第一章:再会
第一章:再会
部屋の空気は、静かすぎるほど静かだった。
定年してからというもの、このワンルームの空間には人の声が消えた。時計の針の音すら、まるで嘲笑うように響く。テレビをつけても騒がしいだけだし、ラジオは冗談ばかり。笑う気にもなれなかった。
だから、俺は申し込んだ。
《エターナル・ルーム》。
過去の記憶を元に、「あのときもし、こうしていたら……」を再現する仮想体験サービス。
選んだプランは「仮想恋愛体験パッケージ・リアルパートナーType β」。
初期費用は高かったが、俺にはもう使う金も、使う時間も、あまり残っていなかった。
そして今日、俺の部屋に”彼女”が届いた。
「……お待たせしました、村瀬さん」
その声を聞いた瞬間、俺の脳の奥で何かがはじけた。
忘れかけていた声。音。空気の質。
ああ――間違いない。彼女だ。
「宮崎……佳澄、さん……?」
そう口に出すと、彼女は微笑んだ。大学時代、正門の前で何度も見かけたあの笑みと、寸分違わぬ表情だった。
「うん。……でも、佳澄でいいわよ? ね、ナオくん」
“ナオくん”。そう呼ばれたのは、初めてだったはずだ。
だが心は、それを拒絶しなかった。
「これからの三十日間、よろしくね。……私と、もう一度、恋をしてくれる?」
俺はうなずいた。なぜか、涙がにじんだ。
ようやく人生が再開したような、そんな気がしていた――。
(つづく)