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44 迷子?遭難?

お読みいただきありがとうございます

「迷子…っていうのかな…?」


森の中にぽつーんと置かれてしまって、私は途方に暮れていた。持ち物は何もないし、ひとりぼっちでここがどこかもわからない。


「ディミディミどうなったかな…。」


 私をここに送ったのは間違いなくディミディッドだ。ただ、直前に謝罪の言葉が聞こえたのを思うに、彼の意思ではないと思う。誰かに脅されでもしたのだろうか。


「でも、私をどこかに飛ばしちゃいたいって思った人がいるってことだよね…。」


それを考えると胸が寒くなる。誰かに消してしまいたいと思うほど恨まれているということだ。


私は暗くなりそうな思考を吹き飛ばすためにぶんぶんと頭を張った。


「ネガティブよくない!ギャルはこんなことで落ち込んだりしないよ!!」


とは言え、ここがどこかもわからず、足元は湿った土。周りは背の高い木がわさわさと揺れているだけだ。


「ちょっと落ち着ける場所に行きたいよね。本当は遭難したらその場を動いちゃダメって言うけど。」


これは遭難なんだろうか。一緒にいたリタやグライユル侯爵家の騎士隊員たちが、ジュスタン様にこの件を伝えて、探してくれるとは思うがどこに飛ばされたかもわからない状況でどのくらいで助けが来るのかわからない。

ルト君も今は武闘大会に出ている最中のはずだ。助けに来られるわけがない。


「ルト君が戦っているところ見られなかったなぁ」


遭難していてそんなことを心配している場合でもないかもしれないが、私が近くで応援していたら嬉しいと言ったルト君ががっかりしていないかな、と思った。


「とりあえず、落ち着ける場所を見つけたいよねっ!」


顔を軽くパンパンと叩いて気合を入れて、カバンにつけていたいぬ吉のお守りに触れようとした。


「えっ!あれ?いぬ吉がないっ!どこかで落としちゃったのかな?」


あたりを見回してみたが、人工物らしきものは何も落ちていなかった。


「ここに来る前に落としちゃったのかな…。」


念のためここにも目印を残しておこうと思った。もし、また探しに来る時にわからなくならないように。


「とは言っても、目印においていけるような今持ち物はほとんどないんだよね。」


残念ながらカバンにはハンカチと化粧ポーチくらいしか入っていなかった。


「まー仕方ないよね。」


私はデコったネイルチップをベリっと剥がすと粘着テープで木に貼り付けた。


ハートのスパンコールのついたお気に入りだったが背に腹はかえられない。しかし、この目印も両手分、10本しかないので慎重に使わなければいけない。


「とりあえず、低いところに川がある可能性高いって何かでみたことある気がする。」


休憩場所を探すために移動を開始した。


✳︎✳︎✳︎✳︎


「か…川だぁぁ…」


出発地点を目印に行ったり来たりしながら、周囲を散策し、なんとか水辺を発見した。

秋の森の涼しい気候の中でも額に汗が滲む程度には難儀した。

王都にいた時は午前中だったが、陽の高さからもうお昼は過ぎているように思う。

澄んだ川に手を浸し、その冷たさを堪能する。


「気持ちいぃ…。でも飲むのは微妙だよね。煮沸もできないし。」


綺麗な水に見えても異世界にどんな菌がいるかもわからないし、魔物から有害なものが出て川が汚染されていないとも限らない。


「生きるか死ぬかになったら飲んでみるかな…。」


当然水がなければ人は長く生きられない。水を飲んで死ぬか、水を飲まないで死ぬか。願わくばこの水を飲む前に助けが来て欲しいが。

そう言えば、水があるということは野生動物が来るかもしれないが魔物は水を必要とするのだろうか。

もしそうだとすると、ここに止まるのも危険だろうか。

どこか近くに身を隠せるところを探した方がいいかもしれない。


「…!」


カサッと物音がしてびくりと体を揺らしてしまった。小動物か、風が葉を揺らしたのだろう。こんな小さな音でもいちいち動揺してしまう弱い自分が情けない。


しかし、この世界で私は死ぬんだろうか?

この世界に来てからどこか現実味がなかった。こちらに来たばかりの頃、腕についた傷がすぐ治ったことからここはファンタジーの世界で、私には危険がないように感じていた。

しかし、傷口が光って治癒したあの日以来、一つの怪我もしていないので治癒能力が本当に私にあるのかもわからないし、病気に対しては効力があるのかもわからない。


そう、傷は自然治癒できるとしても、毒はどうだろうか。菌やウイルスには感染するのだろうか。


今まで意識していなかった「死」といものが、急に隣に寄り添ってきて親しげに話しかけてくるような不気味な寒さに身を震わせた。


「みんなのとこ、帰りたい…」


その場にしゃがみ込むと自分自身を慰めるように両の腕で自分の体をぎゅっと抱え込んだ。


「…っ!」


ガサガサッとまた草木の擦れることがして川の対岸に目をやると、森の中に赤く光るものが2つ見えた。


グルル…ル…


目を凝らすと黒い犬らしき動物が木の影からこちらを見ていた。

魔物だ、と分かったのは真っ赤な目が爛々と光っていたからだ。少しずつ足を踏み出し、川の方に出てくるとドーベルマンを少し大きくしたような真っ黒な生き物だということがわかった。その体の輪郭を隠すようにぼんやりと黒いモヤがかかっている。


「…急に走り出すと本能で追ってくるんだよね、犬って。目を合わせたままゆっくり下がれば良いんだっけ…」


震える体を叱咤してなんとかゆっくり立ち上がり中腰のまま後ろに下がる。

野生動物の対処法が魔物にも有効なのかはわからなかったが今はその知識に縋るしかない。


その魔物はなんの感情もないかのようにするすると前に進み出した。


あれは特に私に興味もないのかもしれない。ただ前に進んでいるだけで、他の生き物を襲ったりしないのかもしれないと、そっと息を吐いた。


その瞬間


ギラリと目を光らせこちらを見据えると口を大きく開け、鋭い牙の隙間からだらりと涎を垂らし、ググググッと籠もった唸り声をあげた。


「…えっ!」


何がその魔物のセンサーにかかったのかわからないが、奴に獲物として認識されてしまったようだ。


突然、矢のようにこちら駆け出した魔物の姿に、つい背を向けて走り出してしまった。


「やだ!やだっ!なんで?!」


走りながら後ろを振り返ると魔物はもう川を超え、こちらに一直線に向かってきていた。

ドーベルマンに似ていると思っていたが、近づいて見るとその後ろ足はカンガルーのように筋肉が力強く隆起し、より凶暴な肢体をしていた。あの足で蹴り上げられたら私の貧弱な体などひとたまりもないだろう。


「…いっ!」


地面から這い出た木の根につまづいて、地面に投げ出されるように倒れ込んでしまった。

転んだ時に足を強かに打ってしまったようで膝の辺りが血が出ている。


「…あ…いたっ…逃げなきゃ…っ」


足も腕もズキズキと痛むが魔物が目前まで迫っている。すぐに立ち上がって、逃げなければいけないのに怖くてうまく立ち上がることができない。


「…っ…ぁ…」


目に涙が滲んで視界が霞む。足の傷がどうなっているのか確認することすらできない。


「…ぅ…動いて…!」


真後ろに獣の唸り声が聞こえる。振り向くこともできない。逃げることも。足が震え、汗が吹き出てくる。


ドンっと背中に衝撃を感じ、前に再び倒れ込んだ。


「あああああっ…!!」


痛い痛い痛い。鋭い爪で切り付けられたのか背中が焼けるように痛い。そこから何かが噴き出すような感覚がして、獣が怯んだような気配がした。


その隙に、背中を庇うように無様に這いずりながら反転して魔物の方に体を向けた。立ち上がることもできず尻餅をついたまま敵に相対して何ができるというのか。自分でもバカな行動だとわかる。


正面から見た魔物は次は噛みちぎってやるとでも言うように大きく口を開けその凶暴な牙を見せつけていた。魔物の牙は一つ一つが出鱈目な方向に飛び出ていて、あれで噛みつかれたら私の肌などズタズタに切り裂かれてしまうだろう。


「ルト君…たすけて…っ…」


震える手で近くにあった木の枝を拾い上げて体の前で横向きに掲げた。


祈りも抵抗も無意味で些細で、こんなことしかできない自分が情けなくて、震えならがただ涙をこぼすしかなかった。


魔物が体を沈み込ませ跳躍の姿勢をとった時、目の前が真っ黒なもので覆われた。

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