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48 捜索

お読みいただきありがとうございます

光り輝く視界が徐々に緑に染まっていく。足元に湿った地面、頬には少し肌寒いほどの風を感じ、目を開くとそこは何処かの森の中だった。


少し色づいた葉と青々と繁る大きな樹木を見るに王都から少し離れた南方に広がる小高い森ではないかと思った。


王都から離れればそれだけ魔物の力も強くなる。安全な場所に避難できていれば良いが。逸る気持ちを抑えながら慎重に周囲を観察して、彼女の痕跡を探しながら森を捜索する。


程なくして、ぬかるんだ土の上に人の足跡と大木の枝に張り付いた詩子のつけ爪を見つけた。

詩子の友人が作ってくれたという、リボンのようなチャームのついた立体的なデザインの物だ。ネイルチップって言うんだよ、と教えてもらった。

詩子らしい痕跡を見つけて少し嬉しくなったが、これは大切な物のはずだ。それをこんな風に残していかなければならなかった彼女の気持ちを考えると居た堪れない。


「私が不甲斐ないばかりに…」


ネイルチップを丁寧に剥がし、代わりにナイフで印をつける。

これも詩子に教えてもらった“ハート“という記号だ。これを見て私が助けに来たと気づいてもらえるだらうか。


ネイルチップの目印を回収しながら辿っていくと水の流れる音が聞こえてきた。


水がある場所へ移動したのは服が汚れたのだろうか、怪我でもしたのか、それとも疲れて喉が渇いているのだろうか。


不安に駆られながら川へと降りていくと小さく女性らしき人影がみえた。


「…っ!」


すぐに駆けつけたい思いを抑え慎重に周囲を伺いながら人影に近づいていくと、数時間前に分かれたままの詩子の姿があった。

怪我をしている様子もなく元気そうで安心したがその表情は険しい。

川の反対側を注視ししながら、後方は逃げようとしているようだ。

詩子の視線の先を探ると、黒い一匹の魔獣の姿があった。比較的小型の魔獣だが、発達した後ろ足で千里を走り、出鱈目に生えた牙で肉を切り裂く獰猛な種だ。


すぐに詩子と魔獣の間に割って入ろうと森を駆け降りるがその瞬間、魔獣が詩子に襲いかかった。


彼女は悲痛な声を上げながら魔物に背を向けて、走り出した。野生動物は逃げる生き物を執拗に追う習性がある。それがわかっていても獰猛な魔物に迫られては逃げないわけにはいかないだろう。


必死に逃げる彼女が躓いて転び、魔獣の爪がその華奢な背中を切り裂く。

彼女の悲鳴が耳に響き、怒りと焦燥で目の前が赤く色づいていく。


血が滲んだ彼女の背中から眩い七色の光が溢れ出て、魔獣は怯んだように少し距離をとって様子を伺っている。


「…あれがっ…」


自己治癒の力があるようだ、とクラリベールからは報告を受けていたが、目の当たりにすると神秘的で不思議な光だった。

しかし、彼女の表情は苦痛に歪んだままだった。傷は治癒しても痛みまでは消えないのだろう。

それでも彼女は恐ろしい魔獣に向き直り、震える手で木の枝を掲げ持った。

到底太刀打ちできない敵だとしても心を強く持とうとする彼女の美しさに目を奪われながらも、やっとの思いで彼女の背後までたどり着いた。


ーザシュッ!


肩にかけていたマントで彼女の視界を遮り、飛びかかってきた忌々しい魔獣の首を一太刀で断ち切ると、赤黒い血が周囲に飛び散った。


真っ二つに切り落とした魔獣の骸に火魔法を放った。詩子の目にはもうこのような醜いものを入れたくはなかったからだ。


「遅くなってすみません。一緒に帰りましょう。」


詩子の視界を遮っていたマントを取り去るとこぼれ落ちそうなほど眼をまんまるに見開いた彼女の顔があった。


「…ルトくん…?」


体は小刻みに震える、大きなその瞳は涙で徐々に潤んで、抱えきれなくなった涙が両目からぽろぽろとこぼれ落ちた。


「はい。1人でよく頑張りましたね。」


「う…うん…、ルト君…こわかったよぉ…!」


詩子が私の体にしがみつき、声を上げて泣き出してしまったので、服の乱れた彼女の背中にマントを掛けるとその上から、ゆっくりと、背を撫でた。


「もう大丈夫。大丈夫ですよ。」


彼女が私の腕の中にいることに安堵しながら、私の胸は怒りと憎しみが渦巻いていた。

マントの上からでもわかるほど、彼女の衣服は無惨に切り裂かれていた。傷は癒えていても確かにここに耐え難い痛みがあったことを伝えてくる。


僅かに震える詩子の体を抱きながら、彼女をこのような目に合わせた相手にどのような報いを受けさせるべきか、そんな暗く澱んだ怒りが胸を支配していった。


「…私のせいです。貴方をこんな目に合わせて…申し訳ありません。」


私が謝罪を口にすると、詩子は私の胸に額を寄せ俯いていた顔をゆっくりと上げ、涙に濡れた眼を大きく見開いて驚いたような困惑したような表情を見せた。


「…な、なんでルト君が謝るの…?!私のことをここに転移させたのはディミディミだし…」


詩子はそこで言葉を切ると少し思案するように、口元に手を当てた。


彼女がディミディッドと親しくしていたことは知っているが、このような危険な目に遭わされて以前のように信頼を置くことはできないだろう。

優しい彼女のことだ。上司である私の前でディミディッドへの恨み言を口にするのを躊躇しているのかもしれない。


「詩子、無理をしないで。貴方の心のままに気持ちを吐き出していいんですよ。」


詩子は決意したように、自身の手をぎゅっと握りしめて真っ直ぐこちらを見つめた。


「うん。ありがとう、ルト君。あのね、ディミディミ誰かに脅されてたんじゃないかと思うの。だってね、ディミディミあの時、私に『ごめんなさい』って言ったの。」


予想外の言葉に思わず息を呑んだ。私の動揺に気づかず、彼女は言葉を続ける。


「そうだっ!私たちマリちゃんを探してたんだよ!マリちゃんは見つかったのかな?…もしかしてディミディミ、マリちゃんを人質に取られたんじゃ…?!ねぇ、ルト君。ディミディミとマリちゃんは今どうしてるの…?」


心配そうに揺れる瞳に眼を奪われ、その細い肩を強く抱き寄せた。


「…っルト君?!」


私の中で彼女の身動ぐ気配を感じながら、私は何も言えなかった。

このような目にあって尚、他人を思いやれる彼女の強さや、魔物を目の前にしても立ち向かおうとする気高さがあまりにも眩しくて、愛おしくて。


そして矮小な私は彼女に、そんなに強く気高くなくて良いと、もっと自分のために気持ちを割いて欲しいと言ってしまいそうだった。


なんとか気持ちを整え、詩子の問いに答えた。


「…ディミディッドは騎士団の牢に捕えられています。事情は話してもらえませんでしたが、転移魔法で私をここへ送ってくれました。妹とマリ嬢については私もわかりません。」


「そっかぁ…。じゃあ、早く王都に帰ってみんなで探さないとね。そんで、ディミディミは私がばちーんってビンタしてそれでおしまいっ!」


私から少し体を離し、横を向いて空を叩く真似をしてからまた、私の方に向き直るとにっこりと笑って「ね?」っと懇願するように少し顔を傾けた。


命の危険もあったかもしれないという状況において、その罪を彼女の非力な一撃で許そうと言うのだ。


「詩子はかっこいいですね。倒れても魔獣に果敢に立ち向かう姿もとても眩しくて…」


「えー!あれ見てたの?!忘れて忘れてっ!あんな棒切れで敵うわけないのにねっ!恥ずかしい…完全に黒歴史だよぉ…」


黒歴史とは、思い出したくない過去のことを言うそうだ。そんなことはないと言いたかったが、真っ赤になって頭を抱える姿が愛おしくてクスクスと笑ってしまうと、詩子が可愛らしくこちらを睨んだ。


「ルト君こそかっこよかったよ。あの魔獣だって一瞬で倒しちゃったし。助けに来てくれた時、王子様みたいだったよ。武闘大会も見たかったなぁ。」


「あぁ…あれは私もクロレキシかもしれませんね。騎士にあるまじき醜い戦い方をしてしまいました。」


焦燥と不安、怒りに任せて魔獣を無惨に蹂躙したことを思い出し、思わず顔を歪めてしまう。あぁ、これが詩子の言う「黒歴史」と言うものだと腑に落ちた。


「ふふ…あははっ!」


私の情けない顔を見て吹き出した彼女を見て、私もつられて笑ってしまった。

この穏やかな時をいつまでも過ごしていたいと思ってしまうが、日が落ちる前に彼女を安全な場所で休ませてあげたい。


「ふふ…さぁ、まずは屋敷に帰ってみんなを安心させてあげましょう。失礼しますね。」


「ふわぁぁぁっ!まってまって!私歩けるよっ!」


横抱きに抱えあげると、詩子は焦ったような声をあげて私の首にしがみついた。


「とても心配したんです。せめてこの森を出るまでは私に任せてもらえませんか?迎えを呼んでありますから、そこまでは。」


この森に飛ばされた時、兄上に魔法を使った通信を送ってある。森の近くの街道までは迎えを寄越してくれているはずだ。


「…重いでしょ?」


「いいえ。羽のように軽いですよ。」


「…っ!」


顔を赤くして肩に顔をうずめ、首に回した腕に力がこもる様子を同意ととって、そのまま歩き出した。


腕の中にある重さが彼女が確かにここにいることを伝えてくれる。

安堵とともに彼女を守れたかった悔しさと不甲斐なさが胸に重くのしかかってくる。

もう二度と彼女を危険な目には合わせない。これからすべきことに想いを馳せ、進む先を鋭く睨みつけた。


「ルト君、助けに来てくれてありがとう。」


不意に聞こえた柔らかな声に思わず歩みを止め、彼女の顔を見ると私の腕の中でふにゃりと笑った。

守れなかったのに、傷つけてしまったのに、それでもこの笑顔をまた見ることができたことがどうしようもなく嬉しくて、目元がじわりと熱くなるようだった。

なかなか上手く書けなくて、更新がすごーく空いてしまいました…

これから更新頑張ります

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