ここに来た。
俺達はライラックのとある宿の一室で腰を下ろしていた。俺とヨミ、向かい合う形だ。
腹ごしらえはすでに済ました。適当な食事処で適当な注文をして、運ばれてきた料理を腹に収めた。
宿で落ち着いた俺は、改めて、ヨミの目を見て、話を始めた。
「今後のことについて話そうと思う」
「……」
ヨミは何も言わない。
無表情でこちらを見るだけ。
もう慣れたものだ。
ヨミは最低限の言葉しか口にしない。怒鳴る時は別だが。
でも、半年も顔を合わせてれば、話の進め方なんて、一々確認しなくても分かる。
無言で反応が無い場合、これは、否定や疑問が無い、ということ。話をそのまま続けて問題なし。
ちなみに、否定の時は首を小さく左右に振り、疑問の場合は首を傾げ、疑問が伝わらなかった時、初めて口を開く。
「まぁ……なんだ? 色々言うとまどろっこしくなるから、結論だけ先に言うわ。───俺とヨミはここで別れよう」
「………………え?」
俺がどんな予定を立てようと、それについて行くだけ、とでも考えていたんだろう。
だから、俺の「別れよう」という言葉を聴いても、ヨミは言葉の意味を理解できてるようには見えなかった。
でも、それは数秒だけで、段々と脳の処理が追い付いてきたのか、彼女は徐々に目を見開いていき───遂には、珍しく、彼女の口から声が漏れた。
「なん……で?」
「いや、さ、ヨミも強くなったろ? それだけ強ければ、どこに行こうと困らない。なら、わざわざ俺と一緒に行動する必要もないかな、て」
「………は?」
「いやね、もう一人で生きてけるのに、わざわざ嫌いな俺と居る意味もないじゃん? これからはさ、自分で好きな仕事選んで、好きなことしてさ、そっちの方がヨミ的にも良いかな、て」
「………意味、分かんない」
「あ〜、その、さ……この国に来た意味は? て思ってる? えっとね、今、ヨミに足りないのは戦闘技術なんだ。ここはそれを学ぶのは最適で……でも、俺は世界を回っていろんな素材を集めるのを優先したいからさ。お互いのために、ここで別れようぜ、て話で。勿論、ハンター以外の道を探すのも───」
「───意味分かんないってば!!」
「───!?」
ヨミが大声で俺の話を遮る。
ヨミからこんな風に話を遮られたことなんてないから驚いて、俺は椅子の背もたれが許すギリギリまで仰け反ってしまう。
「何!? 私と一緒に居るのが嫌になったの!!? それならそうとハッキリ言ってよ!! 意味分かんない言い訳いっぱいいっぱい並べてさ! そんなんじゃ何言いたいのか分かんないよ!!」
「い、いや、そういうことじゃ……」
「私の何がいけなかったの!?? 私がいっぱい文句言ったから!? じゃあもう言わない! お兄さんにもう文句言わない! それとも料理とか手伝わなかったから!? じゃあこれからは全部やる! お掃除とか料理とか全部やるから!! だから私を捨てないで!! 私と別れるなんて言わないで! 私そんな足でまといだった!? 前よりも戦えるようになったし魔獣もいっぱい倒せるようになったよ! もしかして魔獣を取るのがいけなかったの!? そうならそうと早く言ってよ!! お兄さんが倒したい奴はちゃんと譲るから! 私ちゃんと言うこと聴くよ! 言うこと聴いてたよ!? ただ言うこと聴くだけじゃ駄目だったの!? ならそう言ってよ! 言ってくれないと分からないよ!! 言葉にしてくれたら私はそれに従───」
「───」
……………はッ!
いかん、脳がフリーズしてた。
え、何? 怖い怖い怖い。
ちょっと待って、本当にちょっと待って。
ヨミって俺のこと嫌いじゃなかったの?
めっちゃ執着されてる………え、ヤんでない?
待て待て待て!! あまりにも予想外すぎて考えがまとまらない!
俺が考えをまとめてる間も、ヨミは喋り続けてる。
いつの間にか、ヨミは俺に近付いていていた。
俺の前で膝立ちになり、頭を俺の腹部に擦り付け、縋り付くように俺の服を握る。
「───私を置いていくの? 私を捨てるの? 捨てたら許さない……置いていったらどこまでも着いていって追い詰めるから」
「───ッッッ!???」
頭を擦り付けるのをやめ、ヨミはまたこちらを見てきた。
や、やべェ! 本格的にヤバくなってきた!
瞳の光がどんどん失われてってる!
ヨミが村で全てを失った時にしていた目。それにどんどん近付いてる!
「ま、待てェ! 分かった、分かったから! 俺もこの国に残る! ヨミと一緒に居るから!!」
俺は両手を突き出して、落ち着くようジェスチャーをする。
アレ、何気にトラウマなんだよ!
その目で俺を見ないで欲しい……!
正直、すぐにでも目を離したい。
でも、今、目を離したら、さらに状況がマズくなる───そう本能が訴えかけてくる。
だから、直接、目を見るのは怖いけど、それでも目を離さない。
結果的にこれが正解だった。
俺が目を見て話したことから、「一緒に居る」という言葉が信じられたのだろう。
ヨミの目に光が戻り始める。
「………本当に?」
「ホントッ! ホント!」
「……………そう」
ヨミが俯く。
数秒、そうしていると、ヨミはゆっくりと立ち上がった。
膝に付いた物を両手で払う。
ヨミはいつも通りの無表情で、その一言だけを口にし、話を打ち切った。
………え!? 終わり!??
あんなに取り乱してたのに、話が終わったらいつも通りかよ!?
こわッ!? この娘こわッ!!?
まぁでも、ここで無理やり話を続けて、地雷を踏むのもなァ。
……うん、もうアッチに話す気が無いならいいや。
………………ハァ。
□□□
まぁ、よく考えたら良い機会だよな。落ち着いて、武器製作したり、魂術の発展に費やす時間ができたと思えば。
ハンター生活を通して、魂術でやりたいことが増えたんだよね。
例えば───戦闘技術を補う術。
俺の戦闘スタイルは、強力な武器による圧殺。
小手先の技術を磨くくらいなら、強力な武器を作る方に時間を割く。それが俺の道。
でも、もし、長年磨き上げた技術が─── “魂” にまで刻まれた技術が、そのまま自分のものにできるなら?
ゲームで心当たりがあった。
一人で魔道技術を五十年進めたという偉人『大賢者』ワイズマン。
その彼が発見した、魔術よりも優れた技術『法術』───またの名を “魔法” 。
彼はその魔法を後世に伝えるため、肉体が朽ち、魂だけとなっても、魔法への執着は捨てなかった。
百と数年、この世に留まり続けた末に、ワイズマンの家を訪れたプレイヤーに魔法を一つ、伝授する。
普通、魂はクリーンなエネルギーだ。
生前、どんな生活を送ろうが、基本、魂がエネルギー以上の何かに変容することは無い。
それは、数年、魂術を使い続けた末に出した俺の結論だ。
だが、ワイズマンは違った。
魂という純粋なエネルギー体になりながらも、魔法の知識を保持していたのだ。
ゲームで、ワイズマンは、魔法以外の全ての記憶を失っていた。魔道技術を進めた偉人でありながら、魔術のことですら忘れていたんだ。
魔法だけ───否、魔法を探求する心だけは残している不可思議。
異常とも呼べる執着。
だが、その強い執着のおかげで、俺に新たな道ができた。
もし、魂から、その情報を抜き取る方法を確立できたなら?
───他の者が、生前、磨き上げた技術を、俺のものにできるかもしれないッ。
俺はすでにワイズマンの魂を回収している。
いつものように吸収はしてない。
吸収したら、ただのエネルギーとして変換されてしまうからだ。
だから、元の形のまま、俺の中に保存してある。
どうせ、ヨミが戦闘技術を修めるまで、しばらくこの都市に滞在するんだ。
武器を作りながら、魂に残された情報を抜き取る術を探すかね。
ちなみに、ヨミは朝から出かけてる。
昨日、ヨミに合う流派を教えておいたんだ。
早速、その道場に行ってみるとのことだ。
朝から作業に没頭し、気付けば日が暮れていた。
………ヨミの奴、遅いな。武術にハマったのか?
しまったな。新しいことに挑戦すると、時間を忘れるのは俺の悪いクセだな。料理をしようにも、食材を買ってねぇ。
仕方ない。今日は食事処で済ますか。食事処に行く前にヨミの様子を見て、もし、終わりそうだったら、彼女も連れて行こう。
───と考えながら、使っていた道具を片付けている時だった。
「……ただいま」
ヨミが帰ってくる。
「お、おぉ……おかえり。随分、遅かったな」
まさか、こんな良いタイミングで帰ってくるとは思わず、驚きながらも、俺は彼女に言葉を返した。
彼女は荷物を置いたりしながら、俺との会話を続ける。
「うん、夜の部が終わるまで居たから」
「へぇ〜……つうことは、やっぱりハマったか?」
「ハマ……何?」
「面白かったか? てこと」
「………別に。相性は良いみたいだから、このまま同じ道場に通うつもり」
「そっか」
ヨミの顔はいつも通り無表情だ。
どうやら、面白いとかは特にないようだ。
……でも、なら、なんで夜まで修練してたんだ?
まぁいいか。
俺も片付けを再開する。
「……………あ、あと」
「ん?」
珍しいな、ヨミの方から話を継続するなんて。
「明日から、夕方から道場に通うことになったから」
「………え、なんで?」
「なんか、私の力、道場の中でもかなり強い方みたいで、朝の部や昼の部に参加する新人や歴の浅い生徒じゃ手に負えないって言われた。だから、熟練者が多くなる夕方の部から参加しろ、てことみたい」
「………あぁ」
そういうことか。
言われてみれば、メタルスライムから始まって、この半年、危険な魔獣を狩りまくってたからなぁ。
そりゃ当然、取得魔素量も限界に達しますわ。
魔素の限界吸収量は生まれ持った肉体に依存する。
才能によって、取り込める量が変わってくるということ。
大体の人はBランクが精々。戦車を一人で壊せる程度の肉体なら、この世界の人々なら誰でも努力すれば手に入る。
俺もヨミも “モブ” 。正確に測った訳じゃないけど、“ネームド” じゃないからなァ。きっと、限界はBランク程度だろう。
でも、本来、これは十数年かけて到達する境地だ。魔獣を狩るということは、常に命を危険に晒すことと同義。自分よりも少し弱い魔獣に狙いを定め、少しずつ魔素を取得し、強くなっていくのが普通だ。
俺達の場合、その “普通” をガン無視だったからなァ。
魂術を用いて作り出した武器が強かったから。常に格上に挑めた。
だから、約半年でカンストまで行けたのだ。
素人や経験の浅い武術家じゃ、ヨミには勝てない。
むしろ、素人のクセに力は強いから、ヨミの方が相手に怪我をさせてしまう。
師範連中はそれを見抜いて、達人や実力者が多くなる夕方の部からヨミを練習参加させるようにした、といった感じか。
「りょーかい。じゃあ、午前中や昼はどうする? 俺の手伝いでもするか?」
「ん」
俺の半ば冗談が混じった提案を、ヨミは即了承する。
「お、おぉ。そうか……んじゃ、まぁ、よろしく」
俺はぎこちなくなりながらも、改めて、明日からの手伝いをお願いした。
ヨミの従順さ、なぁ。
素直なのはありがたいんだけど、素直すぎて、逆に気まづくなる時があるんだよなぁ。
別に、自我が無い、とは言わない。彼女なりに考えてるのは分かる。
けど、それにしたって、なぁ……。
いざ、自我を出てきた、と思っても、こっちに怒鳴ってくるか、昨日のアレだもんなぁ。
落ち着いてるように見えて、精神が不安定なのは言うまでもない。
どうにか、したいんだけどなぁ……。
「………はぁ」
俺はヨミに見えない所で、小さく溜め息をつくのだった。
裏話①
獣人には、気配を消すのが得意な部族がいます。そういう部族の者は暗殺時を学び、敵国の主要な人物を消したり、兵器の破壊工作をして、自身の国が優位を取れる近接戦闘に戦況を持っていきます。
獣人の国を影から支える縁の下の力持ちです。
裏話②
ワイズマンは、Aランクレベルになって初めて挑戦できる高レベルプレイヤー御用達ステージ『愚者の森』の奥地に居ます。
彼は生粋の魔術狂いでした。人間社会で重要なポジションにいながらも、肉体が全盛期をすぎるとすぐに引退。誰にも告げず、この森に引きこもり、死ぬまで魔術───果てに、魔法の研究に没頭します。
しかし、魔法の研究は困難を極め、ワイズマンをもってしても、三つしか開発ができませんでした。
ワイズマンは死の間際、このまま死んでしまえば、魔法の見識がここで途絶えてしまう、と考えます。それは、これまで魔術の発展を生業としてきた彼からすると、耐え難いほどの絶望でした。
誰かに魔法の見識を託したい、という強い思いを抱きながら死んだ彼は─── “霊” の状態でこの世に留まります。
そして、彼を訪ねたプレイヤーに、三つの魔法の内の一つを託すのです。
ちなみに、三つ共、破格の性能を誇りますが、ゲームでは制限がかかり、戦闘時にしか使えませんでした。さらに言えば、どう使うかも制限されており、あらかじめ決められた、いくつかの選択肢から選ぶ、という形になります。
制限しないとゲームバランスを壊しかねないほど、強力な力、という訳です。




