第4話 忍気呑声▷大喝
あの後、俺は、これから一緒に行動することを女の子に提案した。
しかし、女の子から返事はなく。感情の無い顔で呆然とするのみ。
見かねた俺は、女の子を無理やり立たせ、おぶり、街へ移動。
ギルドに、キラーピッグの群れについての情報を渡した後、宿を取った。
その日はそのまま就寝。
次の日、女の子が熱を出した。
半日、雨に濡れたままで、宿を取った後も、布で拭こうともしなかったのだから、当然とも言える。
額に乗せるタオルを変えたり、女の子が着れそうな服を何着か用意したり、風邪薬を調達したりなど───そこまでしても、女の子が回復するまで二日かかった。
ちなみに、お金は、白雲山脈に続く道中で倒した魔獣の素材やメタルスライムの体があったため、問題は無かった。なんなら、数週間は何もしなくても暮らしていけるまである。
そうして、女の子と共に迎える三日目の朝。
復調した女の子と向き合う形で、俺達はそれぞれのベッドに腰かけてる。
女の子と話をするためだ。
女の子は相変わらず無表情。
俺は構わず口を開いた。
「あんなことがあったばかりだ。まだ、心の中、ぐちゃぐちゃだろ? だから、俺の言葉、無視してもいい。何も喋らなきゃ、俺は『了承を貰えた』と仮定して話を続けるから。もし、嫌だったり、よく分かんないことがあったら、首を横に振ったり、首を傾げてくれ」
女の子は何も反応しない。
俺は話を続ける。
「まず、一つ目。今後の話だ。教会に身を寄せたり、ハンター登録をして一人で生計を立てる、など色々と選択肢はあるけど……俺としては、今後、俺の旅に同行してもらいたいと考えてる。もし嫌だったら首を横に振ってくれ」
これは俺のためだ。
女の子を放置すると、女の子が俺の大敵となる、という妄想が広がり、不安で夜も眠れなくなる。
それを阻止するため、女の子を見える場所に置いておく、それが俺の結論だった。
女の子に動きは無し。
拒否するつもりは無い……てことで、いいのか?
「じゃあ、一先ず、俺に同行する形で話を進めるとして。見ての通り、俺はまだ成人すらしてないガキだ。色々と限界があって……必ずお前を守る、なんてこたァ言えない。だから、お前にも強くなってもらう」
そこで、今日初めて、女の子が動きを見せた。
顔を俯かせたまま、それでも「どうやって?」と言うように、女の子が首を傾げ、俺を上目遣いで見る。
「三日前にも少し話したけど、楽に魔素を手に入れられる狩り場があんだ。そこに案内する。一週間くらい歩かなきゃいけないんだけど……ま、それまでは頑張って護衛するさ」
俺が話し始めると、女の子が元の姿勢に戻った。
そして、狩り場について話しても、彼女は動かない。
続きを話してもいい、てことだろう。
「そこである程度の強さを手にしたら、大陸を回ろうと思ってる。これでも、俺は鍛冶師の卵でもあってな。強い武器を作るために色々な素材が欲しいんだ。俺の作る武器は特別だぞ? お前のも作る予定だから、楽しみにしといてくれ」
女の子は動かない。
俺はそのまま話を続ける。
「……今、言ったように、俺は旅をする予定だ。しばらく、この街には帰ってこない。どころか、近々、国すら出る予定だ。だから、改めて訊く。それでも、俺に着いてくるか?」
俺は表情を引き締め、再度、女の子に問う。
「………」
女の子は、最初の姿勢のまま、視線をやや下に向けて動かない。
考えてる、のだろうか?
流石に、話を聞いてない、なんてことはないと信じたい。
動揺がそのまま汗となって、頬を伝うのを感じながら、それでも、俺は静かに返答を待った。
女の子がやっと口を開く。
「お兄ちゃんに着いて行けば、私も、強くなれる?」
「なれる」
「私でも、魔獣を倒せるようになる?」
「なる」
「……………」
相変わらず、女の子はこちらに視線を向けない。
それでも、俺の言葉は聞いてくれてるようだ。
俺の答えを聞いて、これならどうするか、思考してるようだ。
「………分かった」
そこで、今日、話し始めて、女の子が初めて顔を上げた。
「お兄ちゃんに着いてく」
俺と女の子の視線が交錯する。
俺は女の子の決意が固いものなのか確かめるために目を逸らさない。
女の子の目には揺らがない覚悟があった。
「……」
それを確認して、俺は立ち上がる。
「OK。これからよろしく」
そして、女の子に近寄り、右手を差し出した。
だが、女の子は、俺の手を握り返すことはせず、ただ、静かに頷くのだった。
□□□
女の子───『ヨミ』と街を出てから一週間。
俺達は白雲山脈に辿り着いていた。
ちなみに、彼女の名前は、宿で話した後に訊いた。
辿り着いてからはすぐに野営の準備。
山の麓にキャンプを張り、周りに、魔獣が嫌う臭いを発するお香を炊く。
そして、必要な物を持って、メタルスライムの群生地に向かった。
群生地に向かう道すがら、ヨミにメタルスライムの倒し方を指導。
そして、群生地に辿り着いたら、一回、実践して見せる。
後は、時間の許す限り、メタルスライム狩りだ。
俺も、ヨミから少し離れた位置でレベル上げ。
当然、ヨミが視界に入る場所で、だ。
ヨミは無言でメタルスライムを殺し続けた。
俺の言った通りに行動してるから、危険に見舞われることもほとんど無い。
時折、岩陰に隠れていたメタルスライムがひょっこりと顔を出すが、そういう相手は俺が駆除する。
驚くほど順調にメタルスライム狩りは進んだ。
───事件が起きたのは狩りを始めて三日後だった。
その日も、俺達はメタルスライムを狩っていた。
俺の調子は万全。むしろ、魔素の取り込みにより、以前よりも良いと言っていい。これはヨミも一緒だろう。
以前よりは減ったが、メタルスライムの量も問題ない。むしろ、少し減ったおかげで、危機管理も簡単になった。
だから、今日も問題なく事が進む───そう思っていた。
「───ッッッ!!!!」
「───!?」
いきなりの破壊音。
瓶が割れる小さな音と共に、地面の砕ける大きな音が響く。
俺は慌てて音の発生源に目を向けた。
そこには、驚いた顔で尻もちを着くヨミの姿が。
なんで急に!?
これまで順調に進めていたのにッ。
ヨミの表情からして、彼女にとっても予想外の出来事だったに違いない。
人よりも魔素による変容が速いのか?
自分の強化量を見誤ったか? ここまで強化されてると思わず、いつもより少し力を加えた結果、こうなった……?
「……」
んまー、別に問題は無いか。
予備の準備はある。剣で地面が割れるなら、少なくともC相当の力が身に付いた、ということ。
幸い、メタルスライムの感知方法は熱だけだ。しかも、感知範囲もそこまで広くない。
念の為、少し離れた場所で再か───
「───!」
そこで、ヨミが俺を睨み付けてるのに気付いた。
なんだ?
「………とで……」
「……?」
「こんなことで強くなれるなら……」
ヨミの体が震え始める。
メタルキラーを手放した両手は強く握られ、犬歯が唇から血が出るほど強く食い込んでいた。
「なんで! もっと早く強くなってくれなかったの!!」
「───!」
血走った目でこちらを睨むヨミ。
胸の中に渦巻いた激情を口から吐き出すように、彼女は凄い剣幕で怒鳴ってきた。
「アナタがもっと早くここに来てくれたら!」
最初は、何故、ヨミが俺に怒ってるのか、分からなかった。
「アナタがもっと早くハンターになってくれてたら!」
だって、俺は、彼女の村が壊滅したのと無関係だ。むしろ、一人になってしまった彼女に、施しを与えてる側だと思ってた。
「アナタが早くッ生まれてきて、くれてた……なら………」
だけど……あぁ、そうか、そうなのか。
ヨミにとって、俺は、傍観者……いや、加害者も同然なのか。
ヨミの喧騒が少しずつ収まっていく。
その代わりとして、ヨミは少しずつ下を向き始めた。
表情や目は見えなくなったが、彼女の顔の下の地面には、ポツポツと滴が落ち始めた。
よくよく考えれば、ヨミはまだ十歳(名前と一緒に年齢も教えてくれた)。
日本なら小学生くらいの女の子だ。
そんな歳の子が、家族・友人・故郷をいっぺんに失った。
まだ精神が未発達な女の子が、大人でも大きな心の傷を負う出来事を体験した。
そんな子が、冷静に物事を考えられる筈がない。
これまでがおかしかったんだ。
これまで、感情に流されず、静かに、俺の指示に従っていた。そんなこれまでがおかしかったんだ。
俺には何も言えない。
彼女だって分かってる筈なんだ。
そんな “たられば” を言ったってしょうがない。そんな “もしも” を言ったって、現実は変わらない。───そんなこと、言われなくても分かってる筈だ。
それでも、口に出さずにはいられなくなった。押し込んでいた感情が爆発して、抑えが効かなくなった。それ故の、慟哭。
だから、今は、正論なんて言ってもしょうがないんだ。そんな分かりきった答え、彼女だって求めない。
ただただ───吐き出したいだけなんだ。
ヨミは声を上げて泣き始めた。
ここに来て、初めて、幼子のように、彼女は大きな声を上げた。
喉が張り裂けるのでは、と心配になるほど、彼女は泣いたんだ。
俺は、それを見て、何も言えなかった。
ただ、棒立ちで、彼女の泣く姿を眺めるしか、できなかった。
いつの間にか、俺の両手は、掌に爪が食い込むほど、強く握られていた。
裏話
ヨミの見た目について。
ヨミは田舎の村娘らしく、そこまで身なりに気を遣っていません。
髪は跳ねるようなクセがあり、肩よりも下に伸びています。髪が広がるのを防ぐため、後頭部から伸びる髪の先の方をリストバンドのような白い布でまとめています。ちなみに、髪色は、紫寄りの濃藍色です。
琥珀色の瞳、少し鋭い目付きが特徴の女の子で、可愛いより美人寄りの子です。
成長すると、他を寄せつけない高貴さを纏うようになります。




