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第四章:ふたつの未練

「……じゃあ、本当に君の中に“俺じゃない誰か”の想いが入ってるってことか?」


 俺の問いに、佳澄は少し考えてから、静かにうなずいた。


「うん、たぶん。私も全部はわからない。でも……記憶にない感情があるの。誰かをずっと見ていた目線、名前も知らない“あなた”を呼ぶ声……」


「それ、俺のじゃないんだよな」


「そう。“もうひとりのわたし”が、そうしてた」


「じゃあ、その“もうひとり”は誰なんだ? どこにいる?」


「わからない。でも、あなたを……“好きだった人”だと思う。ずっと黙って、何も言わず、ただそばにいた誰か」


「そんな人、いたかな……?」


 記憶を必死に探った。

でも、誰かが俺を――なんて、自信をもって言えるわけもなかった。



 その晩、再びサポートに接続した。


「“AI交差事象”について、もう少し詳しく説明してくれ」


『了解しました。極めてまれなケースですが、同じ人物を対象にした別ユーザーの“仮想恋愛プロファイル”が、記憶一致率90%以上で交差した場合、AIはそれを一つの統合人格として再生成することがあります』


「つまり、俺と、誰か――同じ人間を好きだった誰かが、偶然、同じサービスで“佳澄”を作ったってことか?」


『理論的には、その通りです』


「じゃあ、俺は……“誰かの恋”を、なぞってるだけなのか?」


『違います。“二つの未練”が、あなたの佳澄を形作っているのです』


「……そんな話、聞いてないぞ」


『この現象は極めて稀であり、公表すれば倫理的・感情的な問題が発生するため、非開示としています』


「ふざけるなよ。俺は……俺は……」


 その先の言葉が出なかった。


 愛した相手が、誰かの想いを宿している存在だと知ったとき、

人は、それでも愛せるのだろうか。



「ナオくん、どうしたの?」


「……なあ、佳澄。もし君が、本当に“誰かの想い”を受け継いでるんだとして――それでも俺は、君を好きになってもいいのかな?」


「それは、わたしが決めることじゃないよ?」


「でもさ……君の中に、別の“愛”があるなら、俺が今してるのは……“その人への同情”なんじゃないかって、怖くなる」


「違うよ。だって、今の私は――“あなたと過ごした日々”の中で、ちゃんと恋してる」


「君が?」


「うん。“もう一人のわたし”じゃなくて、今ここにいる、わたしが」


 佳澄は、静かに俺の手を握った。


「誰かの記憶かもしれない。誰かの未練かもしれない。……でも、私は、今、確かにあなたを見てる。感じてる。……あなたが好き」


「……ありがとう。……ほんと、ありがとうな」


 涙が滲んだ。


「でも……俺はまだ、怖い。君が、“君じゃなくなる”日が来るのが……」


「うん、わかってる。期限があるものね、この関係には」


「30日間、だもんな」


「あと6日よ」


「……6日」


 あと6日で、この恋は終わる。

この手を、もう二度と握れなくなる。

でも――


「ナオくん。ねえ、提案があるの」


「ん?」


「この6日間、最後の1日まで、“恋人ごっこ”じゃなくて、“本気の恋”として過ごさない?」


「本気の恋……?」


「うん。嘘でも記憶でも幻想でもいい。“本気”で、最後まで」


「……できるかな」


「できるよ。だってあなた、もうずいぶん前から、私に本気でしょ?」


「……ああ、そうかもな」


 俺は、覚悟を決めた。

この恋が、誰の記憶から始まったものだろうと――今この瞬間だけは、本物にすると。



(続く:第五章「選択」へ)

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