42 迷子
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「ディミディミは来た道を戻りながら探してみて。私はもう少しこの辺りを探してみる!」
ディミディミは「はっ、はいっ!」と大きな声で返事をするとすぐに来た道を走って戻って行った。心配そうに妹の名前を呼んでいる声がどんどん遠ざかっていく。
あたりをぐるりと探してみたが何も見つけられなかった。リタが心配そうに私の顔を窺っている。
「警備のものに声をかけてみましょうか?今は護衛もついていませんし、詩子様は一度侯爵家の観覧スペースにお戻りいただいた方がよろしいかと。」
「リタ、大丈夫だよ。ちょっと探すだけだし、闘技場の周りは騎士団の人ばっかりだもん。ここで何かする人いないよ。少し探して見つからなかったら警備の人に声をかけてみよう。」
「しかし…ディミディッド様は少々頼りないですが魔術師で騎士団所属の方です。護衛の代わりになると思っていましたが、こんなに簡単に詩子様から離れてしまわれるなんて…」
リタはディミディミがすぐに私から離れたことに憤っているようだった。リタの優先順位は私だけど、ディミディミはマリちゃんのお兄ちゃんなのだから仕方がないと思う。
「わかった、一回侯爵家の観覧スペースに戻るよ。」
リタに心配をかけてはいけないし、観覧スペースまで戻る途中に探しながら行けばいいと思い、踵を返すと目の端の遠くにマリに似たオレンジのワンピースの少女を見つけた。
「あっ…マリちゃんっ?!」
少女が路地の角を曲がろうしといてたのを見て、咄嗟にリタに何の説明もせずに走り出してしまった。
「あ、詩子様!お待ちください!」
リタが慌てて走ってくるが、待っている余裕はない。少女の後を追って角を曲がると、少女は先を歩いていた母親らしき人の手をとって、嬉しそうに笑いかけていた。
「…はぁ…マリちゃんじゃなかった…」
人違いだと気づいて、リタの元に帰ろうと来た道を引き返した。リタはまだ追いついていないようだ。
すると突然ーーー
「えっ!?」
いきなり後ろから腕を掴まれ、斜め下にぐいっと引かれ少しよろめいてしまった。驚いて振り向くと息を切らし、汗と泥で全身を汚したディミディミが私の腕を両手で掴んでいた。
「…ハァ…ハァ…ッ…うたこ…さま…」
息を切らして、胸が苦しいのか前屈みになっているため顔が見えない。苦しそうだが、途切れ途切れに何かを伝えようとしているようだ。
「ディミディミ!いきなり引っ張るからびっくりしちゃった。マリちゃんみつかったの?」
「ハァ…こっち…きて、くだ…さい…ッ」
ディミディミが理由を言わずにグイグイ私の腕を引く。リタも追いついていないし、どこに行くかもわからずについて行くわけにはいかない。
「えっ?!ねぇ、待って?どこに行くとか、何があったとか先に教えてくれない?」
様子がおかしい。
ディミディミはちょっと口下手だが、こんな風に何も言わずにどこかへ連れて行こうとするような人じゃない。
「ぅうっ…!いいからっ!はやくっ!!!」
ディミディミが苛立ったように口調を荒げる。いつもより青白い顔に焦りが見え、目が合うと苦しそうに目を歪めて、いっそう強く私の腕を掴んだ。
「…っいた!ディミディミ、痛いよっ!ねぇ、どうしたの?!」
思った以上に力が強くそのまま引きずられるように移動してしまう。このまま本当にどこかに連れて行かれてしまうと焦った時ーーーー
「何をしてるんですか?!詩子様から離れてくださいっ!」
「わぁっ!」
リタに抱きしめられた衝撃で後ろによろめき、尻餅をついてしまった。
腕からディミディミの手の感触が消えていた。
不思議に思って前を見ると、地面に臥したディミディミは、腕を後ろに拘束され肩を地面につけるような姿勢でグライユル侯爵家の騎士隊の隊服を身につけた2人に押さえつけられていた。
フェネージュ様が以前、ルト君と出かける時に警護の者をつけていると言っていたが、それはあの時だけでなく、常に私の安全を見守っていてくれたようだ。
「…うぁぁぁぁぁっっ!!」
ディミディミが苦しげに顔を歪め、悲痛な悲鳴をあげる。それは痛みだけのせいではないように思えた。この短時間で一体彼に何があったのだろうか。
「待って。そんな風に押さえつけてたら話せないよ。ディミディミ、何か事情があるんでしょ?もう少し楽な姿勢にしてあげて。」
グライユル侯爵家の私設騎士たちは顔を見合わせたあと、ディミディミを立たせ、腕に拘束具をつけた。
「この拘束具は魔法を封じる効果もありますが、王家が所有するものと違い、完全に封じることはできません。魔力の発動を感じたらこちらもすぐに攻撃します。」
ディミディミの腕を掴んだまま騎士隊員さんはくれぐれも近づきすぎないようにと念入りに注意をした。
私は彼らに頷いて見せるとディミディミの前に立った。リタは相変わらず心配そうに私の後ろについている。
「ディミディミ、もしかしてマリちゃんが動けないとかなにか困ってることがあって私を連れて行きたいの?もし、事情があって喋れないのなら頷くだけでもいいよ。そうしたら、私一緒に行くよ。」
ディミディミを落ち着かせるように目線を合わせてゆっくりと話した。
マリちゃんが大変な状況なら私だって助けたいが、私を守ってくれている人がいる以上、錯乱した様子のディミディミに訳もわからず連れて行かれるわけには行かないのだ。お願い、何か言ってと心の中で祈った。
「ーーーーーごめんなさい」
「…え?」
消え入りそうな声でつぶやかれた直後、目の前が白く光った。光る視界の中、ディミディミの腕につけられた拘束具が弾け飛ぶのが見えた。
「詩子様っ!」
リタの叫び声、騎士隊員の怒号、ディミディミの悲痛な叫び声、居合わせた人の悲鳴、倒れ押さえつけられるディミディミ、それからーーーーーー
白い光が視界を覆って、あまりの眩しさに目を強く瞑った。
瞼の裏で強い光が消えたのを感じ、目を開けるとそこは先程までの人々が行き交う街の往来ではなかった。
石畳があった足元には湿った土、人々のざわめきは木々のそよぐさわさわとした音に、高い塀や建物は青々とした葉を一部秋色に染めた高樹の連なりに姿を変えていた。
その景色はこの世界に来た時と同じ木々が鬱蒼と繁る森の中だった。
「えぇ…うそでしょう?」
どうやら、転送魔法でどこかの森に飛ばされてしまったようだ。




