表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/48

46 疾く

お読みいただきありがとうございます

防御魔法がかけられた檻からのそりと巨体を揺らし出てきたのは、全身を黒い体毛を覆われた魔獣だった。二足で立ち上がった身の丈は私の二倍ほどのあるだろうか。

一歩足を踏み出す度に地面がずんと響く。大きく突き出た口元は顎に向かって深く裂け、鋭い犬歯がびっしりと生えている。

巨躯の横にだらりと垂らされた丸太のような腕の先には湾曲した長い爪が覗いていた。

今は冬眠に向けて食欲の増す時期なのだろう。通常森で見かける個体より二倍ほど体積が大きく、肩周りの筋肉も発達して見える。


この凶暴な魔物を生け捕りにし、街まで運んでくるのはさぞ骨が折れただろうと、第一騎士団の騎士たちに同情的な視線を送ってしまう。そして、無理やり連れてこられ見せ物にして殺されるこの魔物にも。


「さぁ皆様っ!大変長らくお待たせいたしました。本日収穫祭三日目のイベント1つ目は王太子御自ら企画なされました演武にございます!」


司会の男性が大きく声を張り上げ観客を盛り上げる。観客もそれに応えるように大きな歓声と拍手で応える。


「こちらの魔物はグルマンドベア!この鋭く湾曲した爪で巨木すらも薙ぎ倒し、醜悪な牙で獲物を食いちぎる恐ろしい魔獣です!本来であれば10人分隊で討伐すべきところ、本日はたった1人で立ち向かいます!」


この場にこんな陰鬱な気持ちで立っているのは私1人であろう。私が舞台の上に足を進めると一際大きな歓声が上がった。


「そしてこの魔獣を見事討伐せしめるのは第三騎士団の若き麗しい副団長、ルートランス・グライユルでございます!グライユル副団長の華麗なる演武を是非お楽しみください!!」


大きな拍手と期待に満ちた眼差しで迎えられ、居心地が悪い。私は貴方方の期待に応えるつもりはこれっぽっちもないのだ。

司会は魔法障壁の外にでる。今この空間には私とこの魔獣しかいない。魔獣は私を狩るべき獲物として爛々とした目で見据えてくる。しかし申し訳ないが、私には詩子の元へと向かうための障壁にしか見えないのだ。



ーーーーまっすぐに魔獣目掛け駆け抜ける。振り下ろされた爪を紙一重でかわし、そのまま地を這うように身をかがめ、魔獣の脚元を炎の魔法で皮膚を焼きながら剣を刺し入れる。魔獣の耳を劈くような咆哮か響く。観客席から悲鳴が上がる。



団長は詩子が森に転送されていたらと言ったが、危険な場所は他にもある。海の中、洞窟、遠くにいると見せかけて近くの建物に監禁されているということもあるかもしれない。考えたくもないが今まさに命の火が消えかけているということもあり得なくはないのだ。



----そのまま素早く身を捻り魔獣の背後を取る。飛び上がり斬りかかろうと思ったが先程の脚への攻撃で暴れ狂う様子に狙いが定まらず、距離を取る。



私はこんな場所にあるべきではない。

早く詩子を探しに行かなければならない。探して、救い出して、無事な姿をこの目に映したい。

そのためには一刻も早くこの目の前の魔獣を動かぬ屍に変えなくてはならない。



----空中の数カ所に炎の魔法を放ち、魔法障壁の位置を確認し、その場所を目掛けて飛び上がり、障壁を踏み台にして魔獣の真上に飛び上がる。そのまま剣先を真下に向け、落下の勢いのまま魔獣の脳天に剣を突き立てた。魔獣は凄まじい悲鳴を上げながら舞台上にその血を撒き散らしながらのたうち回った。



綺麗に鑑賞に耐えるよう、舞うようになどと考える余裕はない。早く、誰から見てもこの命の終わりを見せつけなければ。



----私は暴れる魔獣の頭上から振り落とされ受け身を取って地上に降りた。剣は脳天に突き刺さったまま、魔獣は悲痛な叫び声を上げながら舞台の上で暴れ狂っている。この状態では終わりにできない。懐にしまっていた短刀を取り出し、魔獣の胴体めがけて飛び出した。体ごと魔獣の腹にめり込んだが剣先が短いためほんの表面しか傷つけることができない。そのまま腹を割くように短刀を横に引き、裂けた腹にまた剣をつけたてる。肉を裂く感触が直に腕に響き、その不快な感触に眉を顰める。



それを繰り返し、気づいた時には臓腑を舞台中に撒き散らし、胴体で2つに分かれた魔獣の死骸があった。


「グ…グライユル副団長が見事、グルマントベアを討伐せしめました…」


司会は顔面蒼白で絞り出すように演武の終わりを告げた。私の体は全身魔獣の血で濡れ、額に垂れるそれが煩わしく、腕で拭うと振り払うように手を振って落とす。


「…ひっ…!」


観客席からは小さく悲鳴が上がり、気分を悪くしたであろう数名のご令嬢が支えられながら退席していくのが見えた。


「…ば…化け物…っ」


誰となく呟く声が聞こえたがそんなことはどうでもよかった。これでやっと詩子を迎えに行ける。


私は観客席に一礼をすると、血に濡れた無様な姿のまま舞台を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ