最終話 それから
数年後、1月上旬。
私も沙織ちゃんも市民ホールにいた。今日は私達の成人式なのだ。とは言え、成人年齢は18歳になったし、あまり大人になった実感もない。
ただ市が『はたちの集い』として毎年、成人式を行なっている。
ムツミさんが送ってくれた車から降りる。振袖姿の沙織ちゃんは・・・すごく千歳飴を持たせたくなる。私もパパとママが用意した緑色の振袖を着ている。
「岸本さん?だよね?」
自信がなさそうに声を掛けて来たのは、中学と高校が一緒だった子だ。名前は確か・・・
「高橋さん?久しぶりね」
「あ!本当だ、岸本さんもいる!ひさしぶり〜」
高橋さんとは別に3名程の女の子に囲まれる。この子達も高校で一緒だった子だ。クラスまで一緒だった子も1人いる。
「岸本さんって、高校辞めちゃったよね?今はなにしてるの?」
明らかに私を蔑める意図を持った質問だ。
いいわ。乗ってあげる。
「・・・何も。学校にも行ってないから中卒になるのかな?」
「えー、それってニートじゃん!」
「ヤバくない?」
「岸本さん、親が泣いてるんじゃない?」
言いたいように言ってくれる。
私が反論しようと息をそれなりに吸い込んだ瞬間、全く別の声がかかる。
「おや?岸本さんじゃないですか。こんなところでお会いするとは!何はともあれ、成人おめでとうございます」
白髪のヒョロっとしたおじいさんだった。
「ありがとうございます。高島市長。そちらも、暮れの選挙では4期目の当選、遅ればせながら、おめでとうございます」
「なんの、どこかのお嬢さんのおかげで、ふるさと納税が10億程増えて、税収が増していますから、実績を訴えれば楽な選挙戦でしたよ」
「うふふ、『楽』なんて言うと怒られますよ?」
パラコードは市のふるさと納税の返礼品となっていた。2000円の納税なので目当ての返礼品との端数調整で人気が出た。こちらとしても、1番コストのかかる発送を市側でやってくれるので600円で卸しても利益は出るのだ。
「お友達と歓談中に失礼しました。それでは式で」
そう言って市長は去っていく。
「今の人って市長よね?」
「何で岸川さんと?」
困惑しているから教えてあげる。
「私の経営してた会社でふるさと納税の返礼品を作っていたの。その時に知り合ったの」
「え!会社?経営?」
「ああ、今はアドバイザーみたいな立場かな?さっきも言ったけど、今は何もしてないから」
パラコード部門は社会福祉法人に譲渡して、利益の10%だけもらう契約を交わした。私は『チームで統一したデザインのものが欲しい』とか要望の打ち合わせでたまに働く程度だ。
「ああ、言い忘れてたけど、私、働く必要ないんだ。何もしなくても、株式配当とか不動産収入とかで年間1000万ぐらいはあるからね。今年は大学3年生になるんだっけ?頑張って就職活動してね」
女の子たちは絶句して、何も言えなくなった。私はそれ以上、何も言わずにその場を後にする。
沙織ちゃんのニヤニヤ顔がイラっときたけど我慢する。沙織ちゃんはそのニヤニヤ顔のまま私に言う。
「大人になったんだから」
「変わらない事も大事よ。変えられない部分もあるし」
下着とかね。2人とも振袖の下はおむつだ。
「そう言えばさ、コレ見てよ」
そう言って、沙織ちゃんはスマホを見せてくる。それに目を通して、沙織ちゃんの言いたい事を理解する。
「梓ちゃん、『母校』買おうよ?」
「中退したから『母校』ではないよ?でも、おもしろいかもね。債権を買収しちゃおうか?」
そう言って2人で笑った。