41 武闘大会を観覧するぞ
お読みいただきありがとうございます
「では、ぼくたちはここで失礼します。」
「うたこさま、またね。」
闘技場の入り口は貴族用と平民用に分かれている。ディミディミ達は貴族用入り口の中には入ることができないため、途中でお分かれだ。
「ディミディミとマリちゃんも一緒に見られたらよかったのにね。」
「いえいえ、僕たちはこっちのが落ち着きますから。詩子様に平民用の観覧席に来ていただくわけにもいきませんし。」
「私も別に平民用でいいんだけど…」
もともと、家族ではない私としては、平民用の立ち見席で「うおーっ!」って大声出して応援する方が性に合っている気がする。しかし、最後まで言い切る前に止められてしまった。
「「だめです!ルートランス副団長に怒られます!」」
エラン君とディミディミ、息ぴったりだね…。
✳︎✳︎✳︎✳︎
グライユル侯爵家用の観覧スペースにはジュスタン様、フェネージュ様と御二人の長男で11歳のアヴニール様、次男で10歳のフリオ様がすでに席について歓談していた。アヴニール様は官僚学校、フリオ様は騎士学校に入っているので家族揃うのは久しぶりだそうだ。
皆にご挨拶して、一緒に着いてきてくれていたエラン君と先程の顛末をフェネージュ様に報告した。
「まぁ、ガルデニア様ね。また困ったこと。大丈夫よ、詩子さん。わたくしのほうでガルデニア侯爵家とはお話ししておきますからね。」
フェネージュ様は頬に手を添えておっとりと微笑んだ。私にしては一生分の勇気を振り絞った抵抗だったが、フェネージュ様にはどうということもなかったようだ。よかった。
エラン君は報告も済んだからということで、退室して行った。ひと息ついたところで、ようやく観覧スペースをゆっくり見られる余裕ができた。
グライユル侯爵家用の観覧スペースは個室のようになっており、内装も屋敷の応接室のようだった。舞台に向かって一面が空いており、戦いの様子を間近でみられるようになっている。
「これ、魔法とか石とか飛んできたりしないんでしょうか?」
「あら、うふふ。詩子様、手を前に出して舞台の方に進んでみてくださる?」
悪戯っぽく目を細めて笑うフェネージュ様を不思議に思いながら、言われた通り手を前に出したまま歩いてみた。すると空いていると思っていた舞台側の面に見えない壁があるのがわかった。皆んなに気づかれないようにこっそりパントマイムごっこを楽しんだ後、フェネージュ様を振り返ってみた。
「これが魔法障壁ですか?」
「そうよ。ルートランス様の部下は優秀ねぇ。あんな才能を身分のせいで埋もれさせるなんて愚かしいことよね。」
ディミディミのことだ。もし彼に魔術師家系の貴族の後援があれば、王都全体の防衛や、他の魔術師の指導や新しい魔術道具の開発などあらゆる面での活躍が期待できる。だが、貴族のプライドがそれを許さないそうだ。
本人は第三騎士団で活動するのが幸せと言いそうだが、その才能を埋もれさせてしまうのはこの世界の損失だと思う。
「失礼致します。ルートランス様がお見えです。」
思考を巡らせていると、グライユル侯爵家の執事がジュスタン様にルト君の訪問を告げた。
「兄上、ご挨拶に参りました。」
見慣れた騎士隊服に身を包んだルト君だが、今日はより一層凛々しく見える。戦いに挑む前の覚悟のようなものがそう魅せているのだろうか。
「ルートランス、活躍を期待している。」
「こちらで応援していますね。」
まずはジュスタン様とフェネージュ様が労いの言葉をかけ、次は二人のお子様から「応援しております!」と声をかけられていた。
私の順番は最後だとわかっているけれど、話しかけたくてうずうずしてしまう。
「詩子、会えて嬉しいです。」
順番が来た!
ルト君がこちらを見て、柔らかく笑ってくれるのが嬉しくて、私もにやけてしまう。
「ルト君!準備は大丈夫なの?」
「はい。大会開始まで時間が空いてしまったので、会いに来てしまいました。」
「嬉しい!ここでみんなと応援してるからね。そういえば、ディミディミの妹ちゃんがルト君にお礼言いたいって言ってたんだよ。お兄さんを助けてくれたからだって。かわいいよね。」
「それでしたら、ディミディミたちに会いに、平民用の観覧スペースにいってみますか?高い位置から闘技場を眺めるのも良いものですよ。」
「うん!行ってみたい。」
ルト君とリタと一緒にグライユル侯爵家の観覧席を出て、平民用の入り口から階段を登り三階の観覧席に出た。
グライユル侯爵家の観覧席がある一階部分より舞台から離れる形でスペースが狭くなっていることもあり、移動するのも一苦労なくらい多くの人で賑わっていた。
「わぁ、確かに上から全体が見られるのもいいね。」
間近で戦いの様子をみられる貴族席もいいが、観客の熱狂を感じながら全体の動きを俯瞰できるこちらもなかなか楽しそうだ。
「私は舞台からも詩子の顔が見えるので侯爵家の観覧席にいてほしいですけどね。」
「まぁ、ルト君がそういうなら…?」
フェネージュ様が誘われているし、エラン君たちにも言われているからもちろん侯爵家の観覧席で見る予定なのだが、照れ隠しにちょっと恩着せがましく言ってしまった。それでも、ルト君は嬉しそうに笑ってくれて、自分の子供っぽさが恥ずかしく思えた。
「あ、ディミディミ!」
ディミディミの黒いフードを見つけて、大きく手を振るとそれ気づいたディミディミが手を振りかえしてくれたが、ルト君がいることを知ると腰を抜かさんばかりに動揺してよろめいた。
「詩子様どうされたんですか?あぁっ!ルートランス副団長もっ!」
「やぁ、ディミディッド。君の可愛い妹さんが来ていると聞いてね、会いに来たんだよ。」
ルト君がにっこり笑って言うと、ディミディミの顔がりんごのように真っ赤になってしまった。
「あわわわわ…っっ!光栄です!マリ!」
「おにいちゃん、いたい…」
ディミディミが慌ててマリの肩をバンバンと叩く。興奮しすぎて危ないお兄ちゃんだ。
しかしこの状態では変に目立ってしまうし、マリちゃんも落ち着かないだろう。
「ここ狭いから一回そとにでようか?」
✳︎✳︎✳︎✳︎
平民用の観覧スペースから、広場に移動して改めて、マリちゃんとルト君が対面した。
「ルートランスさま、おにいちゃんをたすけてくださって、ありがとうございます。これからも、よろしくおねがいします。」
緊張しながら、きちんとお礼の言えたマリちゃんは、勢いよく頭を下げた。
「マリさん、お兄さんはとてもすごい魔術師なので、助けてもらっているのは私の方なんですよ。こちらこそ、ありがとうございます。」
ルト君は地面に膝をつき、マリちゃんに目線を合わせるとにっこり笑って、頭を下げた。
マリちゃんは驚いたように頭を上げて、目をぱちくりさせている。
「…お兄ちゃん、すごいの?」
「そうですよ。お兄さんはこの国一番の魔術師です。」
マリはとっても嬉しそうに笑っていた。それを後ろで見ていたディミディミと私はびしょびしょに泣いた。
「マリちゃんよかったねぇぇぇ…」
「う、うぅ…ルートランスふくだんちょぉぉぉ」
✳︎✳︎✳︎✳︎
「それでは、もう準備に入らなくてはいけないので、私はこれで失礼しますね。」
貴族席の入り口でディミディミとマリちゃんと一緒にルト君をお見送りした。
「ルト君がんばってね!」
「副団長応援しています!」
「ルートランスさまがんばってください!」
3人で並んでルト君が見えなくなるまで手を振った。
「さて、じゃあ観覧席に戻って待機しようか。」
私がディミディミにそう話しかけると、彼は移動のためにマリちゃんを促そうと後ろを振り返った。
「はい。あれ、マリ…?」
ディミディミの声に後ろを見るとそこにいたはずのマリが姿を消していた。




