4話 目指せ1億円!〜最初の一歩の2000円〜
「ようこそ『有限会社りす組』へ!」
沙織ちゃんがそう言った。
「ここは『ひよこ組』だよ?」
私は冷静に言う。
「そうだね。じゃあ、『りす組』に行ってみようか!」
りす組の教室はひよこ組から玄関を通り抜けてホールの奥にある。ホールが視界に入った時、つい疑問を口にした。
「楽器?ドラムとギター?」
「ああ、ホールは人に貸してるの。月5万で。元保育所で防音はいいし、わたしも定期収入は必要だからね。アマチュアの人が夜に練習してるよ。機会があれば紹介するよ」
そこを通り過ぎると、りす組の教室だった。さっきコンビニ弁当を食べたのと同じローテーブルが8つ並んでいる。ああ、本来の利用者だった幼児には椅子に座るとちょうどいい高さのテーブルだったのかと理解する。
「少し掃除は必要だけど、ここを自由に使って。おむつなんかも持ってきていいからね」
エアコンを操作しながら、沙織ちゃんが言った。
「私、ここで何をすれば良いの?」
「そんなの決まってるよ。お金を稼ぐの。目標額は『1億円』」
サラリと「明日はカレーが食べたい」ぐらいの感じで沙織ちゃんが言い放つ。
「1億円?そんなの無理だよ!」
「すぐに1億円稼ぐ必要はないよ。けれど目標は必要じゃない?それに1億円としたのにも理由があって。わたしがお世話になってるつばさ証券の投資信託だと年7〜5%の利回りだから、そこに1億円預けると年間700万から500万円を受け取れる計算になるの。サラリーマンの平均年収が450万ぐらいだから、贅沢しなければ遊んで暮らせる額なんだよ」
なるほどと思える。でも具体的にはまだ見えて来ない。
「それでここで何をどうするの?」
「それはあずちゃんが決める事だよ。『有限会社りす組』の社長はあずちゃんだから。でも最初の一歩は手伝ってあげる」
そう言って片隅にあったダンボールを開ける。そこにあったのは私も見覚えのあるものだった。
「パラコード?」
もともとパラシュートの紐として使用されていた、軽量で耐久性のあるナイロン製のロープで、小学校低学年の時に子ども会のイベントで使った記憶がある。
「コレを使って、ブレスレットを作ってみよう。最近キャンプとかミリタリー好きの人に人気なんだ」
1時間後。
3つのブレスレットが完成した。YouTubeに作り方の動画があって意外に難しくなかった。
「それではこのタブレットで売ってみようか?販促用にインスタも作ろうか」
言われた通りに1つを自分につけて、フリマサイトに出品して、インスタのアカウントを作る。
「もう、1つ売れてるよ」
「え!本当?」
タブレットを操作する。『購入者:・・・市旧ひがし保育所ひよこ組 三月沙織』
「沙織ちゃんじゃん!」
「あはは、ちゃんとお金は払うよ。これが最初の2000円だね」
「ふふ、あと9999万8000円だよ」
そう言って2人で笑った。
「それから、本格的にやるなら、準備が必要なんだ」
♦︎♦︎♦︎
「ただいま」
リビングのドアを開けながら、お母さんに言った。玄関に靴があったからいるのはわかっていた。
「おかえり、意外と遅かったわね」
「うん。今日はNPOの人に会ってた。偶然コンビニで会ってね」
「へぇ?どんな活動してるの?」
「これ、作ってきた。フリマサイトで販売もしてるみたい」
作ったパラコードアクセサリーとスマホでフリマサイトを見せる。
「あら、若い人にはウケそうね」
「ブレスレットはお母さんにあげるよ。明日から少しここに行っていい?食費を家にーーまでは無理でも、自分のおむつ代くらい稼げるようになりたいからさ」
そう言うとお母さんは目に涙を溜めた。まるで表面張力ギリギリのコップみたいに。
「いいわよ。頑張ってね」
お母さんの声は震えていた。
「それで、お金の事だから、親の同意が必要なのと、銀行口座を開設しなきゃいけなくて」
「なるほど、いいわ。どれを書いたらいい?」
そういって同意書にサインをもらう。税務署に出す開業届に添付する保護者同意書と銀行口座の開設用の同意書に。
これを提出すれば、明日にも法的に『りす組』は誕生する。