5話 不登校おむつ女子、社長になる
『社長、遅刻ですよー』
スマホの通知。沙織ちゃんからだった。
時計を見ると9時3分。りす組の勤務時間なんて誰も決めてないのに、なんで怒られてるんだろう。
おむつを履いたまま、私は朝ごはんを食べた。
交換用のおむつとおしり拭きをバッグに入れて家を出る。おむつで向かう先は保育所。なんだかぴったりで笑えた。
「おはよう、沙織ちゃん」
「遅いよ、あずちゃん」
スマホでは社長といってたのに実際に会うと「あずちゃん」呼びでほっとする。
「書類持ってきたよ」
「お、これで正式始動だね。お昼から動こうか?」
「ん?午前中は?」
「それが購入希望のメッセージが18件もあるの」
嬉しくなった。私の作ったものを必要だと言ってくれる事が。
「それじゃ、頑張って作りますか」
なんとか18個を作り上げて封筒に入れる。沙織ちゃんの作ってくれてた、住所シールを貼って郵便局に行く。送料は昨日の沙織ちゃんの売り上げから出した。
「せっかく外に出たし、お昼は外食しよう」
そういってやってきたのは牛丼チェーン店。実は子どもだけで外食なんて初めてだった。
「今日は奢るよ」
沙織ちゃんはそう言って牛丼屋のドアを開ける。見た目は小学生なのに慣れた様子でテーブル席に座る。
「並の汁だく、玉付きで」
なんて?沙織ちゃんは聞いた事のない言葉で注文を終えてしまう。
「普通サイズの牛丼とおみそ汁を」
私もなんとか注文を終えて、2分もしないうちに運ばれてくる。
牛丼を3口ほどかきこんだあと、沙織ちゃんがふいに言った。
「ねえ、あずちゃん。わたし、計算したの」
「ん? なにを?」
「『普通の子』が社長になる確率。0.0008%。 でも『おむつ履いてる不登校女子』が社長になる確率、たぶんもっとずっと低い」
「……」
「そういうのって、賭けたくなるじゃん」
ふふ、と笑って、紅しょうがを盛っていく。
「なにそれ」
と返すのがやっとだった。
「投資先として見てるってこと?」
「うーん、ちょっと違うかな。もっと……面白い実験? わたしの知らない式を、あずちゃんが作ってるみたいでさ」
「……変なの」
「ありがと」
「銀行が3時までだから、税務署に急がないと」
「そうだね」
無言で牛丼をかき込み、税務署へ急ぐ。開業届を提出して、無事に受理された。これで私は『個人事業主』になり、『りす組』も正式に会社になった。
次は銀行へ。『りす組』名義の口座を開設するためだ。税務署でもらった開業届の控えが必要なのだ。無事に通帳がもらえた。印鑑はとりあえずの100均の。売り上げが出たら正式なのを作ろうと思っている。
こうして私は『りす組』の社長になった。全然実感が湧かないけど。
「おめでとう。これ、開業祝い」
沙織ちゃんがそう言って、リュックから小さい箱を取り出す。中には何枚も同じものが入っている。
『有限会社りす組 代表 岸本梓』
名刺だった。喜怒哀楽どれにも当てはまらない熱いもので胸がいっぱいになる。
「絶対成功させるから」
私の決意を沙織ちゃんが笑う。
「挑戦は気楽にするもんだよ。失敗したって失うものはないんだからさ」
そう言った翌日、『りす組』は最初の試練を迎えた。