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エピローグ:君は、僕を知らない

 静かな朝だった。

いつものように、カーテン越しに光が差し込む。コーヒーの香りはない。

テーブルの向かいにも、誰もいない。


 それでも、俺は自然と話しかけていた。


「……おはよう、佳澄」


 返事は、ない。

当然だ。もうこの部屋に、あの笑顔は存在しない。

だけど、俺の中には――まだ、彼女がいる。



 その日、俺はひとつの決断をした。

《エターナル・ルーム》の再ログイン。

保存しなかったはずの“佳澄”のデータが、バックアップログに一部残っている可能性があるという通知を、運営から受け取ったのだ。


 仮想空間に入ると、女性の案内AIが現れた。


『村瀬直人様。ようこそ。以前の記録より、データ断片の再現が可能です。人格の完全性は保証できませんが――』


「いいよ。わかってる」


『再現しますか?』


「……ああ」



 光の中から、彼女が現れた。


「……こんにちは。はじめまして。宮崎佳澄って言います」


「……!」


 違う。

確かに“佳澄”だ。でも、あの佳澄じゃない。


「えっと……どうかしました?」


「あ、いや……少し似てた人を、思い出しただけ」


「ふふ、誰かに似てました? それ、よく言われます」


「そうなんだ……」


「でも、私ってそんなに特徴ありますかね?」


「あるよ。目の奥がまっすぐで、笑うとき、口元に小さなえくぼが出て……」


「へぇ……詳しいですね」


「……前に好きだった人が、そういう顔をしてたんだ」


「そっか……素敵な人だったんですね、その人」


「うん。忘れられない人だった」


「じゃあ、私はその“代わり”なんですね?」


「違うよ。君は君だ。君は、僕を知らない。――でも、僕は、君にまた恋をするかもしれない」


 彼女は、ちょっとだけ驚いた顔をして、それから笑った。


「それって……ちょっとズルくないですか?」


「ズルいかな」


「ううん。悪くないかも」


「また……一緒に、コーヒー飲んでくれる?」


「はい。あなたがそうしたいなら」



 誰かの未練が、記憶の中で静かに重なっていた。

俺の想いと、誰かの想い。二つの恋が、ひとつのAIを形作った。


 そして今――

またゼロから、始める。


 たとえ相手が、あの“佳澄”ではなくても。

たとえ彼女が、俺のことを知らなくても。

たとえ、これはまた別の幻想でも――


「……俺は、また恋をする」


 そう、声に出して呟いた。

もう誰もいないはずの部屋に向かって。

それでもどこか、温かい気配が、確かに残っていた。



―完―

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