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40 良い出会いと悪い出会い

お読みいただきありがとうございます


ちょっとここから不穏な感じになるかも?

収穫祭3日目はついに、ルト君が出場する闘技大会である。ルトは会場の準備や各種打ち合わせがあるので早朝から騎士団本部に詰めている。


そのため、本日はエラン君とディミディミが闘技場まで案内してくれる。もちろん、リタも一緒だ。


「エラン君とディミディミは今日の準備とか、会場なら警備の仕事はしなくていいの?付き合わせちゃって申し訳ないなぁって思って。」


前を先導してくれる、エラン君に問いかける。


「本日は午前中がルートランス副団長による、演武。午後が第三騎士団精鋭8名によるによる勝ち抜き戦が行われたます。私はその8名の中に入っているので、午前中は時間があるんです。」


おぉっ!精鋭の8名に選ばられるなんてエラン君すごい!さすが、ルト君の補佐官だよ。と、うんうん頷いていると、後ろを歩くディミディミがボソボソと話し出した。


「ぼ、僕は今日までにたくさん魔力を使ったから…。会場の魔法障壁だって、ほとんど僕の魔力を使ってるし、それまでの実験も…第二騎士団の人をたくさん運ぶのだって…うう…」


ディミディミは今までの苦労を思い出して泣き出してしまった。どうやら今日の会場の設営はディミディミの苦労の上に成り立っていたらしい。しかも、第三騎士団の精鋭が武闘大会にでることで生じる戦力の低下を補うため、国境警備担当の第二騎士団を大規模な転送魔法で王都に連れてきたそうだ。


「みんな、僕使いが荒いんですよ…いつもは副団長が守ってくれるんですけど、副団長が準備で多忙な隙をついてガルデニア団長が無茶な命令を…」


「ディミディッド、大変だったな。これが終わったら飲みにでもいこう。それに、良いこともあっただろう?」

 

エラン君がディミディミの肩を軽く叩いて慰める。


「もしかして、その良いことってその子と関係がある?」


小首を傾げて、示したのはディミディミの背後に見える小さな人影だ。ディミディミのローブをがっしり掴んで隠れているが、可愛い髪がちらりと見えている。


「あっ、そうなんです!マリ、出てきてご挨拶して!詩子様、妹のマリです。」


ディミディミに促されて前に出てきた少女はディミディミと同じ青鈍色の髪で、オレンジのワンピースを着て、恥ずかしそうにこちらをチラリと見た。


「いもうとのマリです。7さいです。うたこさま、エランさま、おにいちゃんがいつもおせわになってます。」


「…っ!かわぁぁ…」


はにかみながら挨拶をする様子があまりにも可愛くて身悶えしてしまった。


「第二騎士団の駐屯地が僕の街の近くにあったので、ついでに妹も連れて来させてもらったんです。他の家族は収穫祭の準備で忙しかったのでマリだけ。」


ディミディミとマリは目を合わせて笑っている。幼い頃に一人で王都に連れて来られたので、久しぶりに妹と会えて嬉しいのだろう。


「わたし、ルートランスさまにおあいして、おれいをしたいの。おにいちゃんをたすけてくれたひとでしょ?」


「「「…天使っっ!」」」


兄であるディミディミは当然として、意外にもエラン君も私と同じように口元を押さえて、マリちゃんのかわいさに悶絶していた。


「ルト君は今はもう演武の準備だもんね。終わったら会えるといいねぇ」


少し屈んで笑いかけると、コクンと頷いて可愛い笑顔を見せてくれた。


屋敷から5人で歩いてくると貴族街と平民街の境に大きな闘技場ができていた。コロッセオのように観覧席が3階建てになっていて、上に行くほどスペースが広くなっている。一階席は屋根付きでひと区画ずつ限られた豪華なつくりになっており、一目で王族や、高位貴族のためのものとわかる。


「ねぇ!前はあんなのなかったよね?!数日でできるもんじゃないよねっ?!」


「ふぅ〜、がんばりましたよ。あらゆる魔術総動員で。街の魔導具工房の方々も協力してくれましたしねっ!」


ディミディミが腕で額を拭っていい笑顔を見せているが、頑張りましたでできるものではない。ちょっと魔術の便利さがバグってると思う。


マリちゃんと闘技場の壁を見上げて「お兄ちゃんすごいねーっ!」と話すと、ディミディミが照れすぎてよろけてしまった。


「…わぁっ!すみません…ひっ…ガルデニア団長…」


ぶつかった相手は騎士団の隊服を着た、体格のいい男性だった。短く刈り上げた髪の下、精悍な眼がディミディミを見下ろしていた。


「あぁんっ?!おまえ、うちの魔術師か。こんなところでなにしてんだよ?!」


低く響く声で凄まれて、ディミディミは縮み上がってしまった。マリちゃんは心配そうにディミディミにかけよりローブの裾を掴んだ。


「…なんだそのチビは?」


団長と呼ばれた男性が、マリちゃんをジロリと見た。怖くて泣き出しそうだろうに、マリちゃんは背筋を伸ばして気丈に挨拶をした。


「あ…マリです。おにいちゃんがおせわになってます…」


「あ、マリ…も、申し訳ございません、団長!!妹はまだ幼く、田舎から出てきたばかりなので作法など知らず…っ!どうかご容赦を…っ!!」


慌てたディミディミが突然地べたに這いつくばり頭を地面に擦り付けガルデニア団長に謝罪した。平民の家族に対する礼儀として正しくなかったようだ。マリは何が起こったかわからないようでオロオロと兄と周囲を見渡し、兄に習って地面に膝をついて頭を下げた。


「なんでこんなとこに連れてきてんだよ。挨拶もロクにできないような平民のガキを俺の前に出すな。おまえも平民のくせに騎士団に居させてもらってるんだから役に立て!」


ふんっと鼻で笑って立ち去ろうとした。マリちゃんは下を向いて悲しそうな顔をしているし、ディミディミも唇を噛み締めて屈辱に耐えていた。平民だからとこんな風に貶められて黙っているしかないなんて辛すぎる。

エラン君が前に出て、男性に抗議してくれる。


「ガルデニア団長!ディミディッドは今回の闘技場設営の労いで家族との時間を許されています。そのように当たるのはやめてくださいっ!」


「エラン、お前はいつも生意気だな!女とチャラチャラ出歩きやがって。副隊長のくせに勝ち抜き戦で成績を残せなかったらどうなるか分かってんのか?」


どうやら、私のことをエラン君の彼女か何かと勘違いしているらしい。私のせいでエラン君が貶されてるのに、黙っているわけにはいかない。エラン君にこそっと耳打ちした。


「エラン君、紹介してくれない?」


エラン君は少し戸惑いながら私をガルデニア団長に紹介してくれた。


「…ああ、こちらは第三騎士団団長で、ガルデニア侯爵家の御子息フェンノール・ガルデニア様です。団長、こちらはグライユル侯爵家の賓客で一之瀬詩子様です。」


グライユル侯爵という言葉に、ガルデニア団長がピクリと反応したようだった。


「ガルデニア団長様、お初にお目にかかります。グライユル侯爵家にお招きいただいております、一之瀬詩子と申します。本日はニジェル様とディミディッドさんに案内をお願いしています。侯爵家の依頼で、私の護衛を務めている御二人にそのように言わないでいただきたいです。」


私が家庭教師に習った貴族の挨拶を習いたてのカーテシーとともに繰り出す。この口上で、私とガルデニア団長は同じ家格な侯爵家ということがわかると、先程とはあからさまに態度を変えた。


「あぁ、グライユル侯爵の…と言うことはディミディッドが魔法を当ててしまった異世界人イーリスの方ですか。その節は部下が失礼を。しかし、エランはともかく、平民の案内ではご不満でしょう。すぐに他のものに変えさせましょう。ルートランス・グライユルはその辺の貴族らしい機微に疎いですから。」


ディミディミに加えてルト君まで貶すような発言でわかりました。この人は嫌なやつですね?大好きな人たちを馬鹿にされて黙ってるなんてギャルじゃない!!


私はできるだけ優雅に見えるよう、背筋を伸ばして胸に片手を当てて、ゆったりと言葉を紡いだ。


「ガルデニア団長様、わたくしの国には身分制度はございません。国民は皆等しく平等な権利を持ち、国を支えるのもまた国民なのです。ただ、その中でも人々に尊敬させる方はいます。それは誰よりも努力し、道を切り拓いた方、何が成し遂げた方、人々に手を差し伸べた方です。あなたの行いが我が国の民にはどう映るか、尊ばれることか、お考えいただきたいわ。」


身分を振り翳して、平民を貶すあなたは自分の力で何かを成し遂げたの?人を見下すほど優れた人なの?身分制度のない国に行った時、その価値をどこに置くの?と言う問いかけを貴族っぽく言ったつもりだ。


考えの通りに意味が伝わったようで、ガルデニア団長が顔を赤くして、怒りに顔を歪めている。今にも殴りかかりそうな形相に、びくりと体が跳ねそうになったが、お腹に力をこめてグッと堪えて、微笑みを絶やさないようにした。できるだけ余裕があるように見せたかった。


「…異世界人イーリスの方は我々とは違う考えなのですな。失礼した。」


ガルデニア団長は私を鋭い目で見つめた後、吐き捨てるような台詞を投げ、背を向けて去っていった。

その背中が見えなくなるころ、はーっと息を吐き出した。


「こ、こわかったぁ…」


座り込まなかったのを褒めて欲しい。

私は体の力を抜いて膝に手をあて、息を整えた。


「大丈夫ですか、詩子様?このことはルートランス副団長にも報告をしてグライユル侯爵家で判断していただきましょう。ご令嬢にあのような視線を向けるとは騎士にあるまじき行為です!」


エラン君は怒ってくれてるけど、あれは私からケンカをふっかけたものなので、ルト君に迷惑をかけるのは気が引ける。


「大丈夫だよー!私がちょっとあの人の態度にムカついて偉そうなこと言っちゃっただけだから。恥ずかしいからルト君にはいわないで?」


エラン君は困ったように眉を下げた。上司に報告しないで欲しいというお願いは受け入れ難いのかもしれない。


「詩子様かっこよかったです!ありがとうございます!」

「うたこさま、すごーい!わたし、あいさつできたのにできてないっていわれて、かなしかったけど、うたこさまがおこってくれたんでしょ?」


ディミディミとマリちゃんはそっくりな顔でキラキラした視線を向けてくれている。


「詩子様、ご立派でしたよ。」


エラン君も少し呆れたように息を吐いたが、労いの言葉をかけてくれた。後ろでリタもうんうんと首を上下に振って肯定してくれている。


「ルト君に迷惑かかっちゃったらどうしよう…」


しかし、侯爵家の令息で騎士団の団長さんに楯突いてしまった事に段々と不安になってきてしまった。


「グライユル卿夫人にお話ししておけば大丈夫だと思いますよ。副団長に知らせたくないということも含めて。」


「フェネージュ様?エラン君、フェネージュ様のこと知ってるの?」


侯爵代理のジュスタン様ではなく、フェネージュ様というところが不思議で首を傾げた。


「ちょっと先日…親切にしていただきまして。」


エラン君が気まずそうに目を逸らしたが、フェネージュ様の判断でジュスタン様にも報告が行くだろうしお任せするのがいいのだろうと自分を納得させた。


「そっか。フェネージュ様優しいもんね。相談してみるね、ありがとう!」


ディミディミとマリちゃんを立たせて服の汚れを払って闘技場へ歩き出す。みんなにお礼を言われギャルみたいに人を助けられたと、私は少しいい気になっていた。


しかし、この時の行動を、ずっと後悔し続けることになる。私の軽率な行動で誰かを傷つけることになるなんて、この時は少しも思いはしなかった。


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