第12話 ダイパーガールズ サイトビジット
「あれが目的地。あの山を半分、買うわ」
あずちゃんはPAの駐車場から見える山を指差した。斜面の一部が薄く開けていて、木々の背丈がまばらな場所がある。そこが、彼女の目指す投資先らしい。
「でも、まずは見ないとね。そのためにムツミさんに車出してもらったんだし」
彼女はスマートウォッチを確認しながらそう言った。ムツミさんがハザードを消して、アクセルを踏む。車は滑らかにPAを出て、高速道路に戻る。目指す山は一度通り過ぎる格好になるが、20分ほど走って次のインターで降りた。
「ねえ、あずちゃん。なんで不動産投資なの?」
運転席からミラー越しにちらりと見るムツミさん。その横で、わたしは助手席に座りながら尋ねる。わたしも元保育所の活用で、月に15万円ほどの不動産収入を得ている。でも、あずちゃんはまだ参入したばかり。しかも、住むための物件ではない。
「んー、簡単に言うと『安心感』かな。沙織ちゃんがやってるのって、元保育所と投資信託、それと趣味で株もちょっとでしょ?」
「うん」と、わたしはうなずく。
「私は初心者だから、仮想通貨とかFXは正直こわい。株も自分で企業分析とかする自信ないしね。その点、不動産って“カタチ”があるでしょ?残るし、動かないし、触れるし」
「その感覚、わかる。失敗しても土地は残る。誰かに貸せるかもしれないし」
ムツミさんが料金所で千円札を出しながらつぶやく。
インターを出ると、県道が高速道路に沿って戻るように続いていた。出てすぐ、左手にラブホテルが2軒。その先には古びたパチンコ屋があり、看板は退色している。反対側には、この前わたしが株を買った自動車部品の工場。
田舎特有の、役目を終えた施設と、たまに生きている企業が点々と並ぶ風景。
「それで、どうやって利益出すの?」
わたしが聞くと、
「ジュースの自販機を置くつもり。だけど、そのためには電気がないとダメでしょ?だから今日は電線の確認も兼ねてる」
淡々と話す彼女の声に、いつものゆるさはなかった。ちゃんとスキームを描いてるのだろう。わたし達はまだ15歳。ローンを組んでアパート建てるわけにもいかないし、そもそも山じゃ建築許可すら難しいかもしれない。
「2つ先の信号を左に入って下さい。そこから5分くらいで敷地に入ります」
ムツミさんに指示しながら、あずちゃんはスマホの地図を確認する。
車は県道を進み、やがてゆるやかな登り坂に入った。両側は杉と雑木が混ざる低山。法面には苔がついていて、ところどころに古びたガードレール。道幅は車2台がすれ違える程度で、センターラインは消えかけている。
「このあたりからだね」
あずちゃんが指差した先に、木の杭が地面に打たれている。境界線だ。道路沿いに少しだけ開けた平坦地があり、砂利混じりの土の上にはタイヤ痕がうっすら残っている。軽なら2台ほど停められそうだ。
「元々は国道だったんだって。わたしたちが生まれた頃にトンネルができて、今はバイパスが本線。こっちは県道に降格したみたい」
「懐かしいな。昔ここにドライブインがあったんだよ。バイク好きだった親父に連れてきてもらってさ。そこのカツカレー、めっちゃ辛かった」
ムツミさんが車を停めながら言った。でも、建物の痕跡は見えない。
ただ、奥に向かって少し下った先に、砕石が敷かれたような平地がある。草の間からは、割れたコンクリート片や錆びた鉄くずが覗いていた。昔、建物があったのは間違いない。
「電柱、来てるね。そこに変圧器もある」
あずちゃんが指差した先、県道沿いの空に電線が走っていた。遠出だからとテープタイプのおむつのせいで歩きづらい、もたもたとわたしはあずちゃんの後に続く。変圧器の音が、かすかにジリジリと響いている。電気は使える。インフラは生きている。
「これなら、自販機いけるね。設置も申請すれば通ると思う」
「交通量も悪くないね。日中は静かだけど、朝夕は地元の人が通勤で使うって話だよ。あと、週末はバイクと登山客」
ムツミさんの言葉に、あずちゃんが軽くうなずいた。
「……これで、やれる」
あずちゃんの口元がほんの少しだけ緩んだ。
彼女の目は、目の前の斜面ではなく、その先にある『売上』を見ていた。