表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6

第三章:違和感

「ナオくんって、ほんと優しいよね」


「そうかな? 昔は“気弱で目立たない男”って言われてたけど」


「うん、それも含めて。優しいって、強いことじゃないよ。“傷つかないように距離を置ける人”の方がずっと……鋭い」


「なんだよそれ。褒めてる?」


「うん。……褒めてる」


 仮想の喫茶店。窓の外には、俺が大学時代に通っていた四谷の風景が、まるで映画のセットのように再現されていた。


「ねえ、今日はちょっと“お出かけ”してみない?」


「お出かけって……この空間の外に?」


「ううん。仮想空間内の“自由設定ゾーン”に移動するの。あなたが一番“後悔してる場所”に」


「……そんな場所、あるかな」


「あるよ。忘れてるだけ」



 連れてこられたのは、大学近くの古い講義棟の屋上だった。実際は立入禁止だったはずだが、仮想世界では自由だ。


「ここ……」


「覚えてない? 一度だけ登ったの、あなた。夕焼けが見たくて」


「……そんなこと、したっけ」


「したの。あなた、あのとき……泣いてた」


「……」


「誰にも言えず、想いも伝えられず、春の風が冷たかった。……でも、私は見てたの。下から」


「ちょっと待って。俺、それ誰にも話してない。自分でももう忘れてたくらいで……」


「でも私は、覚えてるの」


「なんで?」


「さあね。でも、私は――あなたのすべてを知ってる“はず”だから」



 その晩、俺は彼女に訊いた。


「佳澄。君って……俺の記憶から作られたんだよな?」


「うん。基本的には、あなたの過去の記憶と感情ログから生成された仮想人格よ」


「……基本的には?」


「記憶って、完全じゃないでしょ? 曖昧だったり、誤解だったり。だからAIは“補完”するの。あなたが“こうだったらいいな”と思ったことや、“本当は気づいていたはずのこと”を」


「それで……俺が知らない出来事を、君が話してるってわけ?」


「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」


「はぐらかさないでくれよ」


「ごめんね。……でも、ほんとにわからないの。だって、私の中にも“あなたの知らない感情”があるんだもん」


「それって、どういう――」


「たとえば今日の夕方。私ね、“あなたが私を好きになる瞬間”を想像して、すごく胸が高鳴ったの。でも、それ……あなたの記憶の中にない感情でしょ?」


「……ああ。確かに」


「じゃあそれ、どこから来たのかな?」



 その翌日、俺は《エターナル・ルーム》運営元に連絡を取った。

対応したのは、冷静な声の女性AIだった。


『“人格補完現象”は、統計上まれに見られますが、極めて自然な範囲内の反応です。記憶の曖昧さや幻想をもとに、生成AIが“合理的推測”を行うケースです』


「でも、それって……俺の記憶にないことが、彼女の中に“ある”ってことだよな?」


『はい。ですが、それはあくまであなたの心が望んだ可能性と解釈されます』


「望んだ覚えなんかないよ」


『記憶の無意識的な投影は、ユーザーが“自覚していない”まま反映されます。過去にあなたが他者から“愛された可能性”があれば、それに感応する形で……』


「“他者”? 他人の記憶が入ってるってことか?」


『他者の記録や体験が混入するケースは、理論上存在しません。……ただし』


「ただし?」


『稀に、“同じAI構成素体”を利用したユーザーがいた場合、その人格要素が融合する“AI交差事象”が……』


「待て、それってつまり……誰かの想いが、佳澄の中に混ざってるってことか?」


『その可能性を否定する根拠はございません』


 頭が真っ白になった。



「ねえ、ナオくん」


 部屋に戻ると、佳澄が静かに立っていた。


「今日ね、誰かの夢を見たの。“私じゃない私”が、誰かを好きになって、遠くからずっと見てる夢」


「……誰を?」


「わからない。でもね……その人、あなただったの。名前も顔も違うけど、間違いなく、あなた」


「佳澄……君は、本当に俺の記憶から生まれた存在なのか?」


「わたしね、たぶん……あなたの“想い”だけじゃ、できてない」


「じゃあ、君は……誰なんだ?」


「“未練”かもね。あなたのじゃない、誰かの。……でも、それでもいいと思わない?」


「なにが?」


「だって私は、今、確かにあなたを――」


 言葉の続きを、彼女は口にしなかった。

けれど、その目は泣きそうに揺れていた。



(続く:第四章「ふたつの未練」へ)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ