7話 (閑話)ダイパーガール(ズ) イン ザ プール
8月最後の土曜日。まだセミも力強く鳴いている。わたしの家にはプールがある。さぞ豪邸と思うかもしれないが、昭和の時代に建った保育所だった建物だからだ。
自分の持ち物である以上、メンテナンスは必須だ。だから、プールを清掃して水を張り、仰向けに寝転んで、ぷかぷかと浮かぶ。夏の太陽が水面に反射して、目を細める。体に触れるのは水と空気と、湿ったおむつだけ。
「それにしても、最初の月から100万突破か・・・」
それにしても広告が巧みだった。インスタやXでの投稿で、顔を確認されない程度に姿を見切らせて、若い女子アピール。それだけで売り上げは大きく違うだろう。値段設定も他より少し安くしてるのもある。あずちゃんのさりげない戦略性なのかそれとも天性のセンスなのかまだ答えは出ないけれど。
あの時コンビニで出会ったのが別の同級生だったらわたしは声をかけなかっただろう。
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『この文を作った人の気持ちは次のうちどれでしょう?』
小学校2年生の時、こんな問題が国語のテストで出た。わたしは人の気持ちなんてわからない。人それぞれに幸せがあり、価値観があって、生き方がある。例えれば、人に踏まれて、コリが取れて気持ちいいと感じる人間と重いと苦痛になる人間。
そんな問いに彼女、ーー岸本梓は別ルートで解いてみせた。
「問題をつくる人になるんだよ。正確の文章を作って、その文章を足すか引くかして、間違った文章を作る。それと意味が全く逆の文章を作る。そのパターンに当てはめればこんな問題は楽だよ」
目から鱗が落ちた。
そして、同級生に教えられたのはこれが初めてだった。そんな彼女に投資する事でわたしは『別解』が出るのを待っているのかもしれない。
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人を雇って、事業を大きくして、どこかに事業ごと売却する。それを元手にもっと大きなビジネスをスタートさせる。売却先をプールから出たらいくつかピックアップしておこうと思った時だった。不意に太陽の光が遮られる。
「何してるのそんなところで?」
あずちゃんだ。逆光で姿は見えない。でも声でわかる。
「見ての通り、プールに入ってる」
「そんな格好で?」
わたしの今の格好はおむつとキャミソールだけ。水着なんて持ってないから仕方ない。仮に持っていてもプールが大変な事になるだろう。尿意や便意を感じる事もないのだから。
「保育所だし、昔はこんな格好でプールだったじゃん」
「あはっは!そうだったね」
「それにおむつは水遊び用だから大丈夫」
「そんなのがあるんだ」
「あずちゃんもつける?前の持ち主から備品は好きにしていいって言われてるんだ。メーカーからの試供品に多分サイズが合うのがあるよ?」
しばらくして、あずちゃんもプールに飛び込んだ。
「ああ、夏。って感じね」
わたしと同じように仰向けで浮かんであずちゃんが言った。
「今日は土曜日だよ。働きすぎじゃない?」
「あら?土曜日だから友達の家に遊びに来たのだけど?」
なんだろう?凄く嬉しい。泣きたいぐらい。勇気を出してコンビニの駐車場で声をかけたあの時のわたしを褒めてあげたい。
「半分は嘘。仕事の連絡のついでよ。あさってから新人さんが6人入るからよろしくね。場合によっては『うさぎ組』も借りるかも。それから明日ヒマ?新規事業の下見に行くのだけど一緒にどう?」
「えー、明日は8月31日だよ?宿題おわらせなきゃ」
「沙織ちゃんも私も学校行ってないから!」
そう言って2人で笑った。
来年も夏が少し楽しみになった。