45 報せ
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王都は異様な熱気に包まれていた。
例年通りの収穫祭であれば3日目は王族が王宮のバルコニーから姿を見せて、広場に集まる民へ労いの言葉をかけるのみだったが、今年は突如として設られた闘技場で騎士の戦いのみならず、王太子自らが剣を振るう姿も拝むことができるのだから、無理はない。
司会を務める王宮の若い官僚が本日のスケジュールと、この催しを企画した王太子の功績を朗々と語っている。
貴族席と舞台を挟んで対面の位置に設けられた控室に座り、魔法障壁越しに会場を眺める。
そこで、ふと違和感を感じた。
少し距離があるためはっきりとは見えないが、他家の観覧スペースは使用人たちが後ろで控え、主人たちは皆ゆったりと寛ぎ、大会の開始を待ちながら歓談を楽しんでいる。しかし、我がグライユル侯爵家の観覧スペースは人の出入りが多く慌ただしいように見える。
そして、詩子らしき姿が見えない。
私の演武までもう間も無くといったところだが、まだ詩子は観覧席についていないようだ。ディミディッドたちと一緒に平民の観覧スペースに行った可能性もあるが、先ほどグライユル侯爵家の席で見て欲しいと約束した。
彼女は約束を違うような人ではない。
嫌な胸騒ぎがするが、確認する術はない。
「グライユル副団長、お時間ですので準備がお済みでしたら、闘技場の舞台下においでください。」
第三騎士団の若い騎士から準備の声がかかった。
「わかった。今、行こう。」
すぐに立ち上がり、舞台の下に控える。
すると、ガルデニア団長が徐に近づいてきた。上司として激励のお言葉をいただけるのであろうか。もしくは、しっかりやれという叱咤かもしれない。
「グライユル副団長殿、こんな時に魔物と対峙するのは心が乱れてあり得ないようなミスをするんじゃないか心配ではあるが貴殿ならつつがなく対応できるだろう。期待しているからな。第三騎士団の名を貶めぬよう、しっかり励め。」
ガルデニア団長が腕組みをしながら、ニヤニヤと何か思わせぶりな様子で言った。
「団長、激励のお言葉感謝申し上げます。第三騎士団の名に恥じぬよう精一杯努めさせていただきます。しかし、失礼ですがこのような時とはどのような意味でしょうか?」
問いかけを誘われているようで、癪ではあるが聞き逃さない言葉があった。何か私にとって都合の悪いことが起こっているようだ。
「あぁ!副団長殿は準備についていたのでご存じなかったか!貴殿が第三騎士団に配属したディミディッドという魔術師が少女を誘拐したそうだぞ!」
団長が大きく手を広げ、芝居がかったように大袈裟に驚いてみせる。
「…なんとおっしゃいました?ディミディッドが…誘拐…?」
あまりに想定外の知らせに聞き間違いではないかと、団長の言葉を繰り返した。私の動揺した様子に気をよくしたのが頬を上気させ、目をギラギラと光らせて何故か得意げに語り出した。
「なんとあの膨大な魔力をもって転移魔法でどこぞに飛ばしてしまったそうだ!ディミディッド本人は捕まえたが少女をどこに飛ばしたか吐かないので、捜索は難航しているようだな。しかし、その少女も気の毒なことだ。魔物の巣食う森にでも飛ばされていてはか弱い婦女子では無事でいられるかどうか。」
口の端をあげ、愉快げに顔を歪めて笑う。何がそんなに楽しいのだろうか。今この瞬間も危険な目にあっている少女がいるというのに。私はつい嫌悪感に眉を顰めてしまった。
しかし、私にはディミディッドが誰かを害するなど想像もできない。彼は気弱ではあったが、善良で市民の安寧を心から願っていた。巡り巡って故郷の人々のためになればと、騎士団での辛い境遇にも耐えていたのだ。
そして気になるのは誘拐されたという少女だ。ディミディッドと別れた時、一緒にいたのはディミディッドの妹君のマリ嬢、リタ、それから詩子だ。
「その少女とは…どなたなのですか?」
最悪の事態を想像し尋ねることを躊躇したが、聞かなくてはいけない。嫌な予感する。ズキリと頭が痛み、臓腑が痙攣するように痛んだ。
「俺としたことがいい忘れていたっ!グライユル副団長が預かっている異世界人の一之瀬詩子嬢…だったか?その少女だ。異世界人は大切に遇するよう決められているのにもし、危害が加えられて万が一のことがあればグライユル侯爵家の瑕疵になるなっ!さらにその犯人を副団長が取り立てたとなれば尚更だ!でも残念だなぁ、貴殿はこれから王太子から直々にご依頼を賜った演武を行わなければいけない。捜索には行けないな!ははっ!!さぞ、ご心配でしょうが、この演武を投げ出せば第三騎士団もグライユル侯爵家の名誉も傷つけることになるからな!」
興が乗ったのか、愉快そうに早口で捲し立ててくる様子にどんどん心が冷えてくのを感じた。
万が一などと冗談でも口にしてされたくない。声高に抗議の声をあげそうになるのを拳を握り込んで抑える。
ここは慎重にできるだけ情報を聞き出すべきだ。団長の機嫌を損ねては何の情報も得られない。暗雲とした気持ちのまま魔物との戦いに赴くわけにはいかない。
「俄かには信じられません。ディミディッドは魔導士としての誇りを持った我ら第三騎士団の仲間です。それに、一之瀬詩子嬢とも友好関係を築いていました。彼が彼女に危害を加えるはずがない。」
「あぁん?!俺の言うことが信じられねぇってのか?」
調子良く喋っていたのに水をさされ、気を悪くした団長がこちらをギロリと睨みつける。
「いえ、もちろん団長が戯れでそのようなことをおっしゃるとは思いません。ただ、ディミディッドは信頼をおいてもらえていると思っていたので困惑しています。」
自分の意思とは関係ない場所に置かれ、理不尽な扱いを受けるディミディッドに昔の自分を重ねて、必要以上に気をかけていた自覚がある。彼も私の気持ちに応えようと励んできてくれたと思う。
彼が起こした問題で私に類が及ぶことも理解していたはずだ。もし本当に事件を起こしたとすれば、何か事情があったと思いたい。
「まぁ、ディミディッドは第三騎士団の牢に入ってるから後で尋問すればいいだろうが。」
団長は乱暴に頭をかき、面倒くさそうに言いながら胸元をさぐって、何かを投げよこした。
「証拠ってんじゃねぇが、転移魔法で飛ばされた少女が落としていったもんだ。」
咄嗟に受け取ったそれを見ると、心臓が強く跳ね、すーっと体から熱が引いていく。
「これは…詩子のお守り…」
詩子にプレゼントしたアデルヴィアスのお守りは何かに踏まれたかのように汚れの跡がついていた。
それが傷つけられた詩子を連想させて、不安がどんどんと胸に押し寄せてくる。
「助けが行くまで無事だといいよなぁ。あぁ、もう時間だ、副団長殿。くれぐれも、第三騎士団副団長の名に泥を塗らないようにしてくれよ。王太子からはなんだったか?傷一つつかないようにだったか?…はは、無茶なことを。」
団長が嘲笑して、私の肩を強く叩いてその場を後にした。
叩かれた衝撃で一歩後ろに下がった足をじっと見た。
そのまま踵を返して、詩子を探しに走り出したかったが私の足はその場からぴりくとも動かなかった。
「副団長、もう始まりますので舞台に上がっていただけますか?」
司会の男が気遣わしげに声をかけてきた。団長との会話が聞こえていたのかもしれない。
「あぁ、大丈夫です。参ります。」
顔を上げて鉛のような足を足を引き摺りながら、舞台へ上がる。観客の熱気をはらんだ声援が酷く耳障りだった。




