第1話 鍛冶師のモブとして生まれた男
キッカケなんてもんは無かった。
作業中に、別のやることを思い出すみたいに、ふとその記憶を思い出した。
───あ、ここ “ゲームの世界” だ。
それを思い出し、俺は頭を抱えて深く絶望した。
俺・サガは鍛冶師の三男として生を受けた。
長男でも次男でもない俺が実家を継げる可能性は限りなく低い。
だから、将来、どうやって生きるか、なんてことを考えながら、鍛冶屋の手伝いをして、その日を暮らしてきた。
だというのに……!
───このままじゃ、近い未来、死ぬ可能性が高い!
俺が思い出したのは “前世” の記憶だ。
地球の日本という国に住んでいた男の記憶。
寝ていた訳でもないのに急に浮かんだ沢山の記憶。妄想と言うにはあまりなリアルな記憶だったし……俺の “魂” が『これは実際にあったことだ』と訴えかけてくる。
これは前世の記憶だ。不思議と、そこに疑問は生まれなかった。
だが、問題は『前世の記憶』じゃない。
問題は、前世で遊んでいた『ゲームの記憶』だ。
少女漫画発のオープン型MMORPG『ナギサ・クロニクル』。
そのゲームの世界観が、今、俺が生きてる国と酷似してる。
いや、似ているどころの話じゃない。名前も・文化も・地形も……ゲームのまんまなんだッ。
つまり、俺は───前世で遊んでいたゲームの世界に転生してしまったッッッ。
ゲームではモブの扱いは最悪だった。
なんせ、シナリオが進むごとに、モブが死にまくる。悪魔召喚や魔獣大侵攻、その昔、いくつもの国を滅ぼした魔王の復活に、その魔王より上位の存在である邪神の降臨───最終的に総人口の八割以上が死亡する。
ゲームプレイ中、前世の俺が「モブが一体何をした!?」と思わず叫ぶくらい、扱いが悪かった。
俺───サガというキャラはゲーム中に登場しない。つまり、“モブ”。
この世界がゲームのシナリオ通りに進むかは分からない。だが、凄くゲームと酷似してるこの世界が、ゲームのシナリオとは別の展開を辿る───と楽観的に考えることは、俺にはできないッ。
もし、シナリオ通りに事が進むとしたら……俺は高確率で死ぬ! 二割に入れるなんて到底思えない!
破滅の未来を知ってしまった。その可能性があると知ってしまった。
この世界はその道を辿らないと信じて、俺はいつもの日常に戻れるのか? ───無理だ。
この先、「死ぬかもしれない」という思いを抱えながら生きるなんて……その内、怯えで心が耐えられなくなるッ。
死ぬのは本当につらいんだッ。
人生で一番の痛み・恐怖。
走馬灯のせいで酔い、その後に襲ってくる人生最大の後悔。
アレをもう一度味わうなんて嫌だ! 耐えられない!! アレが来るかもと思うだけで心が押し潰されそうになる!!!
ともすれば、ゲームのシナリオが始まる前に、それ相応の力を蓄える必要がある。
普通に力を付けるだけじゃ駄目だ。それこそ、他の追随を許さないほどの圧倒的な力を身に付けて、初めて安心できる。
普通なら、数年、努力した所で大した力は付けられない。
だが、幸い、俺にはゲーム知識がある。
他の誰も知らない効率的なレベル上げをして、一気に最強に───なんて都合よくいく訳ないだろ!!
確かに、他より早く強くなれる場所はある。
だが、そこへ行くためにも、それなりの強さが求められる。
ど素人の俺には、到底、行き着けない。
それに、この世界の戦闘において、最も重要な要素は “魔術” だ。
大きな能力の差があっても、魔術一つで戦況がひっくり返る、なんてザラだ。
この世界で強さを求めるなら、魔術は決して無視できない要素だ。
けれど、魔術は才能の世界だ。
もっと言えば、幼い頃にどれだけ努力したかが重要になる。
魔術を使う時に必要となるエネルギー “魔力” 、これが最も増えるのは零から三歳だという設定だった。四歳以降も使えば使うほど増えるが、その増加量は零から三歳の時と比べれば雲泥の差。
そして、十歳を過ぎてからは、いくら使おうとほとんど魔力量は上がらない、という感じだったな。
今の俺は九才。
いくらなんでも時間が足りないッ。今から努力した所で、焼け石に水だ。
どうにかして別の術を見つけなければ。
どうにか……何かッ、何かないかッ!?
頭を回せェ……! なんでもいい! ヒントでも! 探すんだ!!
それから、俺は一日ずっと頭を回し続けた。
いつもなら、鍛冶場に行って作業をしたり、飯を作ったりなどしていただろうが……ゲーム知識を思い出した今、そんなことしてる場合じゃねぇ!
俺はそれらいつもの日常を無視して、思考に全てを注いだ。考え疲れて寝落ちするまで、思考をやめなかった。
一つ、案が思い浮かんでは「あぁでもない」と否定し、また浮かんでは「いやいや無理無理」と捨てて、ひたすら思考を続ける。
魔力をほとんど育てられなくなった九歳の俺でも、とんでもなく強くなれる方法は無いのか!?
思い出したゲーム知識を細部まで分析する。
驚くことに、俺のゲーム知識は驚くほど多かった。
思考中、「なんでこんな細かい設定まで覚えてんの? 怖ッ」と自分で自分に引くことも何回か。
そこまで豊富なゲーム知識があるにも関わらず、答えは中々出なかった。
それでも、死が耐えられない俺は───ひたすら考え続けた。生き残る術を。強くなる方法を。
「……………」
───武器だ。『魂』が宿る武器! これだ!!
日を跨いで、朝、遂に結論が出る。
俺は鍛冶師の息子だ。
五歳の頃から金槌を握ってきた。この経験を活かさないでどうする!
それに、ゲームでは、度々、武器や魔術の説明欄に『魂』という言葉が出てきた。強い武器や古い武器には『造り手や担い手の魂が宿っている』という文言が高い確率で存在している。
魂が宿った武器は “強い” のだ。
もし、もしだ。
俺専用の、魂が宿った武器を量産できたら?
「ふふッ、ふッ」
光明が見えた気がする。
魂に内包されたエネルギーを操れるかは分からない。
でも、魔術に頼るより、強くなれる可能性は高いと思う。
やってやる、やってやるゾ!
このモブにクソ厳しい世界で、俺は生き残ってみせる!
善は急げだ!
早速、行動に移さないと!
……駄目だったら……うん、また考えないとな……。
□□□
魔術は一般市民にも普及している。
余程の事情でも無い限り、誰でも魔術を行使できるのだ。
俺だって、簡単な魔術なら扱える。
魔術を行使する上で、最も必要なものは何か?
───それは “感覚” だ。
どの生物の中にも存在する “魔力” と呼ばれるエネルギー。
本来、生物には、このエネルギーを操る感覚が存在しない。
そうだな、例えるなら、火を起こしたいのに、ライターどころか木の枝や棒すら無いから起こせない、といった感じだ。
だが、この世界には、その魔力を操る感覚を強制的に覚えさせる道具が存在する。
それが “魔道具” だ。
魔道具にはそれぞれスイッチとなる箇所があり、人がそれに触れると強制的に魔力を吸われ、魔道具は吸った魔力を利用して様々な現象を起こす。
明かりを付けたり、水を運んできたり、などなど。
おかげで、世界観は中世ヨーロッパなのに、けっこう色々な便利グッズが存在している。
ここで重要なのは、魔道具が人の魔力を吸う、という所。
魔力を吸われる、ということは、外的要因で魔力が動かされるということ。
本来とは違う魔力の動き。
魔道具を通して、初めて、人は魔力を知覚し、操れるようになるのだ。
俺は「魂も同じだ」と考えた。
人は魂を知覚できない。故に、魂に内包されたエネルギーを操ることができない。───そう推測を立てた。
ならば、道具を通して、魂を無理やり動かし、知覚すればいい。
という訳で───
「これく〜ださい」
とある道具屋で、俺は一つの指輪を購入しようとしていた。
「えぇっと……」
しかし、対応してくれた店員さんは、苦笑するだけで中々お金を受け取ろうとしてくれない。
まぁ、そうだよな。
俺が買おうとしてるのは自爆用アイテムだから。
本来、これは、ハンター(危険な生物を狩るのが主軸の職業。なんでも屋の側面もある)が逃げられない状況になった時、相手に一矢報いたり、他の仲間を逃がすために使うアイテムだ。
ガキが買うような代物じゃない。
でも、前例が無い訳じゃない。
貧しい家の出だったり、他所から来た子は、すぐにでもお金が必要だ。そんな子達がハンター登録をして、薬草採取や街の清掃で日銭を稼ぐこともある。
そんな子達がお守り代わりに買うことだってあるのだ。
だから、売れない、なんてことはない。
「ねぇ坊や、これが何か知ってて買おうとしてる?」
「うん、知ってるよ。自爆用アイテムでしょ?」
「う、うん……」
質問に対し、笑顔で即答したら、ちょっと引かれた。なんでだ?
その後、店員さんがお金を受け取り、売買が成立。
これで必要なアイテムゲット!
□□□
俺が自爆用アイテムを買った理由。
当然、魂を知覚するのに必要なアイテムだからだ。
このアイテム、装備すると、装備者の体内のエネルギーを暴走させ、数秒で爆発を引き起こす。
その時、魔力を操る感覚とは別の感覚を覚えるらしいのだが、それは魔力を無理やり暴走させているから、いつもとは違う感覚を覚えるのだ───というのが人々の間での常識となってる。
───だが、本当は違う。
ゲームの文章にはこう書かれている。
『装備者の魂が内包するエネルギーを操り、体外へ引き出すことで爆発を起こす』
つまり、この腕輪は『魂』に作用するアイテムだということ。
何故、この腕輪が魂に作用する物だ、ということが忘れられたかは分からない。
多分、生産し続けているから、作り方はずっと伝わってきたけど、道具の詳しい内容は継承する過程で失われたとか、そんなんだろう。
ま、そんなことはどうでもいいんだ。
この腕輪を使えば魂を知覚できる。
そうすれば、新たな道が切り開ける筈だ!
俺は早速、家に帰ると自室に引きこもる。
この部屋は長男や次男も使う部屋で、実質三人部屋。
長男、次男は朝から職場にこもってる。
お互い、親父の鍛冶屋を継ぎたくて、競い合ってるんだ。
夕方まで帰ってこない。
俺のことも敵視していて、あまり親しくない。
気にしてこないから、都合が良いけどね。
早速、腕輪を持って、右腕に付けようとする。
けど、やっぱり緊張するな。
腕輪を持つ手が震える。
腕輪を付けると、数秒で爆発する。
最初は、装備者の体が淡く発光し、数秒後、装備者の体の穴という穴から強い光が出て、その後、爆発。
つまり、光が強くなった瞬間に腕輪を外せば、爆発はしない。
少しでも遅れれば、俺は死ぬ。
いつの間にか体中から汗が出て、ベタついてきた。
目を閉じて、何度か深く息を吸う。
危険はある。
それでも、やらないと確実に死ぬ!
死にたくないから、死にそうな思いをしてでも強くならなきゃいけないんだ!
俺は一気に目を開き、腕輪を装着した。
すぐに体が淡く光り出す。
まだだ……まだ……。
「……」
まだ………まだ───
「───ッ!」
今!
俺は腕輪を外す。
強なりかけた光がすぐに消えていき、俺の体は元の状態に戻った。
ふぅ……なんとか成、功……?
「───うッ!」
俺はその場でもどしてしまった。
急に気持ち悪さが込み上げてきたッ。
耐える耐えないじゃない。
気持ち悪さを感じた時にはすでに吐き出していた。
吐瀉物が床に飛び散る。
最悪ッ、最悪、だァ……。
なんだ……? なんだッ、これ……?
内蔵を無理やり手で掻き混ぜられたみたいな不快感。
いや、実際にそんなことはされたことないから、これが正しい表現なのかは分からないけど。
とにかく酷い。酷い気持ち悪さだ。
「………ハァッ、ハァッ、ハァッ」
一通り胃の中の物を出し切って、なんとか気持ち悪さが治まる。
なんだったんだ、今のは?
今の気持ち悪さ、体内から込み上げてきたっていうより……体内のさらに奥から込み上げてきた、みたいな……?
上手く表現できない。
初めて覚える感覚だった。
まさか、今のが魂を揺さぶられる感覚?
「………」
これが正解なのかは分からない。
でも、確かに、未知の感覚ではあった。
効果が出るかは分からないが、とりあえず、これを何回もして、今の感覚を体に覚えさせなければいけない。
「……ッ」
つらい、苦しい……!
できれば、もうやりたくないッ。
もう、今日はいいじゃないか。明日にしよう───そんな考えが頭をよぎる。
───そんな弱気で、強くなれるのか?
そう考えると、俺の体は渋々ながらも動いた。
やっぱり、死にたくない。
そんな思いが、俺を突き動かす。
やる、やるんだ……!
絶対に強くなって、エンディング後も生き延びてやる!
俺は再び腕輪を手に取り、試みを再開しようとする。
「………」
とりあえず、この吐瀉物を処理しないとな。
後、換気だ。臭いがこもる。
それに、今後は木のバケツを用意してからやろう。うん、そうしよう。
裏話(本編では語るつもりの無い設定をここに垂れ流していきます)
自爆の腕輪は、数百年前、魔術師ユーリンが開発した物です。
魔術師ユーリンは「千の術を扱える」と言われるほど魔術に精通した人でしたが、平民出身で、貴族が受ける高度な魔力増幅術を幼い頃に受けられかったせいで、魔力量が “凡” でした。
そのため、彼は、少ない魔力量を補うため、魔力によらないエネルギー操作の術を探し始めたのです。
数十年の探究の末、彼は、遂に、人体には、魔力とはまた別のエネルギー───『魂』が宿っていることを発見します。
魂を知覚した彼は、今度は、魂を自在に扱う術を探しました。
その過程で作られたのが『自爆の腕輪』です。
本来、これは、魂内のエネルギーを無理やり引き出し、体中を循環させ、最後に、体外へと引き出すための道具でした。
ですが、ユーリンが調整をミスったため、瞬間的なエネルギー排出量が異常なほど多くなり、装備したら数秒で自爆するという欠陥アイテムとなってしまいました。
ユーリンはこの不具合をすぐに直そうとしました。
しかし、そこで、ユーリンは自分が高齢であったことを思い出します。
もうすぐ寿命を迎える自分では、魂を操る術をマスターすることはできない───その事実を認識した瞬間、ユーリンの研究の手は止まりました。
ユーリンが研究を進めたのは自分のためです。
なので、自分が扱うことのできない技術など意味が無い。
そう考えた故の研究中止です。
しかし、ユーリンは承認欲求の強い男でした。
失敗作とはいえ、作り出せた『自爆の腕輪』。これを世に発表したい、そんな欲求が湧いて止まらなくなったのです。
そのため、ユーリンは、指輪の研究を行わない限り、指輪の製法をギルドのみに教える、という独占契約をギルドと結びます。
指輪の研究を禁止したのは、指輪をキッカケに、ユーリンがマスターできなかった技術を修める者が出てくる可能性を消すためです。ユーリンは、自分が扱えなかった技術を、他人が、それも自分が作ったアイテムを利用して手に入れるのが気に食わなかったのです。そのため、そもそも指輪が補助道具であることを伏せて、ギルドに持ち込みました。
ギルドも、比較的安価で作れ、恒久的な需要があると思われる指輪の製法を知れるなら、とこの契約を呑みました。
そのせいで、自爆の腕輪はあくまでハンターの最終手段であり、普段は身に付ける物ではない、という考えが一般的となってしまったのです。
これが『自爆の腕輪』が世に広まった経緯であり、この世界で、魂を知覚できる者がほとんど居ない理由です。
なんか色々と功績残してそうなのに、みみっちい男、それがユーリンです。
この腕輪の真の意図が広まっていれば、この世界の技術は一気に三百年くらいは進んでいたのに、勿体ないですね。




