8 騎士様とお話
私をソファにエスコートした後、ルートランスはテーブルを挟んで向かいのソファに優雅に腰掛けた。
いつの間に用意されたのか、テーブルの横に置かれたティーカートから紅茶の心地よい香りが漂って来た。
「まずは、紅茶とお菓子はいかがですか?本日は違う世界からいらした方が発案したと言うお菓子を用意しました。お口に合うと良いのですが。」
目の前に置かれたのはクリーム色と黄色の間のような色の長方形のチーズケーキのようなものだった。
網目状の飴細工とフルーツが添えられた見た目にも美しいお菓子だった。
「ありがとうございます。いただきます。」
優しいミルクの味だ。少しキャメルとバターのような風味もする。
これを地球人が考案したと言うがなんのお菓子だったか思い出せない。遠い国の人で私が知らないものだろうか。でも美味しい。もぐもぐ。
そんな私の様子を察してルートランスが答えを教えてくれる。
「それは『蘇』と言うものです。」
「…ぅぐっ!!」
思わず吹き出しそうになった。
『蘇』というのは古代日本の飛鳥時代から平安時代に食べられていたと言う乳製品だ。
現代日本では牛乳が過剰供給になってしまった時、牛乳を大量消費する料理として一時期話題になったものだ。
私も興味本位で作ってみたことがあったがこんなに洗練されたものではなかった。
きっとここの料理人たちが、改良したものだろう。
この料理を広めた人が現代人か古代日本人かわからないが故郷との繋がりを感じて頬が緩む。
「ふふふ、ふふ…とても…美味しいです。広く知られているわけじゃないんですけど、私の国の料理です。ありがとうございます」
ふにゃふにゃ笑ってしまった私をみて、ルートランスは安心したように顔を綻ばせた。
「喜んでいただけたようでよかった。現在の、この国での貴方の状況についてお話ししてもよろしいですか?」
私がこくりと頷くと、カーテンを揺らした風がついでとばかりにルートランスの柔らかそうな髪を撫でた。
「違う世界から来た方、この国では『イーリス』と呼ばれていますがその異世界人はこの国では賓客として扱われます。伯爵以上の貴族の元で大切に遇されることになっていますので、貴方が宜しければこのグライユル侯爵家に滞在いただきたいと思っています。」
まだ、異世界に来て2日目、右も左もわからないのでこれから他の貴族の屋敷に行くなんて考えられない。ぜひここに置いてください!とお願いするとルートランスも快諾してくれた。
滞在費用については国から補助金がかなり出るので心配いらないらしい。私個人にも働かなくても暮らせるくらいのお金がもらえるらしい。具体的な金額も聞いたが、紙幣価値がわからないのでちんぷんかんぷんである。
「もし、何か仕事をしたいならおっしゃってください。異世界人の方の中には元の国と変わらない仕事をしたいと言う方もいらっしゃるそうです。その場合はできるだけご希望に沿う仕事をご紹介しています。」
知らない国に来てダラダラと過ごすのも不安が募るだけなのだろう。忙しく働いていた方が余計なことを考えなくて良いのはわかる。
「私は学生だったから…アルバイトもしたことないし…」
手に職を持っていたら技術の伝達とかで役に立てただろうが、特別な技術も働いた経験もましてやこの国の常識すらない小娘なんてどこの職場も迷惑だろう。
つい目線を膝元に下げてしまう。
「異世界には『学校』と言うものがあるんですよね。全ての人に教育を施すとは素晴らしい考えだと思います。我が国でも取り入れたいと言う話はあるのですが、未だ実現には至らず…。騎士学校や官僚学校はあるのですが…」
申し訳ありません、と眉尻をさげて悩み込んでしまった。
「あ、いや、大丈夫です!まだこちらに来たばかりで何をしたいかどうすれば良いかもわからないので少し考えさせてもらっても良いですか?」
「もちろんです。この屋敷でゆっくりと暮らし、まずはこの国に慣れていただくのが良いと私も思います。必要であれば家庭教師を手配しますよ。」
とりあえずは屋敷とその周辺で過ごし、この国のことを知ってから身の振り方を考えようと言う話になった。