47 尋問
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第三騎士団本部の地下には罪を犯した人間を一時的に捉えておく牢がある。罪を犯した人間と言っても人道意識に優れたこの国では劣悪な環境に置かれることはないため、この薄暗い階段を降りていても悪臭が漂ってくるようなことはない。
その牢も階級により三つの区画に分かれている。鉄格子の簡素な作りの平民用、ベッドや水場が備えられた一つの居室のような貴族用、それから特殊な魔力阻害魔法がかけられた魔術師用の牢だ。
魔術師用牢の区画の前には堅牢な扉があり、第三騎士団の騎士が番をしていた。
「…っグライユル副団長!お疲れ様です!今は演武のお時間ではございませんか?!どうかなさいましたか?」
番をしていた2人の騎士が私の姿を見て、驚いたように顔を上げた。
「あぁ、それはもう済んだんだ。それで、ディミディッドが捕らえられていると聞いて事情を聞きたくてね。」
「そうでしたか!さすがグライユル副団長です。こんな短時間で討伐を終えて終われるなんて。お怪我もないようで安心いたしました。」
キラキラとした尊敬の目で見られると居心地が悪い。全身に浴びた獣の血は洗い流してきたが、命を屠るような残虐な行いをしてきたと知ったらこの騎士たちはもうこのような目を向けてはくれないだろうと、胸がちくりと痛む。
そんな気持ちを悟られないように、曖昧に微笑んだ。
「それで、ディミディッドはどんな様子かな?」
「それが…何も話さないのです。強く尋問をしましたが一言も話さず、手を焼いています。せめて、転移魔法でどこへ飛ばしてしまったのかわかる方法がないかと、魔術師協会に問い合わせているのですが、あちらは第三騎士団にいい感情がないのでしょう。なかなか協力を得られず…」
私がディミディッドを魔術師協会から第三騎士団に半ば強引に連れてきた。その際魔術師たちからは「こんな平民を招き入れたらいつか後悔する。私たちは何があっても関与しない。」と言われていた。今はそれ見たことかと嘲笑っていることだろう。
「私がディミディッドを引っ張ってくる時揉めたからな。協力は得られないだろう。」
門番の騎士の1人は悔しげに唇を噛んで下を向いた。
「…私はディミディッドと年も近く、同じ農村の出でしたので話すことも多かったのです。彼は魔術師協会から酷い扱いを受けていて、そこから連れ出してくれた副団長にとても感謝していました。こんな恩を仇で返すようなこと…許せませんっ!」
「…彼にも何か理由があったのかもしれない。私が話してみるよ。」
「そうですね、尊敬するグライユル副団長になら何か話すかもしれません。今、鍵を開けますね。」
騎士が鍵を開けるとギギっと重い音を立てて観音開きの扉が開く。扉を開けた先に格子のついた扉の個室がある。この国の魔術師のほとんどが貴族の為、魔術師用の牢も貴族用と同じ作りになっている。ただ、先ほど開けた門にも、この個室にも魔力を封じる魔法が何重にもかけられており、たとえ国内最高の魔術師であるディミディッドであっても破ることはできない。
門番をしていた1人の騎士が後ろからついてくる。副団長とはいえ、罪人に1人で立ち会わせることはできないからだ。個室の扉を開けて中に入ると豪華なしつらえの家具が並ぶ部屋の隅に丸く縮こまり、体を小刻みに震えさせているディミディッドがいた。
「…ディミディッド、私だ。少し話をしたい。」
顔を伏せたままのディミディッドに声をかけると、体を大袈裟なくらいびくりと跳ねさせ、恐る恐る顔を上げてこちらを見た。
その瞳は気の毒なくらい怯えて揺れていた。
「あ…あ…ぁぁぁあああああっ!!」
ディミディッドは悲鳴のような声をあげて泣き出してしまった。
その姿を見て確信した。この事件を起こしたのはディミディッドの意思ではない。何者かに強要されたのだろう。
ディミディッドを使い、詩子を害する。その目的はおそらく私だ。この事件によって最も不利益を被るのが私だからだ。
出自が怪しいと噂される私が現在の地位に収まっているのをよく思わないものがいるのは知っている。侮蔑の籠った目線を向けられる事や嘲笑を受ける事にも慣れている。
だが、それは私に向けられるべきだ。そんなくだらない理由で他者を傷つけて良いわけがない。
心の奥底から誰ともわからぬ相手への憎悪が沸々と湧いてくる。どす黒い感情が口から溢れそうなのを自らの胸元を握り、押し留める。
「誰に命じられた」とディミディッドと押さえつけて詰問したいのをぐっと堪え優しげな笑顔を作りディミディッドのそばに膝をつく。
「ディミディッド、言えないなら何も言わなくていい。ただ、私を詩子と同じ場所へ送ってくれないか?心細い思いをしているかもしれない。詩子が心配なんだ。」
後ろに控えていた騎士が焦った様に声を荒げた。
「…っグライユル副団長!ディミディッドに転移魔法をかけさせることはできません!彼は謀反の疑いをかけられています。グライユル副団長を危険な場所に送るかもしれませんし…!」
「心配は最もだけど彼が何も言わない以上、他に方法がない。どこに飛ばされても私は対処できるよ。」
「…しかし…、ディミディッドに魔法を使わせるということはこの牢から出すということです!そのままディミディッドが逃亡すれば逃走補助罪、最悪の場合共犯者として裁かれることになります!」
ディミディッドの腕にもこの牢にも魔術を阻害する魔法がかけられている。ディミディッドに転移魔法を使わせるならこの部屋を出なければならない。しかし、一度捕らえた罪人を許可なく牢の外に出すのは副団長とは言え罪に問われる。もし、私を転移させた後ディミディッドが逃亡すれば私の責任だ。
「それも覚悟の上だよ。」
それでも、私は詩子を救いにいきたいのだ。私が罪に問われる程度で彼女を安全な場所に連れ戻すことができるなら安い代償だ。
「私も看過できません。」
先ほど潜ってきた扉から聞き慣れた声が聞こえた。門番の騎士は救いの神が来たとでもいうような期待に満ちた声でその者の名を呼んだ。
「ニジェル副隊長!」
「エラン、君は勝ち抜き戦に出場するはずだろう?こんなところに来てもいいのかい?」
ゆっくりと振り返り、穏やかに優しく見えるよう微笑むと、険しい顔を苦痛に歪めたエランと目があった。
「勝ち抜き戦及び殿下との御前試合は中止となりました。表向きの理由は演武を観覧して気を失われた方や気分を害された方がご婦人を中心に多く出たことですが、実際は殿下が血で汚れた舞台には立ちたくないとおっしゃった為です。」
予想通りの展開にそっとため息をついた。
「前座で魔物と戦うように言ったのは王太子殿下なのに、それはあんまりな仰りようだね。でも、準備してきた君たちには申し訳ない。私の力不足で見るに堪えない様な戦いをしてしまった。」
「それは違いますよね。本来副団長であれば、女性がうっとりと見惚れるほど美しく舞うような戦いを見せることも、血を流させることなく絶命させることも出来たはずです。詩子様とディミディッドのことで心を乱されてこのようなことになったのですよね?第一騎士団団長とガルデニア団長が話を聞きたいと仰っています。詩子様は私たちが捜索致しますので、副団長は第一騎士団に行かれてください。」
話を聞きたいと言っているがただ私を呼び出して叱責したいだけであろう。異世界人とは言え侯爵家の令嬢が行方不明になっているのに、そんなくだらない事に時間を使うとはグライユル侯爵家が蔑ろにされているに他ならない。エラン達にわからぬようギリリと奥歯を噛む。
「それを弁明したところでどうなる?他のことに気を取られて失態を冒したとしても、実力不足で無様な戦い方しかできなかったとしても私の不始末に他ならない。私の評価が変わることはないだろう。ディミディッドの事件に気を取られていたと言い訳すれば殿下の舞台を穢したとして詩子にまで責めが及ぶかもしれない。そんな理不尽な目に合わせる訳には行かないんだよ。」
エランは一瞬言葉につまり、唇を噛んで下を向く。拳にグッと力が籠り、ディミディッドに駆け寄ると
その襟元を締め上げる壁に押しつけた。
「ディミディッドっ!!」
「…ぁぐっ!」
ディミディッドが苦しげに声を上げる。体が身長より高く持ち上がり、浮いた足が地面を探すように空を彷徨う。
「お前は副団長に罪を犯させるつもりなのか?!お前が詩子様の居場所を吐けばそれで済むんだ!言えっ!!詩子様をどこに飛ばした?!」
エランが普段の穏やさが嘘のように声を荒げて、ディミディッドを追い詰める。あのように激しく責め立てては言いたくても何も言えないだろう。
「エラン、ディミディッドは言えないよう制約を課されているかもしれない。手荒な真似をしても無駄だ。」
制約とは呪いのようなものだ。今は禁止されている術式だが、古い文献には記載が残っている。使える者がいてもおかしくはない。制約を課され者が約束を違えればどんな罰が及ぶのかわからない。だからディミディッドも迂闊に何も話せないのだろう。
「それでも!!私はこれ以上副団長の名誉が傷つけられるのを黙って見ている訳にはいきません!もし今、ディミディッドを牢から出せばここにいる私も罰を受けます。私も道連れになさいますか?」
エランはディミディッドを締め上げたまま私を振り返り、痛みを堪えるように顔を歪めた。懇願するようなその表情に胸が痛む。
「エラン、自分を人質に取るようなことはしてほしくないな。」
ディミディッドの首元にあるエランの手を包むとスッと力が緩んでいった。ディミディッドが壁に寄りかかったままズルズルと床に座り込むのを確認して、労わるような笑顔をエランに向けた。
「副団長…」
エランが安心したように息を吐き、固くなっていた体の力を少し抜いたのを確認して、彼の首筋に素早く手刀を打ち込んだ。
「う……かはっ…!」
驚きに目を見開きこちらを見ながら崩れ落ちるエランを見下ろす。そのまま後ろを振り返り成り行きを見守っていた門番の騎士の首筋を打ち気絶させる。
「一度で気を失わないなんて、さすがエランだね」
床に崩れ落ちたままこちらを睨みつけているエランの首に腕を回して絞め落とし、立ち上がるとディミディッドを支え起こした。
「ニジェル副隊長は必死に抵抗したが私に昏倒させられてしまった。これで共犯の罪に問われることはない。さぁディミディッド、お願いできるかな?」
間近でディミディッドの瞳を覗き込むと一度強く両眼を瞑り、覚悟を決めたようにこちらを力強く見つめると私の促すままに魔術師用の牢から出た。
魔術師牢の門の前に控えていた騎士を同じように昏倒させると、ディミディッドの正面に立ち、腕の枷をはずした。
「あぁぁ…うぅ…申し訳ありません…でした…」
ディミディッドは私をまっすぐに見るとぽろぽろと大粒の涙を流した。そして、体に温かな光を感じると薄暗い牢が眩しいほど光、ディミディッドの姿も透けていくように見えた。
「ディミディッド、ありがとう」
ディミディッドの姿が見えなくなる直前呟いた言葉は彼の耳に届いただろうか。
1週間に一回更新を目標にしていたんですが、遅れてしまいました…




