9話 レイニー・キンダガートン
「あんたら、雨の中何やってんの?」
金髪に染めたショートカットにTシャツとジャージにエプロン。場所が元保育所だけに保育士に見える彼女は、この場所を借りてる1人だった。織田ムツミさん。ホールを貸してるバンド『ミスター・インファント』のリーダーで、昼は保育士、夜はボーカルをやっている。
「今月の家賃なんだけど、4万円しか払えません。メンバー全員金欠でさ、アタシも今月、友達の結婚式に呼ばれててさ……ご祝儀、マジでキツいって」
そんな言い訳を言いながら、こっちへ近づく。
誰も来ないと思ってたわたし達は固まる。
「で、何これ?あー、もう!いいから上がりな!大家さんとか大変な事になってるじゃん!」
2人ともおとなしくプールから出る。
「バスタオルぐらい用意しておけよ!」
そう言って、『ひよこ組』のわたしの部屋に取りに行く。
「そっちの子はプールに入る準備はしてたみたいだね。大家さんはこっちに」
「いいかげん、大家さんはやめてよ」
「はーい、沙織ちゃん、洋服を脱ぎ脱ぎしようね」
わたしの体格やおむつとムツミさんの格好と元保育所という立地のせいで児童と先生になってしまっている。でも確かに濡れた洋服は脱ぎにくく、正直助かっている。
「うわ!おむつパンパン。水に入れるとこうなるんだね」
わたしのワンピースを脱がせて言った。わたしの意思など構わずに全裸にされて、バスタオルで拭かれる。
「これでOK。風邪ひくからシャワー浴びてきな」
バスタオルを巻きつけられてそう言われる。あずちゃんは突然の事に戸惑いを隠せないようだ。
「そっちの子も脱がせるよ!」
「大丈夫です!ひとりでできるもん!」
『ひよこ組』に向かうわたしの背中にそんな声が届いた。
シャワーを浴びているとあずちゃんがバスルームに入って来た。何とも言えない、羞恥とか困惑とかを混ぜたような顔で聞いてくる。
「あの人、誰?」
「ホールを貸してるバンドの人。昼間は保育士のバイトしてる」
そういえば初対面だった、向こうにも紹介しなくてはと思う。シャワーをあずちゃんに譲って部屋に戻る。ムツミさんは廊下を拭いていた。わたしを見るなり口を開いた。
「さっきの子、大丈夫かな?おむつを取って拭いていたら、おもらししちゃった。まあ、必要だからおむつしてるのだろうし、職業柄、こういうのは慣れっこだけどね」
「多分だけど、トラウマを刺激したんだと思う」
端的に想像を言ってみる。
「それとダメだよ、沙織ちゃん。すっぽんぽんで歩きまわったら。恥ずかちいよ?」
手を繋がれて、畳のスペースに寝かせられて、おむつをつけられる。そうしてるうちにあずちゃんもシャワーから出てきた。
「はーい、あなたもこっちへいらっしゃい」
そう言われて、あずちゃんもおむつをつけられる。
「あ、2人ともお昼食べない?昨日カレー作ったけど、消費を手伝ってほしいな」
わたしが思い出して言った。
「助かるわ」
と2つ返事のムツミさん、あずちゃんは
「雨で買いに行くのもダルいし、いいよ」
と了承する。
「着替え持って来るわ」
とムツミさんが部屋の外へ出る。その間にパックご飯をレンチンして、カレーを温める。
『ひよこ組』にカレーの匂いが充満する。
「「「いただきます」」」
3人で手を合わせて、昼食を食べる。
「それにしても2人とも似合ってるよ」
わたしとあずちゃんはおむつにTシャツ、スモッグという格好である。似合ってると言われても微妙だ。
「うちのバンドの衣装なんだよそれ。『ミスター・インファント』ってバンドをやっててね」
「『ミスチル』を目指しているって事ですね?」
「アタマ良いねあんた」
「ん?どういうこと?」
わたしがわからずに聞くと、ムツミさんが説明してくれる。
「Mr.Childrenを目指すって事はチルドレンの手前って事だろ?だから乳幼児って意味のインファント。そして、それはステージ用の衣装。で、アタシがボーカルで保育士スタイル。他のメンバーが園児スタイルでやってんの」
そして思いだしたように付け加える。
「アタシは織田ムツミ。26歳。メインは保育士。よろしくね。で、あなたの事聞いていいかな?プールにいた事とか」
突然の事にあずちゃんは口に運ぼうとしていたカレーをスモッグにこぼした。
まるで本当に園児みたいに。